番外編26 陸見学園祭④



「次のスタンプは校庭だね。今の時間って確か――」


 何故か難しい顔をしている氷華に対し、明亜が楽しそうな顔で「確かミスコンだよね!」と口を開く。そのまま「氷華ちゃんは出場側だと思ってたから、事前にチェックしてたんだよ」と笑い、続けて「だけど」と呟く。


 ――こうして二人で学園祭を回れてるから、氷華ちゃんが出場側じゃなくてよかった。


 そんな明亜の想いを他所に、氷華は「何か勝手にエントリーされてて、予選突破しちゃったみたいで――そんな話聞いてないって駆け合っても、絶対参加するようにって言われてたんだよね」と遠い目をしていた。

 明亜は「えっ、じゃあここに居るのってヤバいんじゃ」と声を漏らすが、動揺によって思わず声を失う。


 確かに氷華が出場するならば全力で応援する。それ以前に、氷華ならば自分の応援がなくても優勝できるかもしれない。氷華にとって名声が得られるなら、氷華の為を考えれば――でも、本音は――。


 ――もし氷華ちゃんがそっちに行ったら、せっかくの二人で回れるチャンスが……こんなの一生に一度かもしれないのにッ!


 そんな明亜の葛藤の傍ら、氷華は何かを察した。そのまま真剣な面持ちで「夢東くん」と明亜をまっすぐ見つめる。


「正直に答えて。夢東くんは私にミスコン行って欲しい?」

「僕は……僕は! 氷華ちゃんがミスコンで輝くのも見たいけど……それよりも、一緒に学園祭を回りたいッ!」

「じゃあもう勝手にエントリーするのはやめてね」

「……はい。ごめんなさい」




 かなり盛り上がっているミスコン会場を遠巻きで眺めつつ周囲を見回ると、氷華と明亜はスタンプを首からぶら下げていた実行委員を見つけ出した。無事に二つ目のスタンプを押せたので、明亜はほっと胸を撫で下ろす。ここまでは順調だ。


 二人で笑い合う一方、普段とは違う風貌の氷華に気付いた実行委員は「お前、もしかして……水無月か?」と怪しむように目を細めていた。


「へい彼女、ここに居る事はご内密に」

「誰が彼女だ」

「じゃあへい彼氏」

「そういう問題じゃない」


 怒りを浮かべている実行委員に、明亜は「僕が言うのも変だけど……氷華ちゃん本当に大丈夫?」と心配そうに問いかけた。

 目の前に居る実行委員は、氷華の態度に怒っているのも多少はあったが、大部分は“氷華のドタキャン”について怒っている。


「大丈夫、この人はミスコン担当の実行委員じゃないから。どっちかって言ったら統括みたいな人だよ」

「ミスコン担当には泣き付かれたから、余計な仕事が増えた。お前の所為でな」

「流石副会長。誰かと違って頼りにされてるね」

「去年のお前もそれなりに頼りにされていた筈だが」


 そのまま氷華は「私は名前だけって感じだったからね。全然手伝えてないし」と呟くと、明亜は「ああ、そういえば氷華ちゃんって去年は生徒会もやってたんだっけ?」と過去に調べた情報を思い出し、納得したようにぽんっと手を叩く。氷華は「実際は諜報部員って感じだったけどね」と苦笑いを浮かべた。


「北村もお前も、何故役員を続投しなかった? 成績も有利になる上、週一でいいという条件も提示してやったのに。お前たちにはそれでも不服だったのか? それとも俺たちのやり方が――」

「別に副会長たちが嫌だからとか、そういうのじゃないの」

「……では何故?」

「全てを投げ出してでも、護りたいものができたから。たぶん太一も同じ理由で断った」


 副会長は首を傾げていたが、明亜は咄嗟に言葉の意味を理解する。そして、言葉の意味を理解できている事を素直に嬉しく感じていた。

 秘密を共有する、かけがえのない仲間の特権だ。


 氷華は優しく微笑みながら「じゃあ、スタンプラリーの続きと行きますか!」と歩き出すと、明亜は彼女に続いて隣を歩く。二人の後ろ姿を見送りながら、副会長は「お前たちのよくわからない信念はわかった。だが本当にミスコンはどうするんだ!」と叫んでいた。くるりと振り返り、氷華は悪戯を企む子供のようにニヤリと口元を吊り上げる。


