薬草採取
魔女の森
サルタナちゃんに連れられて来たこの森は昔多くの魔女が住み着いていて、数百年前に行われた魔女狩りによって今では魔女の姿は一切ありません。
魔女の森なんて言われてるのは子供が森へ入ってしまわないようにする為で、今では魔女の恐ろしさとは子供に聞かせる為のおとぎ話のようなものになっています。
それでも時々、畑仕事を手伝わされている子供が親の目を盗みサボりがてら森に入ってしまうなんて話を耳にします。
「シェリー、ストップ」
そんな魔女の森に入ってすぐの事。サルタナちゃんの注意で足を止める。
何故止められたかなんてすぐに理解できます。
明らかに鳥や小動物とは違う何かがいる音がするからです。
「あ……ごめんね、真っ先に私が気づくべきだったのに」
森に入るなんて事片手で数えられる程しかしたことの無い私は久しぶりの良い空気や幻想的な風景に気を取られてワービーストの優れた聴覚を殺してしまっていた。
「んーん、気にしないで。
それよりシェリーは森を歩き慣れていないみたいだから、疲れたらちゃんと言ってね。何か起きた時に走れないは困るから」
「そ、そうだよね、わかった。ちゃんと言うようにするね」
サルタナちゃんはぎこちない笑顔でひらひらと手を振って答えてくれた。
なんていうか、サルタナちゃんって普段から疲れきっている表情してるよね……ここまで歩くのだってけっこう疲れるのに、学費を払う為とは言ってもそのうち倒れちゃうんじゃ?
風邪なんてひいたら完全に終わりじゃん。
私の心配を他所にサルタナちゃんが先導して音の方へ進んでいく。
大型の動物だったならお金になるし食べても美味しい鹿とかが良いななんて考えが一瞬過ったけど全然違った。
「……子供?」
そこにいたのは私より年下という印象の……パッと見ならサルタナちゃんよりは年上に見えるくらいのヒューマンの子供が4人いた。
冒険者は成人していなくても、正式な冒険者になるなら15。
英雄談に憧れてしまった貴族の子供の為に作られたというCランクが上限の仮冒険者なら10才からなれる。
いくら英雄談に憧れたとは言ってもあんな無法集団みたいな世間体悪すぎる働けない者の最後一歩手前みたいな職業になるなんて何を考えていたのだか、お貴族様……まあ私もワービーストの中ではそれなりの地位だけど、男の子の考えってわかんない。
それで、この10才からってルールを作ったのは貴族様だけど、作られて最初の一人以来貴族が冒険者になったという話は聞いた事がない。
もしかしたらいたかもしれないけど、仮にいたとしたら家の名を名乗れなくなったような人かな?
という訳で貴族の為に作られたルールだけど貴族はこれを使っていない。
使っているのは親が居ない子供が多い。
目の前にいる子供もたぶんそういう子なんだろう。
……あれ?今気付いたけどサルタナちゃんもそういう子に見える?
