番外編27 主人公



 スティールは太一の顔をじっと見つめていた。見つめられている側の太一は怪訝な表情をしていたのだが、一向にスティールは何も言わないので次第に気色が悪くなった。我慢の限界を迎えた太一は「何だよ!?」と訴えるのだが、スティールは相変わらず口を閉ざしたままだ。そして、今まで不気味な程に沈黙を貫いていたスティールが遂に口を動かす。


「僕さ、太一くんが嫌いなんだよね~」


 いきなりの罵倒だった。脈絡がなさすぎて驚いた太一は暫く呆然としていたが、反撃と言わんばかりに「安心しろ、俺もお前が嫌いだ」と返す。次はスティールが呆然とする番だった。


「まさか、そう返されるとは思わなかった」

「……じゃあ、どう返されると思ったんだよ?」


 スティール的には太一の事だから、嫌いな理由を求め改善に励むのかと思ったらしい。


「まあ、もしもそんな行動されても嫌いな事には変わらないけど」

「お前の為に改善する気は更々ないけど、嫌いな理由は気になる」

「嫌いな事に理由って要る?」


 得意気な表情で、スティールは語り始める。よく漫画では「気付いたら好きになってた」等の表現がある。それはつまり特に理由もなく好きになっていたという事だ。だから「気付いたら嫌いになってた」もあり得る。嫌いな方にだけ理由を求めるのは不平等だろう。


「って訳。どう?」

「いや、そんなドヤ顔で言われても。確かにそれも一理あるけど、でも“好きになった理由がちゃんとあるパターン”の話の方が多くないか?」

「うーん、確かにそれもそうだね」


 太一の指摘に対して少しだけ考えたスティールだったが、約十秒程度で「何でかわからないけど、無性にムカつくんだよね。太一くんって。こういうのを誠意的に受け入れないって言うのかな?」とすぐに考える事を放棄した。近くでスティールから借りた本を読んでいたディアガルドが「生理的に、です」とスティールの間違いを即座に指摘する。スティールの微妙な理由を聞きながら、太一は「それ理由なのかよ……」と呆れていた。


「強いて言うなら、うーん……じゃあこうしよう! “漫画の主人公みたいでムカつく”ってのは?」

「いや、俺に訊くなよ!?」


 ある日、突然神様(半分)に接触して人生が一片する。只の人間の癖、特に何の苦労や特訓もしていないのに無駄に強い。可愛い女の子や仲間たちにちやほやされながら、世界の危機を救う。トドメに可愛い幼馴染が居る。

 その辺が太一の“漫画の主人公みたいでムカつく”ポイントであるとスティールは熱弁していた。


「あーあ、羨ましい。主人公みたいじゃーん」


 ――カイとかと特訓はしてるし、昔はそれなりに苦労してきたつもりなんだけどな……。


 ワールド・トラベラーになってからの特訓や闘い、そしてワールド・トラベラーになるより昔に凍夜に打ち負かされ続けた過去を思い出し、太一は複雑そうな表情を浮かべる。


「漫画というよりはライトノベルの主人公みたいですね」


 静かに本を読み終えたディアガルドはスティールに「参考になりました。ありがとうございます」と本を返すと、スティールは期待するように「どうだった? 僕的には主人公と同じクラスの委員長が好き」と彼に感想を求めていた。


「まあ、スティールの勉強にはいいんじゃないですか? 参考書や小説には拒否反応起こしますし」

「うん、気付いたら寝ちゃうんだよね……じゃなくて、ディア的な感想は?」

「スティールに借りて何冊か読みましたけど、恐らく男性は結果を、女性は過程を大事にするのでしょうね。ですから男性に支持される作品はスティールが言ったように太一くんタイプの主人公が人気、女性に支持される作品は努力で――」

「そういう感想じゃなくて!」

「うわ、ディアガルドっぽい感想……」


 太一とディアガルドが呆れていると、話の流れを変えるように「でも、ティル兄も主人公みたいだよ! この前読んだ漫画の主人公みたいだもんっ!」と主張する。どうやらソラシアが読んだ本は、記憶喪失で辛い境遇の主人公は、どうにか辛い過去を耐えながら成長し、運命の相手と出会った事で本当の自分を取り戻す。しかも主人公は物語終盤で良家の子供だった事が判明したらしい。


