第123話 終わりの始まり②
「あれからって言うと――夏休み前の一週間?」
太一が顎に手を添えながら呟くと、ソラシアは「あの時は大変だったね」と以前の闘いを思い浮かべながら苦笑いを浮かべる。
シンが不在の一週間で敵が現れ、仲間が攫われ、刹那と出会い京が復活し――太一は「とにかく大変だった」と当時を振り返る。日頃から世界間のパトロール的な任務ばかりだったが、あの時は久々に世界の危機を感じた。
太一的にはできれば直面して欲しくない危機だが。
「それでね、京に話しかけてみたり、お父さんから時間操作のコツを習ったり……」
「頑張ってたんだね、刹那」
「ありがとう氷ちゃん! そ、それで、私……視ちゃったの」
刹那がおどおどしながら太一と氷華を見比べ、視線を逸らすようにぎゅっと目を瞑り、顔を伏せてしまった。何か言いにくい内容なのかと察したが、特に思い当たる節がない。いまいちピンとこなかった太一と氷華は揃って首を傾げるが、口を閉ざしてしまった刹那の代わりにシンが続けた。
「刹那は修行の甲斐もあり、少しだけ先の未来を視れるようになった。そこで――お前たち二人が闘っている未来を視たんだ」
「って事は、また大きな闘いが起こるのか?」
「皆が居れば私は何があっても負けないよ」
太一は闘いを懸念し、氷華は笑みを浮かべながら自信満々で答えてみせるが、二人はシンの言葉の意味を履き違えていた。シンは自分の言葉を補足するように、再び彼等に真実を告げる。
「正確には、お前たち自身が対立していた――“太一と氷華が殺し合っていた”未来なんだ」
その言葉に太一と氷華は目を丸くさせ、互いに顔を見合せながら「まさか」と信じられないように声を漏らした。
太一と氷華はワールド・トラベラーとして共に闘う相棒関係である以前に、昔からの幼馴染。二人の仲のよさや相性抜群のチームワークを間近で見てきた仲間たちも「この二人に限ってそれはないだろう」とシンと刹那の言葉を冗談半分で聞き流していた。
だが、目を覚ましたディアガルドだけは「……どうでしょうか」と静かに口を開く。
「まだ未熟とはいえ、刹那さんの能力はシン譲り。でしたら、強ち当たってしまうのでは?」
「な、何かディアさんの言い方が酷いよぉ……」
涙目を浮かべている刹那に氷華はハンカチを差し出そうとしてノアを掴むが、ノアは「やめろ!」と言いながら逃げ出してしまった。そんな氷華を横目に、太一は「マジかよ……」と深刻そうな表情を浮かべるが、対する氷華の方はいつものように平然としている。
「だったら、未来を変えちゃえば? 私と太一が殺し合うっていう運命を乗り越えて、その未来をなかった事にしちゃえばいいんだよ」
「簡単に言うけど、何か策はあるのか?」
「とりあえず未来を変えられるくらい強くなればいい……といいなあ」
「願望かよ!」
へらへらと呑気に笑っている氷華にツッコミを入れるカイリだったが、太一はその会話を眺めながら「ま、それもそうだよなー」と彼女につられて笑い出した。
不吉な未来に左右されて落ち込んでいる訳にはいかない。自分たちは救世主だ。常に前を向いて、先導して闘い、平和を勝ち取る。
それに、いくら刹那の未来予知とはいえ――自分が氷華と殺し合うなんてありえない。
どんな理由で相対するか、太一には想像もできなかった。
「今までだって皆と一緒に世界を救ったり護ったりしてきたんだ。それに比べたら、自分の未来を変えるくらい造作もないって」
「もしかしたらカレーアイスとか発案する為に意見が対立して喧嘩した――とかそういう感じかもしれないし」
「うわっ、マズそう」
「カレーは美味いんだからアイスでも美味い筈だろ」
太一の発言に対してソラシアが理解に苦しみ、スティールが「頭悪そうな発言だね」と呟くと、太一は「カレーは何にでも合う万能料理なんだよ」と謎の持論を力説していた。刹那が「そこまで言うなら今度試してみようかな……」と発言し始めた辺りで流石にやばいと感じた氷華は「とにかく!」と話をし切り直すように声を荒げる。
「未来なんて、何がきっかけでどう変わるかわからない。凄く些細な事がきっかけで、ガラッと変わっちゃう事もある。こういうの、えーっと……確か……」
「バタフライエフェクト」
「そう、それ! 流石ディア! だから未来を変える事だって不可能じゃないと思うんだ」
「寧ろ、“現時点で殺し合う未来を知った事実”で既に未来が変わっているかもしれませんし」
「そう、それ! 流石ディア! もう私が言う事はないです」
的確に述べるディアガルドに拍手を送りながら頷く氷華。
ディアガルドの指摘に対して「なるほど……」と感心しいている太一。
互いに殺し合うという不吉な未来を前にしてもいつも通りの二人を見て、仲間たちも安心したように微笑んでいた。
「まあ、私も氷華と同じ事を言おうとしたのだがな……未来を変えるくらい強くなれ、と」
