第146話 世界を壊し仲間を信じる②
カイリ、アキュラス、ディアガルド対水無月兄妹。陸見公園では、公園という場所にそぐわないような――激しい戦闘が繰り広げられていた。太一と氷華による死闘によって傷付いた大地が、更に荒れ果てる。
カイリが水龍で攻撃すると凍夜がそれを凍らせ、アキュラスが炎を起こせば氷華が氷雪系魔術で防御する。決定的におかしい。ディアガルドはこの状況に違和感を覚えていた。
――水であるカイリくんに氷の凍夜さんが強いのはわかりますが……最も苦手とするアキュラスの火を前に、どうして氷華さんは動じない?
ディアガルドは真実を探るように「想像以上のパワーアップですね、氷華さん!」と言いながら雷を落とすと、氷華は間一髪でそれを飛び退いて避ける。その横からアキュラスが「いい加減にしやがれ!」と叫びながら拳を振り上げ――アキュラスの本気の攻撃を前に、氷華は一瞬だけ反応が遅れてしまった。
――入った!
「『エヴァジオン』」
しかし氷華は咄嗟に空間転移魔法を発動し、凍夜の背後へと瞬間移動をする。攻撃が入らなかった事に対してアキュラスはチッと舌打ちをするが、ディアガルドは「凍夜さんが加わったとしても、やはり数ではこちらが優勢です。精霊三人を相手にしてはそちらの分が悪いと思うのですが」と眼鏡のフレームをくいっと上げながら指摘した。
「だってよ氷華。どうしようか」
「じゃあ形勢逆転してもらおうかなッ!」
――――バシュンッ!
氷華が声を張り上げた次の瞬間、アキュラスの右足に鈍い痛みが走る。認識外からの突然の攻撃を受け、ぐらりと体勢を崩しながら「なっ……!?」と困惑していると、彼の眼前には冷酷な表情で笑う凍夜が映っていた。
「ッ!?」
「アキュラス危ないッ!」
――――バンッ!
「まず一人! そして――」
――――バンッ!
一瞬の隙を見逃さなかった凍夜は、即座にアキュラスの左胸へ氷の弾丸を放つ。続けて、アキュラスを突き飛ばして避けさせようと動いていたカイリも、振り向きざまに撃ち抜いてみせた。鮮やかな銃捌きを見て、ディアガルドは思わず言葉を失う。
「二人」
「これで形勢逆転だね、ディア」
心臓付近を押さえながらバタリとその場に倒れ込むアキュラスとカイリを見て、ディアガルドは冷や汗を流した。
正直、凍夜に対する認識が甘かった。彼は氷華の事を大切にしている――だから氷華の仲間に手を上げだとしても、一線を超える事だけはないと思っていた。社会的に不利になったり、氷華に悪影響を及ぼすかもしれない事は流石に避けるだろう。
しかしディアガルドの読みに反し、凍夜は既に“氷華に敵対する者を殺す事は厭わない”と割り切ってしまっている。
急所を狙った一切の容赦ない攻撃を見て、凍夜の弾丸に倒れたカイリとアキュラスを見て――ソラシアは「もう……止めてッ!」と悲痛な叫びを上げる。魔力を失い、呼吸も止まっているカイリの側に駆け寄り、「どうして……」と訴えた。
「どうしてこんな酷い事……皆、仲間なのにッ!」
「氷華ちゃん……これ以上は、僕も見ていられない……」
そう言いながら静かに魔剣を抜くスティールと、涙を拭って立ち上がるソラシアを見て、氷華は「形勢、戻っちゃった」と残念そうに呟いた。この状況に困惑する刹那は、頭を押さえながら「救世主と精霊が争うなんて……世界が壊れちゃう……ッ!」とその場で泣き崩れる。
「今からでも遅くない! 戻ろう、戻ろうよ……皆仲よしだった、あの幸せな時に……」
刹那の悲痛な懇願を前にしても、氷華は止まる事はなかった。倒れているカイリとアキュラスを眺めながら、氷華は「私たちは、もう戻れないよ」と寂しそうに呟く。
それを何度も願い、繰り返していた過去には、もう戻れない。
「助けて、お父さん――」
「無駄だよ刹那。シンは今日会議だからね。この世界に居ない」
「このタイミングを狙ったという訳ですか」
「――そう、なんだろうね」
質問に対して何故か他人事のように答える氷華に、ディアガルドは違和感を覚えつつ――泣いている刹那に「立ってください、刹那さん。泣いてばかりでは何も解決しません」と優しく声をかけた。彼の言葉に刹那は小さく頷くと、涙を拭きながらよろよろと無理矢理立ち上がる。
「今の氷華さんたちは、あなたにも危害を加えるかもしれない。闘うか逃げるかしてください」
「私は――」
「そこまでだ」
次の瞬間、水無月兄妹とディアガルドたちの間にノアが割って入った。突如現れたノアの姿に一同は驚きを隠せないと言った表情だったが――ノアはそのままディアガルドたちに背を向け、凍夜に対して即座に拳銃を構える。
この行動はつまり、凍夜に敵対する――即ち、氷華に敵対する図だ。
それは何故か、強烈な違和感を伴う。
――あのノアくんが、氷華さんと敵対……?
