異変


 思い上がりだったのかな……


 借りている安いボロ家に戻る途中、私はそう思った。


 サルタナちゃんは私の前だとなるべく素の姿を見せようとしてくれてたのだと思う。

 私と二人きりの時だけそのフードを外してくれるし、時々、授業中なんか私にもたれ掛かってくる時があった。


 あれはサルタナちゃんなりの友人としての軽いスキンシップだと思ってたけど、そんなんじゃない。

 今だから分かるけど、信じられる存在が全く居ない状況で唯一、僅かでも温もり感じようとしていたんだと思う。

 それだけ、今日のサルタナちゃんから受けた印象は大きかった。


 それなら私がもっと側に居る時間を作ろう。

 そう考えたけど、拒絶された。


 ギルドで言った通り、あの場を納めてからサルタナちゃんの家に私は行った。

 けれど、扉を少しだけ開けて顔を見せてくれただけで、サルタナちゃんは虚ろな目をして私を見てくれていなかった。

 サルタナちゃんは何処か遠くを見つめながら、簡単な受け答えをしてくれたけど、何処まで私を認識してくれているのか分からなかった。


 その間、サルタナちゃんは色のくすんだ布をずっと大切そうに抱きしめていた。


 とても大切そうに、私よりも……

 それこそがサルタナちゃんを支えてる何かの根元になってるんじゃないかって確信が持てるくらいには強い執着を感じて、ただただ、この時だけは邪魔しないでくれ、そう言われてる気がしてならなかった。


「ハァ……お腹すいた」


 場を納めるのに二時間以上掛かった。

 サルタナちゃんが何をしたのかの説明なんかが主で、ドラゴニュート特有の火の息吹きなんかを使用する事無く16という若さでオーガを倒した。

 それがどれだけ異常だったか再認識した。

 何故ならモンスター討伐専門の傭兵と言っても過言ではない彼等があれだけ大騒ぎしたんだもん。

 素人の私でも現場を見て異常に感じて、現場で活躍する彼等の混乱具合で私が思っている以上には異常だと言うことが分かった。

 人類最強種の名は伊達じゃないんだと思わされた。


「今日は少し奮発しようとしたんだけどなぁ……」


 サルタナちゃんの変わりに受け取った薬草の報酬分のゴールドを見る。

 私の少ない自慢だけど、私はアイテムボックスが人より大きい。

 だからサルタナちゃんより入れられる量が多くてサルタナちゃんもビックリしてくれて少し自慢気になったけど、こんな事になるなんて。

 一緒に何か食べようとしたんだけどなぁ……


「………ッ!!!」


 一人なら安く済ませよとキョロキョロと探しているうちに、細く暗い路地からいきなり人の手が伸びて引きずり込まれた。


 それを理解した時、私は徐々に意識を手放していった。









「………あれ………ここは?」


 私が目を覚ますと、そこは一言で表すなら牢屋だ。

 気が付いたら牢屋にいる。

 一目で牢屋だと分かっても状況が理解できない。


「…………」


 ご丁寧に私の手足両方に魔封じの枷が付けられていて、服も普段着から安っぽい白のワンピースだけになっていた。


 周囲には誰もいなくて鉄格子の先にも監守らしき人は誰も居ない。

 耳をすませば遠くで人が馬鹿騒ぎしているのが分かったくらいで、ここで大声上げても馬鹿騒ぎのせいで聞こえないかもしれないし、微かにお酒の臭いもするから酔っ払いに殴られるかもと思った私はパタリと横になった。


「……お腹すいた」


 慌てるにも手足が拘束されて全く動かせない。膝を使って移動はできるがしてなんになるんだと思った瞬間逆に冷静になった。


 何をするにも無駄だ、寝よう。









「おい起きろ!」


 ガンガンと鉄格子を蹴る音で叩き起こされる。

 目を覚ました私は素直に従い起き上がる。


「お前……思ったより冷静だな」


「本当にそう見える?

