第6話 森は新キャラを登場させやすいよね


 地竜との遭遇からなんとか生還した俺達はその場にへたり込んだ。

 すぐにでもこんな所から移動したかったが何分間も全力疾走したせいでしばらくまともに動けそうもなかった。

 地竜の死体がすぐ傍にあるような場所ではなかなか落ち着かなかったが、ひとまずここで休憩することにした。


 体を休めている間に俺はヤマモトからこの世界の情報を色々聞き出した。


 この世界には闇の魔王がおり、世界征服を目論んでいるらしい。

 既に大陸の七割以上が占領され、人類は日夜魔王軍との戦闘を繰り広げているとのこと。


 あるある。分かりやすくて助かるわー。


「で、今この森には魔王軍が攻めてきてるんだったな?」

「はい。そうみたいです」


 地竜との戦闘の恐怖がまだ抜けきっていないのか、ヤマモトは俺の頭の上に乗ってプルプル震えていた。

 なに人の頭をリラックスチェア扱いしてんだとキレそうになったが今回は許してやるとしよう。


 俺も地竜との追いかけっこで全身汗だくで火照って仕方なかったし、ヤマモトの身体はひんやりしていて気持ちいいからな。

 それに地竜を倒せたのも半分はヤマモトのおかげだし。


 困ったことに、どうも俺の補助魔法は俺自身には効かないらしい。

 ヤマモトがいなかったら俺も相当ヤバかったかも。


「なんでチュートリアルステージで魔王軍と遭遇すんだよ……バランス崩壊しすぎだろ」

「ちゅーと……? なんですかそれ?」

「うっせ」


 ぺちんと頭上のヤマモトを叩くと、「あふんっ」とか言って震えた。


「で、この近くにでっかい王国があって? そこの軍隊と魔王軍がこの森で戦闘中ってか? ったく……なんでそんなとこに転移するかね」


 もうちょっとこう、準備期間とかさ……状況を把握するための時間を考慮してくれよ。

 俺の体感時間ではほんの一時間前まで高校の卒業式やってたんだぞ?

 それがいきなりなんだ? 巨乳見てたら死んで異世界飛んで、いきなり最前線でスライムと一緒に作戦会議かよ……。


「酷い話ですよね……人間と魔族の戦いに巻き込まれたせいで、私の住処もなくなっちゃって……もう帰る場所もありません」

「……ふーん」


 スライムの生活なんて考えたこともなかったし、正直あんまり興味もないけど。

 ……ただまあ、行く当てがないっていうのは共感できるな。

 俺もこっからどうしよって感じだし。


「でもカケルさんがいればもう安心ですよね!」

 頭の上でヤマモトがポムポムと弾みながら嬉しそうに言った。


「俺?」

「だってカケルさん、凄い白魔導士なんですよね? あんな怖い地竜を一撃で倒せるくらいの補助魔法をかけられるなんて! カケルさんがいなければ私今頃あの地竜の子供に食べられちゃってました。いやぁ~カケルさんに出会えて本当にラッキーでした!」

「まあな」


 そう言われると悪い気はしない。

 むしろちょっと鼻が高いくらいだ。誰かに褒められるなんて今まで滅多になかったからな。チートスキル万歳だ。


「俺はすぐにこの森を出てどっか行くつもりだけど、お前も来るか?」

「もちろんです! 魔族が攻めてきたこんな森に一人で残されたら私すぐ死んじゃいます! カケルさん、私をお供に連れてってください!」

「いいぜ。今日から俺達は相棒だ」


 まさか最初の仲間がスライム娘になるとは思わなかったが仕方ないよな。

 俺の補助魔法は誰かに使ってこそ意味がある。俺も旅の仲間は必須なんだ。


「よし、そうと決まればさっさとこんな森抜けようぜ。道案内してくれよ」

「分かりました! ……でも魔族はいいんですか? カケルさんがいればきっと魔族を追い返すことだって……」

「知るかよ。王国の軍隊が戦ってんだろ?」


 まだ事情も何も分からんのにいきなり魔族となんて戦ってられっか。

 今何より重要なのはどこか落ち着いた場所で一息ついて、じっくり現状を把握することだ。



「――おい、なんだこれは!?」



 そう思っていると、おあつらえ向きに誰かがこちらへ向かってきた。

 五人の男たちが木々の陰から姿を現した。

 現代日本ではまずお目にかかれないような見事な鎧に、おそらく例の王国のものと思われるエンブレムが描かれた盾。それに一振りのロングソードを装備していた。


 すっげー。モノホンの剣とか初めて見たわ。超テンション上がる!


