第153話 水無月氷華と最期の闘い②
自分たちの世界へと戻ったカイリたちは「ここからどうする」と問いかける。すると、明亜と法也はそれぞれ青龍と朱雀に指示を出し、あろう事かカイリたちをその場に投げ捨ててしまったのだ。顔面で着地したアキュラスは「ぐえっ」と情けない声を漏らす。超能力の力で怪我なく着地したディアガルドは「どういうつもりですか」と咄嗟に顔を上げた。
「悪いけど、俺たちは最強に忙しいからな!」
「君たちのタクシーになってあげられるのはここまでなんだ」
「ごめんねノアくーん!」
「あんた等ならアタシたちの力がなくてもどうにかできるでしょ?」
それだけ告げると、明亜たち四人は颯爽とその場を去ってしまった。アキュラスは顔を押さえながら「あいつ等――」と悪態を吐いている。
「とりあえず氷華ちゃんを捜さなきゃね」
「今の氷ちゃんは気配を封印しているみたいだし、私でもわからないの」
「って事はソラの瞬間移動も意味なしか……」
ディアガルドは「凍夜さんやノアくんは何か知っていませんか」と尋ねようと口を開くのだが――。
「――行動が早すぎるのもどうかと思いますけどね」
凍夜とノアは既にこの場から消えていた。
ソラシアは「いつの間に!?」と呆然とし、アキュラスやカイリが「ってかあのアホ毛男――平然と空中を走ってなかったか?」「精霊になってからそこまで日も経ってない筈だろあいつ……」と凍夜の才能に顔を引き吊らせる。ディアガルドは肩を竦めて「しょうがない、手分けして捜しましょう」と宣言し、各々は陸見町内を駆け出した。
◇
「こんな運命になってしまった原因は私たちにあります。だったら、私たちがけじめを着けて破壊するべきです」
氷華の言葉に対して神々は「だが、お前だけでは――」と口を揃える。しかし氷華は構う事なく、「私だけじゃないんですよ」と言いながら苦笑いを浮かべていた。
「それにね、プルートを一番倒したいのは――私じゃない」
そう言って両手を広げる氷華を見て、シンはある人物の姿を思い浮かべる。
確かに、このままでは彼の鬱憤は一生晴れないだろう。自分が彼の立場ならば、一矢報いないと気が済まない。
「私はもう充分反撃できたから。そろそろ皆の見せ場って事」
氷華は澄み渡る青空を見上げ、静かに神へ祈るように両手を合わせる。そして少し大げさに「おお神よ、哀れな私をお救いください」と続けた。
「……なーんて。神様なんて居ないのに、祈っても仕方ないよね。神様が居たとしても、それは何でもできる全知全能の神様なんかじゃない。私たちと同じように生き、同じように笑い、同じように苦悩する……まるで人間みたいな仲間なのにね」
シンに向き直って笑う氷華は、そのままゆっくり遠くの空を指さして口を開く。
「でもほら。祈ったから、もうすぐくるよ。私の大切な仲間たち」
その先では、氷華の祈りに応えるように――一瞬だけ何かがキラリと輝いていた。
「これで“真実は壊れた”。“皆を信じれば”きっと未来は護られる。残るは――」
そう呟くと氷華はくるりと踵を返す。ぎゅっと胸元を押さえ、膨大な魔力を両手に掲げた。その行動を見てシンは「まさか――止めろ! 止めるんだ、氷華!」と声を張り上げる。
氷華は、自分に残された生命力の全てを魔力に変換しようとしていた。
運命の連鎖を破壊すれば”未来”は護られるだろう。このままプルートを倒して脅威を排除すれば、この世界の”未来”は救われる。しかし、それだけでは“現在”の氷華たちは存在できない。
全てのきっかけである“シンの身体を分裂させた雷”がなければ、氷華たちの“現在”は護れないのだ。“現在”がなければ、必然的に”未来”もなくなってしまう。
本当に全てを護る為には、全ての始まりであるあの雷は必要不可欠だった。
「氷華、今すぐその魔術を止めろ! そんな事をしたらお前がッ!」
「私だって怖いッ!」
震える手を無理矢理押さえ込みながら悲痛な叫びを上げる氷華を前に、シンの足は竦む。本当はすぐにでも止めさせたいのだが、氷華の心境を考えると――安易にその行動へは移れなかった。この世界の創造主としての自分が引き留める。仲間としての自分が氷華に手を伸ばした。戸惑ってくれたシンに対して微笑みながら、氷華はそのまま自分の本心を叫び続ける。
「だけどね、皆だけが居ない未来なんて……それは私にとって死んだも同然なんだッ!」
自分が氷雪の精霊としてではなく、水無月氷華として今回の闘いに挑むと決めた時から――氷華は全ての覚悟を決めていた。
“真実”を破壊する為ならば、大切な相棒を封じ、大切な仲間たちと敵対する。
そして――自分の生命力を魔力として変換しながら闘うと。
自分が精霊になる事は間違いだった。精霊の力頼りで闘おうとした事に対する報いだったのかもしれない。