 ……それ、私のご飯ですか?」


「あぁ、お前は丁重に扱わなきゃならねえからな、怪我させてガキだとしてもドラゴニュートが暴れたらシャレにならねえ」


 置かれたトレーにはパンと水、それにスープまである。

 思った以上に待遇が良いと思うけど、そっか、人質か。


 ドラゴニュートに暴れられたらか……

 昨日オーガはサルタナちゃんが140㎝くらいとはいえ片手で二メートル以上真上に放り投げた。

 それだけの腕力を持つオーガの一撃を正面から受け止め弾きあげたサルタナちゃんもオーガと同じくらい人を投げられる事くらい簡単に想像ができる。

 そこまで投げられて目の前の男がちゃんと受け身を取れるか……

 無理だと思うけど。


 それよりも………


「サルタナちゃん……私を助けようとしてくれるかな………?」


 昨日最後に見たサルタナちゃんの姿は正直、怖かった。


「そうでなくちゃ困るんだがな、まあ、そうだった場合お前はイカれた貴族の宴に送り込まれるだけって話だがな」


「宴……?」


「あぁ、あれはな……」


 男が気色の悪い笑みで答えようとした時だ。


 パキンッ………と音が部屋に響いた。


 音の発生源、自分の手足の枷に目を向けると枷は外れ、まるで煙のように消えていっている。


「………え?」


「お前……なんだそりゃ……?」


 男も私も訳が分からずお互い顔を見つめあう。

 そして、男が鉄格子越しに消えかけの枷に触れようとした時だ。


 ドゴンッ!


 と、音が部屋に響き渡った。


 私は目をパチクリさせてそれを見つめ、目を擦りもう一度見直してみる。

 けれど結果は変わらない。


「な……なんだ……これは …………」


 今話していた男が地面に張り付き、身動きがとれなでいる。


「ガッ…アアァァァァァ!!!」


 ジュウウウウウウウと焼ける音と臭いがする。

 男の頬には、この町に住んでいれば見たことの無い者の方が少ない紋章。

 奴隷の証が頬にハッキリ付けられていっている。


「え……えっ……?」


「なんでシェリーがこんなところに閉じ込められているのかな?ヒューマン」


「サルタナちゃん……?」


 何も無い空間がグニャリと歪み、トンッと音を響かせ着地した赤い尻尾が特徴的な存在、サルタナちゃんはゴミでも見るかのように男を見ていた。


「な……お前がコレ……ブッ!!」


 後頭部を踏みつけられ顔面を地面に強打させる。

 それでもサルタナちゃんは足を退けずグリグリと踏みつける。


「必要以上な事を話すなよヒューマン。

 ……まぁ、お前達の考えそうな事は大体予想つくから良いか………死ね」


 ゴキッ、と首からしてはいけないような音がして、男は血の混じった泡を吹いて絶命した。


 サルタナちゃんは私に振り向き、鉄格子に手をかけると、草でも掻き分けるように曲げて中に入ってきた。


「助けに来たよ。

 ごめんね、怖い思いさせちゃった」


 昨日の怖かった表情が嘘のように、サルタナちゃんは私を心配してとても優しげな笑みを浮かべた。


「……ううん、私が悪いの………私が、サルタナちゃんが秘密にしてた事……勝手に判断して喋って………」


「うん、分かった、流石ヒューマン。

 シェリーが話しちゃったの私に報告して警戒される前に拐って人質にでもするつもりだったのかな?

 ……まあ、いいや。

 どうせ今更だし。

 それより外出よっか。」


 サルタナちゃんが私の手を取り、腰を押さえて優しく立たせてくれる。


「行こ」


 サルタナちゃんに連れられて廊下を歩く。

 この場所は地下だったらしく、階段を登り、マンホールのように設置されている隠し扉を内側から開く。


 真っ先に来たのは、うなり声だ。


 大の男達が地面に張り付いていて動けないでいる。


「薬草狩りの……狂犬………」


「邪魔」


 偶々通路の段差みたいに倒れていた男がサルタナちゃんの二つ名を呼ぶ。


 それが彼の生涯最後の言葉だった。

 サルタナちゃんの尻尾に吹き飛ばされた男は顔面が凹み、間違いなく脳が圧迫されて即死している。


 今死んだ男もそうだけど、この場にいる全てのヒューマンに奴隷の烙印が付けられていた。


「あの……サルタナちゃん……」


「ん……あ、ごめん、嫌なもの見せちゃった……よね?

 でも……コイツらに生きる価値は無いし、これからもっと沢山殺す事になるから」


 サラッとそんな事を言うが、本人はまるで冗談を言ってるかのように見えるほど清々しい表情をしていた。

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