夕焼け空と君

@Mao_ND

第1話

「あっつー!」

今日も部活終わり、家に続く長い坂道を自転車を押して登る。何でこんなに日差しが照りつけるんだよ、こっちは疲れてるんだぞ。心の中で毒づきながら棒のような足をただひたすら動かしていると、胸ポケットのスマホが振動した。1度足を止め、自転車を抱き込むようにサドルに腰掛けてスマホを取り出す。

メッセージの送信元を確認して、思わず胸が高鳴った。

『明日の10時、駅前で待ってます。』

君からの簡素な文面に心が踊った。

そう、明日は約束の木曜日だ。


┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈


僕は冴えない普通の高校2年生だ。

まあ強いて言うなら少し頭が良い部類で、中学校受験をして県内トップクラスの中高一貫の男子校に通っていることだけが取り柄である。積極的な性格ではないため校外との関わりはほとんどなく、誘われても他校の文化祭にも行かなければ、塾でも同じ学校の人としか会話は交わさない。自然、彼女などいるはずもない。しかしその安定の中に満足している僕は、特に不満もないのだった。学校に行って授業を受け、放課後はテニス部の副部長として後輩に指示を出しつつ県大会に向けての調整をし、火曜日と金曜日はその後駅前の塾へ行く。当たり前の日常を当たり前に辿っているだけ。そんな僕の生活に少しだけイレギュラーな事態が発生したのは、5月の初め頃のことだった。雨の降る陰鬱とした火曜日の午後6時半、いつも通りに学校から塾へ行きロビーの机で軽食をつまみながら単語帳をめくっていた。どうにも集中出来ずにページを閉じ、サンドイッチのカラを捨てようと立ち上がった時に奥の机に何かが忘れられているのを発見した。放っておくべきか拾って届けるべきか悩みながらゴミ箱まで行き、決意してその机まで歩み寄ると、それは一冊の本だった。

『荒野』

僕はそのタイトルを見て、思わず息を飲んだ。

塾に通うような僕と同年代の子が読むにしては渋すぎる、というよりは重すぎる、友人への裏切りと贖罪を描いた本である。しかしそれは、最も尊敬する作家、東野雄三先生の作品の中で僕が1番感銘を受け、それ以来愛読している本だったのだ。まさかこの本を読んでいるヤツが同じ塾にいたなんて。少し興奮ぎみにそれを手に取り裏返してみると、左下に小さく記名してあった。目を凝らして名前を読もうとした瞬間、バタバタという足音が近付いて来て、僕の横ではたと止まった。そっと顔を向けると、1人の女の子が息を切らして、僕の手元を凝視している。それが、僕らの出会いだった。

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