だったら、自分の力で闘う事が正解だ。例え、何かを犠牲にしてでも。それでも闘うのが、氷華が考える救世主だ。
「救われた先の未来には自分が居ないなんて、自分でも信じたくなかった。私は……それでも私はッ! 大切なものを護る為なら……私は自分を殺す」
「氷華……ッ!」
「何かを殺してでも、私は大切なものを護る」
膨大な魔力を統べる氷華を見ながら、他の神々は「神をも……凌駕する、存在……」と感嘆の声を漏らした。
「これは私の始まりであり、私の終わりでもあったんだ」
氷柱のように研ぎ澄まされた魔力の流れによって、結っていた髪は解け、琥珀色の長髪がふわりと靡く。氷華は身を包んでいた白いコートを脱ぎ棄てると、彼女が普段から着ているワールド・トラベラーの隊服が露わになった。
彼女は最初から、ワールド・トラベラーを辞める気はなかったのだ。
全ての魔力を集中させ、氷華は最期の魔術の詠唱を始める。その姿を見ながら、シンたちは言葉を失っていた。神をも魅了する、救世主。魔法陣の中心に立つ氷華は、氷のように儚く、とても美しかった。
「『雷電よ、我が声に応えよ。光と闇。陽と陰。神々を分断せし始まりの雷よ。月虹纏いて、全ての因果を断ち切りたまえ』」
――今ならわかる。あの年の私の誕生日。
「『時空よ、我が声に応えよ。朗月の未来を。無月の過去を。反転する時空の渦から、全てを護りたまえ』」
――もう私にこんな事させないでよね……わた、し……。
「『風光よ、我が声に応えよ。荒れ狂う波を越え、朧月夜を渡り、時空の彼方へ全てを導きたまえ』」
――でも、できる事なら……もう、一度……。
「『氷雪よ、我が声に応えよ。氷の封印、凍てつきし時。世界の封印、解放の鍵。我が生命を燃やし、月華よ輝け。希望の光を繋ぎ……運命の輪廻を破壊せよ』!」
――みん、な……。
「『エスポワール・ドゥ・リュンヌ』!!」
――――ピカァッ
消え始める自分の掌を見つめ、氷華は満足そうに笑いながら青天を見上げる。
「おし、つける……ような……かたち、なって……ごめ、ん……」
ここから全てが終わるのか、全てが始まるのか。見届ける事はできないが、それでも氷華は信じている。何度も出会い、何度も喪い、何度も共に歩んでいた――かけがえのない、仲間たちを。
「あと、は……まかせ、る……よ…………」
そして――水無月氷華は、光となって消滅した。
◇
「――時間か」
太一の剣戟を受け止めていたソレイユが不意に手を止める。それと同時に太一の身体は輝き始め、魔力が満ち溢れる感覚が広がっていた。
「この力は……」
「餞別だ。これからも全てを乗り越え、導き続けろよ。北村太一」
その言葉を激励と受け取った太一は、ニカッと笑いながら「ありがとな、ソレイユ!」と感謝し剣を下ろした。そのまま剣を強く握り締めたまま、目の前に現れた階段に足を付く。
この階段の先がどこに繋がっているかなんてわからない。それでも何故か登らなければいけない気がした。魂がそう叫んでいた。
「じゃあ俺、行くよ。神を――殺しに」
覚悟を決めた太一は、そう言い残して階段を駆け上がる。それをソレイユは満足そうに見上げていた。
――お前の覚悟、見届けさせてもらう。
太一はひたすら階段を登り続ける。何も考えず、ただ無心で登り続ける。どれくらい走ったかは定かではないが、漸く光が見えた。
「きっと、あの先だ!」
太一が光に向かって手を伸ばす。伸ばした瞬間、世界が止まった気がした。太一の視界に飛び込んだのは、かけがえのない相棒が落ちていく光景だった。
「――氷華!?」
光じゃない、氷華に手を伸ばさなければ。
太一が躊躇った瞬間、氷華はそれを遮るように「私は大丈夫だから」と声を上げ、いつもと変わらぬ笑みを浮かべる。
「私に構わず往け! 救世主!」
太一の背中を押すように、氷華は強い口調で叫んだ。そのまま太一は泣き出しそうな顔を伏せ、歯を食いしばりながら――光に向かって手を伸ばした。落ちる氷華とすれ違った瞬間、太一の涙が弾け飛ぶ。
「ああ、俺に任せろ! 救世主!」
ワールド・トラベラーの北村太一は、陽光を纏いながら運命を切り拓いた。
実際は大丈夫なんかじゃない。
策もない。
何も残っていない。
それでも氷華は太一の背中を押す事しかできなかった。
普通の女の子の水無月氷華ならば「助けて」と泣き叫ぶかもしれない。
それでも氷華は――最期まで救世主としての水無月氷華で在り続ける事を選んだ。
薄れゆく意識の中、氷華は力無く微笑む。
「信じてるよ……」
ワールド・トラベラーの水無月氷華は、月光を纏いながら運命に沈んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます