戯れ


 目の前のオーガ達は彼等の言語を使わなくても私の意図をちゃんと理解し答えてくれた。


 私が引いた線を越えてきたのはオーガの男性だけで、他の人達は武器を置くことはなくとも確りと見守る姿勢だ。


 茂みに隠れていた矢を構えていた二人も姿を見せてくれている。


 やっぱり良いなあ。


 なんて良いんだろう。


 私はとにかく嬉しくて嬉しくて嬉しくなった。

 自分でも馬鹿みたいと思うけれど、そう思えて仕方ない。


 私も、彼等と共に、姉さんの側にいたい。

 私は、姉さんよりも絶対に早く死んでしまって、最後には必ず姉さんを泣かせてしまうかもしれない。

 我が儘だって分かってる。

 それでも、姉さんの側にいたい。

 私を手放したのも私の為だって分かっている、なら、もう私はその理由を克服する術を持っているのだから、私を拾って、私に沢山の事を教えてくれて、私を人にしてくれた事の責任として側においてほしい。


「すぅ~………行くよ!」


 私は嬉しい気持ちを一度押さえ付けて感情も纏めて解き放つように駆け出した。


 彼の大振りの一閃に対して足を止める事無く姿勢を低くして避けた。


「ッ!」


 手始めにしては中々に手厳しい。

 大振りの勢いを利用して続けてきた蹴りが目の前に迫りくる。


「ハッ!」


 蹴りのスレスレを体を捻るように跳び回避してようやく剣が届いた……が、これは腕で防がれてしまった。

 けど、それくらいしてもらわないとつまんない!


「甘いッ!」


 剣の持ち手を変え、空いた手で腕を掴み尻尾を振るう。


『オオオッ!!!……ハッ、やるな』


 尻尾が届くよりも早くオーガが私ごと腕を叩き付けようとしたので離脱する。

 私の判断の早さと適切な距離を取った事に対してオーガは魔族の言語で賞賛をくれる。


 その賞賛に私は嬉しくて嬉しくてつい頬がつり上がる。

 本当はすぐにでも魔族の言語で返したい。

 友達のシェリーしか居ないからなおのこと気持ちが押し寄せてくる。

 シェリーなら大丈夫だと。


 シェリーなら大丈夫……だとしてもまだ少しだけ、彼女に告げるのは早い。

 シェリーなら理解してくれるだろうけど、それでもまだ早い。

 冷静なところにある私がそう訴えかけてきてそれに従うことにした。

 慎重になることに越したことなんてないんだから。


 離脱した私はゴロゴロと受け身を取り体勢を建て直し首を振り余計な考えを隅へ押し込む。

 彼はそんな雑念があって勝てる相手じゃない。

 だから今は全力で楽しもう。


 受け身を取った時にほんの少しだけ指を切ってしまったのに気が付いてペロリと一舐めしておく。


「今のじゃ駄目かぁ……今の動きが私の最も得意な動きだったんだけどなぁ……フフ

 じゃあ、力比べしようか!」


 下手な奇襲で終わらせるのは勿体ない。

 せっかくならいろいろ試そう!


 フェイントを交えながら距離を積め、今度は真正面からオーガの斬撃を防ぎ。


「ぐ……ヤァッ!!!」


 一瞬力を抜いてオーガの剣を滑らせ地に着けさせて足場にする。


 魔法の基礎である身体の魔力的活性化による魔の衝突は私が勝った。

 しかし他の要素が圧倒的に負けていた為に搦め手を使うしかなかったのが少し悔しい。


『小癪な!』


「うわぁっ!?」


 下ろさせた大剣を足場として横凪ぎを放とうとした瞬間体全体が浮遊感に襲われた。

 彼によって体が高く飛ばされたのだ。


 木製の大剣でないとできない技だが、私は自分の身長より3倍はある自慢の尻尾を使い大剣に巻き付き、自分の尻尾を足場にし直し跳躍で距離を取る。


 向こうも私の尻尾の厄介さを理解したのか警戒してくれた。

 尻尾捕まれなくて良かった……


 魔法と魔術の違いは基本的に体内の魔力を使うか、空気中にある魔力を使うかの違いであり、魔力的活性化は生き物が空気による呼吸をするのとは別に、魔力を吸い込む事によって体を巡回させるものであり、巡回速度などで大きく差が出る。


