第7話 これが負けイベントじゃないとかさあ……
その場に集った兵士の数は総勢二○人を超えていた。
さっきの五人組よりも一目見て華やかな装飾を施された鎧は、彼らの兵士としての階級の高さを示していた。
俺の予想通り、多分隊長らしき少女が高らかに宣言した。
「私はトリミア騎士団第三遊撃部隊隊長、シャロン・ブルー。これ以上あなた達にこの森を侵させません!」
歳は俺と同じくらいに見える少女なのにやけに堂々としている。
先頭に立って話してるところを見ると、このシャロンとかいう少女がこの部隊の隊長のようだ。
マジかよ。この若さで隊長とかすげえエリートじゃん。
「君、無事か? さあこっちへ」
騎士の一人が俺に近づいてきて手を引こうとしてきた。
まさに渡りに船。待ってましたとばかりにこちらも手を伸ばすと、
「――危ない!」
シャロンが叫ぶ。その直後、俺の手を取ろうとしていた騎士が後ろに吹っ飛んだ。
「ぐはあ!」
木に激突した騎士はその場に倒れ込んだ。
痛みに呻くその姿は痛々しかったが、さすがにさっきの五人組とは格が違うのか死んではいないようで安心した。
「痴れ者が。そこの小僧は私の獲物だ。私が手ずから魔王様に献上する供物を勝手に持ち去ろうなど、恥を知れ愚物が」
不機嫌そうな男の声。
てかもう俺のこと『供物』とか呼んでるし……。ぺろりと食べちゃう気満々ですね?
「今の力……あなた、ただの魔族ではありませんね。何者です」
「ふ、我が大いなる力の一端を垣間見てなお我が名に思い至らぬか。よかろう。ならば知り、戦慄せよ。我が名はアーグヴァラン。偉大なる魔王様の両翼の一である」
知らねえよ。こちとら異世界一日目なんだ、名乗られてもリアクションできねえよ。
――と思ったのは俺だけのようで、シャロンも含めて他の騎士たちは男の名を聞いてざわめき立った。
「ア、アーグヴァラン!? まさか……魔王軍幹部の、あの……!?」
えー!?
魔王軍幹部!? こいつそんなお偉いさんだったの!?
「魔王の片腕とも言われるほどの魔族……あなたほどの者が前線に出てくるなんて」
「いやなに。私もそんなつもりはなかったのだがな。私の眷属である地竜が何者かに屠られたのを感じてな。何者の仕業かと好奇心が疼いたのだ」
くっそ……ならあそこでヤマモトを見捨ててればこんな奴に目を付けられることもなかったんじゃねえか。
「地竜……」
シャロン達の視線が地竜の死体に向けられる。
続いてその視線は俺を向いた。
「まさか、この人が?」
「それを見定めている最中だ。大人しくそこの小僧を渡せ。そうすれば少しばかり長生きできるぞ」
だめだ、アーグヴァランは俺を見逃すつもりは毛頭ないらしい。
……戦うしかない。ここでアーグヴァランに捕まったら、俺は魔王城に連れていかれてどうなるか分かったもんじゃない。
カギになるのはやっぱり俺の補助魔法だ。
あれが決まれば多分アーグヴァランも倒せると信じたいが……どうやる? どうやって何度も補助をかけるための時間をつくる。
「あなた、お名前は?」
「……北条翔」
「ホウジョウ・カケルさんですね。ご安心を。無辜の市民を護るのが騎士の務め。我々が必ずあなたを護り抜きます」
そう告げるシャロンの声音は小さく震えていた。
おそらく彼女もアーグヴァランを相手に俺を護り切る自信なんてないんだろう。
それでも気丈に俺を励ますのは、言葉通り彼女の責任感のためなんだろう。
「『ドラゴン・ブレス・エクステンズ』!」
シャロンが魔法を発動した。
眩い光が部隊員たちを包む。どうやら何らかの補助魔法らしい。ということはシャロンは白魔導士ということか。
「おおー」
レベル1の俺のショボイ補助魔法とは違い、やっぱ本職の魔法は派手でかっこいいな。
いいなー、俺もああいうの欲しい。
……とか言ってる場合じゃねえや。やべえよ。もう戦闘始まっちまう雰囲気だよこれ。
「総員、攻撃開始!」
シャロンの掛け声と共に他の面々が雄たけびをあげてアーグヴァランに襲い掛かった。
「くだらん。雑兵どもめ。力の差を知るがいい」
アーグヴァランの身体が当たり前みたいに宙に浮く。もう何でもありかよ。
そして彼の周囲に複数の光の玉が現れる。
次の瞬間、その光の玉が放たれた。
光の玉は周囲に着弾後、激しく爆発した。
「うわあああ!?」
思わず両腕で顔を庇う。森の木々が叩き折れる音が聞こえ、騎士たちが吹き飛んでいくのが見えた。
「くっ……! 『ホーリーライト・ヒーリング』!」
後列で支援に徹するシャロンが回復魔法を施す。
シャロンの支援を受けた騎士たちが果敢にアーグヴァランに立ち向かうが、奴が軽く手を振るだけで周囲が爆発し、暴風が吹き抜ける。
騎士たちは満足にアーグヴァランに近寄ることもできないまま蹂躙されていく。
「……くそ」
やっぱり駄目だ。戦力差がありすぎる。
……こいつは多分ゲームでいうイベントボスだ。正面からよーいドンで戦っちゃだめな奴なんだ。
「……」
俺の視線がシャロンへ向く。シャロンは一心不乱に白魔法を発動させている。
他の騎士は全てアーグヴァランに向かっている。俺が今補助魔法をかけられる相手はシャロンかヤマモトくらいしかいない。
いっそ一か八かシャロンに補助魔法をかけちまうか?
