奇跡


「ヤアーッ!!!」


 ダガンッ!と爽快感のある音が響く。


 ジャンプキックで教会の扉を蹴り飛ばし危なげなく着地。

 吹っ飛んだ扉で一匹下敷きになったけど沢山いるんだから誤差だよ。


「ヨーグ神宗教団だ!お前らの邪神は死んだ!!!」


 まあ嘘だけど。

 こっちの方が少しでも楽しくなりそうな気がするから言ってみただけ。

 そもそも存在すらしない奴をどうやって殺せば良いの?


 だけど効果は抜群。

 予想通り言葉を鵜呑みにする肉人形に生きる価値は無い。

 幼い子供はまだ人にする事はできるかもしれないけど大人は駄目。

 一定以上成長すると忘れないからだ。


 私もそう。姉さんの教育で教わった事はたぶん絶対に忘れない。

 私は教わった事や過去の経験から考えて答えを出すけど、過去の経験も全て考える事を放棄して何年も生きたヒューマンはもう戻れない。

 考えるのを止めるだけならずっとマシ。


 そいつらを操って悪い事沢山して、悪い事を悪い事と理解できない奴は殺すしかない。生かすだけ危険要素が増えるだけだから。

 守る為にはそれなりの覚悟が必要で、その行為に必要な覚悟に達していない甘えは悲劇しか招かない。

 逃した事で危険な目にあうなんて間抜けも良いところだよ!


 そうやって滅んだ……いや、滅ぼした魔族がいるってヒューマンの歴史に何度も刻まれていた……おのれヒューマン!!!

 何が邪悪を滅ぼした聖戦だ!

 散々好き勝手やってきたツケを払う時が来たんだよ!


 ちなみにヨーグ神宗教団はレジステル王国に存在する過激派宗教。

 戦神を信仰していて戦いを愛し異教徒を殺す事に命を捧げる戦闘狂集団なのだが、信者が極端に減らされると手段を選ばなくなる汚い奴ら。

 最初ヨーグ神宗教団の活動を読み上げていてとても共感を覚えただけあってかなり裏切られた気がしてガッカリしたのを今でも良く覚えてる。

 最後の一人になるまで誇りを捨てず戦おうよ!

 戦わないにしろ散っていった仲間の意思を踏みにじるような行為をするな愚か者どもめ!!!


「ば……馬鹿をぬかすな……貴様は神の怒りを買うぞ………」


 地に貼り付けられてるオスがそうやって吠え。

 その鳴き声に便乗する周囲の肉人形達。


 ……この肉人形達は状況を分かってないのかな?

 もしかして多勢に無勢とでも思っているの?

 少し考えれば分かるでしょ?例えば……


 まな板と包丁が置いてあって、まな板の横に山積みになってる捌かれるのを待つだけの魚が驚異になるの?

 貴方達は文字通り……この場合見た通りかな?

 波打ち際に打ち出された魚みたいに地に張り付いてさ。

 見た通りまな板の上の魚だって理解できないの?


 まあ私海なんて知識でしか知らないけど!


 それは置いといてだからこそコイツらは肉人形なんだろうけど………下手したら野鳥の方が賢いんじゃないの?

 アイツらは命の危機に関しては敏感すぎ……あ、あれは本能に忠実なだけかな?

 けどやっぱり本能すら理解できてない動物よりマシだよね?

 だってここ命乞いが正解な場面なのになんで抵抗して死に急ぐのかな?死にたがりやなの?


 ……あ、痛い目見る前にとっとと殺してくれって事なら理解できる。

 あまり無様な事になりたくないもんね。

 ……………コイツらがそこまで考えてる訳無いか。

 ほんと、さっきから聞くに耐えないってこういう事だろうね。


 それより神の怒りとか言い出したあのオスは確か豚……は豚に失礼か。

 だとしたら……肉団子?うん、肉団子の餌のおこぼれで普通より裕福に暮らしてる個体だ。

 正直興味薄いから見分けあまりつかないけど多分そうだね。

 それにしても、神の怒りとかつまらない事を誰かが絶対言うと思ってけどほぼ真っ先に言われるとは……

 肉人形に分かりやすい言葉選びばかりしてたせいで考える力が衰えちゃったのかな?

