襲撃


「ブランディスをテイムしようシェリー!」


「…………はぇ?」


 私の手を両手で掴んで食い付くようにサルタナちゃんがそう言った。

 ブランディスを?あの魔族の人を?

 ちょっと何言ってるか良く分からない。


「え~っと……ごめんね、ちょっと訳分からないんだけど」


「えっ?分かんないって……最初からテイムしに行こうって話だったじゃん」


 そんな本当に困ったと言いたげに説得してきても流石に訳分かんないって……


「ねえサルタナ。サルタナの言ってるテイムって何代か前のエルフの王が持ってるテイマーが使えるって能力だよね?

 シェリーちゃんが使えるの?」


「テイムは別にテイマーじゃなくても生まれと技術さえあれば誰でも使えるよ?」


「ふ~ん、そうなんだ」


「幻狼も使えると思うよ」


 ………えっ?話が違う!!!


「ちょっとサルタナちゃんそれどういう意味!?」


「え?それって?」


「私は才能あるからできるけど普通は生まれの関係でワービーストは使えないって前言ってた!」


「いや、だからワービーストの生まれる割合で……具体的な数値だと約0.001%くらいでテイムの素質を持つ人が生まれるからワービーストはこの確率の低さが関係してワービーストにはテイマーはいないも同然とされているの。

 魔法使いも剣を使う事ができるけど、剣が使えるだけで胸張って剣士なんて名乗らないでしょ?」


「確かにそうだね、私もテイムが使えるとしても武道家で揺るがないだろうから武道家としか名乗らないわね」


 うぅ……でもなんか騙された気がする………


「テイムが使えそうな人なら街だけにも3人見掛けたから探せば普通にいるよ?

 でもその中でシェリーはテイマーと名乗れるくらいの素質があると思ったし、私は役職をもらわなきゃテイムされたも構わなかったんだよ?」


「うぅ~……でもそんな風に言われると羊の魔族よりサルタナちゃんが良いんだけど………」


「ひ、羊って……じゃなくて悪魔の魔族だよ?フフフフ」


「そ、そんな笑うこと無いじゃん!」


「ごめんごめん、フフフ……ん?

 お~、ここ錬金術が使えないと入れないみたい」


 軽い足取りで太陽の光のように明るいけど柔らかな光を放つ変わった形のランプの側へ行き、そのランプに触れるとさっき錬金術を使った時と同じ青い光が発生する。

 けれど、その青い光はとても綺麗な文字になっていて、その文字が沢山の羅列になっていて一つ一つが高速で別の文字へと変わっている。


 サルタナちゃんが錬金術を使うのを数秒眺めてると『ピィーーーーー!!!』と音が鳴り、壁がへこんでいき、かと思ったら上に登って消えてしまった。


「………なにこれ???」


「なにって、こういう仕組みの隠し扉みたいなものとしか言えないかな?」


「そ、そう……」


「それじゃ行こうか」


「させんぞ!!!」


 上の方から大声が聞こえたと同時に通路へと火の剣が降り注ぎ、炎の海ができて塞がれてしまった。


「まさかそんな所にも隠し部屋があったとは……

 この部屋に侵入者が来た時点で使い魔を潜ませておいて正解だったな!」


「ブランディス!?」


 ゆっくりと着地したブランディスの衣服が先程とは違っている。

 神官のようなローブにマント、片眼鏡、長剣とナイフまで装備されている。

 先程装備していた杖も立派なものだと思ったけどなんかもっと凄そう。


「さあ、命が惜しければそこを退くんだな!」


「ふざけるな!今回こそお前を倒す!」

「無理だよ」


 え?サルタナちゃんまさかの即答?


「ん?あぁ、理由は簡単だよシェリー。

 装備の質で勝って更に複数対1だったから撃退できてたけど、装備で圧倒的な差を付けられた。

 その上、ブランディスはこの場所の影響を受けてない。

 あのマントが魔力を他所から持ってきてるから一方的に魔法が使いたい放題だし、幻狼が抜けた今あの二人で勝てる通りがない」


「え?流石に共闘するつもりだったんだど……って言っても、装備にそんな効力があるって聞かされたら撤退を選ぶわね」


「フフフ、流石幻狼の名を受け継ぐ者だ、懸命な判断だぞ?

 それに、誰が私は一人だけだと言った?