「ほら、これってティル兄みたいでしょ!」


 ソラシアが得意気に主張する横で、ディアガルドは「ソラシアさん、ちなみにその漫画の表紙、ピンク色っぽい枠じゃないですか?」と問いかけた。


「そうだよ! そこまでわかっちゃうなんて、流石ディアだね!」

「よかったじゃん、お前も主人公だぜスティール」

「やっぱり太一くんムカつくから嫌い」


 スティールは机に項垂れながら「少女漫画も読むけど、僕はどちらかといえば少年漫画派だから。少年漫画かラノベの主人公タイプがいい。ある程度の女の子からモテるし!」と訴え、太一は「やっぱりそこに繋がるのかよ……」と溜息を零す。不貞腐れるスティールを眺めながら、ディアガルドは「結局、スティールが太一くんを嫌う本質的な理由もわかりませんでしたね」と眼鏡のフレームを上げながら呟いた。


「もう別に嫌いなら嫌いでいいよ。誰からも好かれる人間なんて居ないし」

「ふふっ、太一くんの方がスティールより大人のようですね。まあ人生経験的に当たり前でしょうけど」


 最終的に、「じゃあ実は前世での因縁の相手で、その時から嫌いだったから」と適当に漫画っぽい理由で片づけるスティールだった。



 ◇



「よくよく考えてみると、王道少年漫画的な主人公タイプって居なくない? 僕等の周りで」

「って、まだこの話続くのかよ!?」


 再びスティールは語り始める。王道少年漫画の主人公は、普通っぽい主人公が努力しながら成長していき、仲間と共に闘う系が多いのではないか――と。その主張を聞いたディアガルドは「でしたら、僕たちは当て嵌まりませんね」と珍しく話を広げていた。ディアガルドたち精霊はそれぞれ生い立ちや過去が特殊すぎる。


「じゃあやっぱり太一が一番近い?」

「うわ、益々気に入らない。気晴らしに特訓じゃなくて実践の方に付き合ってよ、太一くん」

「いいぜ、流石に俺もそろそろイラついてたとこだし」


 互いに苛立ちを隠せなくなった二人は、そのまま過激すぎる特訓――というか実践を始めてしまった。スティールの魔剣に対し、太一も竹刀ではなく刀で応戦している。すっかり実践という名の喧嘩を始めてしまった二人を眺めながら、ディアガルドは「アキュラスや小野北くんが居れば喜んで乱入しそうな展開ですね」と冷静に判断していた。


「アキュラスはね、今頃カイと手合わせしてるよ。つかさんも乱入して大騒ぎみたい……ってさっきおばさんが言ってた!」

「既にカイリくんが戦闘狂の犠牲になってましたか……その流れだと夢東くんも止めようとして巻き込まれますね」


 ディアガルドが推測した瞬間、彼の携帯電話にメッセージが入る。短く「どうしよう」という明亜からの文章と共に、陸見公園のベンチが吹き飛んでいる写真が添付されていた。そんな物騒な背景で、法也は呑気にピースサインを決めている。ディアガルドは即座に「南条くんが持っているであろう撮影用カメラを向けて、それっぽい演出風で周囲の目を誤魔化しましょう」と指示をした。残念ながら明亜は既に巻き込まれてしまったらしい。そのまま立ち上がり、ソラシアに向かって「じゃあ僕等も行きましょうか」と微笑みかける。


「え、ソラも?」

「荒れた大地を治すのにはソラシアさんの力が必要でしょう。シンも出かけていますし」

「あ、そういえばそうだった」


 ソラシアは思い出す。そういえばシンは「ちょっと出かけてくる」と言ってどこかへ消えてしまったのだ。シン曰く「友人をからかいに行く」らしいが、本当なのか怪しい。手土産用と主張して水無月家に備蓄してあるアイスを適当に持ち出していたし。


「それにソラシアさんが居なくなればスティールが気付いて、こっちの喧嘩も自動的に終わりますよ」


 喧嘩というか寧ろ本気の戦闘にまで発展している太一とスティールを見ながら、ソラシアは苦笑いを浮かべる。そして思い出したように呟いた。


「ところでディアはどう思う? さっきの。やっぱり太一が王道主人公かな?」

「ああ、その話なら……僕的には、太一くんよりも王道少年漫画の主人公タイプに近い存在、居ると思います」

「えぇっ、誰? ソラも知ってる人!?」


 するとディアガルドは自分の口元に人差し指を当てながら「これに関しては、本人に言ったら少年ではないと怒られそうなので」と告げ、楽しそうに笑っていた。



 ◇



「はっ、はく、しょーいっ!」

「どうした? 風邪か?」

「んんー、誰かが噂してるのかも?」

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