邂逅編3 胡蝶の夢②


 あの日以降、僕は表西くんと友達になった。友達といっても、一緒に遊びに行ったりとか、そういう事はない。主に表西くんの愚痴を聞いたりしている。

 あとは稀に表西くんの喧嘩を影からこっそり見学していたり。まるでドラマの中みたいだと思いながら、僕は非日常を少しだけ楽しんでいた。我ながら不謹慎だなあと思う。

 でも表西くんは何もしていないのに、勝手に突っかかるのもどうかと思う。そう考えると自業自得と思えるが、暴力で解決するのがいいとも言えない。しかも僕はそれを止める事もできず、影から静観している。

 本当にこれでいいのだろうか。


 その事を伝えたら、表西くんには「真面目だねえ」と笑っていた。


「あんたはそのままでいいよ。自分をエキストラとでも思ってな」


 エキストラ。まあ主役になる気は全くないし、それくらいが僕には合っているのかもしれない。


「でも、俺なんかと一緒に居て何かあったら困るでしょ。せめて顔は隠してなよ。ほら」


 そう言って表西くんから渡されたのは赤いお面だった。確かタイホスルンジャー、だったかな。どうやら表西くんの妹さんと弟さんが好きな番組らしい。


「僕、昔は表西くんみたいな人は自分と関わらない人種だって思ってた。でも、それは僕の浅はかで身勝手な考えだった。話してみたら、凄くいい人だったから。表西くん」


 あの日から、人を見かけだけで判断する事をやめた。少し話し辛い雰囲気の同級生も、とりあえず声をかけてみる事にした。少し話して、やっぱり反りが合わない人も居る。でもそれ以上に、話してみたら会話が弾み、友好関係が広がった例が多い。

 つまり社交的になれた、気がした。


「だから、他人からの評価なんて気にしないよ。自分の意思で、表西くんと友達になったんだから」


 自分の意思、はっきり主張できるようになったなあ。相手が表西くんだからなのかもしれないけど――そんな風に自分自身で考えていると、表西くんは僕からお面を取り上げ、無理矢理僕の顔に被せてしまった。目の位置が全然合ってないから前がちゃんと見えない。


「ちょ、前見えないよ」

「その言葉だけで充分。ほら、空商生から変な勘違いされたら困るから付けとけって」


 お面をずらしてみたら、凄く楽しそうに笑う表西くんが視界に映った。




 今日も僕は、救急セットをリュックに詰め込み、お面を手に取る。子供に人気の戦隊モノ――タイホスルンジャー。それのリーダーの赤いお面。僕は皆を導くようなリーダーにはなれないだろうけど、友達により添って一緒に前を歩く――グリーン辺りになれればいいな。目にも優しそうだし。


 顔を隠すようにではなく、まるで夏祭りではしゃぐ子供みたいに頭にお面を付けながら、僕はのんびり歩き出した。

 ちなみに表西くんは今まで救急セットの世話になった事はない。僕は帰る途中の道端で転んだ事があったので普通に世話になった。表西くんこそ強いしかっこいいからレッドに向いてる気がするんだけどなあ。



 ◇



 最近、表西くんの喧嘩をこっそり観察していてわかった事がある。表西くんは強い。いや、それはわかっていた事なんだけれど――こう、手際が鮮やかな感じがする。


 表西くんのライバルである銀狼は、中学の頃から力任せに暴力を振るっている風に見えていた。何故か強者を倒す事に執着しているみたいで、それ以外の事はあまり見向きもしない。いい感じに表すなら、常に全力って感じの人だ。


 対する表西くんは、自分に向かってくる相手をほぼ一撃で仕留めている。言葉だけで見たらそれはそれで物騒だけど。

 つまり表西くんは、無駄な動きがない。ここぞって時だけ全力を出す感じの人だ。


「あの卒業式以来じゃねぇか、金虎」


 表西くんによって倒された空聞商業の生徒たちによる屍の山の奥から、遂に彼が姿を現した。白鼠色の髪を揺らしながら、まるで王者のような貫禄を纏って近付いてくる。

 噂で聞いた話によると、彼は空聞商業に入学してからも道場破りのように強者に闘いを挑み続け、あっという間に番長的な地位にまで登り詰めてしまったらしい。中学の頃と同様、周りが囃し立てるだけで――本人はその地位についての興味はなさげらしいけど。


「久しぶり、元気してた?」


 まるで疎遠になっていた友達に久々に再会した時のように――表西くんは軽く挨拶をする。銀狼の鋭い眼光を前にしても、表西くん、全く動じてない。やっぱり凄い人だなあ。


「最強の俺にビビって逃げ隠れしてるんだと思って、ずーっと捜し回ったぜ……まさか別校だとはなぁ!?」

「同じ高校とは一言も言ってなかったけど?」

「そういう澄ました態度も最強にムカつくぜ!」


 そう叫びながら、銀狼は表西くんに拳を振り翳す。それを両手で受け止めながら、表西くんは「相変わらず、容赦ないね」と少し嬉しそうに笑っていた。

 こういうの、ドラマや漫画でよく見るアレだ。確か――。


「あんな愉快な人たちが居るなんて、三次元も捨てたものじゃないよ。ねえ、キミもそう思わない?」

「えっ」


 気付いたら、隣に誰か居た。

 えっ、いつの間に――いつからそこに――。


「ほら、これって一般的な“拳で語り合う”って奴でしょ? いいねー、青春だねー。ボクも混ざりたいところだけど、混ざるなら不良モノじゃなくて戦隊モノがいい」


 長めの前髪を額の上で結んだ、群青色の髪が特徴的な少年だった。彼は僕同様に二人の闘いに巻き込まれないよう、物陰に身を顰めている。でもあたふたしてしまっている僕と違い、彼の天色の大きな瞳は輝いていた。まるで好きなスポーツ選手の活躍に興奮している子供みたいだ。


 でもさっき、「不良モノじゃなくて戦隊モノがいい」とか言っていたから、もしかしたら表西くんの妹さんや弟さんみたいに日曜日の朝にやっている番組が好きなのかもしれない。

 頭に付けっぱなしのお面の事を思い出し、そういえばと視線を落とす。この少年、どこかで既視感を覚えると思っていたけど――もしかして――。


「タイホブルー……」


 彼が着ている服、例のタイホスルンジャーという番組内に出ているタイホブルーの衣装にそっくりだ。不意に思い出して声を漏らすと、彼は「ええっ!?」と大きな声を上げていた。ぐるんと勢いよく僕の顔を食い入る様に見つめ、彼は小刻みに肩を震わせている。

 ぼ、僕、何か気に障る事を言っちゃったのだろうか。


「きっ、キミ! もしかしてタイホスルンジャー好き!? 好きなのっ!?」

「ぼ、僕はたまに見るくらいで……僕の友達の家族は好きみたいだけど……」

「でもよく見たらそのお面! お面付けるくらいには好きって事でしょ!?」

「これは表西くんが――」

「じゃあその表西くんって奴、ボクに紹介してよ! タイホスルンジャー好きに悪い奴は居ない! だからいい友達になれる!」


 凄い理論だなあと少し呆気に取られていると、少年はキラキラと目を輝かせながら「ボク、南条法也! 一番の推しはタイホブルー! キミはタイホレッド推し?」と捲し立てるように続けた。期待を込めた瞳をまっすぐ向けられ、僕は困惑する。子供は嫌いじゃないけど、接し方には慣れてない。


「僕は、夢東明亜……強いて言うなら、グリーンとか、その辺が好き……かな」

「グリーンもいいよね! 敵幹部の一人とグリーンが兄弟だった話は、ボクも感動で視界がぼやけちゃったよ! あれも神回だったなあ」


 正直に言うとそこまでちゃんと見てないし、そんなに複雑な人間関係が描かれているなんて予想外だった。絶妙なネタばれを食らった気がするけど、少し気になるから今度時間を作ってしっかり見てみようかなあ。


「明亜ね。よーし、覚えた。そうと決まれば早く例の表西くんも紹介してよ! キミたちとは仲よくなれそうな気がする。歳も近そうだしね」


 歳下から名前で呼び捨てにされる事なんてあまりない経験で、少しぼんやりしてしまった。僕も法也くんって呼ばせてもらおうかな――とか思っていたら、彼はとても気になる言葉をさらっと流していた気がする。


「えっ、もしかして歳近いの?」

「だってキミ、確かA組でしょ。中学校」


 確認したところ、どうやら法也くんも同じ中学校だったらしい。クラスは別だったし、接点は全くなかったから知らなかった。

 でも、どうして僕の事は知っていたのだろう。もしかして違う意味で有名になってしまったのだろうか。

 中学校での事を思い出してしまい、チクリと胸の奥が痛む感じがした。

 駄目だ、忘れよう。もう終わった事なのだから。


「ボク、好きな事以外は興味ないから。今も昔も他人に全然興味がなかったんだけど――」

「うん、それは何となくわかる気がする」

「まあ現在進行形で闘ってるあの金さん銀さんは、無関係なボクの耳にも嫌でも入ってきちゃうんだよね」

「金さん銀さん……」


 表現が独特で、ちょっと笑ってしまった。


「でもキミは、別にそういう悪評がどうとかじゃないよ。前にすれ違った時、その赤い目いいなあって思って。それで別のクラスの人って事だけ覚えてた」

「そ、それだけで?」

「うん。だって強そうでかっこいいじゃん。この前いっき見したアニメでも明亜みたいな赤目の奴が強キャラでさー」


 意外に普通の理由だった。寧ろ、たぶん――好印象のようで、少しだけ嬉しく思う。どうやら僕の早とちりだったみたいだ。

 変な先入観を抱く癖も何とかしなきゃな、と内省した。


「そっか、僕が強キャラみたいか……ふふっ」

「ところで、例の表西くん!」

「ああ、ごめん」


 僕は笑みを零し、法也くんに告げる。でもこれだけ話題に出しても気付かない辺り、法也くんって本当に好きな事以外には興味ないんだろうなあ。


「表西くんは、あれだよ」

「あれ?」

「例の金さんが表西くんだよ」

「…………えーっ!?」


 冬晴れの空に、法也くんの驚愕が木霊する。同時に、凄く痛そうな鈍い音が響いた。




 その後――互いの学校を巻き込む抗争となってしまった銀狼と金虎の闘いは、今回の直接対決によって一先ず沈静化。銀狼と金虎の闘いを建前にして勝手に盛り上がっていた生徒たちも、痛い目を見る事でだいぶ落ち着きを取り戻したらしい。


 ちなみに、周りからは“結局どちらが勝ったのか”という謎だけが残されているが――影から見学していた僕と法也くんだけは、闘いの結末を知っている。


 最後の一撃。二人は残りの力を振り絞り、全力を込めた。

 先に動いたのは銀狼で、表西くんは彼の鋭い蹴りを腹部に直撃してしまった。さすがにこの時は「表西くん!」と駆け寄ろうかと思ったが、表西くんは苦悶の表情から一変――不敵に笑ってみせたのだ。そして呆気に取られる銀狼を、重い拳で殴り飛ばす。それが勝敗の決め手だった。


 平穏を取り戻した頃にさり気なく確認したところ、どうやら表西くんは腹部に少し厚めの雑誌を仕込んでいたらしい。前に僕は、“痛さを軽減する為の自衛法”としてやっていた事を話した時があった。表西くんは「ふーん」とつまらなそうに聞いていたように見えたけど、どうやら真面目に僕の話を聞いてくれていたらしい。何だか少し恥ずかしくなると同時に――ほんの少しだけ誇らしい気分になった。

 だって、僕の言葉で――友達を助けられたのかもしれない、って思えたから。

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