 だろう?23番よ」


 その瞬間、音もなくもうスピードで力の塊が現れる。

 見た目は布を巻き付け服に見立てたものを着た真っ白い髪の少女。

 そんな少女がブランディスとの間に割り込んで入る。


 その少女の真っ赤な目を見た瞬間分かった。

 これは進化もしてない人種がどうこうできる存在じゃない。

 ブランディスを見てもここまでのプレッシャーを感じることは無かった。


 その少女は華奢な体に反して巨大な斧を手に取り構える。


「……転移魔法なんてズルい。

 僕は生まれたばかりで場所なんて知らないのにさ……」


「すまないね、緊急事態故にやむを得ずというものだよ。

 万一にもコイツらに秘宝を持っていかれるのはあまりにも勿体ない」


「正直僕は面倒なんだけど……契約は守る」


「……ショゴスロードと魂の契約を交わしたの?」


「御名答、君は錬金術に詳しいだけでなく魔法も詳しいのだな。

 その魔族の気配といい……名前を聞かせてもらって良いだろうか?」


「サルタナ・レッドサーペンタイン」


「なるほどなるほど。

 君には感謝するよ、お陰でショゴスロードも作れたしこんな通路まで見つけてくれた。

 ただ、まさかショゴスロードの自我がここまで強いなんて情報を取り損ねていたなんてね。

 多少困りはしたが、お互いの利害が合えば契約を交わすことも簡単というものだ。

 サルタナ、君には多大な感謝をしよう。

 だからこそ、その名を我輩は決して忘れぬようにしておこう」


「………ねえ、なんでもう勝った気でいるの?」


「ん……それは魔石だな」


 サルタナちゃんが取り出したのはこのダンジョンに入ってきた時にお土産と言っていた魔石。


「これ、飲み込もうと思うんだけどどうする?」


「なっ……その大きさの魔石を?」


「うん、当然だけど勿体ないし後で体が痛くなるからしたくないんだよね」


 ん~……?

 この言葉の感じだと魔石飲み込むと何かあるのかな?

 デメリット付の強化みたいな?


「だからさ、この先に宝があったなら山分けって事にしない?

 8割そっちが持ってって良いからさ」


「……しかし、サルタナが強力な魔法を使えなければ無意味だ。

 そんなハッタリの域を出なものならば我等の驚異とは認識できんな」


「だと思った……ジャガーノート!!」


 サルタナちゃんが放ったジャガーノートで炎の海と化していた通路が一瞬で晴れた。


「うん……やっぱり魔力が足りなかったか。

 魔力不足でそれっぽい未完成な魔法になっちゃった。

 残りの魔力はブランディスとショゴスロードより早く魔石を飲み込む為に残した分しか残ってないけどそれで十分、そうでしょ?」


「………………ふぅ、まさか魔法でもそれほどの使い手だったとは。

 我輩の檻を破壊したのもジャガーノートなら納得できる。

 そんな魔法を当たりでもして契約違反になっては元も子もない。

 良かろう、その条件を受け入れてやろう」


「当然魂の契約を結んで貰うよ?」


「………分かった、ただし先に取り分を選ぶ権利は我輩が貰う条件にさせてもらうぞ」


「うん、それくらい当然。元々私達が不利だし。

 あ、割り切れない分は私達が貰うじゃ駄目?」


「初めからそのつもりで8割と言い出したのであろう?

 23番、斧を下ろして良いぞ」


「………分かった。面倒だったし助かる」


 私達はブランディス達と魂の契約というものをする事になった。

 この契約を破ると魂が大いなる魔神と呼ばれる神の元へ送られてしまい絶対の消滅へと繋がるらしい。


「シェリー、これから細かい事決めるから少し離れて休んで良いよ」


 と言われてしまったのでフォルトを連れて離れて壁に寄っ掛かり座って休む。


「……………」


「………えっ?」


 休んでサルタナちゃん達を眺めていたら白い少女が目の前に立っていた。

 目の前にいたのに全く気付かなかった事に驚いて固まり、少女と見つめあう。

 それでも少女からは何も感じない。

 さっきの怖いくらいのプレッシャーがしなくて、そこにいるのに空間に溶け込んでしまって反対側が透けて見えてしまっているかのような存在感の無さをしている。


「隣、座るよ」


「え……う、うん………」


 少女はただ一言そう言い、私が反射的に返事をすると一人分開けたくらいの距離に座る。

 ただそれだけで特になにもしてこない。

 え?なんなの?


 それから数分後サルタナちゃんの話し合いが終わったみたい。


「おまたせ、シェリーもここに……なんか、随分なつかれたね」


「そ、そうなのかな?」


「……シェリーの気配は素敵だと思う?」


「うんうん、分かるよ。

 ショゴスロードもここにサインして」


「うん」


 サラサラとサインを終えて次に私へと手渡される。


「ねえシェリー、せっかくだしその子テイムしてみたら?」


「え?……テイム?」


 サルタナちゃんに言われて少女の方を見る。

 白すぎる肌をしていて、少し疲れてる印象を感じるけれど、それ以上に怖いくらい整った顔をしている。

 そんな少女と目があった。

 その赤い瞳はまるで全て飲み込んでしまいそうな底の知れない何かを私に思わせたけど、不思議と怖くは無かった。


「……私は、シェリーなら構わないよ。

 契約が終わってからの話だけど」


「え……良いの?」


「うん」


 迷いなく頷いてくれる。

 もしかしてサルタナちゃんが言っていたテイマーとしての素質っていうのはこういうことなのかな?

 何となくなだけど、この子とは仲良くなれる気がした。


「えっと……じゃあその時はよろしくね?」


「うん」


 私が握手を求めて手を出すと、握手を知らないのか少女はそっと私の手を両手で包んでくれた。


 その後、魂の契約を刻まれた羊皮紙にサインをして奥へ進む事になった。

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