 でも丁度良い、コイツでやろう。

 豚よりずっと見栄えが良いだろうし。


「神の怒り?だから神なんて死んだって言ってるじゃん。

 仮に生きてたとしてなんで助けてくれないのかな?

 このままじゃ皆殺しになっちゃうかもよ?

 あ、それとも皆信仰心が足りないのかもよ?

 つまりここにいる全員異端者で仲間だね」


 爆発した。


 あまりにも大きな大人の怒声がまるで爆発音のようで私は耳をふさいだ。


 けど、その怒りも偽物だ。


 ぐちゃっ………


 怒声の中でその音が響くとシンッ……っと静まり返った。

 あまりにもうるさいから近くにいた肉人形の一体の頭を尻尾で締め潰したら静かになった。


 少しは理解したかな?

 祈ったところで神は救ってくれたりしない。

 祈るのは無駄だ、行動しろ。

 なぜなら……


 奇跡は起こるものじゃなくて起こすものだから。


 それを聞いても分からない奴は人どころか知的生命体ですらなくて、当然町の全員話した訳じゃないけど、少なくとも私がそう話した相手誰1人として理解できないでいた。

 それが今のヒューマン。


 ただこのオスの場合仮に分かっていたとするならば、分かっていながら分からないふりして散々騙してきたんだろうけど。

 悪魔よりよっぽどヒューマンの方が悪魔じみているよ…………




 ………今の……わたしも…………………




 考えるな!今は考えるな!行動しろ!これだけは必要なんだ!


 私は必死に頭を振って思考を隅にやって、この時だけヒューマンの真似事をする決意を立て直した。


 早速オブジェを作る為にこのオスの首を切断した。

 そのまま魔法の茨で女神像に巻き付ける。

 かつて帝国が行った魔女狩りの処刑方法と同じ形で。


 本当は火炙りなんだけどそんな火力で焼いたら炎上しちゃうし。


 ………うん、真ん丸の豚よりマシなオブジェができたね。

 悪趣味で仕方ないけど豚よりマシ。うん大分マシ。

 この肉人形の脳である豚と腰巾着を死滅させたらどうなるんだろう。


 少し周りの肉人形がやかましく騒ぎ始めたけどしらない。


 はやく……森に帰りたいなぁ…………


「ふぅー」


 ………もう終わりだから頑張れサルタナちゃん!

 めげるなサルタナちゃんっ!!!


「ファイト、サルタナちゃん……よしっ!」


 それじゃ気を取り直して豚を狩りに行こう。


 本当は魔法陣を通して魔法の効果範囲全てに声を響かせる事で伝えた方が手っ取り早いけど、この国が、ヒューマンが今までしてきた数々を考えたらそんな事で希望を奪うような事はしちゃいけない、そんな事で許しちゃいけない。


 この先こんな事できる余裕なんて無くなる可能性の方が高いのだから尚更、最初だけでも、徹底的に、分からせなきゃいけない。


「まあ……分かるような頭してないのはだいたい察していたけど………」


 ふっかふかなベッドに腰掛け、顔面をふっ飛ばした肉団子みたいな体型のオスを見下ろして薄々思っていた事を漏らすした。


 だって本当に疲れたし、この場所だけでこんなに嫌悪感を感じるのにまだまだしなきゃいけないんでしょ?

 この肉団子体型も死ぬその瞬間を向かえる前だって何が悪いか分かってなかったし嫌になってくる。

 こんなのと同じ種族なのか……私は…………


「ハァ~………」


 私は別に好きでやってるんじゃないんだって……


「けっきょく最後まで、なんで自分が殴られたか理解できないなんて変だと思わない?」


 部屋の隅で毛布にくるまってガタガタと震える小さなヒューマンの少女のような顔立ちの少年に問いかけたけど怯えるばかりで返事は帰って来なかった。

 私に怯えてる訳じゃ……いや、私に怯えてるんだけどそうじゃないよ???

 今この少年が怯えてるのは私じゃなくて他人に怯えてるの。

 散々肉団子に殴られて気絶しても性的暴行を受け続けてたんだから当然でしょ?


