手加減


 シェリーに待っていてと伝えながら私自慢の尻尾を大きく振るい地面に線を引く。

 いきなり目にも見えない攻撃をされて足を止めたのが目で見なくても見える。

 私は口を開きながらゆっくりと男達の方へ振り向き睨み付ける。


「数が多いから手加減できない、その線を越えてきたら叩き潰す。用があるならそこで言え」


 言葉を終えてから男達の顔を確認する。


「アイツが薬草狩りの猟犬だ!

 あのヤロウ俺の手にナイフ刺しやがった!」


 ん~……?

 ……あぁ、昨日の………うん、私正直に言うと種族的に目が悪いからすぐ分からなかったや。

 まあ、あんなクズどもに興味無いから群れられると判別しずらいっていうのが大きいんだろうけどさ。


 そんな事はともかく悪いのは向こうだし言われっぱなしはなんかムカつく。


「先に武器に触れたのはそっち、やると決めたのならやられる事も考えて当然。

 できないなら冒険者なんてしなければ良い」


「確かに嬢ちゃんの方が正論だな」


 だよね。


「な、何を言ってるんですか!?」


 うん……このオス、心拍数からして本心で同意しているみたい?

 まあ、ヒューマンは皆敵なのだしここまで来たなら関係無い……けど、私はお前達とは違うから譲歩くらいしてあげる。


「なら退いてくれると助かる。

 無駄に体力を使いたくない」


 これ以上は譲歩しない、さっさと帰れと最後の警告。


「そうもいかねえんだよな、俺達疾風の斧でそこそこ強いパーティもやられているんだ、冒険者は嘗められたら終わりだ、多少は痛い目にあってもらわないと……なっ!」


 早い、6歩分の距離はあったのに一瞬で縮めてきた。

 その振り下ろす斧もちゃんと腰の入った力強いもので確かに昨日のオスよりは強い。


「オラァッ!!!」


 まあ確かに強いけど、やっぱりコイツら頭が悪い。


「グハァッ!」


 なんで初手で放った不可視の尻尾を警戒しないの?馬鹿じゃないの?


 私の放った横凪ぎで煉瓦の壁に叩き付けられ、落ちたところを不可視の尻尾で縛り持ち上げる。


「……確かにほんの少し強かった。

 けど、ドングリの背比べって言葉知ってる?」


 姉さんが教えてくれた言葉だ。

 ドングリが1ミリ大きかろうが小さかろうがたいした違いじゃない。

 けどコイツらとドングリ比べたらドングリに失礼。


「美味しくなさそう……」


 ついボソッと出てしまったけど本当に美味しくなさそう。

 絶対にドングリの方が美味しい。

 ヒューマンの歴史の中には同じヒューマンを食べるなんて食文化があると記されていたのを思い出してまって後悔した。

 ヒューマンだしこの個体は筋肉質すぎだて尚不味そう。

 肥料にした方が良いんじゃないだろうか?


 自分が嫌な想像したのもあって八つ当たり気味にギリギリと締める力を強めていく。


「おい……どうなってんだ……?

 なんでレイルさん浮いてんだ?」


 剣や槍を持ち線を越えようとしていたオス達が混乱して入ってこようとしない。


 尻尾は1つしか無いけど、コイツらに知るすべは無いから安易に入って来れないのは分かるけど助けようとしないの?


「ぐ……ぁ、は、放せ……」


 思ってたよりまだまだ元気そうだし更に強い力で締め上げていく。


「あ……あがぁっ……」


「おい、やめろ!」


 とか言いつつもけっきょく助けようとしない。

 コイツらは自分本意で他人にはどこまでも非道な事ができるゴミだ。

 救えない………


「もう良いよね、姉さん」


 そうだ、もう十分でしょ。

 ゴミの掃除の準備は殆どできてる。

 だから、こんな沢山いる中でも、特に良く思われていないのが5匹減ったくらい。


「サルタナちゃん!!!」


 それを見て私は血の気が引いた。

 さっきまでの殺気が嘘みたいに四散して上を見上げる。


「……シェリー!?」


 大声で私を呼んだシェリーは何を思ったのか屋根から飛び降りてきた。

 猫の獣人とはいえ流石に無茶だ。


 慌てて魔法を発動してシェリーが怪我しないようにする。


「サルタナちゃん、もう十分だよ、それ以上はやり過ぎ、お願い止めて、ね?」


「………」


 しまった、シェリーは自分と似た形をしたモノを殺める事に抵抗を持つのか。

 いや、そもそも姉さんも殺傷は最低限にしてたから姉さんと似た考えなのかもしれない、本来なら私も同意だがヒューマンは別だし全面的にシェリーが正しいけど……

 そりゃ、姉さんと違ってシェリーにとってのヒューマンは自分の命を脅かす存在では無いかもしれないから殺す必要が無いとか考えてしまう所も強いだろうし……けど…………けどぉ!!!


「…………はぁ、今回はこれくらいにしてあげる。

 シェリーに感謝しろ」


 締め上げていたオスを解放しても他のオスは狼狽えるばかりで道を開けようとしない。


「っ!?」


「さっさと道を開けろって分からない?」


 ちょうど真ん中に立っていたオスを尻尾で凪ぎ払いストレートな言葉を放ってようやく道を開けた。

 最初のシェリーに感謝しろという言葉の時点で道を開けるか逃げ帰れば良いのに、どこまでバカなの?






 敵を退けてから少し気まずい感じになったけど、料理を始める頃にはお互い言葉を交わすようになり今は気まずい感じは無くなった。


「いただきます」


 二人で席につきいざ食べようとした時、シェリーが両手を合わせながらそう言った。

 けれどその行動の意味が分からなくて私は首を傾げる。


「……なにそれ?」


「ん?あぁ、今のは私達ワービーストの文化で、食事の前に命を頂かれるものや祖霊に対して感謝を捧げる言葉だよ」


 祖霊……ねぇ。


 正直親がどんな性格だったか以前に顔すら覚えてない。

 けれど私を生んでくれた事、命懸けで姉さんの元へ連れていってくれた事、こうやって今でも健康でいられている程丈夫な体を与えてくれた事には感謝している。


「そう……感謝ね………いただきます」


 例え、私の親が人でなくヒューマンだったとしてもその事だけは感謝できる。


 少ししんみりしたけど気を取り直して焼いたステーキ肉にナイフを入れるとじわっと血が出てくる。

 うん、普段焼くなんてしないけどたまには焼くのも良いかもしれない。

 この溢れ出る血が食欲をかりたたせてくれて美味しそう。


「……やっぱりサルタナちゃんのお肉全然焼けてないよ?」


「え?そうなの?」


 今回はシェリーがいるから少しだけ焼いた。

 ワービーストは生目な肉を好むが完全な生肉は食べないと記憶していけど、これだけ焼いても足りないのか。


「ん~……でも私はこれで良い、そういう体質だから」


「そう……なんだ?」


 そんなに驚く事なのかな?


 逆にシェリーの肉は焼きすぎだと思う。

 ワービーストは肉をあまり焼かないって嘘じゃん。


 そうそう、私が生肉を食べるのには理由があって、魔法に血液は切っても放せない大切なものなんだ。

 まあ、私の調べた限今のヒューマンは魔術という特殊なものを極めようとし過ぎて魔法の存在を忘れてしまったようだけど。

 完全に忘れたのではなく歴史に時折魔法が出てくるくらいで、偉い魔術師の会議内容を纏めた本では昔魔術を魔法と呼んでいただけだなんて結論を出す始末。


 でも油断はしない。

 姉さんが恐れたヒューマンの力はその暴力的なまでの数だ。

 私でも冒険者数十人で既に辛い。

 さっきの5人が全員が完全に捨て身で来てたら危なかっただろうし。


 それに、1度だけ戦争の光景を観察したことがある。

 あんな感じに槍を持ったのが何人も捨て身で来られたら不味いなんて物じゃない。

 文字通り死に物狂いで生にしがみつく方法を探すしか無いだろう。


「サルタナちゃん、この後ってギルドに行くの?」


 サルタナちゃんって……

 嫌じゃないし私より身長高くて姉さんと同じ赤い髪なのもあって懐かしさが凄いなぁ……

 姉さん何やってんだろ……時々使い魔を使って村に沢山の食料や布を送ってきてたけどまだ送ってたりするのかな………


「ん~……呼び方、それで固定なの?」


「あ、ごめん、やっぱり馴れ馴れしい?」


「んーにゃ、嫌じゃない」


 むしろ嬉しいかな?

 シェリーが鱗のある素敵な尻尾を持っていたならもっと嬉しかったんだろうけど。

 ふさふさも魅力的だけど鱗の魅力とは全く別領域だから。


「この後すぐ町を出る。

 薬草採取は常時依頼と言って誰がどのタイミングで受けても構わないから取ってきてからでも問題無い」


「うん、わかった」


 そんな感じに軽いやり取りをしてさっさと片付けを終えて町を出る。







「……ねえ、これだけ離れたら聞いても良いよね?さっきの魔術ってどういう魔術?オリジナルだよね?」


 目的地である森に着いたところでシェリーがそう聞いてきた。

 何で聞いてこないんだろうと思っていたけど私の事を考慮してくれていたらしい。

 私はシェリーのこういう所が気に入っている。


「さっきのは私の尻尾を出すだけだよ」


「尻尾?サルタナちゃんはヒューマンだよね?」


「残念ながら体はそうだけど、アレらと同じと思われるのは心外」


 思わずムッとするとシェリーがシュンとしてしまう。

 やっぱりヒューマンは害悪だ。

 シェリーはこんなに良い奴なのになんでこんなに控えめというかなんというか………そうさせているのはヒューマンの作った世界、ガーランド帝国。

 その中で過ごして少しでも自分が無事でいられる手段として体に、心に染み付いてしまって友達である私に対しても同じようにしてしまうんだろう。


「怒ってない、気を付けてくれれば良い」


 ヒューマンには怒りを通り越して真っ先に殺意が出るけど。


「うん、わかった、ごめんね」


 またごめんねか……ありがとうって言ってほしいところだけど、友達でも所詮私もヒューマン。

 私にとってお願いでもシェリーからしてみれば強要になってしまう。そんな事してはいけない。


「ん、それでさっきのはこんな感じに私の尻尾を出したんだよ」


 私は尻尾を出してにょろにょろっと動かす。


「……何も無いけど?」


「不可視化させてるからね、これであの男を雑巾絞るみたいに縛ってやったんだよ」


 本当はあのままアイツの体を引きちぎっても良かった。

 あんなのが5匹居なくなったくらいで誰も気にしない。と続けようとしたがそれは言えない。


「ん~……もう少しだけ穏便に済ませようね」


 波風立てたくないってやつだよね。

 まあ私海なんて見たこと無いけど。


「善処する……けど、私はラミアだから」


「え?」


「……なんでもない」


 後半の部分は魔法で隠蔽しつつも内心じゃ伝わって欲しいと願望を込めて呟いてみたんだけど、当然のようにシェリーには届かなかった。

 むしろ私が何かを呟いた事に気が付いただけでも凄い事なのだが、聞こえなければ意味は無い。


 けれど、この時の呟きがシェリーでない他の存在に聞かれていた事を私は気付いていなかった。

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