夢を見ている。


 目を覚ました私は夢の中にいると何故か理解できた。


 私は土と岩の多い穴の中、私が8年間過ごした大切な場所にいる。


 人間の文化を真似して作られたできの悪い、それでも思い出深い扉を押し開く。


 そこで、いつものように真剣な表情で縫い物をしている。

 私はこの表情が大好きだ。

 とっても綺麗で、素敵なんだ。


【これは……驚いた、こんな物好きがいるのか】


 物好きって……普通に良い趣味してると思うけど?

 着せ替え人形みたいにされたこともあるけど……


「おはよう、姉さん」


「ん……あぁ!え、もうそんな時間?

 えっと、サルタナちゃんおはよう」


 慌てながらも親しみの籠った優しい笑みで挨拶をしてくれる姉さん、木で作った像なんかとまったく違う、赤い髪、赤い瞳、赤い鱗の優しい姉さんの姿。


「どうしよう、もうサルタナちゃんが起きる時間になってたなんて、まだ何も準備できてない、えっと、とりあえず着替えたりしてて!」


 そう言って姉さんは奥へと行ってしまう。


 待って!お願い!私、頑張ってるよ!だから!


【追っかけたい気持ちは分かるけどこれ貴女の記憶だからできないよ】


 必死で姉さんを呼び止めようとしても声が出せないでいると、世界が加速する。


 まるで流れるように私の思い出の光景が写し出されていく。


【ぐ……これは……中々キツいわね………】


 やがて私の視界はとてもボヤけていて、とても苦しくなった。

 苦しくて、熱くて……

 そんな中、姉さんが側にいてくれて、私の手を握っていてくれている。


「起きた?何かしてほしい事無いかな?お姉ちゃんができる事、なんでもしてあげるから」


 と言葉を掛けてくれる、いつもの明るい姉さんの姿は無く、消え入りそうなくらい不安そうにしていて……

 私の意思は姉さんの言葉に答えようとするけれど、体は答えようとしない。


【だから……これは記憶であって……今起きている事じゃ…………】


 この頃の私は高熱を出して寝込んでいた。

 この時もし私が、死んでも構わないから側に居させてほしいと言ったのなら、優しい姉さんは、私を側に置いてくれただろうか?


 それは……ありえないか。

 姉さんの事だから、私が何を言おうがやることは変わらなかった。


 姉さんは私を救うために人の元へ引き渡した。

 その時に沢山の貴重な物も村へ渡している。

 この子を救わなければ皆殺しにすると、苦手なくせして脅しをかけて、姉さんは、あれだけヒューマンを恐れていたのにそんな危険な事をした。


 その時の事を私はあまり良く覚えていなかったが、同い年くらいのヒューマンの子供が私をモンスターと呼び攻め立てるようにして教えてくれた。

 それまで何で側に置いてくれなかったんだと嘆いていた私は、その時理解した。姉さんの愛を。

 確かに姉さんの愛を感じて、だからこそ今の今まで長い間我慢する事ができた。


 姉さんの愛を理解した私は同時にこう思った。

 これは逆に都合が良いかもしれない。


 気に入らないけど、私もヒューマンで、一応ヒューマンという枠組みの中に入っているのだから、姉さんが恐れたヒューマンの事を具体的に知る事ができるかもしれない。


「姉さん、服を作るの好きなのになんでヒューマンに聞かないの?」


「あ~……えっとね、ヒューマンが怖いからかなぁ………」


「あんなに弱いのに???」


「一人一人はね。でもね、冒険者とかいうヒューマン達がね、ここら辺の主をしていたプラントドラゴンさんを刈っちゃったんだよね、私よりずっと大きくて強い人だったのに」


「え~嘘だぁ」


「嘘じゃないよ!!確かにヒューマンは弱いけど、弱いのもいれば強いのもいて、強いのが沢山来たらどうしようもないもん」


 ……なんて、話したっけ。

 良くヒューマンの事を調べた今なら分かる。

 ヒューマンの怖さは力じゃない。

 怖いのはその残虐性と数。

 殺す為ならどんな手段をも厭わない、例え、同族相手でも。

 それがヒューマン。


【ふ~ん……なんでそこまでヒューマンを毛嫌いするのかしら?

 貴女もヒューマンなのに?少し見させてもらうわ】


 再び世界が加速して流れる。


 私が城下町へと入ろうと並んでいる。

 この頃の私はまだ髪が金色で、姉さんが怖れた人間について深く知るため本格的に行動しようとした時期だ。

 知っていれば具体的な案を出して姉さんを助けられるから。


 数十分並んで私の番になった。


 それを見た瞬間、私の脳裏にある光景が浮かんだ。


 赤い、赤い、赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い……


 真っ赤に染まる、人形の山。


 人形がケタケタ笑いながら人形に剣を振り下ろし、真っ赤な人形が動かなくなる。


 剣を持った人形が着ている鎧。


 その鎧に刻まれた紋章……


 この瞬間まで私は忘れていた。

 そもそも当時の私は2歳だ、覚えている方がおかしい。

 それに、姉さんと過ごす時間があまりにも幸せで、そんな事気にもしなかった。


 けれど、鮮明に私のトラウマが脳裏を駆け巡っていた。


 私の大好きな、姉さんの赤。


 私の大嫌いな赤………


「え……おえぇ……」


 私はあまりの事に吐き出した。

 まだ11の少女がいきなり吐き出した事に騒ぎになり、その騒ぎでやって来た神聖術のスペシャリストである神官、その神官が首から下げている神のシンボル。

 あの光景の中の殆どの人形がこのシンボルを持っていた。

 真っ赤な人形も、それ意外の人形も。


【……………】


 世界が加速する。


 そこは木の中だ。

 とても大きな木の頂上付近、葉を分けてその光景を眺めた。


 その光景は、沢山のヒューマンが死ぬ。

 死しか無い、何故こんな無意味な事をするのだろう?


 戦争


 帝国と王国は年に1~2回ほどの頻度で適当な理由を作り戦争を行う。

 帝国軍の偉い騎士が部下に言った、汝らの信仰の証明の時だと。

 信仰って………何?

 何を信じている?神?神って誰なのそれ?


 私はそんな存在見たことがない。


 神はヒューマンを愛し救ってくれる?

 だから我々の勝利は揺るがない?

 意味が分からない。


 なんで……なんでそんな根拠もない事を疑う者が居ないの?


 また、一人のヒューマンが死んだ。

 その最後の言葉は「神よ……」であった。


 神なんて都合の良い存在は信じてくれる者を救ってはくれなかった。

 なのに誰一人疑わない。

 アイツは信仰心が足りなかったからだ。

 神への反逆者だったから。

 数時間前まで同じように鍋を囲んでごはんを食べていた仲間に対してなんでそんな事が言えるの?


 怖い


 ただただ、そう思うしかなかった。


 なんなんだこの光景は、気持ちが悪い。


 そう思いながらも私はその光景を見続けた。

 ヒューマンという危険な存在からどうしたら身を守れるか、どうやって戦うかを学ぶために。


 私が見届けた戦争は、数の少ない王国側が先に物資不足に陥る事を見越して長期戦に及び三週間も続いた。


 その全てを見届けた後、私は自分の気が狂っているんじゃないかと不安を抱いた。

 あの光景を疑う者は私しか居なかったからだ。

 誰もが受け止めて、それでも私はアレと一緒になりたくない。


【……………】


 世界が加速する。


 目の前には、髪が真っ白になっている自分の姿があった。


 水面に写る私の髪は真っ白になっていて、それに気付いて唖然とし、無意識に私は自分の唇から血が流れるくらい強く噛み締めていた。

 徐々に痛みで状況を飲み込めた私は悲しくて悲しくて泣きわめいた。


「サルタナちゃんの髪は満月みたいで綺麗よね」


 姉さんの言葉だ。

 本当によく誉めてもらっていた髪が真っ白になっている。


 泣きわめきながらも、私の脳裏にまだ響いてくる。


 助けて!痛い!お願いします!ごめんなさい!ヤメテ!