「大丈夫、今頃凄い盛り上がってる筈だよ。代役ね、“自慢の看板娘”に頼んだから」




 氷華の言葉通り、ミスコン会場は大盛況だった。水無月氷華の不参加に嘆く生徒たちも多かったのだが、氷華の代役で参加する羽目になった“自慢の看板娘”がステージ上に立つと一気に会場はざわめき立つ。


「誰だ、あの子!?」

「あんな可愛い子この学校に居た?」


 実行委員から「それでは水無月氷華さん――が代役で推薦してくれた、エントリーナンバー一番! 突如現れた沈黙の美少女!」と紹介される“自慢の看板娘”。

 一言も発さず、今までひたすら沈黙を貫いていた“自慢の看板娘”は遂に動き出す。一歩前に出て、マイクを受け取り――それを勢いよく投げ捨てた。

 会場にはゴンッと鈍い音が響き渡る。そのまま“自慢の看板娘”は、“女装・男装喫茶”と書かれた看板を乱雑に振り回しながら「こんなのもうやってらんねえええぇぇえぇ!」と腹の底から叫んだ。


「「「!?」」」

「アホ毛女にクレープ好きなだけ食えるって言われたから行ってみれば――優勝しねえとタダ券もらえねえじゃねえかぁぁああ!」

「えぇえぇえええええ!」


 ステージを見ていた刹那は盛大な声で驚き、隣で笑いを堪えているシンに向かって「お、お父さん! あの綺麗な人が!? あ、あの!?」と酷く慌てていた。別人と見間違うレベルの仲間の激変に、刹那は口をあんぐり開けながら信じられないものを見るように彼を見上げる。

 やはり、未だに信じられない。この現実を、脳が処理し切れない。


「ああ、黙っていれば優勝だったかもしれないのにな」


 そのままシンは次にエントリーする人物に目線を移す。そこに現れた人物は一瞬で会場の客を魅了し、中央で暴れる“自慢の看板娘”に臆する事なく平然と語りかけた。


「簡単じゃないですか、アキュラス。優勝する為には僕に勝てばいいんですから」

「ちょーっとディアちゃん、この京羅様の事も忘れてなぁい?」


 ディアガルドは「真っ先に宣伝活動忘れてません?」と衣装を脱いで普段の風貌に戻った京羅を笑い、京羅は「うっさいわねぇ。いいじゃない、少しくらい!」と叫ぶ。


「まあ、“ある意味”それも理に適っていると言いますか」

「ちょっとそれどういう意味よ!」

「えーっと、続けて紹介するのはエントリーナンバー七番! チャイニーズ・ビューティー! ディア――」

「今は“ティア”でお願いします。一応、宣伝も兼ねていますので」

「あんたそれ、実は気に入ってんじゃないの? もうこっちを本当の自分にしちゃえば?」

「あなたと同じにしないでください」


 いくら挑発しても豆腐に鎹。京羅の言葉はディアガルドに華麗に受け流されてしまい、京羅は「きーっ! あの優男の次にムカつくわ!」と地団太を踏んでいた。そのまま実行委員に「そしてエントリーナンバー八番は皆大好き京羅様だー!」と紹介されると、京羅はマイクを奪いながら「勿論、全員アタシに投票するわよねぇ?」と一瞬で営業モードの笑みを浮かべる。


「ってかお前ら、俺を無視して話を進めるんじゃねえ!」

「おや、アキュラス。もう諦めたのかと思っていたんですが」

「俺が勝ってタダ券を奪うッ!」

「優勝はこのアタシよッ!」


 アキュラスが暴れ、京羅が訴え、その熱気に押された司会は「あ、あの……他の人もエントリーしてるんで……その辺で」とうろたえる。そんな様子を眺めつつ、ディアガルドは大会を再開させる為に強制的に話を纏めるのだった。


