邂逅編3 胡蝶の夢③



「ボクの名前は南条法也! ちなみに一推しはタイホブルー! ねえキミもタイホスルンジャーに興味あるって聞いたんだけど、何話目が好き? ボクはほぼ全話好きなんだけど、強いて一番を挙げるなら第十二話のブラック登場回で、その時ブルーが言った「地獄の果てまで追いかけてやるよ」が好きなんだけど――」

「……夢東がどうしてもって言うから、きたけどさ」

「えっと、僕も出会いは偶然で。最初はびっくりしたんだけどね……」


 例の銀狼と金虎の闘いで何とも言えない出会いを果たした法也くん。彼に激しく訴えられ、僕は彼に表西くんの事を紹介した。紹介したら、マシンガントークが始まった。

 法也くんの熱弁を聞き流しながら、表西くんは「敢えて言うなら」とぼんやりしながら口を開く。


「タイホピンクが好き」


 ちょっと意外だった。表西くんは強くてかっこいいイメージがあるから、勝手にレッドを連想していただけに――ピンクは予想外だ。でも、勝手な押し付けはよくない。自分の中でそっと訂正しておいた。表西くんはタイホピンクが好き。よし、覚えた。


「可愛いっていうか、優しいじゃん。タイホピンク。色的には赤が好きだけどさ」

「あー、わかる! ピンクは可愛いだけじゃないんだよ。敵も味方も傷付く事が悲しくて、できれば闘いたくない、でも平和の為に闘う――そんな優しい心の持ち主だよねえ。凄くわかる。画面から出てきてくれないかなあ」

「僕は最近ちゃんと見るようになって、敵組織に潜入してたホワイトが好きだなあって思ったよ。平和の為に裏で孤独に闘っていたところとか、かっこいい」

「あー、それもわかる! ホワイトは意外にかっこいい系なんだよね。それ故に稀に見せる自然体の表情が、こうぐっとくる感じで。凄くわかる。画面から出てきてくれないかなあ」


 法也くんがあまりにも博識だから楽しくて笑っていると、表西くんから何か企んでいるみたいにニヤニヤ口の端を持ち上げていた。何でだろうと首を傾げると、表西くんは一言。


「つまりあんたの女の好みは可愛い系よりかっこいい系」

「べ、別にそんなつもりで言ったんじゃないよ……可愛い子も好きだし……」


 声を窄めて訴えていると、表西くんは法也くんをじっと見つめ、暫くしてから「あんたはよくわかんない」と諦めたように首を振った。法也くんは少しきょとんとした後、真顔で「ボク、三次元女子は苦手だよ」と何事もなかったかのように答える。そこまで割り切ってるのも、ある意味で凄いなあ。


「でも、まあ……ブルーが好きな事はわかる。服も着てるし」

「そういうの、コスプレっていうの?」

「いや、ボクのはコスプレなんてものじゃないよ。でも将来的にはそうなりたい、かな。それに世の中にはもっと凄い人が居るし」


 法也くんは色々と説明してくれたのだけど、僕にはちょっと難しい世界で半分くらい言葉の意味が理解できなかった。でも、法也くんの熱意とか、作品に対する尊敬の念とか、そういうのは感じ取れた気がする。きっと純粋に、好きという気持ちが根底にあるんだろう。


「例えばその界隈で有名なのはこの人。女装も凄いよ」

「ほ、本当に女の人みたい……!」

「へえ……こういう世界もあるのか」


 僕が新たな世界の存在に圧倒されていると、隣では表西くんが同じように唖然としていた。法也くんは圧巻されている僕たちを余所に、次々と新たな世界を提示していく。世の中にはまだまだ僕の知らない事が多い。


 以前の僕なら、法也くんのようなタイプは自分とは関わらない人種としか見ていなかった。でも、今は違う。人生は何が起きるかわからない。僕と表西くんの時みたいに、偶然がきっかけでこうして友達になる事だってある。考えてみたら法也くんとの出会いも偶然だった。そんな風に、人生は何が起こるかわからない。