 人種がモンスターと呼ぶ魔族である彼等はその空気中、つまりその環境の魔力で肉体が変化する。

 フロストオーガなんて存在も要るのだけど、氷に片寄った魔力を体が馴染むまで吸った影響でそうなっただけであって、フロストオーガもオーガも同じだ。

 文字通り肉体の性質が変化する程で、魔力的活性化は自然そのものをどれだけ感じ取り理解して適応できるかで大きく変わる。

 その肉体の変化を人種は進化と呼んだりする。


 それと魔族とはある一定の知性ある者達の事で知性の低い者は魔物という。

 ヒューマンは当然として殆どの人種は知らない事だろうけど。


 そもそも魔族の種類は人種と比べるのも馬鹿馬鹿しくなる程多く、中には知性さえあれば死者ですら1種族として受け入れられるのが魔族だ。

 人類より多くて当然。


「ハッ!」


『チィッ!』


 お互いに剣を振るい、完全に互角なのか決定打を与えられず体力の削り合いになっていく。


 私が決定打を与えられないのは単純な体格差と彼の強靭な皮膚によるもの。

 ただでさえ向こうは大剣を小剣のように振り回し私の剣より1.5倍大きいのに、腕そのものが私の1.5倍じゃきかない程の差がある。

 この差はあまりにも大きい。

 尻尾は強力だし長いけど痛覚がちゃんとあるのでむやみに使うとすっごく痛い目に合う。

 実際序盤に吹っ飛ばされて持ちこたえる時に伸ばした尻尾を掴まれてたら終わりだった。


 逆にオーガには技がない。

 素人に毛の生えたような身体能力に任せた正に力の剣であるオーガ。

 その剣を私のただ受けるのでなく、受け流したり、いきなり軽くしてみたり、はたまた私だけ全力で魔力を込め剣と剣をぶつけさせるよう誘導させ手を痺れさせられたりと思うように行かないでいる。


 まったく、もう腕けっこう痺れているはずなのに種族差って大きいなぁ。

 向こうも同じような事考えてるんだろうけど。

 初手で見た尻尾の奇襲の威力を分かってるから全力で踏み込めない。


 まあ、彼はその苦戦も楽しんでるんだろうけどね。


 だって……私がそうだもん。


「はは」


 おっと不味い、つい笑いが溢れてしまったのを押さえて止める。


『ふ……ふふふふ、強い、強いぞ、小娘!ははははは!』


「……あはははは!」


 さすがにズルい。

 私は肩で息をし始めていたけれど、それでもこんなに楽しいの久しぶりなのに先にそんなに笑われてしまったらこっちも止められない。

 決着が付いてないのにお互い手を止めるなんてほんと、なんて良いのだろう。


 これがヒューマン相手なら内心隙やりなんて思いながら矢を放ってくるんだろうなぁ。

 おのれヒューマン汚い。


「……ハッハッ、こっちは、ハ、そろそろキツいのに、まだ余裕そうだね。

 ……そろそろ終わらせない?」


 あぁ、もう、本当楽しい。


 相手がヒューマンだったならきっとこうは行かない。

 奴らは平気でプライドを捨てる。

 いや、そもそもプライドなんてモノは奴等には無いのかもしれない。


 けれど、彼等は、やっぱり私の大好きな彼等だ。

 私は、ヒューマンなんかじゃなくて、あなた達と生きる。


「これで決着を付けよう!

 白黒ハッキリ付かなきゃつまんない!!行くよッ!!!」


 ああ、本当になんで………


【なんで貴女はヒューマンなのかしら?】








 …………今、何が起きたの?


 一瞬……意識が…………?


「ッ!?」


 目の前に剣が迫り、反射的に防げたけど剣を弾き飛ばされてしまった。


 どうする……どうする……!?


 落ち着いて状況を分析しろ私。

 焦ったら負ける。

 剣を取りにいけるか……無理、そんな余裕彼は与えてくれない。


 …………いや、まだだ!これが最後!


「私は『負けない!!!』」


 勝ち誇った顔で飛ばした剣の方を目線だけで見る彼の手にしがみつき、尻尾で足払い仕掛けた。


「ハアアアアアッ!!!」


 もう負けたくない一心でがむしゃらだったと言われても仕方ない。

 私は体勢を崩したオーガを背負うように持ち上げ叩きつけた。


 そのままオーガに飛びかかり、腰の木のナイフを喉元で寸止めする。


「フーッ……フーッ………」


 私にナイフを突き付けられても彼は抵抗しない。

 私を勝者と認めたのだろう。


「ふー………ヒーリング、ヒーリング」


 神聖術ヒーリングを彼に使い、次に自分に対し使い傷と疲労を癒す。

 その後私は立ち上がり、彼に手を差し伸べる。


『お前……今、我々の言葉を………

 ………いや、聞かないでおこう、お前が勝者だ』


 あぁ、なるほど、それも勝敗を左右させたのか。

 話せないと思っていたらいきなり話したんだもんね。

 それは驚く。


 けど、勝ちは勝ち。

 私は今できる最高の笑顔だけで答えると彼も笑い手を取ってくれた。


 彼が私の手を握り起き上がる。

 私と彼は数秒手を握ったまま見つめあい、やがて手を放し大剣を返してもらった。


 私は彼に一つお辞儀をして飛んでった剣を回収してからシェリーの元へ戻っていった。


「ふぅ……シェリー、もう大丈夫だよ、ほら帰ろっか」


「え、サルタナちゃん、えっ?えっ?」


 私はポケーッとしているシェリーの手を取り彼等の方へ足を進めると、彼等は道を開けてくれる。


「ありがとう、とても楽しかったよ」


 私は彼らの開けた道を通った後、彼等へと振り返り手を振りながら森の出口へと足を進めていった。

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