「君はいったい……この地竜は、まさか君が倒したのか?」


 隊長らしき男が俺に話しかけてきた。

 好機だ。ここで事情を説明して保護してもらおう。


「――ま、そういうことになりますかね」

 フッ、みたいにちょっと気取った態度を取ってやった。


 ……いいじゃん。ちょっとくらい自慢したいじゃん。


「信じられん……どうやればこんな――こんな死体になるんだ?」

 隊長は地竜の残骸を見ながら首を傾げた。

 地竜は首から上が爆破されたように吹っ飛んでいる。確かにまともな死に方じゃない。


 隠すこともないし、正直に話すことにした。


「俺はちょっと特殊な補助魔法が使えるみたいなんですよ。それで倒しました」

「補助魔法……ねえ」


 男たちは疑わしげな眼差しで俺を見つめた。

 微妙に気まずい空気が流れる。


 ……なんか俺がすげえ胡散臭い奴みたいな目で見られてるんですけど。

 まあチートスキルなんて最初はこんなもんさ。こっからだこっから。


「カケルさんは嘘なんてついてませんよ!」

 俺の頭の上でヤマモトがプルプル震えながら怒っていた。


「カケルさんは私に補助魔法をかけてくださって、それで私はスーパーパワーアップしたんです! カケルさんがいれば魔王軍なんて恐れるに足りません!」

「……それは?」

「さっきこの森で出会ったスライムです。今は協力関係です」

「君はビーストテイマーなのか?」


 ちげえよ! 白魔導士だっつーの。


「と、とにかく。俺はたまたまこの森を通りがかっただけで、今なんか魔王軍と戦ってるみたいですけど俺にはそういうのよく分かんなくて。保護してもらえます?」

「……まあ、そうだな。いいだろう。お前たち、キャンプまでお連れしろ」


 隊長の言葉で背後に控えていた四人の兵士が俺に歩み寄ってきた。

 ふー、これでひとまず安心かな。

 あの地竜もまあ、イベント戦だったと考えればいい。チュートリアルにしては相当ハードだったけど、とりあえずこれで俺もクエスト達成ってか。


 だがやることは山済みだ。まずは情報収集からだな。

 この世界について知らないことはまだまだある。まずはその辺の知識から学んで……



「――ほう? 本当に地竜が倒されたか」



 そのとき、森の陰から一人の男が姿を現した。


 漆黒のローブを身に纏った優男だが……耳と牙が人間のそれよりも明らかに尖っている。

 目は真っ赤に染まり、明らかに人間ではない。


「雑兵ばかりだと思っていたが、多少はマシな騎士もいたか」


 男は値踏みするように俺たちを見回した。


 ……うわー、こいつ絶対噛ませキャラだわ。もう雰囲気でわかる。

 この手の登場の仕方でこういうこと言う奴って大抵噛ませなんだよなー。

 初回登場時はすげえ強キャラとして描かれるけど、後々でインフレした世界観に取り残されて、最終回終わってみれば「あいつって今考えればあんま強くないよな?」とかネット掲示板にスレ立てられるパターン。


 しかもこの世界は俺がチートスキルを持って転移した舞台だぜ?

 もう噛ませ確定乙って感じ。


「誰だ貴様は」

 騎士たちが即座に抜剣する。

「貴様らごとき下等生物に名乗る名などない。だがこの地竜を倒した者には興味がある。疾く名乗り出るがよい」

「黙れ魔族め! ここで討伐してくれる!」


 武器を構える騎士たちの背後に隠れる形で身を潜める。


 うひょー、すげえテンプレなやり取り。

 時代劇見てる気分だ。様式美すら感じるね。

 まあ? 俺だって長いことオタクやってきたんだ。この後の展開は予想できるさ。


 騎士たちがこの謎の男に斬りかかるが、あっけなく返り討ちに遭う。

 ここはそういうシーンだ。

 つまり残念だが最初の噛ませはこの騎士たち。まずはこの謎の男の強さを強調しとかないとね。


 そこからは俺が追い詰められるまでがテンプレだが、今回ばかりは話が違うぜ?