 もしかしたら旅行先で総理大臣に出会う未来だってあるかもしれない。

 もしかしたら隣町に買い物に出掛けた先で、今話題のアーティストに会うかもしれない。

 だから未来永劫、絶対に関わらないだろうなんて憶測はあり得ないんだ。


「嬉しいなあ」


 不意に零れてしまった僕の言葉に、表西くんと法也くんは首を傾げる。だから僕は慌てて説明するように続けた。


「僕、知らなかったんだ。こんな世界があるなんて知らなかったし、寧ろ僕なんかとは絶対に関わらない人たちだろうなって思ってたから。でも、表西くんや法也くんと話すようになって、色々な世界を知って……僕の価値観、凄く広がった気がするんだ。だから、そんな人たちと偶然出会えて、友達になれて……嬉しいなあ、って思ったんだ」


 実際に、父さんや姉さんにも言われた事がある。明るくなった、と。でもそれは、自分でもそう思う。全部というのはまだ難しいけれど、前よりも少しだけ、自分の意見を主張できるようになった。強くてかっこいい表西くんや自分に正直な法也くんを見ている内に、自分も勇気が持てるようになったからだろうか。


「明亜ってさあ、よく真面目って言われない?」

「えっ、そういえば表西くんにも言われた事あるけど……」

「でもあの時に比べて、臆病なところはちょっと薄れたかな」


 褒められている、のだろうか。僕が「ありがとう?」と呟くと、表西くんと法也くんは顔を見合せながら笑っていた。


「あと、優しいのは相変わらず」

「まるでタイホピンクみたいだね!」

「それ、男としてはどうなの?」



 ◇



「ところで南条って、どうしてあの時に夢東と一緒に居たんだ?」


 表西くんがジュースを啜りながら問いかける。確かに言われてみれば、不思議に思うかもしれない。だって法也くんは自分でも言っていた通り、他人に対しての興味が薄い。だからあの時にあの場所に居たのも、何か理由があったんだと思う。仲よくなれたのは偶然かもしれないけど、流石に偶然居合わせたというのは考えにくい。


 すると法也くんは、ポテトを咥えながら「ああ、明亜と同じ感じ。見学」と平然と答えてみせた。見学。誰か知り合いでも居たのだろうか。


「司に誘われたからさー」

「「司?」」


 聞き慣れない人名に、表西くんとほぼ同時に復唱する。すると法也くんはポテトを咀嚼しながら、特に何の変哲もなく続けた。


「金さん銀さんの、銀さんの方」

「って事はまさか」

「キミと闘ってた相手。あれが司だよ」

「…………えーっ!?」


 店内で僕の驚愕が木霊する。同時に他の客や店員たちの視線が集中してしまい、僕は真っ赤な顔で言葉を失う。少し遅れてから、表西くんの「あいつ、そんな名前だったのか……」という声がやけに響いて聞こえた。




 少し気持ちが落ち着いてから、僕は「じゃああの時の法也くんは、銀狼――じゃなくて、司くんを応援してたの?」と尋ねる。すると法也くんは「いや、別に」とあっさり否定してしまった。法也くんと司くんの関係性が、いまいち不明だ。


「ボク前に一度、空聞商業の生徒に絡まれた事あるんだよね」

「えっ、大丈夫だった? 怪我とかしてない?」


 僕も前に一度、海言工業の生徒に声をかけられた事があった。その時は表西くんが誤解を解いてくれたからどうにかなったけど――と思い出していると、法也くんはけろっとした顔で「正当防衛で撃退したら、司に魔法使いって勘違いされた。失礼だよね、そこはタイホブルーみたいにヒーローと思われたかった」と愚痴を零す。


 ――いや、ちょっと……え?


