第5話 決意
帰りの会が終わって部活に行こうとした。そうしたら、忠義に呼び止められた。
「ねえ、瑠璃。本当にやめる気なの?」
「…うん。私なんかがいても足手まといだし、他に戦える人がいるならその人が戦うべきよ。忠義くん、新しい人にもう目星とか、付けてるの?」
「いいや」
そう言えば大崎先生も眼を見て決めたって言ってたっけ。これから四人で決めるのかな?
「僕は、信じてるよ! 瑠璃が、戦ってくれるって!」
ええ、でも…って反論したかったけど、忠義はさせてくれなかった。
「だって、大崎先生を納得させたんでしょ? それくらいの意志があるなら、絶対できるよ!」
「でも私、期待に応えられなかった…」
「最初っからできる人なんてどこにもいないよ、函館にも北海道にも日本にも世界にも!」
自信満々に忠義は続ける。
「僕だって、最初の頃は、何もできなかった。せっかく銃を構えることができたのに、最初の一週間はトリガーを引けなかったんだ。言ってる意味わかる?」
「一発も撃てなかったってことでしょ?」
「違うよ。瑠璃よりも、僕の方が戦いに向いてなかったんだ。だって瑠璃は、一昨日クモの脚を切ったじゃない? それで僕はよくやったとか、戦いが有利になるとかは思わなかったよ」
「じゃあ、どう思ったの?」
「瑠璃は僕よりも上だ、ただそれだけだよ」
そんな変な褒め方しなくていいのに。
「瑠璃には才能がある、僕は信じてる! そしてこれからも戦ってくれるって!」
そこまで言われると、動揺する。諦めるって決めてたのに、それがまた、頑張りたいと思う方向へ傾く。
「今日、待ってるよ。瑠璃は必ず来てくれる。僕だけじゃない。紗夜も慎治だって、そう思ってる!」
瑠璃の頭は混乱しそうである。本当は自分は逃げたいのか、戦いたいのか、わからない。自分を見失ってしまいそうだった。
「じゃあ、僕は先に帰るよ。今日、夢の中で三人で待ってるからね!」
忠義はそう言い残すと足早に教室を去って行った。
部活中、瑠璃はずっと考え事をしていた。筋トレ中もシャトルを片付けている間もずっと。
まず、頭を整理しよう。私はもう悪夢を見ない。これは紗夜が言っていたから確実。そして、悪夢とは満足に戦えなかった。これも経験済み。そして明日、インカムを新人の誰かのために返さないといけない。慎治に言われたことだ。でも、私には才能があるらしい。忠義が言っていた。
駄目だ。いくら考えても、自分がどうしたらいいのかわからない。
完全に上の空だった瑠璃の頭に、シャトルが一つ、ぶつけられた。
「おい、三船! サボってんじゃないぞ?」
山崎先輩が注意してきた。
「すみません、先輩」
元気のない声で謝る。
「やる気がないなら、帰ってもいいぞ? それとも何だ、悩み事か?」
「…そう、です」
詳しい事情は話せない。だから先輩は相談相手にはできない。
「誰かに恋したとか?」
「それは、違います!」
「そうか。なら何だ?」
「先輩には言えないんです。いや、部の他の人にも、です」
「そういう事情って、誰だってあるよな、一つや二つ」
先輩は笑って答える。でもこっちは真剣だ。
「先輩ならどうします?」
いきなり瑠璃が切り出した。
「どうするって、何を?」
「例えば、ですけど、何か、夢があって、それを叶えようとしたら? でも挫折してしまったら? でもまた頑張ろうとしたら?」
「…お前、なかなかぶっこんでくるな」
また笑ってる。自分でも言っていることが滅茶苦茶なのはわかっている。でもそれしか表現のしようがないのだ。
「まあ、俺だったらな、最初に躓いただけで諦めないわな。言うて俺もまだ二年で、お前より一年しか長く生きていないが」
先輩は続ける。
「叶えたい夢があるんなら、全力で取り組めばばいいんだ。当たって砕けろってやつ? 俺たちまだ中学生なんだぜ? 可能性の塊じゃん」
全力で、取り組め。それが先輩の答えだ。
「わかりました。それと、先輩、教室に忘れ物してしまったんですけど、取りに行ってもいいですか?」
部活中にこれ以上考えていられないと思った瑠璃は嘘をつき、一旦その場から離れることにした。
実際に教室に来た。時計は四時半を指している。こんな時間の教室は、誰もいない。ここでならじっくり考えられそうだ。
まず思うに、自分は全力で戦っていただろうか? あのセアカゴケグモとの戦いだって、真面目にやっていただろうか? 確か私は、慎治に言われるがまま行動して、目の前にあった脚を適当に、本当に〝適当〟に切っただけだ。
しかも戦いに集中できていただろうか? 恩返しすることで頭がいっぱいだったはずだ。戦いの目的ははっきりしてはいた。でもそれに対する姿勢が全然駄目だったんじゃないか。
慎治の言葉を思い出す。
「できないことは誰にだってあるんだぜ?」
なら自分にできることを探そう。
次に忠義の言葉も思い出す。
「最初っからできる人なんてどこにもいないよ」
なら最初はできなくてもいい。次に立ち上がればいい。
決めた。
体育館に戻るともう部活は終了していて、ネットを片付けモップ掛けも始まっていた。
「遅かったな、瑠璃。探し物は見つかったのか?」
瑠璃は元気よく答えた。
「はい。どっちとも」
部活を終えると次は塾。今日は集中できた。
「なんか、三船さん、今日、凛々しく見えるね。一皮むけたって言うか、土曜日とは別人みたい」
塾の先生にそう言われた。当たり前よ、だって決意したんだもん。
塾の帰り道で、璃緒と話をしていた。
「最近、瑠璃、おかしくない? ボケーっとしたと思ったら、キリっとしたり。何かあったんじゃないの?」
「なかったわけではないけど。あったとしても教えないわよ」
「ふうん。まあ別に興味ないけど」
「なら聞かないでよ」
いつもなら、これが姉妹間で交わされる会話なのって思うけど、今はそんなこと、どうでもいい。
早く寝る時間が来ればいい。私の答えを悪夢の中で、紗夜たちに教えてあげよう。
瑠璃の眼は輝いていた。
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