第124話 未来を変える力①



「太一、調子はどうだ?」

「悪くはないかな」


 ノアの問いかけに対して、太一は「でも、だからって驕る訳にはいかない」と首を横に振った。

 未来を変えられるくらい、強くなる。

 そう修行の目標を掲げたが、これは自分との闘いだ。先の見えない冥闇の中、ひたすらゴールを信じて走り続ける。終わりのない修行で、未来を変えられると信じて強くなる。


「仮に、さ。俺が――アキュラスとサシで闘っても勝てるくらい強くなったとするじゃん。でも例の“俺と氷華が殺し合う未来”を変える為、シンと闘わなきゃいけないってなったら、俺はもっと強くならないといけない」

「シン――神族が相手なんて、例え話でもぞっとするな」


 過去、半ば強制的に参加させられる羽目になった“シンの挨拶回り”を思い出しながらノアが眉根を顰めていると、太一は「つまり、いくら考えたって未来なんてわからないし、その未来を変えられるとしたら自分自身だから――俺は時間ギリギリまで修行するって事」と苦笑していた。ノアは「まあ、太一らしいか」と言いながらふっと穏やかに微笑む。


「だけど、ちょっと珍しいよな」


 そんなノアの姿をまじまじと見ながら、太一は続けた。


「ノアが氷華と一緒じゃなくて、俺と一緒だなんてさ」

「僕もかなり不本意だが」

「意外とストレートに言うよな、お前……」

「氷華から頼まれたからな」


 いつも氷華と行動を共にしがちのノアだが、彼女から「ちょっと確かめたい事があるから、ノアは太一の修行に付き合ってきて」と言われてしまい、しょうがなく太一と同じ場所で修業をしている。氷華にだけは従順なノアの言動に溜息を吐きながら、太一は「ま、氷華の事だから何かしらの理由があるんだろうけどさ」と呆れていると、ノアは太一の眼前で静かに身構える。小金色の双眸が、太一をじっと捉えていた。それはまるで、臨戦態勢そのものだ。


「この世界に残っていたロボットは殲滅し尽くした。つまり、この世界には僕たち以外残っていない。だったら、僕と手合わせするしかないだろう?」

「ノアが手合わせ相手って……剣術の俺とは相性悪い気がするんだけど」

「相性なんて関係ない。これからお前は、世界はおろか未来と闘うんだからな」


 ノアのストレートな挑発を受け、太一は小さく口の端を持ち上げる。


「……上等ッ!」


 ――俺は、強くなって……未来を変える!


 そして太一は一瞬で竹刀を剣へと変化させ、ノアに向かって全力で踏み出した。



 ◇



「むむむ……」


 修業中、刹那が急に唸り出した事でシンは「どうした? やはり時間操作はまだ難しかったか?」と柔和な笑みを向けた。刹那は「それもあるけど、ちょっと気になっていた事があって」と正直に明かす。そのままシンの目をまっすぐ見ながら、意を決したような表情で問いかけた。


「たいっちゃんと氷ちゃんがワールド・トラベラーになったのって、お父さんの脳内喧嘩がきっかけなんだよね?」

「……その表現は少しだけ異議があるが……一応、そうだな」

「じゃあ、どうしてお父さんは脳内喧嘩を抑え込めなかったの? どうして爆発しちゃったの?」


 するとシンは怪訝な顔で「そ、それはだな……」と目を逸らす。神の――というか父親としての威厳を保ちたいので、この話はなるべくしたくない。

 しかし今後怪しまれても厄介だ。仲間たちから妙な事を吹きこまれても困るし――等とシンが迷っていると、それを不審に思った刹那は、何も言わずにじっと彼の顔を覗き込んだ。


 シンが咄嗟にそっぽを向くと、刹那は追いかけるように顔を覗き込む。しかし一切の会話はなく、妙な沈黙だけが流れる。

 謎の攻防が何回か続いた後、痺れを切らしたシンは「わかったわかった! 話すから!」と言って大仰な溜息を洩らした。


「雷が落ちちゃって。ほ、ほら! お父さん長伸だから! 避雷針的な感じで呼び寄せちゃったんだ」

「…………」

「――って、そんな蔑むような目で見るな刹那! お父さんそんな目していいって教えてませんっ!」

「変な事を言う人が居たら、この目をするんだよって氷ちゃんとかディアさんから習ったもん」

「お、お父さんは変な事言ってないぞ!?」


 慌てるシンの傍ら、刹那は首を横に振りながら「だってよ、京。私たちのお父さんって変な人だね」と自分の脳内に居る京に向かって話しかける。


 ――こいつが変なのは今に始まった事じゃない。


 ――たいっちゃんたちもよくお父さんの言葉を信じたよね。呆れなかったのかな?


 ひとりでくすくす笑っている刹那を見ながら、シンは「もしかして、京と話していたのか?」と恐る恐る尋ねた。刹那は「うん」と頷くと、シンはぱあっと表情を明るくさせ、期待の眼差しを向けた。


「久々に息子とも話がしたい。京、出てきてくれな――」


 ――断る。


「あっ。京、引き籠っちゃった」

「……息子が反抗期……今日こそは仲直りできると思っていたのだが、難しい年頃だな……」


 その場で膝を抱えながらいじけている父の姿を見て、刹那は「あはは……」と苦笑いを浮かべつつ、何か閃いたように「あれ?」と口を開く。そのまま熟考してみたが、どうにも理解できなかった。


「……何か変じゃない?」

「ん?」

「お父さん、どうしてその雷の事を予知できなかったの?」


 するとシンは急に真剣な表情で「何故、だろうな……」と呟いた。その言葉を聞き、刹那は「もしかして、お父さんにもわからなかったの?」と首を傾げる。


 この世界を創世した神であるシンならば、意識すればある程度の未来予知は可能。それが身に起こる危険ならば、無意識下でも予知できるだろう。

 しかしその時のシンは、それができなかった。だから力の均衡が崩れ、ゼンとアクが分裂し――最終的に、太一と氷華がワールド・トラベラーとなった。

 そして現在、その未来予知が働かない事がきっかけで、仲間たちは修行に励んでいる。


「考えられる可能性はあるんだが、私もちょっと自信がなくてな~……」


 そうはぐらかしたシンの表情は、少し照れながら笑う少年のような笑みで、初めて見たシンの表情に刹那は口を開けたまま呆然としていた。話の内容的には深刻な筈なのに、どこか期待を込めているような、だけど少し戸惑っているような、落ち込んでいるような――複雑に入り組んだ感情で、真意を読み取る事ができない。

 元からシンの真意を読み取るのは不可能に近いのだが、長年接していた親子だから何となくわかる事もあった。それでも、今のシンはわからない。


「とりあえず、この件は刹那にはまだ早い。今は修行に専念しなさい」


 シンは無理矢理この話題を切り捨て、黙って晴天の空を仰ぐ。

 シンを分断し、全てのきっかけになったあの雷が落ちてから暫く経った。

 そして、太一と氷華がワールド・トラベラーとなって闘い始めてからは一年と少し――という頃だろうか。


 ――あれからもう一年が過ぎたのか……時の流れはあっという間だな。



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