狂犬
オーガ達へと手を振りながら帰路を進むサルタナちゃん。
ドラゴニュートは竜の血を持つ者で強者を好むなんて聞いたことはあるけど、さっきの戦いは凄かった。
本っっっっっ当に凄かった。
三メートルあるかなさそうなオーガの一撃を140㎝ちょっとしか無さそうなサルタナちゃんが真正面から受け止めたのにはもの凄く驚いた。
普通なら吹っ飛ばされるか潰されるような一撃を両足と尻尾の踏ん張りで耐えてみせたのだから。
その身体能力の高さは正に人類最上位種の象徴というのも納得。
そもそもドラゴニュートの成人って80歳からで、16歳のサルタナちゃんがコレって、大人だとどれだけ強いのドラゴニュート!?
「ん?どうしたの?」
「あ、えっとね」
サルタナちゃんがとても不思議そうにこちらを覗いてくる。
けれど私は、ニョロ、ニョロ、ニョロリと動く赤い尻尾が気になって視線がそっちに行っちゃう。
サルタナちゃんの尻尾はサルタナちゃんの2、3倍くらいあるのではと思うほど大きく長い。
尻尾だけで全体を支えることが容易だと思えて力強さを感じる。
「ローブ着直してるのは良いけど、尻尾隠さなくて良いの?」
「ん……?ハッ!ありがとう気付かなかった!
うわっとっと……」
「サルタナちゃん!」
「ん~、ありがとう」
慌てた様子でパンパンと叩くと尻尾が消滅し、尻尾が消えたことで重心が狂ったのか一瞬倒れそうになったのを支えてあげたらニコリと優しい笑みでお礼を言われた。
「あ……うん、どういたしまして………」
……サルタナちゃんってこんな可愛い笑顔できるんだ。
私の知ってるサルタナちゃんの笑顔は何処となく、とても疲れきっていて、無理矢理張り付けたような、そんな印象を受けるような………
確かに普通の人間なら気付かないくらい上手な笑顔だけど、筋肉の微妙な動きも本能的に察知できるワービーストに対して数回も見せていたら、私じゃなくても看破されるよ?
そして、そんなサルタナちゃんが心から微笑んでる。
それを作った切っ掛けは間違いなくさっきのオーガ。
「えっと、サルタナちゃん戦うのが好きなの?」
「ん?ん~……好きだね、どうしても戦いたいって訳じゃないけど、勝負事が好き。
勝敗がハッキリする物だと直良い」
「勝敗が?……ギャンブルとか?」
「そんなのはしないよ、競争とか好き。
ただズルイのは嫌い。
正々堂々とお互いに出せる全部で競う。
ヒューマンは罠とか張って、戦う前に勝とうとするから大ッ嫌い。
それの何が楽しいの?
中身の分かっている宝箱開けたって何も感動しないでしょ?」
さっきまで明るい様子だったのに被っているフード越しでも分かるくらい不機嫌になった。
「そ、そうだね」
サルタナちゃん本当にヒューマンが嫌いなんだなと改めて認識した。
それから話題を反らしてなんとか機嫌を直そうと努力して確かに実り始めていたのに一瞬で腐り落ちた。
森を抜けて町が見えるとブスッと不貞腐れた様子になってしまい、町に入ってからというもの、スーッと表情が抜け落ちていつも通りのあまり喋らないサルタナちゃんに戻ってしまった。
この変化はちょっとどころか物凄く怖い。
けれど私は、このサルタナちゃんしか知らなかった。
今までサルタナちゃんは恥ずかしがりやで口下手だけど正義感の強い子というのが私が知ってたサルタナちゃん。
けれど本当のサルタナちゃんは良く笑うし良く喋る明るい子で、命がけの戦いに見えたけれど、それは私の身体能力が低くてそう見えただけで、ただ遊んでいただけなんだと思う。
オーガもサルタナちゃんも。
だって、とても楽しそうだった。
子供が鬼ごっこで鬼の手をスレスレで避けたような、そんな感じの……うん、正にそんな感じに思った。
本当に楽しそうで……
「サルタナちゃん」
「ん………何?」
「この後ってどうする」
「ん、もう着いた」
そうやって軽く指したのは冒険者ギルド。
うん……それは知ってるよ?
でも、心配になるじゃん。
そんなつまらなくて仕方ないって感じになられちゃうと……って言うべきなんだろうけど、今のサルタナちゃんはあまり刺激しない方が良いと私の本能がカンカンカンッて警告音を鳴らしている。
これはアレですね。
たぶん下手にストレスを発散された分出しきってない分が微かに空いた穴を抉じ開けようとしているような、そんな感じ。
扉を開き中へと入っていく。
周囲の目線がこちらへ向けられ、騒がしく話していた冒険者達がいきなり黙って何やらボソボソと話始めた。
私の耳ならそれを聞き分けるのは簡単で、中でも……
「薬草狩りの狂犬?なんかどっかで聞いたような……」
「ん、私の二つ名」
「えっ!?サルタナちゃん二つ名持ちの冒険者だったの!?」
「どうでも良くない?
