番外編26 陸見学園祭⑦



 様々なハプニングを挿みつつも、ディアガルドの機転によって大盛況で劇を終えると、氷華と明亜は急いで体育館を飛び出した。道行く人から「さっきのお姫様だ!」とアイドルでも見るような熱い視線を浴びてしまい、明亜は複雑な心境を隠せない。


「僕だけ罰ゲーム受けてる気分……」

「似合ってたよ、クーア姫」

「そういう問題じゃなくて!」


 氷華は「姫様、もうすぐでゴールです!」と茶化すと、明亜は「もうやめて!」と両手で顔を覆っていた。スタート地点だった正面玄関が見え始め、氷華は「やった、ゴールだ!」と楽しそうに顔を上げる。そのまま実行委員に「五つ集めた!」と自信満々で叫ぶと、彼等はすかさず白いゴールテープを用意し始めた。


 そして――。


「ゴーーール! おめでとうございますッ!」

「よく五つ集めてくれました! 何故か五つ目で断念する人が後を絶たなくて……」

「明日は人数増やしたりして、もうちょっと易しく方がいいかもね」


 晴れて遂に――氷華と明亜は誰よりも早く、陸見学園祭スタンプラリーを制覇したのだった。



 ◇



 誰も居ない屋上に座りながら、氷華は「マグカップかー。夢東くんどっちがいい?」と赤と青を掲げながら問いかける。

 参加賞として渡されたペアのマグカップ。明亜は「氷華ちゃんは青ってイメージだから……」と考え、「じゃあ僕は赤がいいな」と微笑んだ。


「これは分けられるからいいとして――問題はこっちだね」


 一位でゴールした用の景品――デジタルカメラをぼんやり見ながら氷華は呟く。一位専用というだけあって、こちらの景品はマグカップより気合いが入っていると感心しながら、氷華は「流石にこっちは半分こしたら壊れちゃうし」と悩んでいた。

 その様子を横目に、明亜は心臓を高鳴らせながら「あ、あの――氷華ちゃん!」と口を開く。


 ――ヤバイ、声が裏返った!


「そのカメラは、氷華ちゃんがもらって! ゴールできたのって、だいたい氷華ちゃんのお陰だしッ!」

「でも、夢東くんにも色々助けてもらったから。何かそれは悪いよ」

「じゃ、じゃあ――」


 明亜は緊張のあまり声を裏返しながら叫んだ。


「一枚目は! ぼ、僕と一緒に写真撮ってくださいッ!」

「えっ……それは勿論構わないけど」


 あっさり了承した氷華を見て、明亜は脳内でガッツポーズを浮かべる。

 今日は憧れの氷華と行動できた上、ツーショット写真まで。後で画像をもらって即保存しようとも誓った。


 そのまま自動撮影タイマーをセットしながら「も、もう一つお願いがあって」と明亜は声を震わせる。勢いに乗じてだが、行動できる気がした。氷華は「何?」と首を傾げると、明亜は真剣な表情で「あ、あの時、繋げなかったからッ!」と氷華の手を握る。


 ――うわああぁぁぁあ……氷華ちゃんと手繋いじゃった……しかも僕の方から……!


 唖然としている氷華の手をぎゅっと握り、セットしたカメラの前に立っていると――隣から笑い声が聞こえた。驚いたように隣を見れば、氷華は「何か、夢東くん可愛くて」ととびきりの笑顔を向けている。


「えっ」

「恋する乙女みたいで、可愛い」


 ――――カシャッ!


 氷華の素直な感想を聞きながら、明亜は「あ、合ってるけど間違ってる……」と再び複雑な心境を抱いていた。




「お、やっぱりここに居たか。二人共」

「一位でゴールしたんだってね! おめでとう!」

「景品って何だったんだ?」

「あともう少しだったのに明亜と水無月さんに負けちゃったかー。残念だね、ノアくん!」

「僕は別に残念じゃない」

「ノアっちもほうやんも惜しかったね! でも私も頑張ったんだよ、ねっ、お父さん!」

「ああ、刹那はよくやった。三位だから表彰台に登れる成果だぞ」


 屋上で休息していた二人だったが、そこへ太一やスタンプラリー参加者たちが現れ、次第に続々といつもの仲間たちが集合し始める。


「おいディア。クレープもうねえぞ」

「アキュラスって本当甘党だよね」

「糖分は過剰に摂取し過ぎると脳に悪いですからね。いい見本になっていますよ、アキュラス」

「あら? もしかして明亜と小娘、いい雰囲気だったのにお邪魔しちゃったかしらぁ?」

「お、俺は京羅と! その、いい雰囲気になれたら……と最強に思ってるぜッ!」


 特に待ち合わせの約束もしていないのに自然に集まってくる皆を見ながら、明亜は「折角、氷華ちゃんと二人きりだったのになぁ」と残念そうに溜息を吐く。しかし、各々に騒ぎ始める仲間たちの様子を眺めながら「でも」と優しく微笑んでいた。