ディアガルドの硬直に気付く事なく、スティールはノアに対して呼びかける。
「ノアくんはこちら側なんだね。でも相手は氷――」
――――バンッ!
「……え?」
自分に起こった事が理解できないと言った表情で、刹那はその場に崩れ落ちた。そのまま動かなくなった刹那を呆然と見つめながら、スティールとソラシア、ディアガルドは言葉を失う。
ノアと対峙する形になった凍夜は、彼に対しても容赦なく引き金を引いたのだが――ノアは凍夜がリボルバーを撃った瞬間に身体を捻り、寸前で銃弾を避けてみせたのだ。人間離れした身体能力を誇るノアだからこその神業だったのだが、完全に油断していた刹那にその流れ弾が当たってしまった。
一連の流れに違和感を覚えていたディアガルドは「……そういう、事ですか」と苦渋の表情を浮かべる。
最初の一弾から、全て仕組まれていたのだ。
「アキュラスを崩した初撃、凍夜さんかと思っていましたが――あの攻撃はノアくんですね」
その指摘を受けたノアは拳銃を下ろし、ディアガルドたちに背を向けたまま歩き出す。
「ああ。戦闘力が高い赤いのは先に落としておく必要がある。だから狙撃させてもらった」
「確かに、銃声も違いましたね……迂闊だった」
「刹那ちゃんの能力を使われるのも厄介だからね。俺とノアくんが対峙してる構図で油断させて、早めに退場してもらった。まあ、あの避け方はノアくんじゃないとできない芸当だろうね」
そのままノアは表情を変えずに立ち止まり、凍夜の隣に並んで振り返った。ノアが氷華を裏切るなんてあり得ない。そんな事はわかっていた筈なのに――絶望的な状況から、その僅かな可能性に縋ってしまった。
氷華を護る双璧、凍夜とノア。その背後から、今まで黙っていた氷華が天空に向けて手を翳していた。
「『フロワ・ルミエール』」
「スティール、下!」
「ッ!」
――――シュッ
ディアガルドの叫びによって、スティールは氷華の魔術をどうにか避けると――今まで自分が居た場所はスケートリンクのように凍り付いていて、少しでも判断が遅かったらと考えて顔を蒼くさせた。魔術を避けられてしまった事を確認すると、氷華はぎゅっと心臓付近を押さえながら、瞳を閉じて次の魔術の詠唱を始める。
「『時空よ、我が声に応えよ……ル・タン・アレテ』!」
――――バンッ! バンッ!
「「「!?」」」
再び襲ってくるであろう魔術に備え、ディアガルドたちは咄嗟にその場から距離を置こうとしたのだが――そう思った時には既に遅かった。氷華は高度な魔術によって時空に干渉し、彼等の時間の認識を遅めたのだ。防ぐ術のない魔術を受けてしまい、スティールの速さでも避けられない銃弾を浴び、スティールとソラシアは左胸に衝撃を感じながらほぼ同時に倒れ込む。
とうとう最後の一人になってしまったディアガルドを前に、凍夜は「フィナーレだ」と言って銃口を向けた。氷華は必死に息を整えながら「私、たちの……勝ち……」と辛そうに述べる。
「――最後まで僕を残した理由は何ですか」
「ディアなら……もう気付いているって、信じてたから」
「何かを、伝えたかった」
その言葉を聞いた氷華は肩を竦めながら「やっぱり、ディアは何でもお見通しだね……」と笑っていた。そのまま「伝言、お願い」と続ける。
「ごめんなさい。私の事は許さなくていい」
――――バンッ!
凍夜の銃弾によって倒れた仲間たちを見ながら、氷華は「ごめんなさい」と再度呟いた。
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