閑話 フォルト


 僕の名前はフォルト・ダーニング。

 ガーランド帝国にあるメイドを1人くらいしか雇えないくらいに力の弱い貴族の生まれで、僕には双子の兄がいた。


 同じ日に生まれたのに長男である兄と僕では家での扱いの違いはとても大きかった。

 何をするにも兄が優先され、満足に外に出してもらう事もできなくて、あの地獄へ突き落とされたのも僕だった。


 僕はただ、母さんや父さんに兄と同じように誉めてもらいたくてとても努力した。

 けれど、最後のその時になるまで僕は知らなかった。

 僕はただ兄のスペアでしかなくて、兄に何か起きた時に使われるだけだった。


 僕は詳しくは知らないけど、僕の家の行動が気に入らなくて他の貴族が襲撃を受け、兄の変わりとして僕は囮として使われた。


 それから奴隷に落ちた僕は奴隷商に女物の服を着せられた。

 そっちの方が可愛らしくて喜ぶ人が多いらしいけど、それを聞かされても意味が分からなかった。


 買い取られた僕はあの地獄へ行く事になった。

 あの場所で何より辛かったのは、次は自分の番になるかもという恐怖を抱きながら、順番を迎えた者の結果を何度も見せられる事だった。


 やがて、僕の番になって………


「ついてくる?」


 僕とそう変わらないくらい小さな女の子に救われた。

 少し遅かった気もするけど、確かに救ってもらえた。

 白銀の髪と、その怪しく光っているように見える瞳がとても神秘的で、見た目は小さいのに大人のような雰囲気を感じさせる女神のようでドラゴンのような尻尾を持つ人。


 僕は女の子に、サルタナお姉ちゃんに差し伸べられたその手を取った。


 それからお姉ちゃんと過ごすようになって、みんな忙しそうで、お姉ちゃんも忙しそうなのにサルタナお姉ちゃんは僕常に側に置いてくれた。


 そう、ずっと側にいてくれようとしてくれた。


「あ………お姉ちゃん…………」


「ん?」


「トイレ……」


「……トイレ?ん~…………あ、トイレね、うんトイレね、それで?」


「えっと………トイレ行きたい………」


「そうなの?じゃあついてってあげる」


「え……」


 僕を拾ってくれてから数時間後の出来事で、まだ抜けきっていない恐怖と尿意に襲われながらお姉ちゃんを説得するのは凄く苦労した。


「トイレってフンをする場所だったんだ。

 フンを外に捨てるくせにわざわざする場所作るなんて変なの。

 それにしても、食べたものを全て魔力に変換できないなんてヒューマンって思ってたよりもっと下等なんだねぇ。

 ふふ、本当に劣等種~」


 口許や口調は笑ってるのに顔全体を見ると全く笑ってないとても器用なことをするサルタナお姉ちゃん。

 後でサルタナお姉ちゃんは良く笑う人だって分かったけど、この時は僕を怖がらせないように可能な限り笑顔を見せないようにしていたと教えてもらった。

 あとサルタナお姉ちゃんは本当は16歳で、教わるまで同い年くらいかと思ってた。

 おとぎ話で知ってたけど種族の差は大きい。





 数日建って、まだ太った男性が怖い所もあるけど僕は殆ど回復した。


 そうなるとお姉ちゃんは僕を外に連れ回しはじめた。

 頻繁に魔法を使ってみせたり、屋根の上とかやたら高い場所を通るし、煉瓦道のこの線は踏んじゃ駄目って良く分からない遊びをしたり本当に良く構ってくれて、僕が育った環境だから分かるけどその一つ一つから学ぶ事がかなり多い。

 特に、サルタナお姉ちゃんは魔術を使う時に必ず僕に触れて魔力の動きを教えようとしてくれる。

 サルタナお姉ちゃんはこれを魔法と言っていたけど魔術との違いが僕には良く分からない。


「あ……水出た………」


 喉が乾いたらまず魔法を使って駄目なら普通に用意するっていうルールで2日目、僕の手から水が出た。

 魔術のような術式じゃなくて、水が欲しいって思いながら魔力を作ったら出せた。


「おお!シェリーはそれできるようになるのに一週間は掛かったのに凄い!」


「わっ」


「よしよしよしよし!偉いよ!」


 サルタナお姉ちゃんに抱き付かれて髪の毛がメチャクチャになるくらい撫で回され誉められまわされた。

 恥ずかしかったししつこいくらいだと思ったけど、とても嬉しかった。

 こんな風に自分の何かを認めてもらえたのは初めてだったかもしれない。

 とにかく嬉しかった。


 その後僕はサルタナお姉ちゃんにもっと僕の事を見てもらいたいと思った。もっと誉めてほしいとも。

 それで、僕が女の子の格好すると喜ぶ人もいると言われたのを思い出して女の子の格好を見せてみた。


「ん……うん、可愛いよ?凄く似合うと思う。

 でも今は可愛いから良いけど、大きくなったらちゃんと男の子の格好しないと駄目だからね?

 え?いやいや似合ってなくないよ?凄く可愛い。

 私弟も妹もいないから新鮮だな、フォルト可愛いよ。

 サルタナお姉ちゃんが撫でてあげちゃう、ほらおいで」


 とても撫でられてとても誉められた。

 サルタナお姉ちゃんが喜んでくれるなら女の子の格好でも良いかなと思ってこの日から僕は毎日女の子の格好をするようになった。




「ねえお姉ちゃん、シェリーお姉ちゃん置いてって良かったの?」


 2週間もすればサルタナお姉ちゃんと話す分には普通に話せるようになっていた。


「え~?それってかなり可哀想な事だよ?

