第9話 雷は予測できますか?

電車は生徒たちで満員だった。風が強い中で、揺れる電線や木々のざわめきが不安を煽ってくる。依然として、モヤモヤは消えない。むしろ大きくなった。肌がピリピリする。


前のグループが詰まっていたようで、俺たちのグループは、2手に別れることになった。


俺と春瀬、朝木、前半は高嶺先輩が率いる。悠真と蓮たち、後半は宮寺先輩が受け持った。


んで、前半が電車にのり、後半は次の電車で帰ると言われた。俺たちがラストのグループなのに、全員で次に来る電車に乗らないのは不自然であったが、一人でも多く、早く帰ることを重要視したのだろうか。


各自、最寄り駅で降りたあと、家に無事ついたものは各リーダーに連絡を入れることになっている。


「じゃあ、㝫。水たまりにはまらないように気をつけるんだよ?お前、時々ぼんやりしてるから」


「うるさいな。お前はお母さんか!」


悠真がくつくつと笑う。


「また明日ね、窿太郎。朝迎えに行くから、逃げんじゃないわよ?」


過保護なのか脅してんのか、よくわからん奴だ。


「へいへい。じゃーな」


「もう。クーちゃんって、本当素直じゃないですよね〜」


ひらひらと手を振って電車に乗り込む。春瀬がニヤニヤしながら同意を求めてくる。悪いが、なんのこっちゃさっぱりわかんないです。


「あいつ、屋久守さんに毎日迎えに来てもらってるのか...!」


「何であんなやつが...」


「何よ、あの失礼な返事は!」


「不潔!」


蓮を慕っているやつらが騒ぎ出す。


最後言った奴だれだ!関係ないだろ!


「騒がしいですよ。口を慎みなさい」


冷徹な雰囲気にみんな気圧けおされて、口をつぐんでいく。あれ、高嶺先輩が俺をフォローしてくれた。


「やはり天野くんが火種ですか。いい加減にしなさい。次はないですよ」


うん。そんなとこだろうと思いましたよ。


気がつくと雨が激しくなっていた。ホームの屋根を打つ音が大きくなっている。見上げると、雲の周りをうねっている雷が、さっきよりも太くなっているように思えた。電気がたまっているんだろうか、眩しい。


その瞬間、あの婆さんのセリフがフラッシュバックした。


ーーー雷が落ちるって言ってんだよ。雲の周りがピカピカ光ってんだろ。もう少しで落ちるぞ。


思わず力んで眉を顰めてしまった。嫌な予感がする。そう思った時、さっきから感じているモヤモヤがなんなのか、わかった気がした。自然に体が動いた。


が、あと一歩のところで閉じた扉に遮られる。くぐもった雨音が車内に響く。電車が揺れ、動き始める。窓からは、手を振っている悠真たちがいた。


笑ってた。でも、その光景が、笑顔が、なぜか不安を余計にかきたてる。


「ったく。誰だよ、ちゃんと閉めとけっつの!」


電車が静かに発車した直後、座っていた男子が急に立ち上がり乱暴に窓を閉めあげた。一部の窓が少しだけ開いていたようだ。雨が窓をつたって幾筋も下っていた。


男子生徒ぴしゃりと閉めた瞬間。その目が見開かれ、何かに釘付けになっていた。その様子に頭の中で警報が、ガンガン鳴っている。もう、不安とか、そんなレベルのものではなかった。何が何だかわからなくて、警報が何に対するものか考え始めたところ、視界が開けた。


否、周りが白で埋め尽くされていた。


白い世界。


約一ヶ月前にも、見た光景と全く一緒だった。


平衡感覚が失われ、自分がどこにいるのか、立っているのか、地面はどこなのか、判断できなくなって思考が停止した。


気持ち悪くなって目を瞑つむる。


しばらくしてゆっくり瞼を開けると、呆然とした顔がそこら中にあった。


目がチカチカするのか、みんな目を瞬かせている。


突然、電車が急ブレーキをかけ、俺たちはドミノ倒しにあった。怪我はなかったが、ざわめきはやまない。リーダーたちが牽制しているが、いまいち効果はないようだ。


アナウンスによると、落雷だと。安全は確保されていることが確認されたため、みんな安堵していたが、俺は焦っていた。あんだけ強い光だったってことは、この近くに落ちたはずだから。


「びっくりしましたね〜・・・天野っち?」


いつもと変わらない様子で、春瀬がこちらを見た。顔面蒼白な俺を怪訝に思ったのか、首を傾げて伺ってくるが構っている余裕は俺にはなかった。


手に汗がにじむ。鳥肌は未だに治おさまらない。


今、何時だ。


即座に制服の袖をまくって、腕時計を確かめる。


午前12時00分15秒。


これの次に続く電車が、あの駅に着くのが、午前12時00分。


ということは、落雷が起きたのは、電車が悠真たちがいる駅に着いた時間。


電車はドアや窓を開けていても、中に入っていれば感電はしない。


だが、外ーーー電車付近、もしくはホームーーーにいる場合は・・・。


顔をガバッとあげて、悠真たちがいるはずの場所を振り返る。しかし、当然ながら、窓からでも見えなかった。


「・・・どうしたんですか?」


「おい、天野?」


奇行をとる俺の背後から、心配そうな声が聞こえるが、言葉が出てこなかった。


心臓、うるせぇな。


すぐ後に、電車が再び動き出した。


みんな興奮して落雷について話している。


楽しそうだな。


携帯を取り出して、悠真、蓮、何人かのクラスメイトに電話をかけた。しかし、いくら待っても誰一人として出るものはいなかった。


賑やかな雰囲気の中、一車両の隅では重苦しく静寂が漂っていた。

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