第6話 うさぎ、振りまわされる

 バーガンディアンの契約『聖獣』としてローズガーデン王国に連れて来られて国王であるスペルバウンドとその契約『聖獣』の蘇芳と面会した後、とある一室で歓待を受けていた。


「聖獣様、新しい飴をお持ちいたしました」

「聖獣様、お水はこちらに」

「聖獣様、クッションの座り心地はいかがですか?」


 メイドさんたちに囲まれてふわっふわのクッションに座ってチヤホヤされている。

 ローズガーデン王国の定番聖獣の朱雀鳥と違うわたしをどう扱えば良いのか悩んだ文官たちがとりあえず普通の兎と同じ扱いをすることにしたらしい。

 庭園に放して大型鳥類などに捕食される危険性も考慮されて室内飼いのペット状態だ。

 『聖獣』を襲う野生動物なんてこの世界には存在しないし、わたしは『神獣』なので他の『聖獣』よりも様々な環境への高い適応力があるのだけれど、このお姫様状態は満更でもないので教えてあげるつもりはない。

 メイドさんたちもキュートなわたしにメロメロのようでとても良くしてくれる。


 ただ、ねえ。


 目の前のガラスの器を見てぺしゃっと耳を下げる。

 繊細な模様の入った美しいガラス皿の中に転がる色取り取りの飴・飴・飴。

 確かに美味しい。

 美味しいんだけれど、ずっと飴ばかりだと飽きてくる。

 わたしが飴を食べたことをバーガンディアンの護衛騎士のヤン君がメイドさんに伝えたのだろうけれど、さすがにずっと同じはどうかと思うの。

 謁見の間で蘇芳と会話した時、甘いものが食べたいっておねだりしておいたのだけれど、ちゃんとスペルバウンドに伝えてくれたかしら?




 翌日、ふわふわクッションに埋もれてウトウトしていたらバーンと勢いよく扉が開く音がしてバカ王子が入ってきた。

 わたしを見守る為に部屋に残っていたメイドの中で一番年の若いリューココが驚いて固まっている。


 やれやれ、こんな調子で本当に『英雄王』になれるのかしら。


 立場的に第2王子であるバーガンディアンを咎めることが出来ないでいるリューココと違ってわたしは『神獣』様だ、ビシッと言ってやるわ。


(あんたねえ、レディの部屋に入る時はノックしなさいよ)

「おう、ねぎ!」


 バカはニコニコ上機嫌で近付いてくる。


(ねぎって呼ばないでって言ったでしょう!)


 そんな名前、認めてないんだからね!

 わたしの怒りの叫びはバカの耳にはまったく届かなかったようで、


「お前スゴイんだってな!陛下が褒めてくれたんだ!」


と、ふわふわクッションの中からわたしを強引に抱き上げてクルクルとまわり始めた。


 ちょっ、やめて。

 そんなに勢い良くまわらないで。


(ちょっと、ストップストップ!)

「俺が王に相応しくなれるように新しい家庭教師が増えるんだぞ!勉強はイヤだけど、陛下が俺に期待してるからガンバレって言ってくれたんだ!」

(わかった、わかったから降ろしてちょーだい)

「ねぎ、ねぎ、ねーぎー」


 父親に褒められて期待をかけられたことが余程嬉しかったらしい。

 父親のことを陛下と呼んでいることからも親子間の微妙な溝が感じられる。

 バカが自分の立場や空気を読んで陛下と呼んでいるとは思えないので普段からそうなのだろう。

 どうやらスペルバウンドはバーガンディアンの王族教育に力を入れることを決めたようだ。蘇芳に『神獣』と『英雄王』の称号について聞いたのだろう。他の王族の情報を持っていないので詳しい状況はわからないけれど、『神獣』に選ばれた王子が現れた今、他の候補者たちには諦めてもらうしかない。

 現段階では不安要素が大きいけれど、バーガンディアンはまだ10歳だ。

 新しい家庭教師の手腕と彼のやる気の持続に期待するしかない。

 

(いいかげん、降ろしなさいよ、バカッ)

「あはは、ねぎは子供だな。俺の名前はバーガンディアンだぞ」

(知ってるわよ、バカ王子)

「そんなに呼びにくかったら、ガディって呼んでもいいぞ。お前は特別スゴイから許してやる。喜べ、母上とお前だけだぞ」


 バカは、自分がバカだと言われたとは思わずにわたしが名前を呼ぼうとして失敗したと思ったようだ。

 バカって、どうしてこう無駄に前向きなのかしら、疲れるわ。

 しかし、お陰でクルクルまわるのはやめてくれた。

 振りまわされたお礼にうさぎキックをお見舞いしてやろうとしていたらガラガラという音と共に白い布がかけられたワゴンを押したヤン君がやってきた。


「王子、走って行かないで下さいってお願いしたのに酷いですよ!」

「ヤン。遅いぞ!ねぎを褒めてやってたんだ」


 どうやらスペルバウンドに褒められて舞い上がったバカがヤン君を振り切ってこの部屋へ来たらしい。


 そんなに嬉しかったのか。


 やんちゃで手のかかる王子ではあるけれど、こういう裏表がない少年らしさは嫌いじゃない。

 振りまわすのは止めて欲しいけどね。


「王子自らお褒めの言葉をかけるのも素晴らしいことですが、蘇芳様からの贈り物をお渡しするのも忘れていらっしゃいませんか?」

「あ、そうだった、悪いな」


 やっちまった、みたいな顔をしてわたしを抱いたままワゴンに近付いてその上にかかった白い布を取った。

 そこには、ケーキ、クッキー、ゼリーなど色々な種類の甘味が並んでいた。


 蘇芳、ちゃんと伝言してたんだ、いいヤツね! 





 

 

 

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