 だってシェリーは猫系のワービーストで下水道なんて臭い場所連れてくなんてもう拷問と変わらないと思うよ?」


 頻繁に舌をべっと出しながら歩いていたサルタナ姉さんが答えてくれる。

 それを言われてワービーストは身体能力に優れていて特に嗅覚が優れているのもいると聞かされた事があった気がする。


 そう言われたら確かに臭いしね。


 そうそう、姉さんが舌をべって出すのはより正確に周囲の動きを把握する為だって。

 試したけど僕は分からなかった。


「あ、ほらいたよ」


 何かに気付いてサルタナお姉ちゃんが駆け寄って掬い上げる。


「ほら見て、さっき話に出た珍しいスライム」


 話ってさっきのニャーニャー喋ってたあれかな?


「わ……スライム初めて見た」


「え?スライム初めて見た?……あ、町暮らしじゃ見ないもんね」


「これ……触っても平気なの?」


「この子は死骸しか食べないから大丈夫だよ。

 それじゃ用も済んだし帰ろ、ここ私でも臭い、シェリー連れてこなくて良かった」


 その4日後、サルタナお姉ちゃんの部屋の一室がスライムで埋め尽くされてお姉ちゃんがお腹抑えてのたうち回りながら笑っていたのにつられて僕も沢山笑った。


 サルタナお姉ちゃんはスライムを増やす方法を知っていたらしいのだけど、条件が整いすぎて思ったより増えすぎたって爆笑してた。


 スライム増やしたのは下水道の掃除の為ってことで沢山のスライムを用水路に押し込むのは大変だった。





「それじゃ明日からスライム達に良く従ってもらう為にドングリ広いにいこっか」


「え……ドングリってなに?」


「え?ドングリ知らないの?これくらいの木の実なんだけど……

 まあ明日実際に見せるから拾うの手伝ってね」


 その言葉通り姉さんに森に連れていかれた。

 僕にとっては町の中ですら珍しい光景が多かった。

 けど、外の広さにはとても驚いて、珍しい光景だけど、驚きすぎて怖くなった。


「ん?……フォルト大丈夫?」


「え?う、うん、大丈夫」


「ん~……そっか。じゃあ辛くなったら言ってね。

 それじゃはい」


 優しい口調でそう言ったサルタナお姉ちゃんは僕に背中を見せて姿勢を低くする。


「ほら、乗って」


「え……歩けるよ?」


「シェリーの足でも一時間掛かるから時間短縮するの。

 他にもやりたいこと沢山あるし走るから乗って」


 お姉ちゃんに言われるがまま体を預けると、お姉ちゃんの手と尻尾で体を支えられて走り出した。


 確かにお姉ちゃんの言うようにお姉ちゃんの足はとても早い。

 けど、それよりも僕と差ほど変わらない大きさの背中なのに凄く大きくて暖かく感じる。


「……ねえ、サルタナお姉ちゃん」


「な~に?」


「なんで……こんなに僕に良くしてくれるの?」


「なんでって……そんなの当たり前でしょ?

 だって私はフォルトのお姉さんなんでしょ?

 お姉さんって呼ばれて、弟と認めたなら弟でも妹でも守るのは姉の義務だと私は思っている。

 私はいつもそうされてきたから、今は私の番ってだけじゃないの?」


 何処までも不思議そうで、何でそんな事聞いてきたのか分からないって顔をされた。

 それがとても嬉しくて、僕は力一杯サルタナお姉ちゃんに抱きついた。


「……ありがとう……………」


「ん?ん……?どういたしまして?」





「お姉ちゃん、なんでドングリ集めたの?」


 森に到着してからドングリ集めを終えて町に戻ってテーブルにドングリを置いて一つ一つ分別し始めたサルタナお姉ちゃんに聞いてみた。


「ん、生け贄に使う用と食用で分けてるの」


「え?ドングリって生きてるの?」


「んーにゃ、違う違う。ドングリって美味しいから虫が食べる為にこの中に入っちゃうんだよね。

 だから虫入りドングリは魔法の生け贄に使って入ってないのはオヤツ。

 こうやって……んぐ、美味しいよ?」


 拾って持ち帰ったドングリを口に放り込んでボリボリと音を立てて噛み砕きながら僕の口へと運んでくる。


「ん……んむ……」


「あ、固くて噛み砕けないかぁ……

 ちょっと待って………はい、あ~ん」


 いちなり指を僕の口に突っ込んでドングリを回収して、自分の前歯でガリッと簡単に砕いてまた僕の口に入れ直してこようとしてくる。


「ちょっとお姉ちゃん……それは下品だと思う」


「好き嫌いしないの!

 それに品なんかでお腹が膨れるわけないんだから、冬なんて何か狩れるまでドングリで耐え凌ぐしかない時もあるんだから我が儘言わない」


 そう力強く叱られて僕はドングリの中身を食べたけど美味しくなかったけど不味くもなかった。


 この後町の大通りに魔法をかけた虫入りドングリをばら蒔いたけど、世間知らずな僕でもやっぱりサルタナお姉ちゃんは変だと思う。

 でも、いろいろ教えてくれて、意味無さそうな個とでもちゃんと意味があって、僕に考える事を沢山させてくれて、何より側にいて楽しかった。


 だから、サルタナお姉ちゃんの役に立てるよう色々頑張ろうと思ったそんな矢先魔王が現れて、自分がどれだけ役に立たないか良く理解できた。


 だから、頑張ろう。

 今度は僕が守れるように。

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