第6話

 伏見稲荷大社の人の少なさとは対照に、東福寺は人にあふれかえっていた。障害物を避けるように進み、警備員に言われたとおり経蔵のそばに自転車を停めた。若い男が拡声器を使って通天橋のチケット売り場を説明していた。多くの人が声にみちびかれるようにチケットを買い、太い列のうしろについて途切らせないようしていた。わたしはその人々の動きを見るだけで疲労を感じた。だが、あれだけ人がいるのだから、なにかしらの理由があるのだろう。すぐにチケットは買わず、まずは境内を見ることにした。


 昔の便所だという東司に近づき、中を覗くと、母親が昔からなにかと言っていた中国の便所を思いだした。じっさいはどうだか知らないが、中国の便所は扉がなく、“まる見え”だと言っていた。東司内の地面には穴がいくつもあり、これでは、となりで用を済ませている人の姿を、頭からつま先まで見ることができただろう。もっとも、礼儀としてなるべく視線をはずしていたかもしれないが。


 人の少ない三門を見てから、通天橋へつづく列にまじった。背の低い老人の集団がいれば、茶色い短髪を逆立てた目つきの鋭い男が、パンツのラインがくっきりとうかんだ大きな尻の女の手を握っていた。鼻につく甘ったるい香水が臭えば、清潔ですがすがしい女性の髪の香りがして、ムカムカするバターのような化粧の臭いがした。たいていの人は携帯電話かデジタルカメラを手に持ち、中年の男性は黒い一眼レフのカメラを持っている人が多かった。観光場所にいる人間にとって、カメラは水のように大切な物で、カメラを落として紛失してしまえば、干からびて死んでしまうのではないかと思われた。


 列はゆっくりと前進した。橋の周りは一面赤色に染まっていた。わたしは今までに見たことのない楓(かえで)の量に驚き、通天橋を馬鹿にしていたことを恥じた。人々はきまりきったぶさいくな声をあげ、食い放題の食材を前に、むさぼるように写真を撮っていた。カメラをファーコートの左ポケットにしまい、橋に手をかけ、わたしはゆっくりと前へ進んだ。目の細い白髪頭の女性がわたしの右腕にぶつかり、目の前へ出て写真を撮りはじめた。わたしは足を止めてから、女性をかわして前へ進んだ。人々は橋の両端にこびりつき、騒々しくうごめいていた。


 橋を渡りきり、のんびりと境内を歩いた。楓の葉はいたるところで赤く染まっていたが、空は重々しい灰色の雲にふさがれ、太陽が現れるようすはとてもなかった。非常に残念だった。制服姿の三人の女性がそばで、「みてー! チョーきれいじゃない?」と言いながらデジカメの画像を見せあい、「マジやばくない? チョーいいじゃん! マジやばくない? マジやばくない? マジでやばくない?」と言っていた。わたしはゆっくりとそばを離れた。


 手さげバッグからウィスキーの小瓶を取り出し、なんども口につけては、足をゆっくりと動かしつづけた。太陽の光が欲しかったが、それでも十分に美しかった。    


 橋にいる小さい子供がさきほどから泣き続けていた。最初はかわいいとは思いもしたが、景観を台無しにする、耳奥の神経をさわる泣き声が癇(かん)にさわり、しだいに我慢できなくなった。親がかわいそうだと思ったが、子供は憎たらしかった。わたしは首にかけていたヘッドホンを耳にあて、ベートーベンの「ピアノ協奏曲第四番」をながした。楓の木々と人々の動きは音楽に合わせて新たな意味を帯び、美しいものはより美しく、汚らしいものは愛らしく、眼前に広がる景色全体に歓喜と愛しさを覚え、わたしは無性に悲しくなった。


 一時間ほど通天橋で過ごして東福寺をあとにした。朝食を食べてから食べ物を口に入れていなかったので、アルコールがすっかりまわり、強烈に腹が減っていた。


 東福寺駅のそばにあるコンビニに寄った。いつもの習慣で雑誌コーナーの前で立ち止まると、ピンク色の派手な表紙が目につき、考えもなしに手にとった。京都の観光雑誌だった。食い入るように雑誌を読み、京都の有名な観光名所をはじめて知った。わたしが訪れた場所は雑誌にはあまり載っておらず、嵐山エリアの観光場所ばかりで、松尾・山科はほとんど載っていなかった。せいぜい醍醐寺ぐらいで、地蔵院や月読神社、若宮八幡宮、大石神社などはどこにも見あたらなかった。


「わたしはいったい何をしていたのだ?」と疑問に思ったが、すぐに、昨日と一昨日は、それはそれで楽しかったことを思いだした。それに、雑誌に載っていた場所はどこも人が多かった。