 私が来る前から死にかけの気配がしていたのは分かっていたけど、同種の少年でってほんと………

 私より少し小さいくらいの身長って普通のヒューマンなら8歳くらいじゃないの?

 同性相手に子孫を残す行為をするって残せる訳がないんだから意味分かんなくて少し混乱してる。

 コイツらの腐り具合は把握していたつもりだったけどまだ出てくるって……

 もしかして掘ってみたらまだわんさか出てきたりするのかな?

 嫌だなぁ………


 しかし、気がついたらシェリーが居なかったけど連れてこなくて良かった。

 顔面のデコボコ潰れた少年と、聖職者とは良く言ったものだよね。

 性職者しゃん。

 ……同性同士でも性行為って言えるのかな?

 いや知りたくもないけどさ。


 流石に可愛そうだから神聖術で治したけど、顔の傷が酷くて私の技量じゃ完治させる事はできなかった。

 魔法に比べて魔術は不得意なんだよね私。

 首の骨にヒビが入ってる感じだったし死ななかったかだけ良かったでしょ?頬の僅な傷痕意外は後遺症が残らなかっただけマシと思って我慢してもらおう。


「………私、他にもやる事あるから行くね?」


「あ……待って…………」


「………うん、分かった。待ってる」


 私が腰をあげたら震えた声で止められてしまったので座り直して待つ事にした。

 とりあえず魔法で肉団子から血を全て抜いて臭いがしないようにしてるけどさ、この部屋にあまりいたくないんだよなぁ……


「………あの」


「なに?」


 私が返事をすると「ひっ………」と小さく悲鳴をあげる。

 それでも目をそらすでもなく私はただ見つめ続けた。

 ここで優しく微笑むなんてしちゃいけない。

 この少年にとって笑顔は1つの暴力になっているだろうから。

 ヒューマンは何故か他人を一方的に痛め付ける時に笑顔を見せる事が多く、私だってその残酷な笑みを忘れられないでいる。

 それが本能的なのかなんなのか私には理解しかねるし理解したくない。

 だから私はヒューマンが嫌いだ。


「ありが……とう…………」


 私の顔を見る事はできてないけど、掠れた声であったにしろハッキリとそう言われ、私は少し驚いたけど「どういたしまして」と表情を変えずに言えたと思う。

 表情を隠す。したくもないのに笑顔を作る。

 この2つの訓練は死ぬ気でやった。

 でないとヒューマンの中に潜めないから。

 その結果が今のガーランド帝国で帝国の終末。


「………ついてくる?」


 私は少年にそう質問した。

 すると、怯えながらも、確かに私の側へ寄ろうとしているので座ったまま手を差しのべる事だけした。


 別に私も全てのヒューマンが同じなんて考えてないよ?

 中には良い奴もいるかもしれないけどさ、物事には何事も信頼という物が付き纏うものでね?

 例えるなら、ヒューマンという名の商会と、ドワーフという名の商会があったとして、ヒューマン商会は客の目利きができなきゃ不良品を高値で買わせる方針になっている。

 逆にドワーフ商会はそんな事は無いと言うのが一般常識になっているとしよう。

 ただ、全てのヒューマン商会がそうなのではなく、○○支店は店長命令でちゃんとした物を売っている。


 ………ってなったところでヒューマン商会○○支店で買おうとする?

 私はしない、絶対に。

 ヒューマンと言うだけで初めの評価がかなりマイナスなんだから、ちょっとやそっとの努力じゃその評価は覆らないよ。


 そりゃ私は勢いに任せて「滅びろ!」とか、「ヒューマンを全部殺して私も死ねば解決」とか言っちゃってたけど、それだけマイナスになってるだけで、ひっくり返すような要因。もしくは多少はマシって事があれば覆るかもしれない。

