第5話 雷よりも静かな怒り

バンッ!


「しっつれいしまーっす!」


ドアを勢いよく開くと、中にいた全員が豆鉄砲を喰らったように目をひんむいた。おうおう、陰険な空気が漂ってましたよー。


静まった空間の中、痛いくらいの視線が突き刺さる。


いやぁ、こんなにも注目されると恥ずかしいですな・・・。




俺の目の前には全学年委員長と生徒会メンバー、担任教師。後ろには団子三兄弟。三人とも肩や足、頭などをさすっている。


「おい、サボリ魔が何をしている!会議中だ!出ていきなさい!」


いやいや、会議はあと10分後でしょ。それにしても、名前も知らない先生にまでサボリ魔扱いされるとは。しかし、他の担任達も同意のようで、きつく睨まれてしまった。


それより...、


屋久守さん、その木刀を持った手を下ろそうね?怖いから。たぶんその一撃喰らったら死んじゃうよ?


悠真は蓮の殺気を感じてこちらに苦笑いを送ってきた。悠真に目線を合わせながら答える。


「いえね、我がクラスの委員長が困ってると聞いて、ちょっと加勢に来たんですよ」


すると、悠真の苦笑いが不敵な笑みに変わった。お前、また何かやらかす気だな、と。失礼な!俺はトラブルメーカーではない!


しかし、頭の中で突っ込みを入れた俺に返ってきた言葉は、意外なほどに無機質なものだった。


「部外者に発言権はありません。退出してください」


「部外者ねぇ。むしろ当事者だと思うんですけど、生徒会会計の高嶺(たかね)さん?俺たちの話をまともに聞かずに後ろにいるクラス委員長含め、自分たちの憶測をぶつけるのは、それはもう会議ではなくて、自分のアピールコーナーですよ?」


俺が会議の実態を皮肉って肩をすくめると、彼女の眼鏡の奥に潜む黒目が猫のように鋭くなった。獲物を睨むように。どうやって仕留めるか考える捕食者のように。


「いい加減にしなさい、嶐!」


俺たちが睨みあっていると、いきなり怒声が飛んできた。声の主の近くにいたものはビクッと肩を跳ね上がらせている。それほどまでにその声は棘を含んでいたから。


蓮だ。


髪を揺らしながらつかつかと俺めがけて歩いてくる。木刀を握りしめながら。


「ええっと・・・。ちょっと落ち着こうか、屋久守さん」


んん?なぜだろう。蓮の後ろに般若の顔が見える。いつもは見えない試合用の覇気に俺の首筋から冷や汗が伝う。


「なにを、どうやって、どうして、落ち着かなければ、いけないの、かしらっ!」


「うおっっ!」


蓮が最後の一歩と同時に木刀を斜め斬りの要領で瞬時に振り下ろす。


あっぶな!!!


かろうじて右足に全体重をのせて体を傾かせ、その勢いで後ろに後退できた。


「っと。おいっ!当たったらどうするんだ!」


「当てるつもりで斬ったのよ!なんで避けるの!あんたが乱入してきたら悠真がさらに責任を問われるのがわからないの?!」


真面目で何でもそつなくこなすエリートの悠真


サボリ魔でいつもやる気のない問題児


この2人が一緒にいるのは教師や委員会からも良く思われていないらしく、俺が何かコイツらの気にくわないことをすると、叱っても聞かない俺の代わりに、そのしわ寄せが悠真にいくらしい。


そのうえ、会議の妨害、侮辱的な発言をしたとなると、事が終わったあとに睨まれるのは、俺もちろんのこと、悠真にまで責任がでる。


そんなことがわからないのかと、蓮は言っているのだ。


もちろん、わかってる。生徒会が実権を握ってるこの会議では、生徒会長やそれに連なる者が決定すればそれは真実になる、というかなりの歪みっぷりなのだ。


そして、俺はそれをわかってて、今ここにいる。


「俺、そこまで馬鹿じゃないよ?」


少し真顔になって言ってみた。


蓮は、その顔を見て俺がふざけてここに来たのではないと悟り戸惑うが、納得いかなかったようで、眉を顰めたままその場で佇んでいた。


それもそのはず。


俺、まだここに来た理由、皆に言ってないからね。


「なら、何でここに来っっ?!」


というわけで、説明しようと思ったが、面倒くさくなったので手っ取り早くいこうと思う。俺は録音機を蓮の前にずいっと持ち出し、再生ボタンを押した。


カチッ


ザザザッ


――――――――――――


『ほんっと、粘り強いな。さっさと引退しろよあの堅物』


『マジそれな』


『で、でもさ、あれだけ噂ながしとけば、な、なんとかなるんじゃないかな』


『なんとかなるって、悠真を蹴落とすことについて?』


『う、うん。』


『なるほど。あの変な噂はお前らが元凶だったんだ』


『ああ、あいつがいなくなれば副会長である俺が昇格できる。皆なんであいつを贔屓ひいきするのかわからん。どうせ親の影響力かなんかで上に掛け合ったんだろう。卑怯な手を使いやがって。俺の方が...』