「こういうのも、悪くないよね。これが青春って奴なのかな」


 その呟きを聞いた氷華は、青空を見上げながら「ねえ、夢東くん。今、あの時の事を思い出してたんだ」と口を開く。


「夢東くんは昔ここで「秘密を共有できるっていうのもいい事だと思う」って言った。あの時の私は「それもいいかもね」って返したけど、今は違うよ」


 氷華は皆を見渡し、明亜をまっすぐ見つめながら「今は“いいかも”じゃなくて“いいね”だよ」と答える。宝石のような琥珀色の瞳が輝き、目が逸らせなくなった。


「私、こうして……皆と秘密を共有できる仲間でよかった」


 氷華は満面の笑みを向けてから、声を張り上げながら「ねえ、皆! 皆で写真撮ろうよ!」と仲間たちの元へ駆け出す。その背中を見つめながら、明亜は「氷華ちゃん、僕も今、あの時の事を思い出したよ」と誰にも聞こえない音量で呟いた。


 あの時は敵として相対したが、今は違う。自分を救い、世界を変えてくれた。今となっては世界でたった一人の、掛け替えのない存在。大事な――仲間だ。


「君は「誰にも左右されず、自分を信じてまっすぐ突き進んで――夢を叶える」と言った。それに「秘密が一つや二つある」氷華ちゃんはかっこいい」


 四凶に襲われそうになった時も、京から攻撃を受けそうになった時も――後ろから見た氷華の背中が蘇る。自分より小さな背中の筈なのに、とても頼もしく感じた。


「僕はそんな君に救われた。君は僕のヒーローだ」


 そっと瞳を閉じながら、その姿を瞼の裏に思い描き――。


「僕は今、そのヒーローの側に立てている。それだけで嬉しい事ではあるんだけど、更に欲が出てきちゃったんだ」


 明亜は今の自分の願いを秘めていた。


「君から頼られたい。隣に立ちたい。そして、いつかは――僕が君の前に立ちたい」


 写真を撮るように皆を集めている氷華を見上げ、明亜はとても穏やかに微笑む。


「もしかしたら、憧れなだけかもしれない。それでも僕は――」


 そして明亜は、そこだけ声には出さず自分の想いを告げた。


 ――君が好きだよ。




 明亜の想いに気付いていない氷華は「ほら、夢東くんも早く!」と佇んでいる彼の手を引き、急いで自分の隣に立たせる。それを見た京羅はニヤニヤしながら「あら、よかったじゃないの明亜!」と耳打ちすると、明亜は「ぼ、僕……こんなに嬉しい日って初めてかも……!」と耳まで真っ赤にさせながら感動していた。


 そのまま堂々と自分の腕を組んでピースする氷華に驚きつつも、明亜は消えそうな声で「僕じゃ頼りないかもしれないけれど……何かあったら、今日みたいにいつでも頼ってね」と心からの笑みを浮かべる。


 ――――カシャッ


 そして、写真の中には――ワールド・トラベラーと仲間たちが、笑顔で日常を謳歌している姿が写し出されていた。



 ◇



 ――大好きな“この世界”を護りたい。だったら、私は……。


 冬晴れの空を見上げながら、氷華は何も言わずに一枚の写真を眺めていた。その様子を見て、金色の髪をした青年は「どうかした? 氷華」と尋ねる。


「少しだけ、昔を思い出してたの」

「昔?」

「凍夜お兄ちゃんが射撃王になった事と、その次の学園祭の事」


 ――頼りにさせてもらうよ、夢東くん。


 氷華の眼差しを目にして凍夜は、「もう少ししてから行く?」と提案するが、彼女は黙って首を横に振る。そのまま衣服のポケットに写真をしまうと、先程とは打って変わって凛とした表情で呟いた。

 その瞳は氷山の中でひっそり咲く花のように冷たく美しいものだったが、壮絶な覚悟の炎も内に宿っている。

 くるりと踵を返し、立ち止まっていた氷華は再び未来へ歩き出した。


「ううん、もういいの。早く行こう……大好きな皆に会いに」

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