第4話 折れた心

 次の日になった。瑠璃は、学校へ行きたくなかった。でも仮病なんて使えないし、他に休むための理由も浮かばない。普段通りの時間帯に、学校へ行った。

 登校ルートは変えた。ちょっと遠回りになってしまうが、いつもの道だと忠義と出会ってしまう。会えば、きっと昨日のことを咎められる。それだけは、避けたい。

 道を変えた甲斐があってか、忠義と出会うことはなかった。でも忠義とは、いや紗夜も慎治も同じクラスだ。瑠璃の頭には、罪悪感と言い訳しか浮かばなかった。

 まずはみんなに謝ろう。そして、言い訳をしよう。あれは、仕方なかったのだから。自分にそう言い聞かせる。自分の言い分を受け入れてもらおう。

 そう考えているうちに校門をくぐり、昇降口で履き替えて階段を登り、教室に着く。

「さ、紗夜!」

 こんなに早くから紗夜がいることに瑠璃は驚いた。どうしよう。まだ言い訳を考えてない…。

 でも紗夜は、瑠璃のことを咎めなかった。責めもしないし、睨んでもいない。優しい眼差しで、瑠璃を見ている。

「昨日は危なかった…。あれは、間一髪で大丈夫だったでしょう?」

 ただ、そう言った。

「あれは、ごめんなさい! 私、何にもできなくて…」

「いいの、瑠璃。寧ろできる方がおかしい。慎治だって今は調子がいいけど、最初は何もしないで逃げてばかりで…。忠義だって持ってた銃はいつも震えていたし…。剛は初めから血気盛んだったけど」

「ええ、でも、私、みんなの足引っ張っちゃったし…」

「そんなこと、ない。あの後、あのクモは瑠璃がいきなり消えたことに驚いて隙だらけだったから、簡単に倒せた。逆に役に立ったよ。それに…」

 紗夜は続ける。

「それに、瑠璃が傷つかなくて、よかった。私はそれだけが心配だったから。何もなくて本当によかった。だから今日、無事を確かめたくて、こんなに早くに学校に来たんだよ?」

 紗夜の優しい言葉を聞いていると、瑠璃は泣きそうになった。すかさず紗夜が、瑠璃を抱きしめて頭を撫でる。

「悪夢と戦うのは、瑠璃はやらなくてもいいんだよ。嫌なら逃げて、いいんだよ。誰も、文句なんて言わないから…」

 瑠璃の目から、涙がこぼれた。朝から、わんわん泣いた。

 お調子者の慎治も、忠義も何も言ってこなかった。一言くらい言いたいことがあったかもしれないが、紗夜が二人に、何も言わないよう頼んだのだろう。もしかしたら、さっき紗夜が言っていた、最初の頃の自分たちを思い出して、恥ずかしくて何も言わないだけかもしれない。瑠璃は、ホッとした。


 家に帰り、夕飯も風呂も勉強も済ませ、あとは寝るだけ。

 でも、その寝る時に問題があるのだ。布団に入って、インカムを手に取り、また紗夜に言われたことを考える。

「悪夢と戦うのは、瑠璃はやらなくてもいいんだよ。嫌なら逃げて、いいんだよ」

 その言葉が胸に刺さったまま、ずっと抜けない。

 私が、やらなくたって、いいんだよね…?

 それに私は、もう悪夢を見ないんだよね?

 インカムは枕元に置いた。そして、瑠璃は眠った。



 次の日、学校で慎治が瑠璃に言った。

「怖じ気ついちまったのか、瑠璃!」

「…」

 全くその通りで、返す言葉が見当たらなかった。

「まあ、お前がいなくても昨日は大丈夫だったぜ? あんなタコ、何匹いようがオレに敵うわけねえかなぁ!」

 昨日の悪夢はタコだったんだ。タコくらい、私でも倒せたかも。

「でよ、瑠璃。オレが言うことに決まったんだが、本題に入るぜ?」

 話なら大体予想できる。きっとあの、インカムのことだろう。

「お前が持ってるあの装置、今日ここに持ってきてないと思うんだが。あれよ、明日、オレたちに返してくれねえか? 人員は補充しておきたいんだ。お前のこと、悪く言いたくはないんだけどな、オレたちが欲しいのは友達じゃなくて…戦力なんだ。戦える人が欲しいんだよ」

 慎治の顔は本当に申し訳なさそうだ。本当は言いたくないんだろう。でも誰かが言わねばならない。紗夜は絶対にそんなこと私に言えないし、忠義だって適任だと思えない。下手をすれば私との関係が壊れかねないこの役を、慎治が買って出たんだ。

 慎治は私と、絶交してもいい覚悟で話をしている。でも、私は慎治のこと、恨まないよ。力になれなかった、私が悪いから…。

「わかってるよ、慎治。私が、悪いから…」

「いやいやいや、お前は、悪くねえよ? 運が悪かっただけだ。そうがっかりするなよ! できないことは誰にだってあるんだぜ? 俺にもお前にも、な」

「明日、返すよ。大崎先生にも謝る」

「本当にすまねえ」

 瑠璃は、無力な自分が悔しかった。

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