火の粉払ってゴミ掃除してたらそうなっただけ」
ベリッと乱暴に1枚の紙を掲示板から引き剥がし受け付けに向かうのを追いかける。
サルタナちゃんが薬草を置くのを見よう見まねして手続きをしてもらっていた時の事。
「おい狂犬、いくらなんでも昨日と今日の事はやりすぎじゃねえのか?」
と、男性が話しかけてきた。
見た目は若いですが、首からかけられたギルドの証が彼がBランクだと知らせてくれている。
私は彼の行動にとてもヒヤッとした。
もしサルタナちゃんが完全に竜化のできるドラゴニュートならBランク冒険者一人なんてムシケラ同然です。
「……何が?」
「何がって、もうすぐで大規模討伐が始まろうってこのタイミングでベテランBランクの骨粉々にした事だよ。
ただの神聖術じゃ完治しないぞあの怪我」
「………で?良かったねって話?
弱いくせに背伸びして死地に向かわなくてラッキーだったありがとうって言いたいの?
お前らの感謝なんていらない」
バンッと強く叩くような音がしてビクッと私の体が跳ねる。
そちらを向けば何故か山積みにされた書類が崩れてハラハラと舞っているのを職員が混乱しながらも回収している姿が目に入った。
あれ絶対にサルタナちゃんの尻尾でああなってるよ!
私から見てサルタナちゃんのローブが変に捲り上がって少しだけ捲れてるもん。
目に見えないようにしてるのは分かるけど怒って出しちゃってるよあの剣や斧よりずっと強い尻尾を!!!
「町や城を守るための討伐だぞ?
お前以前も参加しなかったよな、今回はするよな?するんだよな?」
「しない」
「お前ッ!」
「サルタナちゃんッ!!!」
男性が怒って拳を振り上げたのを見て私はサルタナちゃんの前に割って入る。
男の人も止まってくれて後頭部を殴られずにすんだけど、それよりも私の目の前で見えない何か……尻尾でしょうけど、何かが急に止まったことによる風でバサバサと髪が乱れて嫌な汗が流れた。
「……シェリー、ありがと。殺すところだった……もう今日は帰る」
「うん、その方が良いよ、先に帰って、私もこの後お邪魔して良い?サルタナちゃんといたいな!」
私はとにかく口早に用件を伝える。
周囲やサルタナちゃんの状況を考えて早く帰ってもらった方が良いことと、サルタナちゃんの今後を考えて……
「あ、おい待て!オイッて!」
「いい加減にしろぉーッ!!!
なんなの!?そんなに死にたいの!?
Bランク冒険者の癖に危機感も抱けないの!?
今あなた死んだよ!?
オーガですら直撃だけは絶対に避けてたのにヒューマンが当たったら即死じゃん!
バカじゃないの!?」
私はキレた、冒険者凄い怖いと今朝までの私は思ってたけど、オーガとサルタナちゃんの激突は私の常識を一変に変えるのに十分すぎることだった。
素人でも分かる、あの戦いはとにかく規格外の領域だったと頷ける。
あの緊張感の前ではこの男の威嚇なんて羽虫のようだ。
そもそも、オーガ一匹でBランクなら複数パーティでようやく対応できる存在だ。
この男の人が同じヒューマンのBランクでなくてAランク相当の強さだとしてもサルタナちゃんには敵わない。
Aランク1パーティでようやくオーガが狩れるから、全ての能力を使うこと無くオーガに勝ったサルタナちゃんに勝てるわけがない。
「ア?」
キレた私に対して男も逆ギレ一歩手前という態度だが、オーガと比べて全然怖くない。
私がキレている間にサルタナちゃんはとっとと出ていってしまって、もう近くには居ないと判断した。
「上手に隠してるけど、サルタナちゃんはドラゴニュートだよ?
オーガと遊び半分で戯れて逃がすような、そんなサルタナちゃんを怒らせて死にたいのって聞いてるの!」
「……は?」
私の言葉を聞いた男は冷水を掛けられたように唖然としていた。
男の人だけでなく、職員や他の冒険者達も騒ぎ始めた。
正直サルタナちゃんはやり過ぎた。
たぶん精神的に限界を迎えていたんだと思う。
あんなになってまで何かしたい事があるんだろう。
何か大きな夢が。
私も大魔術師になる夢があるから、ヒューマンが多くて多少の虐めを受ける事も覚悟の上で帝国城下町内の魔法学校に来たくらいだ。
結果はまぁ、多少なんかじゃなかったけどさ……
奴隷じゃなくても貴族様からしたら獣人は皆奴隷同然なんだもん。
そんな私を助けてくれたサルタナちゃんは、私よりもずっと大変な思いをしていたんだって今日初めて知った。
それでもこの城下町に住んで学校に通っているのはそれなりの理由がある。
さっきのサルタナちゃんの一撃はおそらくヒューマンなら簡単に殺せるし、ワービーストの私でも重傷は免れなかったと思う。
ここでサルタナちゃんが殺しをしてしまって目的が遮られるよりも、サルタナちゃんがドラゴニュートである事を明かした方が良いと判断した。
その分、私がサルタナちゃんを支えるから。
そう心に刻みながらこの場を納めるよう努力した。
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