 この数日前、私は一匹のワービーストを見棄てた。

 12歳である私よりも幼い子供だった。

 子供は奴隷であり、この時の私は城の禁書庫なんかに忍び込んで沢山の情報収集と、今は完成している計画をし始めたころだった。


 私は、救える力を持ちながらも見棄てた。

 その子供が蹴られて悲鳴を上げる姿を見ていて止めもしなかった。

 それは必要な事だから。


 それでも、本当の意味でこの町の住人になってしまった気がして気持ちが悪かった。


【もう……いい………見たくない……感じたくない………】


 世界が加速する。


【なっ!?ヤメテ!もういいから………ッ!?】


 ……ヒューマンに、生きる価値は無い。


 真っ赤。


 私の、大ッ嫌いな真っ赤な色。


 同じ知的生命体を生き物とも思わない。

 ヒューマンの言うところの悪魔の宴と呼べる光景。


 悪魔はどっちだ、悪魔より酷いんじゃないか?


【く……うっ…………】


 この国の地下にある、会員制の貴族達の娯楽。

 そんな言葉を耳にして少しでも興味を引いたのが間違いだった。


 ヒューマンは、遊びの為に動物を、モンスターを、ワービーストを、同じヒューマンすらも快楽の為に殺す。


 まるで、魚でも捌くように、ヒューマンがヒューマンの腹を捌く。

 笑いながら、歯車の間にそれを入れて潰れていく。


 殺そう。

 こんなの居てはいけない。

 皆殺しだ。

 ヒューマンは、一匹足りとも残さない。


「どんな手段を使ってでも……私が、本当の意味で私自身が一番大ッ嫌いなヒューマンになろうとも邪魔はさせない!!!」


【ガッ!!!】


 周囲の世界が赤黒い色だけで染まる。

 その色の中には私と、今捕まえたコレしか無い。


【なっ……なんて、痩せて狂った精神………なんで……正気でいられて………

 いや……それよりこの私を捕らえるなんて………】


「もう準備は出来ている。

 まずは帝国、この帝国に愚かさの対価を払ってもらう。

 私はヒューマンを皆殺しにする。

 そして、最後に私が死ねばヒューマンは居なくなる。

 4年掛かった、それを今更邪魔なんてさせないッ!!!」


 ゴキッ!と骨が折れる音が響いた。

 目の前のコイツの腕の骨がへし折れた確かな感覚がある。


【ぐ……ウゥッ!!!

 ま……待って………私は……貴女はアイツらと同じとは思わない……私達の仲間になれる……そう思った…………話を聞いて……………】


 その言葉の後、私の視界は途絶えた。


「ハァ……ハァ……」


 目が覚めて、本来居ないはずの他者の乱れた呼吸音を耳にしガバッ!と起き上がる。


「………貴女は?」


「いつっ……話を聞いてくれる気になった……?

 腕を折られるなんて……好奇心でした私が悪いのは分かるけど………中々重い代償だったわ…………」


 私が寝ていたベッドの側に腕を押さえて座り込んでいた女性。

 その女性はヒューマンの姿にコウモリのような翼と先端が槍のような形の尻尾を持っていた。


「散々プライベート覗いたからサルタナの自己紹介はいらないわ。

 私は魔王様から直々に名を貰った、ヒューマンの言うネームドモンスターでロゥタルっていうの。

 種族はサキュバス、よろしくね」


 ロゥタルは痛みを堪えながらもニコリとぎこちない笑顔を私に向けてくれた。

 これが私達の運命的な出会いだった。

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