「……っ!!!」
私はそ~っとサルタナちゃんの顔を覗いて驚いた。
サルタナちゃんの瞳がうっすらと赤く光っていて、向けられているのが私ではないと分かっていても怯んでしまう程の殺気を感じたから。
サルタナちゃんの視線の先を追うと、やはり子供達に向けられていた。
子供は石を拾っては何かに叩き付けているように見えた。
良く見てみるとそこには角の生えたウサギの姿があった。
名前は出てこないけど確か魔物だった気がする。
「なんで……あんな酷いこと………」
絞り出すように小さな呟きだったけど、ハッキリと聞こえた。
う~ん……確かに弱いものいじめに見えるけど完全に食物連鎖だし……
「酷い……確かに酷いけど、そうしないとあの子達も生きていけないんじゃないかな?」
ギロッと睨まれた。
けどそれも一瞬で、今のは自分が悪いと認め「ごめん」とサルタナちゃんは謝罪した。
感情もあって反射的にやってしまったと分かってくれてホッとした。
たぶんサルタナちゃんじゃない冒険者相手なら暴力沙汰になってたんだろうなきっと……
「それでも……子を守る親を、あんな風に、子供に見せ付けるように痛める必要なんて………」
「え?」
サルタナちゃんに言われて確認し直したけれど、あのウサギ意外にそんな姿は見受けられない。
「……行こうシェリー。胸くそ悪いし時間の無駄だよ」
「あ、うん」
そう言って歩きだしたサルタナちゃんの足取りはとても早かった。
動作はただ歩いているだけなのにまるで早歩きしているみたいに。
私が息を切らし「待って」と声をかけるまでサルタナちゃんはそのペースを乱す事無く柔らかい足場である森をスムーズに進んでいた。
慣れていると慣れてないじゃここまで違うんだって痛感した。
サルタナちゃんに水袋を渡されて水分を取りつつ干し肉も分けてもらっちゃった。
どれも手慣れてて驚いた。
ついてきたのは多少はサポートしてあげられると思たからなのだけど……
完全に足手まといじゃん私………
10分程休憩してから移動を再開した。
「うわ~!本当に群生地がある!」
休憩後30分くらい掛かったかな?って思い始めたところで薬草の群生地を見付けて手を伸ばそうとして気がついた。
「あ、でもこれ、このままだと臭いしないけどさ、潰したり千切ると臭い凄いやつだよね?」
コイツ……図書館の本で見つけてトラウマになった天敵だ。
魔術調合のかなり難しい奴で扱う薬草だ。
冒険者ギルドではこの薬草を常時依頼で集めてるって事は、ポーションみたいな錬金術的なものでは簡単な部類でも扱うのかな?
「その通り、よく知ってたね」
「本で偶々見掛けてね、大魔術師目指すなら知っておけって書いてあってね、ひたすら臭嗅いでみたりしたら形簡単には覚えられたんだよね~……トラウマとして………
あれは鼻が駄目になるかと思った~アハハハハ」
もう2度としない、うん、絶対に。
「あはは、私もだけどシェリー馬鹿だなぁ~。
でも今回は簡単、アイテムボックスも二人分ある、収入は期待できるよ」
サルタナちゃんが地面に手を付けると地面がモコモコモコと動く感覚がして、薬草の根っ子にすら傷付ける事もなく簡単に取れる状態になります。
「あ、あ~……簡単って、そういう………
サルタナちゃんって凄いね」
「姉さんの方がもっと凄い」
「サルタナちゃんのお姉さんかぁ~。
ねえ、お姉さんってどんな人なの?」
サルタナちゃんが凄いって言うんだからきっと凄い魔法使いなんだろう。
「ん、シェリーと同じ赤い髪をしていて、サラサラで長くて、髪を魔力で固くできて、髪を使って裁縫なんかしてた、とっても優しい人で、私の名付け親。
サルタナって粒々が一杯な植物があって、私はそれが大好きで良く食べてたんだって。
昔すぎて私は覚えて無いけど」
あれ?
なんか……あまり聞いてはいけなさそうな内容な気がするけどサルタナちゃんは嬉しそうに話していて判断に困るなぁ。
覚えてないって、サルタナちゃん独り暮らしみたいだったし……
あれ?さっき子供達見てもしかしてサルタナちゃんってそういう子?って思ったけど本当にそうなの?
あ、こういうのやぶ蛇って言うんだよね……どうしよう………
「その姉さんと同じ髪の色のシェリーにサルタナちゃんって言われて、とても懐かしくなった。
サルタナちゃんって呼んで良いのは姉さんだけって思ってた、けど、シェリーは特別」
「え……本当?」
「本当」
「……そっか、えへへ」
なんか凄く恥ずかしいというかくすぐったい。
サルタナちゃんは気にしてないしむしろ嬉しそうでとても良い気分。
「さて、薬草の採取も終わったよね、帰ろっか。
……………サルタナちゃん?」
サルタナちゃんの方を見ると少し警戒した雰囲気で周囲を見渡していて、こちらを見る事無く口を開く。
「ごめんシェリー、囲まれてる。
数は11だね、これを逃げきるのは無理かも」
「えっ!?……大丈夫じゃ無いよね?」
またか!またなの私!?
何の為にこの頭の上にピンッて立ってるの私の耳!?
どうしよう、サルタナちゃんの役に全然立ててないし不味い状況?
