番外編26 陸見学園祭③



 他のクラスの出店に居る氷華を発見し、明亜は「あ、あの……氷華ちゃん!」と声を張り上げる。両手で四本のアイスキャンディーを持ちながら、氷華は「あれ、夢東くん。どうしたの?」と問いかけた。明亜は「これ! 教室に忘れてて」と携帯を差し出すと、氷華は「あ、すっかり忘れてた……夢東くんありがとう」と言ってそれを受け取る。

 そのまま携帯を衣服のポケットにしまうと、氷華は「お礼。好きなの一本いいよ」と言ってアイスを向けていた。


「ありがとう。ところで氷華ちゃん……」

「ん?」

「僕と一緒に――」

「そこの二人! よかったらスタンプラリーやっていきません!?」


 学園祭を回りたい――と言おうとした瞬間、二人の前にはピエロのような服装をした実行委員が現れた。氷華は知り合いなのか「何でそんな格好してるの?」と親しげに問いかけると、彼は「生徒会の活動っす!」と得意気に笑う。一方の明亜は再び膝を付きながら落ち込んでいた。


「ってか、その声はもしかして水無月先輩!?」

「うん。クラスの出店で。あ、喫茶店やってるからよかったらきてね。今日は閉店してるから明日からだけど」


 そう言いながら氷華は割引券を渡すと、実行委員は「あ、ありがとうございます」と素直に受け取る。氷華はそのまま「スタンプラリーって?」と首を傾げると、彼は人差し指をぴんっと立てながら得意気に説明した。


「校内の至る個所に散らばったスタンプを押し、ゴールしたペアには素敵な参加賞をプレゼント! ちなみに現状でコンプリートした人はゼロです」

「参加賞って?」

「それはゴールしてからのお楽しみっすよ! それとまだ誰もゴールしてないっすからね、一番でゴールしたペア用の景品もあります!」

「へえ、ちょっと面白そう。校内回れば宣伝にもなるだろうし、やってみようかな」


 すると実行委員は「参加はペアでの受付になりまーす! 水無月先輩はやっぱ北村のアホ野郎と一緒っすか?」と何故か太一に恨みを込めたような口調で問いかける。


 氷華は「んー」と少しだけ悩み、笑いながら「いや、今回は夢東くんと一緒に挑戦するよ」と自信満々で宣言した。その言葉で、今まで落ち込んでいた明亜が「えぇ!?」と慌てて立ち上がる。


「夢東くんがよかったらだけど。駄目だったら他の人に頼――」

「駄目じゃない! 是非ご一緒させてください!」

「…………」


 勢いよく頭を下げる明亜を見て氷華は何を思ったのか、そのまま片膝を折ってすっと手を差し伸べていた。突然の行動に、明亜は「あ、あの……氷華ちゃん!?」と慌てる。


「へい彼女、一緒にスタンプラリーでいい夢見ない?」


 氷華の謎の言動に実行委員は言葉をなくして固まっていたが、明亜は顔を赤く染めながら「よ、喜んで……ッ!」とその手を取った。謎の寸劇を見せられた実行委員は、心の内で疑問を抱く。


 ――水無月先輩ってこんな人だったっけ……。




「どうしてもわからなくなったら周りの実行委員に声をかけてくださいね!」


 スタート地点の正面玄関でスタンプラリー用紙を受け取った明亜は、「校内にある五つのスタンプを押してここに戻ってくればゴールだって。今のところゴールした人は居ないみたいだけど、さっきまた数組参加者受付したみたい」と氷華に説明する。すると氷華は自分の頬をパシンッと叩きながら「じゃあ急がなきゃね」と気合いを入れ直した。


「氷華ちゃん、本気だね」

「やるからには優勝目指すのみ!」


 そして実行委員の「それでは陸見学園祭を隅から隅まで楽しんでくださーい! 位置について――」と始まった合図で、二人は本気で走る態勢を構える。


「よーい……」


 ――――ピーッ!



 ◇



「って全力で走り出したけど、氷華ちゃん宛てはあるの!?」

「ない!」


 堂々と答えた氷華の横で、明亜は盛大に転んだ。氷華はピタリと足を止め、思い出したように「そういえばヒントも何もないんだね」と呟く。

 確かに簡単なルール説明を受け、スタンプラリー用紙を渡されただけ、スタンプのヒント等は一切なかった。これでは不自然な程に不親切である。


「って事は、この用紙に何かヒントが隠されているとしか考えられない」


 氷華の呟きで明亜はスタンプラリー用紙を再び凝視する。上部に“校内に散らばるスタンプ五つを押してゴールしよう!”という一文だけが記載され、五つの枠が不自然に点在しているだけだった。


「こういうのってディアならすぐにわかるのかな」

「だったらディアガルドくんに訊いてみる?」

「いや、折角だから自分で考える」


 そして氷華はスタンプラリーをじっと見ながら「このスタンプ押す枠、何でバラバラなんだろう」と疑問を浮かべる。その言葉に同意するように、明亜も「普通は一列とかに纏めるよね。全部繋げたりすると合言葉になったりしてさ」と続けた。


 ――……だったら、バラバラにしてる事に意味がある?


