第3話 大失敗
少し歩くと、何か見えてきた。
大きなクモがいる。小学校低学年と思われる、少女を追い回している。これが今日の悪夢だ。
「クモ、か。あれはどんな種類だろうね? コガネグモ? それともタランチュラ?」
「オレに聞くなよな。クモなんて興味ねえよ!」
瑠璃はクモは苦手ではない。だからって好きでもない。自分にとって、芋虫でなければ放っておくだけだ。
でも、見たことある気がする。
そうだ、ニュースでやっていたんだ。確かセアカゴケグモ。外来種で、近年北上中らしい。毒性が強くて危険って言っていた。北海道にも、もう来てる?
「あのクモは、まずい。毒が、強くて、人も死ぬ…。噛まれないように気を付けてよ…」
どうやら紗夜にも見覚えがあるようだ。
「そんなクモが、日本にいるのかよ? 怖えな…」
「いや、確かオーストラリアとか、アメリカとか、海外原産のはずだよ。日本の冬を越えるほどタフだ。」
少女は泣いている。泣きながら、お母さん、お母さんと叫んでいる。
セアカゴケグモは素早く動き、前の一対の脚で少女を捕えた。
「ねえ、紗夜。もしあの子が、ここで噛まれて死んじゃったら、どうなるの?」
今はそんなこと聞いてる状況でないのはわかるが、もし、手遅れになったら…。そのことを考えると聞かずにはいられない。
「自分の夢の中では死なないって大崎先生が言っていた…。夢の中では死ぬ直前に目が覚める。それは、夢で死んでしまうと、脳が本当に死んだって、判断しちゃうかららしい。だからあの子は死なない。目が覚めて、また明日、同じ悪夢を見るだけ…」
瑠璃はホッとした。あの子は死なずに済むんだ。それはよかった。
「でも、装置を使って夢の中に入っている私たちは…どうなるかわからない…」
「え?」
「先生も試したことがないらしいし、私も見たことない。だから、どうなるのか知らない。ひょっとしたら、本当に死んでしまうかも…」
嘘でしょ? 夢の中で、死ぬ…?
「今そんな話してる場合じゃねえだろうが! 早く助けるぞ!」
慎治の横で、忠義がマシンガンの銃口をセアカゴケグモに向ける。
「おい忠義ぃ! あの女の子に当たったらどうすんだ!」
「僕の腕を舐めないでよ。あのクモの腹しか狙わないから」
「そうか…。ってそういう問題でもねえよ! 目の前でクモが蜂の巣になったら、それはそれでトラウマだろうが!」
そう言って慎治はセアカゴケグモに向かって走り出した。
「うりゃああ!」
素早く剣を振る。一番前の、左脚を切り飛ばした。
それに反応して、セアカゴケグモは慎治の方を向く。
「おい紗夜ぉ! 女の子を頼むぜ! 忠義は構えたまま待て! でもって瑠璃ぃ! 手伝え!」
泣き叫ぶ女の子を紗夜が保護した。
「もう大丈夫。安心して。あとは、私たちがどうにかするから」
女の子を抱き頭を撫でながら、紗夜が語りかける。
「お母さんは、お母さんは? どこ?」
「ここにはいないけど、すぐ会える…」
「おい、瑠璃ってば! こっち来て手伝えって!」
ハッとなって言われた通りに動く。
「何すれば、いいの?」
「前はオレが何とかする! お前は、後ろに回れ! 挟み撃ちだ!」
前の方が大変そうだけど、慎治はうまく盾で防御していた。
後ろに回った。鞘から刀を取り出し、セアカゴケグモに向ける。
すぐには切りかかれなかった。どのように攻撃したらいいんだろう…。また、緊張で、手が震えていた。
「ええい!」
とにかく、適当に、目の前にあった、後ろ脚目がけて刀を振った。脚は綺麗に切れた。
これだ。こんな感じだ。早くもコツを掴んだ!
そう思ったのが仇となった。一瞬だけプシュッという音がした。
反対側の脚も切ろうとした。けれども、自分の足が動かない。なんで…?
瑠璃は足元を見た。糸だ。セアカゴケグモが瑠璃の足元に向かって糸を出したのだ。それで身動きが取れなくなった。
「何よ、これ…?」
かなり焦る。動けないのだから、当たり前だ。
しかも、セアカゴケグモが反転して、瑠璃の方を見てきた。何個もある眼が瑠璃を睨む。確実に倒せる相手をまず、やるつもりだ。
忠義がマシンガンの銃口をセアカゴケグモに向けた。そして引き金を引いたが、肝心の弾が出ない。
「嘘でしょ? こんな時に、ジャムった! 信頼と安定のカラシニコフが!」
セアカゴケグモが瑠璃に牙を見せつける。その牙から、毒液のようなものが垂れている。
あれに噛まれたら終わりだ…。
「いやあ! こないで!」
刀をブンブンと振り回すが、余裕でかわされる。しかも、セアカゴケグモは脚を三本使い、器用に瑠璃から刀を取り上げた。
「ああ!」
取られちゃったとか、思っている暇ない! 一体、どうすればいいの…?
「スイッチを、押して! 瑠璃! 早く!」
紗夜の叫びで我に返る。言われた通りに、瑠璃はインカムについているスイッチを押した。
次の瞬間、瑠璃は一瞬にして消えた。セアカゴケグモの攻撃は、空振りとなった。
ハッとなって目が覚める。スイッチを押すと、強制的に目が覚めるようになっているようだ。
あの時と同じく、瑠璃は汗びっしょりだ。自分でもわかっていたぐらい、焦っていた。あのまま続いていたら、どうなったのだろう? 確実に噛まれていた。そして毒を注入されて、その後は…?
体を起こし、インカムを取り外して、考える。もう一度これをつけて眠れば、またあの悪夢の中に行けるだろう。でも、そこで自分は役に立てるだろうか?そもそも、さっきの続きからだったら?
一旦ベッドから出て、トイレを済ませ、水を一杯だけ飲んだ。
決めた。
三人には悪い気はする。でも、怖くなってしまった。完全に怯えきった瑠璃は結局、インカムを着けずに寝ることにした。ごめんね、紗夜、慎治、忠義…。
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