「……いや、ここじゃ……」
ここで補助魔法をかけても駄目だ。
アーグヴァランはヤマモトのレベル上昇を見抜いた。
俺の『能力看破』と同じ……いや、魔王軍幹部ということを考えればそれより遥かに上位の、相手のステータスを見抜く能力を持っているようだ。
仮にシャロンの攻撃力を限界まで上昇させたとして、シャロンの攻撃力が異常値を叩き出していることを見れば、もうまともに攻撃なんて受けてもらえないだろう。
いや、接近することすら不可能だ。
事実、騎士たちは二○人かかりだというのにまともにアーグヴァランに近づけもしていない。
……不意打ちだ。
なんとかして奴に警戒されないまま懐に潜り込むしかない。
「くっ……これほどとは……! 『パワーシンボル・トーテ――」
「ちょっと来てくれ!」
「――え?」
俺はシャロンの腕を掴むと一目散にその場から離れた。
シャロンを無理矢理引きつれる形で森を走る。
「な、なに!? なんですか!? どこに行くんですか! ちょっと!?」
「逃げるんだよ!!」
「なっ……!?」
シャロンが俺の手を振りほどこうとするが、俺も死に物狂いで離さない。
腕を掴んだまま走り続ける。
チクショウ! 今日俺走ってばっかだな!
「離してください! 私は最後まで戦います! 自分の部下を置いて逃げるなんてできません!」
「やばいのはこっちも同じなんだよ!」
「……? どういう意味ですか?」
「あいつの狙いは俺だ。すぐに追ってくる。だからあいつを撃退しなきゃならない!」
「な、ならそれこそ戻って戦闘に参加しないと!」
「あそこで戦っても勝てねえんだよ!」
シャロンは訳が分からないといった顔を浮かべたが、俺の鬼気迫る迫力に圧されたのか、俺の手を振りほどこうとはしなくなった。
「いいか。俺は『多重補助』ってスキルを持ってる」
「多重……補助?」
「同じ対象に、同じ補助魔法を重ね掛けできるスキルだ。……だと思う」
「……そ、そんなスキル聞いたこともありません」
「だからあいつに狙われてんだよ!」
「……」
「あの地竜を見たろ。あれはスライムに攻撃力上昇の補助魔法を重ね掛けして倒したんだ」
「スライム?」
「私です!」
鞄からぷるんとヤマモトが姿を現した。
「……あ、あなたが、あの地竜を?」
「そうです! カケルさんの補助魔法があればどんな敵もイチコロです!」
何故かヤマモトは誇らしげにドヤ顔だった。
「今俺が上げられるステータスは攻撃力だけだ。でもあいつは遠距離攻撃手段を持ってる。攻撃力だけ上げても接近できなきゃ意味ないんだ」
「……」
「だから不意打ちする。そのためにはあの場所でチンタラ補助魔法なんてかけてられない。待ち伏せするんだ。協力してくれ」
「彼らを……私の部隊を囮にしたんですか?」
シャロンの言葉に、う、と言葉を詰まらせる。
……確かに、そういう形になる。
俺には名前も知らない連中だが、シャロンにとっては戦友だ。それを時間稼ぎの捨て駒に使ったように見えるだろう。
「……あそこで戦ってもどうせ負けてたろ」
「そんなことやってみないと分かりません! あなたに私たちの何が分かるんですか!」
「実際ボコボコにやられてたろ!」
「……!」
シャロンが怒りを露わにするがここは俺も退けない。
「いいか、俺はほんの一時間前まで一般人だった。戦いなんかとは縁のないただの学生だった。こんな戦いに巻き込まれたのだって俺にとっちゃ不本意だ。理不尽だ。できるなら今すぐ逃げちまいたい!」
「……」
「でもそんな俺が命かけて戦うってんだ。お前も腹くくれよ! よく聞け。『俺ならあいつを倒せる』!」
「……」
走っていた足を止める。
結構離れたはずだが、森を抜けるにはまだ時間がかかりそうだ。
今は誰の気配もないが、いつアーグヴァランが現れても不思議じゃない。
周囲を確認する。
木々がいい感じに密集しているし、背の高い草むらがある。
……待ち伏せには絶好の場所だ。
「……私は」
シャロンは数秒ほど俯いたままじっと考え込み、やがて決意を固めたのか大きな瞳で俺を見つめた。
「私は何をすればいいですか?」
オーケー……覚悟完了したみたいだな。
あとは俺があいつを前にしてどれくらい正気でいられるか、だな。
正直怖いなんてもんじゃねえよ……中国マフィアに襲われるくらい怖い。
……いや、あいつに捕まったら中国マフィアどころじゃない。
世界征服を目指す悪の魔王のところに連れてかれるんだぞ。冗談じゃねえ。
「作戦は単純だ」
俺もまた決意を固め、シャロンに言い放った。
「あんたに補助をかける。あんたはあいつを殴る。以上」
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