 それでも、有名な場所をもっと観光してみようと思った。さらに雑誌を読みつづけると、夜も拝観できる場所があることを知った、それも、紅葉の名所だという場所を。清水寺に高台寺、知恩院に永観堂と、メモ帳に名前を書いた。


 何も買わずに外に出て、しわだらけのマップをひらいた。どれも東山エリアに集中していて、まだ訪れていない地域だった。ちょうど、清水寺は東福寺から近く、そのまま北に上るだけだった。時計を見ると十六時半すぎで、食事をすれば拝観するにはちょうどよい時間だった。わたしは自転車を走らせ、途中の牛丼屋に入った。


 五条通を右に曲がり、東大路通とぶつかる交差点に出た。信号をわたり、細い坂道へ進んだ。歩道はせまく、坂から下りてくる人にぶつからないよう注意して自転車を押した。下りてくる人の細い流れが途切れないので、清水寺への道は正しいのだと思った。


 道は途中でYの字に分かれ、暗い空に一筋の青い光りを放っている場所を目印に右へ曲がった。車はほとんど通らず、人々は道全体に広がって歩いていた。わたしは歩くのがじれったくなり、自転車をこいで坂を上った。多少きつかったが、ここ二日の移動ですっかりギアなしの自転車に慣れていた。


 だが、坂は長かった。前方に人の列が見えたので、わたしは自転車からおりて、息をきらせながら自転車を押した。上方には仁王門が浮かぶように赤く輝き、空を指す青白い光りの線が太く、よりはっきりと見えた。


 白いテントに集まる黒い人の群れに近づくと、青い服装をした警備員が見えた。わたしは自転車を押したまま近づき、「どこか、停める場所はないですか?」と尋ねた。あさ黒い顔した中年の男が申し訳なさそうに、「停められる場所はないんですよ」と言ったあと、「このへんに停めるわけにもいかないですしね」と、あたりを見まわして言った。


 足を止めた途端に体から汗が噴き出し、頭はぼーっとなってしまった。「わかりました」と、自分でも予想できなかった小さい声で言った。列に並んでいる人々が珍しそうにわたしを見ているのに気がつき、急に恥ずかしくなり、ゆっくりと自転車を押しながら回転して坂を戻った。一気に坂をかけ上がったせいで頭が朦朧(もうろう)としてしまい、なんだか、どうでもよくなってしまった。


 百メートルほど歩くと、右側に石の階段があったので、そばに自転車を停めて階段に座った。階段はひんやりとしていた。体は熱く、自分の呼吸の音を聞きながら、目の前の坂を歩く人々を眺めた。こみあげてくる笑いにたまらず声を出してしまった。滑稽(こっけい)な自分がおかしく、顔をさわるほのかな夜風が気持ち良かった。


 十分もすると湿った体は冷えてきた。呼吸が落ちついたので、どうするか考えた。坂を下るぐらいならそのまま宿へ戻ったほうがましなので、なにくわぬ顔で清水寺へ入ろうと思った。


 歩いて坂を上り、再び白いテントの前に行くと、先ほどよりも人は少なかった。数十人の列にまぎれこみ、警備員を見ないように視界のぎりぎりでその動きを確認しながら、チケット売り場へ進んだ。


 なにごともなくチケットを買い、わたしは境内へ進んだ。子供らしい笑みを浮かべてうしろを振りかえり、赤い門へ向かって歩いた。


 石段の上にそびえる仁王門は、近くで見るとその迫力をより感じた。だが、驚きはしなかった。門を囲んで見上げ、白い光りを絶え間なく放つ数多くの人々に、わたしの眼はとられてしまった。


 土産屋の電球色が道を上る人々の流れを照らし、大量の影を映していた。ドブ川のように整えられた道を流れてきた人々は、仁王門がある広場へ出ると、広大な海へ出るように足早に広がっていった。川は上から下へ流れるが、人の流れは下から上へ流れていた。


 わたしは石段を上がり、ライトアップされている紅葉を遠目に見た。石の手すりに人々がへばりつき、ほとんどの人がカメラごしに紅葉を見ていた。わたしは三重塔を見た。仁王門と同様に人々が囲っていた。


 ウィスキーをひと飲みして、暗い境内を歩いた。艶(なまめ)かしく照らされた赤い木々を見るたびに、騒がしい人々が煽(あお)りたてていた。本能に従って赤い色を探す人々は、暗闇を徘徊しては、吸いこまれるように木々に集まり、ひっきりなしにフラッシュの光りをたいていた。


 人の流れに揺られるように廻廊を抜け、ごったがえす舞台に近づいた。舞台の左端に移動し、茶色い皮のコートを着た若い男と黒いモッズコートを着た若い女が動くのを待った。触れあわないと活動できないように体を密着させ、二人は一緒に写真を撮った。


