第3話 うさぎ、王子に飴ちゃんをもらう

 ヤン君が落ち着いたので大人しく様子を窺っていたわたしはバカに声をかけた。


(ねえ、ちょっと)


 バカは不思議そうにキョロキョロする。


「王子?どうかされましたか?」

「んー、なんかさっきから女の声がするんだけど」


 心底不思議そうなバカにわたしは呆れる。

 ヤン君も心なしか呆れたような表情をしている。


「王子、出発前に文官から説明があったと思いますが、それは聖獣様のお声かと存じます」


 契約者だけに聖獣の声が聞こえることはこの世界の王族関係者なら常識だ。


「そうだっけ?」


 この王子、普段から人の話しを真面目に聞いていないようだ。


「そうですよ。ですから、そのお声はそちらの聖獣様のものかと存じます」

「へえ」


 バカはわたしの目の前に座り込んで耳を掴んで立ち上がった。

 思わず顔面にうさぎキックを入れた。

 クリティカルヒット!

 

(何度も失礼ね!レディを気安くぶらーんするもんじゃないわよ!)


 わたしは解放されて空中でクルリと一回転してから着地する。

 

 「王子!」

 

 バカは慌てて治癒の薬液の瓶を取り出したヤン君を手で制止して、


「うお、本当にコイツがしゃべってたぞ」


 と痛いの半分、好奇心半分といった感じで笑った。

 その無邪気な笑顔にドキリとする。


 ふんっ、男の子のそういうところってズルイわよねっ


 苛立ちもするが母性本能が刺激されてしょうがないわねって許してしまいそうになる。

 ガキ大将がそれなりに女子にモテるのはそのせいだろう。


「お前、俺と契約したのか?」

(こっちが聞きたいくらいだわ)


 どうして契約が成立したのかわからない。

 創世神様、どうしてなのですか!


「ま、いいか」


 バカは考えることを放棄した。


(いいわけないでしょうが!)

「ん?でも、契約しちゃったもんは仕方がないだろ」


 それを言われるとこちらも黙るしかない。

 契約解除ってどうすればいいのだろう。

 こんなことになるんなら創世神様に聞いておけばよかった。

 しょんぼりと俯く。


「そんなにしょげんなって。そうだ、お前にも飴ちゃんやるから」

「王子、聖獣様は草食ではないかと…」


 わたしの目の前に飴ちゃんを転がしたバカと至極常識的なことを口にするヤン君。


 でも、ヤン君、わたしは聖獣じゃなくて神獣だから。


 わたしは転がっている赤い色の飴玉を口に入れた。


 ガリッガリッ

 あらやだ、美味しいわ。

 苺味?


「ヤン、食べたぞ?」

「食べましたね」


 バカがもう1つ飴玉を転がしてくる。

 今度は黒い。


 ガリッガリッ

 こっこれはっ


(コーラ味!?)

「お、おう」


 思わず耳をピンと立ててバカの顔をジッと見つめた。

 懐かしの前世ぶりのコーラ味。

 『神々の森』に苺はあってもコーラはない。


 ふぉぉぉぉ。


(もっとないの!ねえ!)


 前足でバカの膝をテシテシしておねだりする。

 ギブミー甘味。

 人間の食べる甘味プリーズ!


「王子?」

「やー、なんかもっと欲しいっぽいけど飴もうない」

(ええーっ)

「そうですか。でしたら、そろそろ国へ戻りましょう。国へ戻れば飴はいくらでも用意出来ますし、陛下も王子が戻られるのを心待ちにされているでしょう」

「そう、だな。でも、朱雀鳥とかってヤツじゃないけどいいのか?」


 ローズガーデン王国の定番聖獣は朱雀鳥だ。

 わたしが朱雀鳥と違う種族なのは間違いない。

 さすがのバカも少し不安になったようだ。


「大丈夫ですよ、王子。あくまでその傾向が強いというだけで前例がないわけではないはずです…多分。聖獣様であることは間違いないのですから」


 ヤン君も若干自信がなさそうだ。


「んー、ま、いっか。よし、ねぎ行くぞ」


 バカがひょいっとわたしを抱き上げた。


(ちょっと!ねぎって呼ばないでよ!)

「王子、それが聖獣様のお名前ですか?」

「おう、ねぎっぽいからな」

(だからっねぎっぽいって言うなぁぁぁ!)


 バカの腕の中で苦情を言いつつも今回は蹴るのを我慢した。

 契約については不満だらけだけれど、人間の甘味の魅力には抗えないよ。 

 

  

 


 


   


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る