「あっ、寧ろシンは刹那ちゃん以上に先の未来を視れないの?」
スティールの問いかけに対し、シンは顔を伏せながら「何故か、わからないんだ」と呟く。その言葉を聞いて、ディアガルドは間髪入れずに「いや、そちらの方が深刻なのでは?」と疑問を抱いた。
「普段なら視れるんだが――何故か一ヶ月先からは未来が視えない」
「って事は北村とアホ毛女が殺し合うのが一ヶ月後で、それより先は視えないって訳かよ」
「ああ、恐らく」
「アキュラスにしては物わかりがいいね。毒キノコでも食べた?」
「大丈夫かよアキュラス。身体とか縮んでないか?」
スティールがアキュラスを茶化し、カイリもあらぬ心配を始めている。再びいつもの喧嘩という名の乱闘へ発展しそうになる中、ディアガルドは脱線した話を戻すようにパンっと両手を叩いて視線を集めた。
シンより場の空気を支配しているのはディアガルドの方かもしれない、と太一は密かに思案する。
「つまり、太一くんと氷華さんが闘ってしまう事で、シンにも影響を及ぼす程の何かが起こる」
「その為に私たちは、未来を変える為、どんな状況にも対処する為――全員が強くならなければならない」
シンはその場に居る全員をぐるりと見渡し、それぞれに新たな任務を言い渡す。今まで騒いでいた一同だったが、シンの瞳に応えるように途端に真剣な面持ちへと変わった。
「目標は約一ヶ月先――恐らくクリスマス前後だろうな。それまでの期間は全員、己を磨く事に集中してもらう。まずは刹那。時間操作は危険だからな、お前は私と一緒に修行続行だ。一先ず学内の一部の時間を操作し、太一たちが通学しなくてもやり過ごせるように偽装工作する事から始める」
「うん! 何だかズルしてる気分になるけど、わかったよお父さん!」
純粋に応える刹那の頭を撫で、続けてシンは精霊たちへ優しく微笑みかける。
「次にカイリ・アクワレル。ソラシア・アントラン。アキュラス・フェブリル。スティール・アントラン。ディアガルド・オラージュ。過去の自分を乗り越えた今のお前たちならば大丈夫の筈だ。お前たちが守護精霊と契約を交わし、精霊となった――はじまりの場所へ行ってこい」
予想もしなかったシンの指令に対し、精霊たち全員が目を丸くさせるが――過去を乗り越えた今の彼等に大きな抵抗はなかった。そこに行く事で新たな強さを得られるならば、躊躇はしない。
「正直あんまり気乗りしないけど了解っと」
「わかったよ、シン! ソラも頑張る!」
「チッ、しゃーねえか……」
「任務だから行くけど、面倒だなぁ。僕は場所探しから始めなきゃいけないし」
「わかりました。これも強くなる為です」
各々、様々な反応を見せながら承知する精霊に「彼等に会ったらよろしくな」と続け、そのままシンは――最後に残された太一と氷華、ノアへと向き直り、真剣な面持ちで告げた。
「北村太一。水無月氷華。ノア。お前たちの未来だ。何をするかも、どうやって強さを手にするかも――全てお前たちに委ねよう。私はお前たちを信じている」
「「了解!」」
「了解した」
するとシンは「これを」と言って、全員にあるものを託す。小さなピンバッチで、太一や氷華が愛用しているワールド・トラベラーのジャンパーに描かれているロゴデザインと同じ形だった。
「この世界でなら距離に関係なく魔力によって通信可能だ。保温性、耐震性もあり、その他便利機能も兼ね備えた優れものだぞ。全員身に付けておくといい」
「わあ、何か身体が縮んだ名探偵になった気分」
太一はピンバッチを身に付けながら「新しいジャンパーじゃないのか……これからもっと寒くなるし、あれに裏地とか付けて新調して欲しいんだけど」とぼやくと、シンは嬉しそうに目を輝かせながら「それでは全員分用意しよう!」と俄然張り切っている。小物や服作りが趣味となりつつあるシンを見ながら、太一は「もしかしたら勝手に変な刺繍とか追加されてたらどうしよう」と少しだけ不安に思った。
「じゃ。俺ちょっと強くなってくるから」
太一が宣言すると、氷華や他の仲間たちも続けて口を開く。
「未来なんか簡単に変えちゃうくらいに、ね!」
「勿論だ」
「早いところ強くなって積みゲーに手付けなきゃいけないしな」
「ソラも早く修行終わらせてケーキ食べに行かなきゃだもん!」
「次に会う時までに首洗って待ってやがれ。北村、それにカイリ」
「ソラシアと氷華ちゃんと刹那ちゃんに会えないのは寂しいから、毎日このバッチで通信するね」
「皆さんが見違える事を祈っていますよ。まあ、僕は皆さんを驚かせてみせますけどね」
「私もお父さんと一緒に頑張るよ、皆!」
「私は世界と皆を見守っている。基本的に刹那と――それと“彼等”と共に居るだろうから、何かあれば通信してくれ」
こうして未来を変える為、強くなる為――一同は各々の場所で修行を開始した。
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