第2話 雷の予感は当たるもの

登校してすぐ下校とは、なんとも言えないほど嬉しいものだ!


帰り道、終始上機嫌な俺を見て、みんな苦笑いを浮かべている。

ただ、蓮だけはムスッとしていた。


真面目で、中途半端なことが大嫌いな蓮は、今日の勉強や部活に向けての熱意を削がれてしまったので不機嫌なのだ。そんな蓮と正反対な性格の俺には何でそんなに熱くなれるかがわからない。てか、わからなくていい。


俺はマイペースなのんびりライフを目指しているのだから。


「あーあ、今日も敦子あつこ先輩に特訓してもらいたかったのになぁ」


ふいにコウがつぶやく。


おっと、ここにも暑苦しいやつがいたんだった。

それよりも、お前より強いボクサーがいるのかよ!しかも女!?


「あ~、敦子先輩か~。かっこいいですよね~。雨の中のジョギングなんか、水も滴るいい女って感じでしたもんね~」


筋肉ムキムキのゴリゴリ女が水も滴るいい女?


想像できない。想像できたとしてもそれは、...。


いや、やめよう。


俺の頭の中で勝手な敦子像が膨れ上がっていくなか、皆は格闘家や武道の話で盛り上がっていた。もともと筋肉フェチな春瀬は鼻息を荒くして筋肉を語っている。みんな苦笑いだ。


それを爽やかな笑顔で見守っている悠真。


お父さんか!


どんより雲なんか気にもせずに、明るく喋る。


「あれ、雨降ってきてない?」


突然、悠真が空を見上げた。雫が落ちてきたらしい。


確かにポツポツと音が聞こえてくる。そして、だんだんと雨が地面を打つ音が強くなった。


「うわ、やだっ、バス停まで走るわよ!」


 「いや、バス停に着いても屋根は小さいから入れないと思うぞ。これだけの人数が一斉に下校したんだし」


俺は周りの学生が全力で走っていくのを見て、蓮の提案を退けた。


ここの学校は山のふもとにあるため駅から遠く、そこまでバスを使うしかない。普段は、数台バス停に止まっていて10分おきに来るサイクルで、生徒たちもまばらに帰るから混むことはないのだが、今日は一斉下校のせいでバスの数が足りなくなったのだ。


 「じゃあ、雨宿りしようよ!私、明日試合だから風邪をひくわけにはいかないの」


蓮が困り顔で訴えた。


そういえば今日は朝から明日は空手の練習試合があるんだって張り切っていたっけ。黒帯の試合ってどんなんだろうな。怖そう。空手だけではなく、柔道も黒帯、剣道もそこそこらしい。


どんだけ強いんだ。

ちなみに。これを知った俺は、密かにこいつを絶対に本気で怒らせてはいけないと肝に銘じているのだった。




結局、バス停に近くにある、駄菓子屋で雨宿りさせてもらうことに。そこの店主である婆さんと世間話をしながら雨が弱まるのを待っていた。結構豪快な性格らしいばあちゃんだが屈託のない笑いで親しみやすく、つい長話をしてしまう。これを愛嬌というのだろうか。





30分ぐらいたったとき、バスのサイクルも追い付いてきて、人が少なくなり、ちょうど雨が弱まった。


 「お!これならいけるかもだな!」


置いていた鞄を背負い、走る準備を始めるコウ。その後ろから婆さんが笑みを浮かべながら言う。


 「そこの暑苦しい筋肉眼鏡、やめといた方が身のためだね。」


そうそう、この婆さん、意外と毒舌なんだよな。さっきから俺のことを無口の陰気女男とか、悠真のことをアスパラガスな若年寄とか、春瀬や蓮のことを腹黒女狐や頭空っぽの趣味が悪い嬢ちゃんなどと言っている。余計なお世話だっ!


しかも、いいところが一つもないのだ。


 「なんで?」


 「雷が落ちるっていってんだよ。雲の辺りがピカピカ光ってんだろ。もうちょいで落ちるぞ」


 「でも、直撃することはありえないっしょ。心配性だな婆ちゃん、大丈夫だって。俺は雷に打たれても負けん肉体を持ってるからな!んじゃ、しゅっぱーつ!俺、一番乗りー!」


ばあさんの忠告も聞かずにコウが勢いよく雨のなかへ飛び出した。この言葉がフラグっぽく聞こえたのは俺だけだろうか。大丈夫かね、アイツ。


「あ、ちょっと待ちなさい!」


蓮がお母さんのように怒った顔で悪戯坊主を止めようとするが、間に合わなかった。


「ははっ。待たん!毎日敦子さんに鍛えられている俺に追いつけるなら追いついて、あべしっ!!」


あ、転んだ。マンホールで足を滑らせたのだ。こんなんじゃ、毎日鍛えてくれている敦子先輩が泣くぞ。雷に打たれても負けない体をもつはずのコウは、また滑らないように手足をぷるぷるさせながらゆっくり立ち上がった。


まるで産まれたての小鹿のようだ。


「まったく、もー。びしょ濡れじゃない。これじゃ雨宿りした意味ないでしょーが」


蓮が屋根の下からコウを叱る。春瀬は爆笑し、俺と悠真は呆れ顔である。そうだった。あいつはこんな奴だった、と。元気だけはいいが、何かしらへまをするどじっ子体質なのだ。女の子でドジっ子は許せるが男子のドジっ子は見るに耐えない。しかも脳筋のゴリゴリ男だ。


そんなことを上の空で思い出していると、後ろで大きなため息を吐く気配がした。婆さんだ。その眼はいつまでたってもダメダメな孫を見ているかのような生暖かい視線だが、何かもう一つの感情が混じっているようだった。でも、それが何なのかまではわかるはずもない。


そして、その感情は康介へ向けられたものではないような気がする。コウを見て違う誰かを連想している、そんな感じだ。


俺の視線を感じたのか、婆さんは俺を見てにやりとした。すべてを見すかされているような笑みに不気味さを覚えて思わず目をそらす。


婆さんは何も言わずに視線を切った。俺も目をそらしたまま、外へと向ける。


面倒見のいい蓮は風邪をひくのを嫌がっていたが、仕方がないと首を振りコウのもとへと走っていった。


フラグを見事に回収してしまった本人はビショビショなのにも関わらず、やってしまったとこっちを向いて笑っていた。笑いから解放された春瀬は、コウをからかう方法を考えながら相変わらずにんまりとしている。その姿を見てまたもやあきれてしまった俺と悠真はお互いを見、自分たちも行くかとうなずき合った。


「警告は、したからね。」


突然の低い声に振り返ったが、誰もいない。奥に引きこもってしまったのか婆さんもいなくなっている。気のせいかな、ほかのみんなは気づいてないらしく、振り返った俺にハテナマークを頭上に乗っけていた。


あ!お礼、言いそびれた。そう思いながらもあの婆さんの毒舌を思い出して苦笑いを浮かべた。


「ま、べつにいっか」


また別の日に会えるし。


俺はまた正面を振り返り、悠真たちと蓮を追いかけようと外へ一歩踏み出した。


が、地面に足をついたその瞬間、世界が真っ白に塗りつぶされる。


そしてそのすぐ後、不思議に思う間もなく一気に白は黒に覆われる。浮遊感みたいな気持ち悪さとともに、一瞬の衝撃が起きたと思ったら次には肺から空気が一気に吐き出された。しかし、目を見開いてもそこは暗闇しかない


俺はわけがわからないままその場に倒れ込んだ。

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