 なんせこっちにはチートスキルがあるんだ。


 つまりこの状況は、俺のスキルの真のお披露目の場ってわけさ。

 そうそう相手のテンプレに付き合ってやるつもりはねえ。

 悪いけど、ここは掟破りの速攻戦術やらせてもらいますわ!


「騎士さん。俺があんたに補助魔法をかける。あんたは一直線にあの男を――」


 ――パチン、と男が指を鳴らした。


 直後、五人いた騎士たちは一斉に地面に倒れ込んだ。

「…………ぇ?」

「見当違いか。こんな雑魚にこの地竜を倒せるはずもない」

 男はつまらなさそうに倒れ伏した男たちを見下ろしていた。


 ……え、うそ。死んでる?

「……」

 人の死体なんて初めて見たけど、意外と冷静なもんだった。

 いやだって、もっと焦らなきゃいけないことあるし。


 ……もしかしてこの男、マジモンの強キャラなの?

 まさかこの場の真の噛ませって……



「ならば、地竜を倒したのは貴様か?」

「違いますッ!!」



 ズサー、と凄い勢いで地面に両膝をついて両手を上に上げて降伏のポーズをとった。

「俺はただの通りすがりの一般人です! 地竜とか何も知らないです!」


 思ってたのとちがーーーーう!!


 待て待て! まだ戦闘開始の合図してないでしょうが!


『なに、補助魔法? そんなものであの魔族を倒せるはずがない!』

『フッ……いいから俺の言う通りにしな。そうすりゃ勝利の美酒をプレゼントしてやるさ』

『作戦会議は終わったか?』

『くっ……! こうなったら一か八かだ。うおおおおお!』

『クックック、貴様ごときの攻撃でこの私が――ぐおおおおおお!?』

『た、倒せたぞ! いったいどうなってる!?』

『フッ……だから言ったでしょう? 俺の補助魔法は最強だって』


 ――みたいな!

 そういう流れじゃなかったの!? なにおもくそフライングで指パッチン即死攻撃とかしちゃってんの!?


「この地竜は誰が倒したのだ?」

「知りません! 僕がここに来た時にはもう死んでました!」


 もう完全降伏で『僕、無害なスライムだよプルプル』作戦しかねえ。


 俺の補助魔法は俺自身にはかけられない。

 つまり味方が全滅しちゃったらもう完全にアウトなんだ。

 しかも何度も重ね掛けしないと意味ないから時間がかかる。これが目下のところ俺のスキルの最大の弱点だ。


 こんな指パッチン一つで相手を即死させるようなトンデモ野郎に勝てるわけねえ!


 男はしばらく俺を見つめたあと、興味もなくなったのか踵を返した。


「……ふん。まあ貴様が倒したはずもないか。失せろ。貴様ごとき虫けら、殺す価値もない」


 いよっしゃああああ! その言葉を待ってたぜ!

 虫けらで大いに結構。虫けら万歳!


 よかった~……『うへへ、俺は弱者をいたぶるのが大好きなんだぜナイフぺろ~』みたいなサイコ野郎じゃなくて。


「ははー! 仰せのままにー!」

 シュタッ、と立ち上がって回れ右。そのまま歩き出す。

 危なかった~。これ選択肢間違えたらデッドエンドになってたやつだろ。知ってる。

 伊達に長年二次元で暮らしてねえっつーの。こちとら二次元世界のしきたりは熟知してんだ。


 そうと決まればこんなとこに長居は無用だ。

 さ、おさらばしようじゃないのヤマモトよ。


「……むぅ~」

 不意にヤマモトが俺の頭の上で不機嫌そうに唸り声をあげた。


「カケルさんは虫けらなんかじゃありません! 最強の補助魔法の使い手なんですよ!」


 ――ヤマモトさーーーん!!??


「補助魔法だと?」

「そうです! 補助魔法を重ね掛けできるという希少スキルを持っていて――もみゅう!?」

「ウソウソウソ!!!!! そんなん全部ウソ(笑)(笑)(笑)ほらこいつ見ての通り脳みそ詰まってない水風船ムスメなんでこんなイミフなことばっか言っちゃうんですわ!!!」


 ふっざけんなこのクソバカアホンダラがああああああああ!!!

