第7話 雷は人を呼ぶ

「まったく!」


「あららー、クーちゃん、ちょっとは考えてから行動してくださいよ〜」


俺たちも駆け出して、蓮を追った。


角を曲がって。


「うお!あぶねっ」


蓮が不審者に向かって木刀を振り下ろしていたが、躱された挙句に、肩を弾かれてこちらに倒れてきた。慌てて蓮の肩を掴んで支える。


つか、蓮の剣筋を躱すって、そんなことができる人間居たんだな。


「あれ?」


不審者の動きが止まる。逃げるか迷っているようだったが、突然、春瀬が首を傾かしげた。


「敦子先輩?」


「は?」


「え?」


俺と悠真から素っ頓狂な声が出た。仕方ないと思う。何を見てそう思ったのか、不思議だ。蓮も、目を見開いて春瀬を見つめていた。


「む。どうしてわかったんだ?」


不審者がフードを後ろへと落とすと、薄茶色の髪が、パサリと肩口まで落ちる。キリッとした眉の上で切りそろえられた前髪がはらりと揺れて切れ長の目が見える。シャープな輪郭が凛々しさを際立たせていて、大人の女性感が半端ない。


女だった!てっきり不審者の男かと思って・・・。しかも先輩!!


「やっぱり!その無駄のない身のこなしと、構え方、そして何より美しくバランスのとれた筋肉!ゆるい服を着ていてもわかりますよ!」


春瀬がほおを紅潮させながら、鼻息荒くまくし立てる。ああ忘れてた、こいつ、筋肉フェチだった。おい、ちょっと引かれてるぞ。


「それに、そのパーカー。うちの学校のボクシング部が着ているものですよね〜」


「あ、言われてみれば」


「確かにな」


今気づいた。一見、普通のパーカーに見えるが、拳のマークが右肩にプリントされている。


「ところで、こんなところで何をしていたんですか?」


「うむ。何か手がかりがないかと思ってな」


「手がかり?何の?」


悠真の質問に律儀に答えてくれた。だが、敦子先輩はボクシング部員だ。しかもあいつの指導をしていたらしいし。気づかない蓮は聞き返していたけど。


「康介の、か・・・」


「・・・ああ」


先輩は、悲しそうに少し目を伏せた。コウを気に入っていたのか。あいつの自主練も付き合っていたっていうし。


「でも、あんな格好、不審者かと思ったじゃない」


「はは、悪かったな。だが、生徒があそこらへんをウロウロしていると生徒会にバレたら厄介でな」


「ああ、なるほど」


「特に会計さんに知られたら、面倒ですよね〜」


春瀬の言葉に、みんな無言で肯定した。もうあそこは、教師より生徒会の方が発言力がある。生徒からの信頼が厚いからだ。都合良く態度を変える大人と比べ、冷たくても厳しくても、誰に対しても態度を変えない平等な判断を下す生徒会に、生徒たちがついていくのも納得できる。


「敦子先輩も、不審者と間違われるからそういう格好は控えたほうがいいのでは?」


「ああ、そうだな。次からは気をつける」


「康介、早く見つかるといいですよね」


「・・・ああ」


「あの〜、敦子先輩も私たちと一緒に、康介っち探します?」


「え?」


空気がどんよりしてきたところに、春瀬が発言したことで、先輩の顔がガバッと上がった。


「あー、俺たち、放課後に周囲とかで聞き込みしてるんですよ」


「そうなのか?」


「ええ。じっとしてもいられないし。性に合わないわ」


「それはお前だけだけどな・・・って、どうどう。落ち着け」


「いいのか?」


「はい。先輩がいてくれると心強いですし」


俺が蓮に斬られそうになっているのには目もくれないで、会話はどんどん進んでいく。


「それに、先輩の筋肉を毎日拝められるなんて!最高の目の保養です!」


「お前は筋肉が見たいだけだろ。あんなもののどこが保養だ、ただの細胞の塊・・・ぐっ!」


春瀬からの的確な鳩尾への鉄拳が繰り出される。その衝撃で前のめりになったところに、隙をついた蓮による一撃が入る。俺は、どさりと倒れた。


蓮はともかく、春瀬は滅多にキレないのだが、筋肉を侮辱するとあかんらしい。


「・・・いつもこうなのか?」


ピクピクしている俺に若干の憐れみ、そして引いた目をしながらも、先輩が躊躇いがちに聞いてきた。


「・・・ええ、まあ」


それに苦笑して答える悠真。いつも以上の仕打ちを目の当たりにして、女は怒らせてはいけないのだと悟ったようだ。何よりである。俺ももうちょい早く教えて欲しかったな。


康介の探索に加わった敦子先輩は今日は帰宅し、後日、再集合することにした。ちなみに、春瀬と蓮に攻撃を喰らった箇所を見ると、痛々しい痣ができていた。


内臓、大丈夫かな。

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