第147話 世界を壊し仲間を信じる③
「第二段階もクリア。次は……凍夜お兄ちゃん、ノア」
氷華が口を開くと、ノアは頭のハンカチをぎゅっと巻き直し「ああ、任せろ」と決意を新たに呟いた。その様子を見て、氷華は「あ、結び目曲がってる。ちょっと待って」と言いながらノアのバンダナを締め直す。ノアは少し照れたような表情をしながらも、氷華の指示通りに大人しくしていた。まるで自分が世話焼きの姉でノアが少し難しい年頃の弟みたいだと思い、氷華はひとりで微笑んでいる。
「これをこうして……よし、できた。それと、ノアはこれも」
そう言って氷華が差し出したのは、普段から氷華が着ていたワールド・トラベラーのジャンパーだった。しかもシンが最近新調したものだ。
氷華はそれを差し出し、ノアに「今から闘いに行くのに、怪我でもしたら困るでしょ。シンの手作りだからか、これって意外に頑丈なんだよ」と告げる。ノアは至極嫌そうな表情をしながら「僕はこれを着る資格はない。世界を護る為には闘っていないからな」と真っ向から否定した。しかし氷華は首を横に振り、穏やかな表情で続ける。
「これを着るのに資格なんていらないよ。只の御守り代わり。それにノアとお揃いを着れるみたいで嬉しいだけ」
その言葉を聞いたノアは少し迷った後、一言だけ「……預かってだけおく」と呟き、やっとそれを受け取った。しかし袖を通す事はなく腰に巻いている姿を見て、氷華は「あの時みたい」と少し昔を懐かしむ。
一方、凍夜は「氷華、本当にひとりで大丈夫なのかい?」と終始氷華の身を案じていた。
「私はシンたちを味方にするから大丈夫だよ。それより凍夜お兄ちゃんやノアの方が心配」
「俺は大丈夫だよ。それに、いざとなったら彼に頑張ってもらうからね」
「そこは僕も問題ない。あいつの力なんか借りずとも、すぐに作戦を成功させて戻ってくる」
氷華が投げ捨てた通信機を拾って氷の封印を解くと、凍夜はぎゅっと手袋を嵌め直しながら「じゃあ、行ってくるね」と氷華に微笑む。
「凍夜お兄ちゃん、ノア――無理させちゃってごめんなさい。ここまで私に付き合ってくれてありがとう」
「お兄ちゃんはずっと氷華の味方だから。当然の行動だよ」
「僕も同感だ。そして恐らく、事情がわかれば皆も納得する」
氷華を安心させるように僅かに笑いながら、ノアは目的地に向かって駆け出した。頼りになる小さな背中を黙って見送り、氷華は凍夜へと向き直る。
「氷華は周りからワールド・トラベラーとか救世主とか言われてるけど、俺には関係ない。俺にとっては、大切な妹だから。氷華は氷華だ。その事を忘れちゃいけないよ」
「……うん」
「じゃあ、また後でね」
それだけ言うと、凍夜は氷華の頭を優しく撫でた。氷華は嬉しそうに口元を緩め、数秒間という短い間だったが、二人の間には穏やかな時間が流れる。名残惜しそうに手を離した凍夜は小さく手を振ると、空気中の水分を凍らせながら連続的に足場を作って移動し始めた。まるで空を走るように離れていく凍夜を見上げながら、氷華は神へ祈るように両手を合わせる。
「後は任せたよ……凍夜お兄ちゃん……ノア……」
二人が完全に見えなくなった事を確認した氷華は、ガクリとその場に膝を折り、力無く座り込んだ。突き刺さるような胸の痛みに耐えながら、彼女は地面に手を付けて声を震わせる。
「いやだ、いやだよ……こわい……」
凍夜やノアと常に一緒だった氷華は、“真実”を知ってから久しぶりにひとりになった。今まではなるべく考えないようにしていたのだが、いざひとりになってしまうと――どうしてもこれから起こす事を考え、自分に起こる事を考えてしまう。
「いや、いやああああああぁぁぁッ!!」
恐怖に堪え切れなくなった氷華はその場で泣き叫んだ。真っ白な雪と共に大粒の涙も流れ落ち、氷華は胸を押さえながらよろよろと立ち上がる。
――どうして、何でこんな事にッ!
――いやだ、こわい……こわいよ……。
――誰か、助け…………駄目、考えるな!
――私は救世主……私はもう決めたんだッ……!
「いや……私は、まだ……ッ!」
すると背後から人の気配を感じ、氷華は背を向けたまま「……ごめん、皆の事……お願い」と何事もなかったかのように気丈に口を開いた。
「最強にへばってるじゃねぇか。本当に大丈夫なのか?」
「これはもしかしてヒロイン交代のチャンスかしらぁ?」
「大丈夫。そうならないように――頑張る」
氷華の尋常ではない消耗具合を見ながら「ま、この場はアタシたちに任せなさい。アタシたちだって強くなってるんだから、こいつ等が目覚めたらあんたの大切な二人の加勢に行ってあげるわよ」「俺が最強に助太刀してやるぜ!」と強気な態度で構える。そんな二人のさり気ない優しさを実感しながら、氷華は「じゃあ、お言葉に甘えて……皆が起きるまで警護と、凍夜お兄ちゃんとノアの事……任せるね」と告げ、最後まで表情は見せずにそのままゆっくり足を動かし始めた。
「…………」
「どうかしたのか?」
「……ううん、何でもないわ。さ、アタシたちも仕事しましょ」
――最期まで黙っててごめん……。
津々と降り積もる雪を眺めながら、氷華は呟く。
「自分は忘れても覚悟だけは忘れるな。私はもう決めたんだ。何があっても、世界と仲間を護るって」
悲壮な覚悟を胸に、氷華は始まりの場所へ向かって歩を進めた。自ら終わりに向かって進んでいるとわかっていても、その足は止めない。
「水無月氷華、最期の大魔術……必ず成功させてみせる」
そして、氷華は白い雪の中へと消えた。
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