――――――――


テープは最後までまわったが、そのあとで俺が、こいつらをねじふせて引っ張ってきたのは秘密だ。


途中、不快感を表すざわめきが起るものの、俺がテープを切ると気まずい沈黙が部屋に行き渡った。


コチッコチッコチッ


時計の秒針が誰か何か喋れと、急かしているよう。


「あれは本音か、鈴堂寺(りんどうじ)?」


重々しい空気のを切り裂いたのは、水戸進吾(みとしんご)、風紀委員長。


その怒っているともとれる低音の声と、自分の名前が呼ばれたことに、今まで下を向いて手を握りしめていた他クラス委員長は飛び上がった。


「で、でっち上げです。あんなもの!僕はこいつに脅されてっ!」


俺を指差しながら懸命に逃げ道を探しだす鈴堂寺。


「もし、」


鈴堂寺の話を遮り、水戸先輩がゆっくりと口を開いた。


「お前が天野に脅されたとしよう。それで、なぜお前らが連れてこられてるんだ?普通はあとで役員に訴えればいいだけの話だ」


「そ、それは」


自分の首を絞めるとは、まさにこの事だな、と心の中で苦笑する。


「ぼぼ、ぼ、僕は鈴堂寺くんに無理やり噂を流すように指示されただけです!」


「そ、そうだ!俺達は関係ねぇ!」


何を思ったのか、後ろに控えていた鈴堂寺の腰巾着が急に無関係を主張し出した。テープでもとはとれているっていうのに。というか、今自白しちゃったじゃん君たち。


仲間の裏切り行為に目を見開いた鈴堂寺は、桜餅のように顔を紅潮させ、激怒した。そして、口を開きかけたその時、


「うるさいよ」


大きな声で言ったつもりはないだろう。だが、その声はマイクを通したようによく響き渡り、あらゆるものを抑制した。


みんなの視線の先には、表情をなくした悠真がいる。ただ、その目には静かな怒りが燃えたぎっていた。普段怒ったことなんかない悠真の豹変ぶりに、鈴堂寺も何に怒っているのかも忘れ、ポカーンと惚けている。


「君たちの言い訳なんてどうでもいい。仲間内で争うのなら後で存分にやれ。それよりも、人を犯罪者扱いした噂を流して楽しかったか?」


誰も答えるものはいない。


殺気とも呼べる鋭い視線を直に受けている鈴堂寺は、いつもと違う雰囲気の悠真に冷や汗を流している。他の出席者、教師も含めみんなが悠真の豹変に驚く。


噂では、犯罪者と呼ばれていたのは実際には俺だけだった。なんせ四人のうち他3人は人望のある優等生だからね。無理もない話だとは思うが、どうやらこいつはそれが許せなかったらしい。


「嶐がそんなに邪魔だったか?ムカつくのは俺だけじゃなかったのか?全員を巻き込んで満足したか?生徒全員を騙して面白かったか?何黙ってる、言葉にしなければ伝わらないぞ・・・?おい!聞いて」


「悠真」


声量を上げだした悠真に、呼び掛ける。ハッとした悠真は俺の視線で落ち着きを取り戻した。あぶない、あぶない。クラスの委員長が一方的に怒鳴り散らすのはマズイ悠真は自分の失態に顔をしかめるが、イケメンは何をやっても様になるね。


しっかしまぁ、怒ってますなー、悠真くん。


昔からコイツは変わらない。


自分は何を言われても涼しい顔をしているくせに、友達が悪口を言われただけで激怒する。


あら、自分で友達と言ってしまった!恥ずかしい!


・・・冗談はさておき、それほどいいヤツなのだ。こいつは。



それから10分ほどの教師や役員の質問に、鈴堂寺は言い訳をやめなかったが、とうとうボロを出した。いや、最初から穴だらけだったが、噂の元凶が自分であることをを認めた。噂では、彼らの役職は剥奪、以後役員に入ることは許されず、役員を欺こうとしたことで他の生徒から白い目で見られるようになったそうだ。


噂だけどね・・・。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る