 二人がその場を離れると、わたしは木の手すりに両腕を乗せ、飾られた木々を見るために体を前へつきだし、目線を下にやった。紅葉は綺麗だった。太陽光に透かされるほど葉の色は鮮やかではなかったが、暗闇に映しだされることでまた違った美しさがあった。それがいやに悔しかった。


 その場を誰にも譲る気がないように、わたしは立っていた。小さな縄張りを精一杯守るように、近づく人を嫌悪した。


 わたしはウィスキーを飲み、上空を見上げた。洗濯板を斜めに傾けた雲が横に伸び、果てしなく続いていると思われた。


 わたしはウィスキーを飲み、左腕を手すりに乗せて右へ向いた。遠く京都の街は無数に発光して、活発に活動していた。目の前では、入れ替わるように手すりを埋め続ける人々の黒い輪郭線がくっきりとして、活発に光りを放って活動をしていた。


 わたしはウィスキーを飲み、前方に目をやった。ぼんやりした灯りがうっすらと遠くの木々を照らしていた。逆三角形に大きく照らされた部分は暗闇から浮き出て、鈍い黄緑色に苔(こけ)色、それにぶどう酒色が分布され、昨日買い物をしたスーパーマーケットの野菜コーナーを思いだした。暗い山の斜面に巨大なサニーレタスが売れ残って見え、思わずふきだしそうになり、隣にいた黒と白の縞柄のマフラーを巻いた若い女性に声をかけそうになった。女性は三人組みの一人で、可愛(かわい)げに写真を撮っていた。


 わたしはウィスキーを飲み、左に顔を向けた。木々が電球色に横長く照らされ、底辺の崩れた台形を呈(てい)していた。その下の暗闇から白い光りが星のように煌(きらめ)き、フラッシュもこうやって見ると意外に綺麗だと感心した。


 わたしはウィスキーを飲み、手すりによりかかってうしろを見た。色のぼけた多くの人がもぞもぞして、手すりの後方へ視線を向けていた。腕をからませる背の低い若い男女、互いの手を縫うように握る品のある老夫婦、喚(わめ)くように話す若い男の四人組、丸い眼をした子供の手を引く色の黒い夫婦、軽装でふくよかな金髪の女性と縁(ふち)のない眼鏡をかけた黒髪の女性の二人組み、色々な人がいたが、どれも同じように見えた。


 わたしは再び紅葉を見た。蟻(あり)のようにウジャウジャと暗闇を歩き、蠅(はえ)のようにブンブンと紅葉を飛びまわり、カメラのレンズを眼球代わりにして、自然を汚す毒虫のように人々が思えた。ただ、うるさいだけの存在でしかなかった。


 だが、人々をよく見ると、それぞれがうれしそうな顔をしていた。わたしが嫌いな人々の姿を見て、変にうれしくなった。


 いつも一人が好きだった。目の前にいる人々のように、誰かと一緒に行動して、楽しい思いをした記憶があまりなかった。なんで人々が一緒に行動したがるのか理解できなかった。一人で外食できない者や、誰かがいないと服を買いに行けない者、映画を一緒に見に行く者、ましてや集団で温泉に行く者など、どれも理解できなかった。わざわざ手間をかけて一緒に行動するのかわからず、一緒に行動したことについて愚痴を言う人がさらにわからなかった。


 わたしはウィスキーを飲み、もう一度うしろを振りかえった。ふと、鈴虫寺の近くで道を教えてくれた小男や、ゲートボールをしていた老人達が頭をよぎり、今日出会ったイワンを思い出した。


 必要以上に人と行動する必要はないと思っていた。大抵のことは一人で済ませられると知っていたし、自分一人では無理な場合にこそ、誰かに助けを求めるべきだと思っていた。食事も買い物も、映画も、温泉も、一人で十分に楽しめた。わたしには人が必要ではなかった。だから、必要以上に群れる人が理解できず嫌悪していた。


 だが、目の前で楽しそうにしている人々を眺め、ふと気がついた。この人達は誰かと一緒にいることがあたりまえであり、それを喜びとしているのかもしれない。また、誰かと一緒にいることを常に必要としているのかもしれない。それは、わたしにはない性質だと思った。


 わたしは一人だった。わたしの目に映る人々の多くが誰かと一緒にいた。わたしはそのことを寂しくも思ったが、嫌ではなかった、むしろ、不可解な心地良さを感じた。 


 背の低い男女が一つのカメラを互いの手に持ち、互いの顔が触れるほど近づけて画面をのぞきこんでいた。二人はとても幸せそうに小声で言葉をかわしていた。


 わたしは人と雑談するのは好きじゃなかったが、人を見ているのは好きだった。それに、身近な人間を嫌っていたが、人間は嫌いじゃなかった。


 わたしはウィスキーのふたを開けて口にしたが、わずかも残っていなかった。

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