「そんな感じで、ミスコン出場者が多数居る女装・男装喫茶をよろしくお願いします」



 ◇



 地図的には三つ目のスタンプがある講堂へ近付くと、聞き慣れた声が響いた。


「これって――スティールが歌ってるの?」

「そうみたいだぜ。モテる為にバンド組んだらしい」


 氷華の呟きに反応したのは太一だ。彼はそのまま「珍しいな、二人が一緒なのって」と呟くと、明亜は「このポジション、いつも君のだからね」と苦笑いを浮かべる。


「ところで太一は何でここに? 歌ってるスティールを見に?」

「いや、見てるのはついで。本題は俺も氷華と一緒だ」


 ヒラヒラとスタンプラリー用紙を揺らす太一を見て、氷華は「げっ、太一がライバルなら急がなきゃ!」と声を上げた。しかし太一は溜息を零しながら「いや、ライバルにはならない」と残念そうに答える。


「最初は刹那に頼まれて一緒にエントリーしたんだけどさ。刹那がどうしてもミスコン見たいって言ってて、俺も別件でノアに呼ばれたから一旦別れて。ここの近く通ったから、刹那と合流前にスタンプ押しておこうと思ったら、次は演劇部の奴から頼み事された」

「何か忙しそうだね」

「全くだよ。折角の学園祭だからゆっくり回りたいってのもあったが、理由も理由だし――まあ、忙しいのは嫌いじゃないからいいんだけど」


 太一はノアの隣で「って訳で悪いな刹那」と申し訳なさそうな表情で続け、シンと一緒に講堂へやってきた刹那は「ううん、たいっちゃん人気者だからしょうがないよ!」と笑ってフォローしていた。


「じゃあ続きのスタンプはノアっちと一緒に集める!」

「何で僕が……」

「あれ? その声はノアくん!?」


 ノアが声を発した瞬間、大きなアンプの影から法也がぴょこっと姿を現す。バンドの演奏中にも関わらずノアの声を聞き分けた法也にぎょっとしつつ、ノアは「だからお前は何でいつも唐突に出てくる!?」とツッコミを入れていた。法也は鼻を高くし、得意気な表情をしながら「実はね!」と簡単に事情を説明する。


「機材の点検を頼まれたからきただけなんだけど……まさかこんな場所でノアくんに会えるとは思わなかったよね!」

「僕もこんな場所から現れるとは想像もしていなかったがな」

「地獄耳っていうか……」

「ノアくんセンサーって感じだね」


 氷華と明亜が法也に対して感心していると、すかさず何かを感じ取ったらしい刹那は「やっぱりスタンプラリーはお父さんと一緒に集める!」と訂正した。シンは「刹那、ヒントは一切与えないがいいのか?」と優しく笑いかけると、刹那は「うん、それじゃあズルになっちゃうからね!」と二人で呑気に話を進めていた。


「ちょ、ちょっと待て! こいつの相手をするくらいなら僕は黒チビとスタンプラリーでいい!」

「えっ、スタンプラリー? じゃあボク急いで参加受付してくるよ! 待っててノアくん!」

「そうじゃないしお前は勝手に話を進めるなッ!」


 親子ペアの刹那とシン、凸凹ペアのノアと法也の様子を見ながら「皆がライバルになるのか――これは一刻も早く残りを集めなきゃ!」と氷華が意気込むと、明亜も「手強いライバルだね。僕も頑張るよ」と気を引き締める。


「そうと決まれば次の場所へ出発だよ、夢東くん!」

「行こう、氷華ちゃん!」

「あっ、ちょっとノアくん逃げないでよ~!」

「断るッ!」

「お父さん、次のスタンプってどこだろう?」

「んー、そうだなぁ……ヒントはさっきまで刹那が居た場所かな」

「ヒント与えないって言ったそばから!?」


 氷華が立ち上がり、明亜もそれに続いた。逃げようとするノアを法也はしがみ付きながら全力で止める。刹那がスタンプラリー用紙とにらめっこするように凝視し、シンは微笑ましい様子で彼女を見守っていた。最後に太一がすかさずツッコミを入れる。


 そして、歌の合間にも関わらず講堂の中心でスティールは叫ぶのだった。


「ちょっとそこの人たち黙って聞いてくれない!?」


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