第154話 北村太一と最後の闘い①


 水無月氷華が光と共に消滅した瞬間、入れ違いで彼が現れる。血が滲み出る程に強く竹刀を握りながら、彼は悲しみを無理矢理振り払って呟いた。


「ここからは俺の番だ。だから――後は任せて、氷華は待っててくれ」

「太一!」


 封印を施した氷華が死亡した事により、北村太一の封印は完全に解かれる。一騎討ちをする前から、太一相手では一筋縄ではいかないだろうと考えていた氷華は、最初から自らの命を引き換えに太一を封じる事を決めていたのだ。


「シン、それに他の神たちも……頼む。ここは俺に……俺たちに任せて欲しい」


 シンはどうするべきかと戸惑い「だが――」と躊躇う。他の神々も、やはり不安は拭い切れなかった。

 プルートは堕ちた存在とはいえ、元は一世界の神である。対する太一は、いくら救世主のような活動を行っていても、只の人間。況してやプルートを翻弄してみせた氷華も居ない。しかも“真実”での太一は、何度も何度もプルートに利用され――。

 そんな不安を消し去るように、太一はまっすぐな瞳で言い放った。


「俺も、あんたたちも含めて、全部。これは氷華が護った世界だ。だったら俺は、氷華が護った世界を脅かす奴を殺す。それは例え神が相手でも関係ない」


 強い口調で宣言した太一を前に、神々は息を飲む。彼に任せれば問題ない、と無条件で信じてしまいそうな雰囲気を放っていた。

 同時に、今後彼にとって敵と判断された場合――立場に関わらず、本当に排除されるだろうと恐怖すら覚えた。


 運命の連鎖で何度も救世主を繰り返していたからだろうか。ワールド・トラベラーは本能から救世主に染まっている。“真実”を知り、己の魂の真髄に触れ――彼等は真の救世主として覚醒していた。


 ――あの目……。


 今の太一は、先程の氷華同様に神々を圧倒している。神ですら縋りたくなる程の、曇りのない、澄み切った瞳。この強い瞳を、メルクルは何度か見た事があった。今の太一はまるで、原初の神・ソレイユのような――そして過去に一度、自分に反発したテールが――。


「いいじゃろう、ワールド・トラベラー」


 メルクルが最初に口を開いた事で、他の神々は驚いたように顔を上げる。特に一番目を丸くさせていたのはシンだった。まさかあの堅物が真っ先に――と開いた口が塞がらない。


「神連合の名の下に命ずる。ワールド・トラベラーよ。反逆の神、プルートを滅せ」

「了解ッ!」


 その命令を聞いた途端、太一は待ってましたと言わんばかりに竹刀を振るう。切っ先をプルートへと向けると、彼の意思とは関係なく刀身が勝手に変化し始めた。もしかしたら神々が力を貸してくれているのかもと思ったが、美しい程に白く輝く刀身を見て、太一は納得する。刀身から発する冷気ごと、太一は愛用の竹刀を強く握りしめた。彼にとっては、神よりも心強い味方だ。


「ありがとうございます、凍夜さん」


 太一は標的のプルートを睨み付けたままで感謝の言葉を伝えると、彼の背後でひゅんっと冷気が揺れる。


「俺にはやらなきゃいけない事がある――ここは太一くんに譲ってあげるよ」

「シンを殺す、なんて事じゃないですよね」

「それもいいかもしれないな。だけど……そんな事より、もっと大切な事だから」


 現場へいち早く駆け付けた凍夜だったが、それだけ述べて太一に対して背を向ける。凍夜は静かに魔力を集中させながら、「お兄ちゃんは、最初からわかっていたよ――氷華」と消えそうな声で呟いた。


「じゃあ凍夜さんの代わりにいきますか!」


 そのまま太一は舞うように華麗な動きで、プルートの身体を氷の刀身で斬り刻む。プルートも即座に避けようとするが――斬られた箇所からじわじわと凍り付いてしまい、身体の自由が奪われていた。逃れる事ができない連撃を直に浴び、プルートは「ぐうっ!」と呻き声を漏らす。


「『氷雪斬』!」


 完全に凍り付いたプルートの身体ごと太一は真っ二つに斬り刻むが、徐々に再生していくプルートの身体を見つめて「まあ、そう簡単には死なないか」と観念したように笑う。だが、簡単に殺せないのは想定内だった。それに、この程度の攻撃じゃ積年の雪辱は果たせない。


「再生するなら、だったら――それ以上の速さで!」

「攻撃するだけだね!」


 太一の声に応えるように、スティールの声がタイミングよく続いた。突風が太一の隣を駆け抜け、再生したばかりのプルートに向かう。前からくる攻撃に備えようとしても、後ろから背後を突かれる。右へ構えても左からの攻撃に身体を屈した。突風に思える程の神速の動きで、スティールはプルートを錯乱している。容赦のない攻撃は様々な方向からプルートを襲い、翻弄されるようにプルートの身体は宙に浮いた。

 その間に太一は「『壱の型・風神剣』!」と叫び、竹刀の刀身を風の刀身へと変化させる。


「俺のスピードに合わせられるか?」

「舐めないで欲しいな。僕は風光の精霊だよ」


 二人は目にも留まらぬ速さでプルートの身体を斬り刻み、縦横無尽に動き回った。最後に二人は息を合わせ、十字路を描くように走り抜けながら鋭い一閃を浴びせる。事前に打ち合わせをしなくても、身体が――魂が覚えていた。無残に宙を舞うプルートの身体を背に、二人はほぼ同時に叫ぶ。


「「『風光乱舞』!」」

「嬉しくないけど息ピッタリだったね」

「嬉しくないけど決まったな」


 ばらばらに切り刻まれたプルートの身体は、魔力を纏いながら一つに集まっていった。再生されていく口元から「貴様――」と発せられた声を聞き、宙を浮いている左手が光り輝く。何か攻撃がくるかもしれないと察した太一とスティールは身構えるが、背後から「そこを動くな!」という怒声のような叫び響き、回避しようと動き出す寸前で足を止めた。


 ――――ボワァァァア!


 自分たちのすぐ横を通り過ぎた豪火を見つめ、スティールは「ちょっと、味方も巻き込む気?」とおどけた声で不満を訴える。横髪が少しだけ焦げ、太一は冷や汗を流した。豪火はそのまま二人の前で弾け、壁のように燃え広がる。かなり荒っぽいが、その炎はプルートの攻撃から二人を守るよう防御壁になっていた。こんな業をできるのは、血気盛んな彼しか居ない。


「行くぞ北村ァ!」

「『弐の型・炎牙刃』!」


 攻撃が止んだタイミングで太一が思い切り豪火を斬り裂くと、刀身は炎へと変化を遂げていた。プルートの背後に回ったアキュラスは、火炎を纏いながら彼の身体を渾身の力を込めて殴り飛ばす。野球ボールのように吹き飛ぶプルートとすれ違うように、太一が一刀を繰り出した。


「『火炎拳衝』」

「『リンキオーヘン2』!」

「合わせろよ! ってか臨機応変って何だよ!?」

「ああ? だからこれは火炎の野郎が――」


 謎の説明を始めるアキュラスを無視して太一は再び構えると、上空から「太一、最初に勝負したあれで行くぜ!」という聞き慣れた声が飛び込む。何度も共に鍛練し、肩を並べた頼もしい親友の声だ。


「あれ――あれか! 『参の型・水波刀』!」


 カイリの呼びかけに即座に閃いた太一は、駆け出しながら水の刀身を振るう。一歩分遅れて太一の背後から飛び出したカイリは、水天の力を使って集約させた水流で、プルートの動きを封じ込めた。身動きが取れないと判断し、プルートは防御態勢を取ろうとするのだが――それを見たカイリは鷹揚な笑みを浮かべる。


「そんな防御じゃ意味ないぜ!」


 太一はプルートの動きを封じている水流ごと彼に斬撃を放ち、それに合わせるようにカイリも水流を解いていた。しかし水流は床に零れ落ちる訳ではない。重力に反するように水流は留まり、再び集約し、それは無数の剣に形状を変えていたのだ。太一の攻撃を必死に耐えていたプルートだったが、太一の背後で宙を浮く水の剣を見て目を見開かせる。


「なっ――」

「水天の攻撃術、その身をもって味わえよ」


 太一の斬撃と、カイリの水撃。全ての攻撃を防ぎきれないプルートは全身から血を噴き出し、水の剣に貫かれながらドサリと身体を沈めた。


「「『水天追波』!」」

「何かイメージと違うな……水蒸気とか使って、もっと派手な感じにすれば……」

「流石に完全再現は難しいだろ。ゲームの必殺技は」


 いまいち納得のいかない表情をしているカイリを見て、太一は束の間の日常を取り戻したように苦笑いを浮かべる。苦境に立たされたプルートはよろよろと立ち上がり、能天気な彼等を睨み付けた。憎しみを込めた鋭い眼光を浮かべ、怒りを込めるようにぎゅうっと掌を握る。


「死ねッ!」

「「「!?」」」


 プルートが動いた瞬間、太一たちの上空から漆黒の矢が降り注いだ。


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