 せっかくこちらの魔族の方が見逃してくださるって言ってくださってんのに何いらんことペラペラ喋ってんだ!?


「補助魔法を重ね掛けできる……だと?」

「そうです! 私みたいなスライムでも地竜を一撃で倒せるくらい攻撃力が上がって――」

「もうお前黙れって!」


 ヤマモトを頭の上から降ろして鞄の中に詰め込む。

 収まり切らないので鞄からヤマモトの頭部が飛び出ているがそれを手で思いっきり抑える。


「何するんですかカケルさん! あの補助魔法でそんな魔族やっつけちゃってください! 私の森を襲った酷い奴です!」

「うるせえ! 引っ込んでろ!」


 鞄の中でモガモガ暴れるヤマモト。

 それと格闘する俺を、魔族の男はじろりと眺めていた。


 やっべええええ! すげえ訝しげにこっち見てるんすけど!

 気が変わったとか言わないよな!?


「――ふむ」

 やがて男は何かに納得したように一度頷いた。


「そのスライム、この森の他のスライムよりも高レベルだな」

「え?」


 そうなのか? 全然気づかなかった。

 仮にそうだとしてそれが何か関係あるのか?


「地竜を倒したから、か?」

「……」


 ……なるほど。そういうことっすか。

 目の付け所いいっすね。


「それは……どう、なんですかね、ははは……」


 冷や汗がドバドバ出てくる。

 やばいって……こいつも俺の『能力看破』みたいに相手のステータス読み取れるスキルとかあるみたいだ。

 ヤマモトが地竜を倒してレベルを上げたんならそれでバレちゃうんじゃ……。


「だが地竜を倒せるほどの強さではないな。――補助魔法の重ね掛け……か」

「……」


 あー駄目だこれ。完全に謎解けちゃってるよこれ。真実はいつも一つだもん。


「カケル、と言ったか」

「……はい」


 バッチリ名前まで覚えられちゃってるもん。完璧に逃げ道なくなってるよねこれ。

 探偵ものならもうエンディングテーマ流れ始めてる頃じゃない? あとは自白を聞いて次回予告の流れじゃん。


「見せてみろ」

「……? な、何をですか?」

「補助魔法を重ね掛けできるというそのスキルをだ。本当にそんなスキルがあるのならば、魔王様の悲願のお役に立てるかもしれん。貴様を魔王城に連れて行く」

「ま……魔王……っすか」


 あのさ。何度も言うけど、俺一時間前まで高校で卒業式してたんだよねー。

 それがなんでいきなり魔王様と面会みたいな話になってんの? もう勘弁してくれよ。


 異世界転生したらまずは可愛い女の子と遭遇してチートスキルで華麗に救ってハーレムの第一歩を踏み出すべきでしょ!

 それがなんだよこの状況!


 『異世界転生したらいきなり拉致されて魔王様の下僕として働かされた件について』


 んなもん誰が読むかあああああああああ!!!!!


「どうした。早くしろ」

「……は、はい」


 くそ。くそくそくそ!

 これスキル披露したらどうなるんだ? マジで魔王城に連れてかれるのか!?


 いやだああああああああ!

 でもやらなきゃ死ぬ! 死ぬのもいやだああああああ!!

 ついさっきトラックに跳ねられて死んだばっかなんだ! こんな短期間に二度も死んでたまるか!!



「――そこまでですッ!」



 そのときまたしても森の陰から人の声が。

 それも大人数。さっきの五人組とは違う別の騎士の部隊が駆け付けてきた。


 その戦闘に立つのは、白のローブを纏い一振りの杖を持った少女だった。

 青のミドルヘアーをたなびかせながら、少女は魔族の男に向けて言い放った。


「あなたがこの森を襲った魔族のリーダーですね! 王国騎士団の名に誓い、あなたを討伐します!」

 高らかに宣言する少女を、魔族の男は煩わしそうに見返した。


「邪魔が入ったか。私はこの男に用があるのだ。――雑魚は失せるがいい」


 なんかこっちはこっちでやる気満々。臨戦態勢を整えだす。


 ……いやもうなんつーか……次から次へとなんなんだよもう!

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