 僕が混乱していると、表西くんも流石に理解が追い付かなかったのか「待て待て待て」と口を挟む。どうやら僕の反応は一般的だったみたいで、ちょっとだけ安心した。


「あんた、空商生を正当防衛で、その……撃退した?」

「うん。普通じゃない?」


 人は見かけによらないとは、正にこの事だ。表西くんと出会ってから人を見かけで判断するのはやめようと心に決めた手前だったが――どうやら僕はまだまだ未熟だったみたい。初めて見た時に歳下の少年と見間違えてしまった法也くんが、そんなに強いなんて。やっぱり世の中には僕の知らない事の方が多い。


「しょうがないなあ。タイホレンジャー愛好会の一員として、見せてあげる」


 別に愛好会まで入った覚えはないけど――という言葉は飲み込んで、僕は法也くんが隠し持っていた“棒状の何か”に視線を移す。警棒みたいだけど、何となく見覚えがある。これは確か――。


「あ、タイホスルンジャーのジャスティスケイボー」

「そういえばうちのチビたちも持ってたな……」

「ふふーん。市販のレプリカと一緒にしてもらっちゃ困るな! これはボクがそれを元に改造した、限りなく本物に近いジャスティスケイボーだよ」


 鼻を高くした法也は、「その証拠に」と言いながら、警棒に備え付けられた怪しいボタンを押す。するとガシャンガシャンと音を立てながら警棒は変形し、みるみる内に――。


「じゃじゃーん。どう?」

「す、凄い! 手錠になった!」

「本物っぽいでしょ? 限りなく寄せたから、ちゃんと電撃も発動します」


 確かにテレビの中のタイホスルンジャーは、常に警棒を所持しているし、それをこんな風に変形させる事もある。法也くんが示した通り、手錠を嵌めて相手に電撃を食らわせて動きを止める――なんてシーンもあった。

 でも所詮はフィクション。そう思っていた。


「護身用のスタンガンがかっこよくなかったから、ちょっと改造してジャスティスケイボーと組み合わせたんだ。で、いよいよ護身用のを使う時がきたって思ったから、これで撃退した。ね、普通でしょ?」


 法也くんと話すようになって、少し自分とは違う抱いた印象がある。それは“普通”の価値観だった。法也くんが言う“普通”は、僕からしたらちょっと“異常”だ。だから法也くんの語る“普通”の内容でも、僕からしたらいちいち驚いてしまう。


 護身用にスタンガンを持っている事も、そもそも僕からしたら驚きだ。もしかしたら過去にそういうものに世話になるような、危険な現場を経験した事があるのだろうか。


 それに法也くんは簡単に話してみせたが、改造技術も凄い。僕は小学の時の工作でさえ苦戦したのに、法也くんの技術力はどうなっているのだろうか。


「とりあえず、あんたの“普通”と俺たちの“普通”は違う事がわかった」


 表西くんの感想を聞いて、僕は少しだけほっとした。どうやら“普通”の価値観においては、表西くんと僕は同じみたいだ。


「まあ、他からの評価なんてどうでもいいや。とりあえずボクは早く“普通”から脱却したくて……じゃないや。あれ、今って何の話してたんだっけ?」

「法也くんが空聞商業の生徒を返り討ちにしたって話だよ」


 僕が咄嗟に話の軌道を戻すと、法也くんはパンッと手を叩きながら「そうそう、それ。その現場を司が偶然見てたみたいで。魔法使いみたいって感動されたんだよね」と笑っていた。僕なら呆然としちゃうところだけど――そうか、魔法使いって思う人も居るのかあ。


「そこからなんとなく話が盛り上がって、ちょっと仲よくなったんだ。そこから流れで「見学する?」「行く行く!」……みたいな?」


 つまり、法也くんと司くんの出会いも偶然の産物だったようで。でもその偶然がなければ、こうして法也くんと友達にもなれなかっただろうし――僕は心の中でその奇跡的な偶然の連鎖に感謝していた。


 もしかしたら僕も、司くんと偶然出会う――なんて未来もあり得るのかもなあ。その時は表西くんと再会した時みたいに、あの時のお礼を言ってみようかな。彼も、話してみたら案外普通の人――なんて事もあるかもしれないから。


 ――でも容赦なくブロック投げる人だし……やっぱりちょっと怖いかもなあ。




 

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