 というより、そういう安直な言葉が真っ先に出るって私もまだまだ子供というか未熟だなぁ……


 もちろん滅ぼそうとする思いも本物だ。

 何故ならそれだけヒューマンの本能が嫌いだから。

 本心からヒューマンを嫌っているが、どこまでいこうが私はヒューマン。


 そして、私は目の前の少年の事を一瞬だけ自分と重ねてしまった。

 きっと姉さんに拾われなかったらこの子よりヒドイ目にあっていた。

 一瞬でもそう思ったらハイさようならで放置はできなかった。


「はぁ………」


 虚しい。


 さっきシェリーに姉さんの話をした事もあって俄然やる気がでたけど、やっぱり私はこういうの向いてないと思いため息が出た。

 今まで実行しなかったのは確実性を上げるため………


 なんて思ってたけど、今なら分かる。

 私がしたくなかったんだ。

 それはそうだよね、だって全然面白くもないし、なんで私が大っ嫌いなヒューマンの真似をしなくちゃいけないんだろう。


 安全の為に危険なヒューマンを死滅させなきゃって分かってても私自身がやりたくなくて確実性を求めるという先延ばしをしていたんだよね。

 ようやくその事に気がついた。


「え……あ…………ごめ……なさい……」


「あ~……違う、今のはあなたとは関係ないから」


 私に手を伸ばそうとした時に漏れたため息でビクリと反応してしまった。

 しかし、そこまでいけるなら多少こちらから仕掛けても大丈夫かもしれない。


「……私はサルタナっていうんだけど、あなたは?」


「………フォルト」


 フォルトは震えた手で私の手を摘まんで自分の名を名乗った。


「そっか、フォルトはついてくる?」


「ぉ……く……お金も………何も無い…………」


「関係無い、これは私の気紛れだから面倒見る」


 そう、私の気まぐれ。

 だけど、フォルトは自分で行動して掴んだ。

 考えない肉人形や肉団子はこんな行動しない。

 ただ、側に置いてある死体にのみ意識して発狂したような行動を取る。

 この子は人になれる可能性がまだある。


「よろしく、フォルト。

 でも、どうしたものかなぁ~………」


 この国には今殺した豚よりもっと殺すべき個体がゴロゴロしている。


 けど、自分は本当はやりたくなんてないと自覚したとたんにやる気が無くなった。

 私が計画を実行する理由ができたと同時に、私がヒューマンを駆除する理由が薄らいだんだよね。

 ロゥタル様に引き渡せばもうそれで家畜みたいな扱いしてくれると思うし、そうなるようにヒューマンの危険性と残虐さを説得して誘導すれば良いわけで、これ以上私の精神を削ってまでする事なのだろうか?

 ただでさえ昔のように純粋で無知な私には戻れないだろうに、これ以上ひねくれて姉さんに万一にも受け入れられてもらえなくなる、なぁ~んてなったらフォルトより私の方が生きていく意味が無くなっちゃうし………


「………あ」


 なんか物凄く疲れたから一旦仮眠を取ろうとフォルトを連れて隣部屋のベッドに倒れた所で思い至った。


「ど……したの………?」


 4年も前から計画していたからこそ気付かなかったんだと思う。


 なんで気付かなかった?浮かれてた?


 なんで殺すこと前提に動いてんの?


 これ……普通気付いて当然じゃん………

 いや!気が付くとかそれ以前じゃないの!?


「あーーーっ!!!やっちゃった!!!私の馬鹿!!!」


「ヒッ!」


 どれだけ屑で殺すべきような生き物でもロゥタル様に商品として提示した物を自分で減らしてどうすんのさ!!!

 馬鹿じゃないの!?馬鹿じゃん!!!


 フォルトの体が物凄くビクリと跳ねたけどそれどころじゃない!


「きゃあああああっ!!!」


「ヒィッ!」


「あ、シェリー……」


 今地下室にいるわけだけど、上の階からシェリーの叫び声がする。

 うん、普通の死体じゃなくてあのオブジェは中々に悪趣味だからね、叫びたくなるのも良く分かる。


「……さて、これも慣れない事だけど頑張ろ。

 行くよフォルト」


 私は害虫駆除から家畜の管理へと予定を変える事にした。

 ヒューマンの餌なんて私やワービースト達の食べ残しで良いよね。

 足りない分は麦と水だけで十分かな。

 どうせロゥタル様が来るまでの予定だし。


 そう言えば取引が不成立の場合を考えてなかったけど………まあ、それはその時で良いか。

 どっちにしろ死ぬのはヒューマンだけだし。

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