World Truth Story

第122話 終わりの始まり①



 一人の女性がそっと口を開いた。


「これが、世界の真実」


 消えそうな声でそう呟いた美麗な女性は、悲愴な面持ちで目を伏せる。同時に、華やかな金色の髪がさらりと揺れ動いた。彼女は細い指を伸ばし、「また、始まる」と言いながら小さな砂時計を傾ける。星のような形をした砂がさらさらと落ちていく様子を、彼女はつまらなそうに眺めていた。

 その横では、一人の男性が目を閉じたまま呟く。


「ここから始まるのは――終わりか、それとも始まりか」


 どこか期待するように口元を吊り上げ、男性がゆっくりと顔を上げると――その動作に反応するように、近くにあった九つの蝋燭に一瞬で火が灯る。その中の一本を静かに持ち上げ、彼はすっと目を細めた。真剣な面持ちのまま、彼は追憶する。


「全てはここから始まった」



 ◇



 とある青年が荒れ果てた廃墟を駆け抜けていた。自分に向かってくる“対人間用戦闘ロボット”たちの攻撃を華麗にかわし、手に握る竹刀を様々な形状に変化させながら闘っている。風を纏った剣で圧倒し、地面を揺らす槍を回し、時には炎の刃で薙ぎ払う。


 ――強く、もっと強く!


 そう一心に思いながら、青年――北村太一は続けて竹刀を水の刀身へと変形させ、腰元で構えつつ思い切り走り抜けた。鋭い一閃が駆ける。同時に目の前のロボットたちは爆発と共に活動を停止した。


 意思を持たない戦闘ロボットは、対人戦のような隙は生じない。何かで動揺させる事も、口承させる事も、持久戦に持ち込む事もできない。よって自分の戦闘能力だけが試される相手だ。そんな、ひたすら自分を排除しようとする相手が複数体でも、太一は単独で勝てた。


 以前より成長している実感はある。

 でも――まだだ。まだ足りない。


 太一はふうっと息を吐き、頭上に広がる鉛色の空を見上げた。

 前にこの世界へきた時と変わらない空。

 前にこの世界へきた時より成長している自分。


「昔より強くなれてる……だけど、きっとこんなんじゃ駄目だ」


 太一がひたすら強さを求める事になったきっかけは、今から数ヶ月前に遡る。



 ◇



 陸見町という土地にある、ごく普通の学校――陸見学園。特に目立った業績がある訳ではなく、一般的には普通に見えていた学校だったのだが――最近、謎の怪奇現象に見舞われるという事件が相次いだ。不審者の侵入事件や校舎の爆破事件があったにも関わらず、死者はゼロ。生徒だけではなく教職員も含めた謎の集団下校事件もあった。


 おまけに、これらの事件内容に関して、何故か誰一人詳細を覚えている者は居ない。全員の記憶が曖昧になっている上、その事に対して特に危険も感じない。寧ろ“不自然さも感じない”。まるで最初から何事も怪奇現象なんてなかったかのように、普段通りの生活を送っていた。

 最初はメディアも殺到したりしていたのだが、今ではその影すらない。


 その奇妙な事件や噂によって、近隣からは少しだけ有名な学校となっていた、陸見学園。

 そこに今――そんな数々の怪奇現象に深く関わる人物たちが、陸見学園の屋上にひっそり集結していた。


「さて、皆に集まってもらったのは他でもない」


 夕焼けのような橙色の長髪を靡かせながらティーカップに口を付け、優雅な午後の休息を満喫する男性はシン。しかし彼は豪華な椅子に腰掛け、テーブルの上にそっとティーカップを置いたり――する訳ではない。彼は“空中に浮かんでいるので”椅子に腰掛ける必要はなかった。紅茶を飲みながら、足を組んで椅子に座るような体勢で空を漂っていた。

 人間業とは思えない芸当をさも当然のように披露している彼は、この世界の創造主――つまりは神と呼ばれる存在である。


「今日は大事な話があるんだよっ!」


 シンの真下でちょこんと座っているのは刹那。艶のある漆黒の長髪と、宝石のような翡翠の瞳。少し幼さの残る容姿が特徴的な少女だ。

 そして、彼女はシンの娘――つまり神の娘である。彼女もまた、シンから時間操作という特殊な能力を授かっていた。


 一週間にも及ぶ激動の闘いが繰り広げられた一件から、彼女は自分とは対極の存在である京と肉体を共有し、過去と未来の両方を司る存在となった。今はその力を使いこなす為、父親に完周してもらいながら修行中の身である。