「ん……不快だけど、同じヒューマンが刺激を与える前で、彼等が冷静ならなんとかなると思う……」
「うぅ……それって人種じゃないって事だよね?」
「ん……少なくとも私の知るヒューマンよりは……」
「ッ!サルタナちゃ」
偶々、サルタナちゃんを見ていたから偶然目にする事ができた。
ワービーストの反射神経だからこそ捕らえられたが、私が名前を叫ぶよりも当然のように早く、木々の間から飛んで来た矢は正確にサルタナちゃんへと走る。
が、ブォッ!という何か大きな物を振り回したような音がしたと思ったら、矢は弾き落とされ、その矢は折れてしまっていた。
「へ……あ……凄い………」
ワービーストの中には似たような事を素手でできる者もいるが、ヒューマンのサルタナちゃんが同じように叩き落とした事に驚いた。
サルタナちゃんはヒューマンじゃないのかも、それなら自分はヒューマンじゃないみたいな言い方も納得。
もしかしたらエルフとかで、それならまだ若いサルタナちゃんがヒューマンに拐われたりして奴隷にされる事を警戒して隠してるのも当然かも。
なんて、この状況で思ってしまう私は危機感が無いのか、事態をちゃんと飲み込めてないのか分からない。
「シェリー、少し後ろに下がって」
「……え?あ、うん!」
サルタナちゃんに押されてやっと言葉を飲み込めて数歩後ろに下がった。
後ろに下がった事が幸いしたのか、それとも不幸だったのだろうか、ニョロリとしたそれが良く見えてしまった。
サルタナちゃんの背中とお尻の間くらいからさっきまで無かったはずなのに、とてもお大きない尻尾がニョロリと生えていた。
もしかしてサルタナちゃんはドラゴニュート!?
それならあれだけの筋肉男を締め上げるくらい余裕です、それだけ種族として圧倒的な差があります。
「グルルルルル……」
「な……オーガ!?」
草木を分けるように出てきたのは教科書でのみ見たことのあるオーガと瓜二つ。
大きな鉄の剣を持つオーガに続いて武装したゴブリンがこちらに迫ってくる。
「あ、あの様子なら大丈夫そうだね」
「何処が?ねえ何処が!?」
「大丈夫大丈夫」
ローブを脱ぎながら私に大丈夫と言ってくるサルタナちゃんは今まで見たこと無いくらい楽しそうというか、ウキウキした感じでいる。
オーガを見て初めて危機感を理解できた私に対し、オーガを見てとても嬉しそうなサルタナちゃん。
そのサルタナちゃんの様子に焦りながらももしかして大丈夫なの?という疑問が沢山混ぜ混ぜになってどうしたら良いか分からない。
私が混乱している間にも事態は動く。
サルタナちゃんが軽く跳躍して尻尾を地面に振るうと、その部分が抉れる。
そしてアイテムボックスから取り出した、オーガが持っている物と比べたら少し小さな木の大剣を地面に突き刺す。
「ほら、シェリーもっと下がって」
「え、あ、うん、分かったから押さないで」
更に下がってサルタナちゃんの方を見る。
写る光景はサルタナちゃんが満足そうに頷く姿と、何故か歩みを止めたオーガとゴブリンの姿があります。
サルタナちゃんはオーガに振り向くとアイテムボックスから木剣と木のナイフを取り出し、ナイフは腰にして剣をオーガに向けた。
と思えば剣を下ろし、サルタナちゃんはあろうことか手招きをし始める。
それを見たオーガは、確かにニタリと笑った。
他にオーガやゴブリンなんて見たことないから顔の区別なんて私にはできいけど、それでも目の前のオーガが笑った事はハッキリと分かった。
私はそのオーガの顔が怖くて「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。
それに気付いたサルタナちゃんは顔だけ振り向いて、笑顔で「大丈夫だよ」とだけ言ってくれた。
持っていた大剣を突き刺し、オーガはサルタナちゃんが用意した大剣を持ち替え構え、サルタナちゃんもオーガが構えたのを見てから構えた。
「行くよ!」
言葉と共にサルタナちゃんはまるで放たれた矢のように真っ直ぐとオーガへと距離を縮めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます