父さんとお話し
「……ふぅ、改めてお帰り。シェリー」
扉が閉まって少しして、父さんが部屋の魔法具を稼働してからそう口を開き、私を撫でてくれる。
サルタナちゃんやアルカネットさんとは全く違う、久しぶりに感じた岩のように硬い手の感触で、前は少し痛くて苦手だったけど今は悪くないと思う。
「ただいま、父さん」
私の返事に頷き数秒無言になり、やがて父さんは重い口を開いた。
「さて……虐めの話は本当なのかシェリー?」
「え?……私が虐めを受けてたって話が先なの?」
「当然だ。どれだけ娘に手を出したかによって首を跳ねても足りん」
母さんと違って父さんの愛情表現は昔から分かりにくかったりズレてたりするけど、こんなに分かりやすく私の心配してくれている事に驚いたし嬉しくなった。
「うん、本当の事だよ。
学園でサルタナちゃんと出会ったのは全くの偶然で、サルタナちゃんが居なかったらずっと虐めを受けていたと思う。
教師も遠回しに嫌がらせしてきて、同じ学校の子は私の物を隠したり、物を投げてきたり……
そんな私をサルタナちゃんは庇ってくれて、共通語は喋れても読めない私に親身になって教えてくれたんだ。
学園始まって以来の鬼才なんて呼ばれるサルタナちゃんが私に気をかけてくれて、友達になろうと言ってくれた事も誇らしくてね。
でも、サルタナちゃんが学園に通っていたのはカモフラージュで、少しずつ準備して魔族と人種の技術を合わせた新たな術で帝国を落としちゃうなんて思わなかったよ。
私もサルタナちゃんがそんな事しようとしてたなんて全然気づかなくてね、本当、凄いなって思う」
本当は教えてほしかったって気持ちがあるけど、もしあの場所でヒューマンの行いに心の底から恐怖しなきゃサルタナちゃんを止めようとしてただろうからサルタナちゃんが正しいと思うからこの辺は少し複雑なんだよね。
……なんか、話がサルタナちゃんの事に変わっちゃった。
それでも、父さんは真っ直ぐ私を見つめて真剣に聞いてくれた。
アルカネットさんじゃなくてサルタナちゃんが帝国を落としたって所で少し反応してたけど私が言いたい言葉を最後まで聞いてくれた。
「あのサルタナと言う子は魔族なのに学園に通っていたのか?」
「ううん、サルタナちゃんはヒューマンだよ、変な進化の仕方してるけど。
学園に通ってたのは自分がヒューマンなのを理解して都合が良かったからだって。
えっと……本人が話してくれた事だけど、サルタナちゃんは昔王国に住んでたんだって。
正確には覚えてないみたいだけど、そう考えるしかないんだってさ。
理由は住んでた場所で帝国軍による殺戮が始まったから。
多分、食料を奪うか何かで襲われたんだと思う。
その時のサルタナちゃんはまだ2歳で、その後アルカネットさんに拾われたんだって。
アルカネットさんにサルタナちゃんを拾った時どうだったか聞いてみたんだけど、縄張りを徘徊してたら偶々人種の共通語で助けを呼ぶ悲鳴が聞こえて、確認だけして面倒そうなら関わるつもりは無かったんだって。
でも、死んでしまっても大事そうに子供を抱え守ろうとしている親の姿を見て、その意思を汲み取る事を決めて兵5人を倒し救いだしたんだって。
それからサルタナちゃんが10歳になるまで育てて、途中で進化して身体中が痛いって言い出したり、ヒューマンは廃棄物を出す事を知らなかったり大変だったけど凄く可愛かったって言っててね、聞いてて恥ずかしくなるくらいにアルカネットさんはサルタナちゃんに溺愛してるんだよね。
サルタナちゃんもそんなお姉さんが大好きで、あんまりに仲良くて私は少し嫉妬しちゃう時があったんだ。
サルタナちゃんの友達は私でしょってさ」
……ハ、またズレてる。
私も意外と説明するの下手なのかな?
アルカネットさんは私の比じゃないくらいに話が右に行ったり左に行ったりするから私の方がマシなんだろうけどこれは酷いんじゃない?
そらから私は下手なりに頑張って伝える努力をした。
どんな経緯でそうなったのか、その話を聞いてどう思ったのか。
なるべく沢山。
その途中で門の所から別れたグループの人達が家に来たって報告があって、父さんがその人達の話は後で聞くのと泊めるから部屋を用意するようにって言ってくれた。
私は話を再開してサルタナちゃんが帝国を落とした最初の頃に起きた事を話し出す。
それは私がヒューマンに強い恐怖を感じた時の話。
「帝国が落ちて次の日の事なんだけど、改めてサルタナちゃんに説明を受けたんだ。
その時に絶対に行ってはいけないって強く言われた場所があってね、あまりにも強く言うもんで私は聞き返す事ができなかったんだよね。
それで、その場所には行ってないけど、そこは帝国の禁書庫の近くにあったんだ。
私はそこの魔術の書に興味があったし、あの時はまだ私が手伝いをできる段階じゃないからって言われて暇だったんだよね。
だから私はそこで時間を潰してたんだけど、偶然書庫の前で見ちゃったんだ。
行くことを禁止されてた場所の方から運ばれてくるとても酷い状態の死体を。
それも1人じゃなくて、沢山。
磨り潰す潰されていたり、皮を全て剥いで内蔵を取り出されていたり、普通じゃありえない死体を。
私は1人目を見て唖然とするしかできなくて、2人目を見た時にようやく動けたけど、それはただ怖くて怖くて逃げるしかできなかったんだ。
私は立場的にそれなりに護られていたけど、もしかしたらあの運ばれていた中にいてもおかしくなかったんじゃないかって。
怖くても興味だけは沸いてね、後でその禁止されていた部屋の方に行ってみたんだけど、その時には部屋は綺麗にされてたんだけど、噎せ返るくらい鉄臭さが残ってて、何も無いのにその場所で行われた事がイメージできて、凄く怖かったんだ………
………私は、その後ずっと怖くて、どうしても誰かに話したくて、話して気を紛らわす事にしたんだ。
まあ、そんなの話せる相手なんてサルタナちゃんしか居なくて、なんで禁止なんて言い出したか考えないで近くまで行った事をまず謝ったんだけど、それを聞いたサルタナちゃんは何度も何度も大丈夫?って私の心配を沢山してくれてね。
この時にサルタナちゃんの過去を教えてもらって、そんな体験をしたサルタナちゃんに心配かけていたら、ただでさえ大変になりそうなのに迷惑になっちゃう、怖がってばかりじゃいけないって思ったら凄く楽になったんだ。
この時に一緒に聞いたことなんだけど、サルタナちゃんが帝国を落とそうと決めた切っ掛けはその光景を直接見てしまったからなんだって。
私みたいに臭いと、イメージを連想させるのに十分な死体を数体見ただけじゃなくて、直接見たんだって、あんな場所を。
だからこそサルタナちゃんはヒューマンでありながらヒューマンを強く嫌ってて、でもね、サルタナちゃんは別に全てのヒューマンが全部そうだなんて思ってなくて、自分が違うんだから何人か居ても可笑しくないと思っている。
……あと、これもサルタナちゃんが言ってた事なんだけど、ヒューマンだけじゃなくて、人種も、魔族も、その本能の本質に大した違いは無いんだって。
結局どの種族もその本能は残酷なもので、私は理性を捨てて完全に種族に落ちた者を知的生命体だなんて認めないって言うのがサルタナちゃんの考え。
人とは本能に向き合いつつ自分であり続ける者。
神なんているかどうかも分からない存在を信じて考える事を止めた者も、魔物……モンスターよりも残酷な事を嬉々としてするような者は人じゃないんだって。
私はあんな光景を見た後だからそれが凄く納得できて、私もあんなことを喜んでする人が同じ人種だなんて認めたくないと思っているの。
そりゃ……場合によっては似たことをしなくちゃいけないんだろうけど……うん……したくないし、あれと同じになんてなりたくない……」
言いたいこともある程度良い終えて私はじっと父さんの目を見つめた。
「……そうか。
その話をそのまま鵜呑みにできれば良い親友ができたなと誉めたい所なんだがな」
「父さんの言いたいこと分かるから気にしないで良いよ?」
「ふむ……俺の見た限りシェリーがなんらかの方法で操られたりとかはされて無いようだな」
「うん、そういう方法もあるけど、私はそんな事されてない」
父さんも私の事をじっと見ていたのだけど、その目は私が何かされてないかどんな些細な事でも見逃さないと言うものになってたのは話している途中に気が付いていたから驚いたりはしない。
最初は少しムッとしたけど、良く良く考えてみれば普通に心配してくれてるんだから感謝するところだよね。
「あのアルカネットという者が嘘を付いてたりはしてないか?」
「え……えっと~………」
アルカネットさんが嘘ついてないかって言ったら1日一回は嘘付くんだよねあの人……どうしよう…………
「……ふぅ、アルカネットさんは嘘つきだけど、人を傷つけるような嘘を付くような人じゃない。
そもそも、私から見たら魔族という人達は自分に正直な人が多いからこそ信じられる」
「どういう意味だ?」
「どうって……言葉通りかな?
サルタナちゃんもアルカネットさんも自分の気持ちにとても素直なんだよね。
一応立場も存在するけど、私達ほど気にしないで好きなことを好きなようにする人達で、例え皆が何か他の事をやってても自分がしたい事が他にあるならそっちをするのが魔族。
私はサルタナちゃんのそういう姿を何度も見てきた」
「しかし彼女はヒューマンなんだろう?」
「そうだけど、あの二人と同じくらい魔族らしい魔族の方が少ないと思うって四天王の1人、夢幻泡影ロゥタルさんも言ってたんだけど私もそう思う。
サルタナちゃんはお姉さんのアルカネットさんに強い憧れを持っていて、ずっとその姿を見て育ったサルタナちゃんは誰かに縛られるなんて事は殆どしないし。
帝国を落とす時は都合が良いからって自分から縛られてた訳だけど」
自分がしたい事の為にする我慢の度合いが凄い。
たぶん、自分で選んで決めたからこそできているんだと思う。
でも金髪が真っ白になっちゃうって、そんなに嫌だったんだ……
本当に良く頑張ってたよね。
「ふむ……ロイス、彼女達の様子はどうだ?」
「前まで子供がする英雄ごっこのような遊びをしておられましたが、今は兵に混ざって模擬戦をしている様子でございます。
実力としては1対1では兵が相手になっていないようですね」
なるほど、父さんは私を見てロイスはサルタナちゃん達の方を聞き分けてたみたい。
ネズミのワービーストであるロイスの聴力ならできるでしょうしね。
ところで英雄ごっこって何?
四天王とかけ離れてるんじゃないのそれ?
「む……主、お嬢様。耳を塞いでください」
「えっ?」
「シェリー」
キョトンとしている私の耳を父さんがパタンと閉じてわりとすぐにドォン!という骨にまで響いてきそうな音と衝撃がしてビクリと体がはねた。
な……何事?
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