 ちなみに一件を引き起こした京はというと、今でも刹那の中に同居する形で存在している。京は刹那にしか心を開いていない面があり――二人が一人になった以降、京の人格が表に出た事はない。

 ただ、太一に対しては“嫌がらせ”目的で稀に夢の中に現れる事もある。


「それで、親子揃ってどうしたんだ?」


 刹那の向かいに座っている青年は北村太一。ワールド・トラベラーとして世界を救い、護ってきた救世主だ。太一は持ち前の剣術とシンから授かった“物質を操る術”――魔役を組み合わせ、常に闘いの日々を生きている。

 人間であるにも関わらず、その実力はシンや仲間たちも認める程で、太一は既に神や精霊にも引けを取らないレベルに達しているだろう。


「また「最高のゼリーが食べたいから探してこい!」とかの任務だったら嫌だよ。アイスなら引き受けるけど」


 太一の横でアイスを齧っている少女は水無月氷華。彼女も太一同様、ワールド・トラベラーである。氷華がシンから授かった能力は“現象を操る術”――魔術。自身の才能や日々の努力もあり、氷華の魔術は全員が信頼する程の圧倒的実力となっていた。勿論、その全員の中にはシンも含まれている。


「それは自分が食べたいだけだろ……」


 氷華の肩に乗っている謎のハンカチはノア。元は人型の少年だったのだが、訳あって人型とハンカチ状態に自由に変化できるようになった。

 ちなみにノアは異世界のアンドロイドで、厳密にはこの世界の人間ではない。ひょんな事から常に氷華と行動を共にするようになり、氷華が危険な時には人間離れした身体能力で彼女を護る――ボディーガード的な存在だ。


「昨日出た新作ゲームやりたいから手短に話してくれよ」


 フェンスに凭れかかる青年はカイリ・アクワレル。空色の髪を横に流し、耳元ではピアスが揺れている。

 若干軽そうで派手な外見とは裏腹に、彼は難病を抱えている身体の弱い青年だ。カイリが水天を司る精霊となった事で病気の症状は和らいでいるものの――今でもたまに発作を起こし、吐血してしまう。


「俺との勝負が先だろうが、カイリ」


 カイリの横でフルーツ牛乳を啜っているのはアキュラス・フェブリル。火炎を司る精霊である彼は、燃えるような緋色の髪で右目を隠している。

 アキュラスの右目は視力を失っているのだが、とある理由で危機察知能力が極限化され、自分の身に起こる未来を少しだけ予測できるようになっていた。と言っても、その能力を皆の前で使った事は皆無に等しい。その力を使わずとも、アキュラスの戦闘力はずば抜けていた。


「僕的には早くソラシアと一緒にクレープを食べに行きたいんだよね。あ、氷華ちゃんや刹那ちゃんも一緒にどう?」


 貯水タンクの上に腰を下ろしている青年はスティール・アントラン。にこにこと笑みを崩さず、楽しそうにシンたちを眺めている。

 彼は風光を司る精霊となる以前の記憶が全くない。それは自分の記憶はおろか一般常識等も欠如するものだったのだが、現在では仲間の助力もあり普通に生活できるようになっていた。しかし、実の家族である妹との記憶だけは、本人と再会した事である程度だけ取り戻せたようだ。


「じゃあ、あのシャボン玉が割れたらソラたちはクレープ屋さんへゴー!」


 スティールの隣で呑気にシャボン玉を吹いている少女はソラシア・アントラン。名前でわかる通り、スティールの実妹である。

 彼女も幼少期のショックによって、最近まで家族との記憶を閉ざしてしまっていたのだが――闘いの最中で唯一の家族である兄と再会。それがきっかけで、閉ざしていた記憶を蘇らせた。

 また、ソラシアとスティールは歳の離れた兄妹のように見られがちだが、実際はそうではない。ソラシアは地祇を司る精霊となった時から、外見の成長が止まっているのである。


「…………」


 屋上の扉に背を預けるのはディアガルド・オラージュ。瞳を閉じながら、今から語られるであろうシンの話を真剣に聞くという態勢を取っているが――実際は寝ているだけである。

 彼は雷電を司る精霊で、強大な力故に一日の半分は眠っている。仲間内で最も優れた頭脳を誇るディアガルドは常に頼れる参謀ポジションを確立しており、更に誰も逆らえない圧倒的な威圧感も持ち合わせていた。


「あれから数ヶ月経ったけど、私色々と特訓したの」


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