「確かにね。スタンプ一個押して“陸”って出たら、絶対スタンプ五個で“陸見学園祭”だよ」

「そういうのって比較的簡単に予想できちゃうよね。でもまだ誰もゴールしてないって事は、もしかしてそういう事じゃないのかも」


 明亜が苦笑いを浮かべていると「あの、すいません」という声が耳に入る。どうやら氷華が他校生の来場客に声をかけられたらしい。


「あの、この学校の人ですか?」

「ステージイベントを見に行きたいんですけど、ちょっと地図が苦手で……」

「ここを右に曲がってまっすぐ進むと体育館が見えるから。その中でやってるよ」


 氷華はふっと微笑みながら「地図って難しいよね。でも、迷っても大丈夫だよ。次は私が君を見つけ出して案内してあげるから」と呟き、他校生に割引券を握らせた。


「へい彼女。もし、明日も君たちに時間があれば――この喫茶店に案内してあげるよ」

「「あ、あ……明日もきますッ!」」


 顔を赤くしながら去って行く他校の生徒たちを見送りながら、氷華は「よし、掴みはバッチリ」とガッツポーズをしている。


「いや、掴みって!?」

「さっきスティールに色々と伝授してもらったから」

「でも“へい彼女”はやめた方がいいと思うよ!」

「それスティールにも言われたんだよね……個人的に気に入ってるのにな~」


 残念そうな顔を浮かべている氷華を横目に、明亜は「やっぱり氷華ちゃんってちょっとズレてる……」と確信した。


「それよりスタンプラリー! 氷華ちゃんは何かわかった?」

「うん。わかったよ」

「そうか、やっぱり氷華ちゃんもわかっ……えっ?」

「とりあえず四つのスタンプの場所はわかったよ」

「どうして!? 何で!?」


 すると氷華は近くに居た実行委員から校内地図を受け取って「これだよ」と指し示す。


「この地図を下にして、用紙を重ねると……ちょっと厚いからわかり辛いかな。でも、ほら」

「あっ! 本当だ!?」


 そう、氷華が説明するようにスタンプラリー用紙は校内地図と連動していたのだ。スタンプの枠が点在されていた理由。それは地図と照らし合わせたその場所にスタンプがあるというヒントを示している。


「でも一つだけ校内の外に設定されてるね。何でだろう」

「とりあえず四つの場所はわかったからそこから回ってみようか」


 そして氷華と明亜は、現在地から一番近い射的の出店へ向かって走り出した。



 ◇



 射的の出店場所に辿り着くと、生徒たちから真っ蒼な顔で「い、いらっしゃいませ……」と弱々しく出迎えられた。

 尋常じゃない覇気のなさに明亜は「どうしたの?」と理由を尋ねると、生徒は「今年も出やがった」「実は、あそこにいるお客さんが……」とある少年を指さす。


 少年が弾を撃つと景品が落ち、続けて落ちている最中の景品に向かってもう一発。そのまま景品は別の景品の方向へ飛び、弾の方も別の景品を落とす。

 百発百中だったらまだよかったのかもしれない。少年は百発撃っても百以上の景品を撃ち落としてみせるのだ。


 しかも、その少年は氷華や明亜がよく知る人物だった。


「ノア……」

「ん、氷華……今日はいつもと雰囲気が違うな。髪を切ったからか?」

「短く見えるようにセットしてもらっただけだよ」


 氷華の方へ顔を向けるノアだったが、手元は止めずに景品を撃ち落とし続けている。全ての景品を撃ち落とし、生徒たちが慌てながら追加の景品を並べている様子を見て、氷華は小声で「ノア……これはちょっとやりすぎかもしれない」と苦笑いを浮かべた。


「限られた弾数でより多くの景品を落とした者が勝ちと聞いた」

「うーん、間違ってはないけど」

「それより、何か欲しい景品はあるか?」


 すると明亜が「あ、スタンプ」と呟くと、生徒たちは「助けて女装してるイケメン転校生!」と訴える目を泣いている。氷華は「ノア、欲しい景品があるんだけど、凄く落とすの難しいらしくて」という言葉と共に明亜にアイコンタクトをし、それを察した明亜は「あのスタンプなんだけど……」と生徒たちに助け舟を渡すのだった。




 景品台の中央にはスタンプが設置され、氷華は「ノア、あれをお願いしてもいい?」と笑いかける。その横では「本当にいいのか?」「流石にあれは……」と生徒たちが不安そうな目を向けていた。


 そう、景品台のスタンプ以外はガチガチにテープが張られていて、そう簡単には落ちなくなっている。それこそ何発も当てなければ落ちないように細工されたのだ。そこまですれば、流石のノアもスタンプ以外は諦めてくれるだろうという明亜の判断だ。


「あんなのでいいのか? 隣の髪飾りは?」

「ううん、スタンプがいいの。今スタンプラリーしてたから」

「わかった」


 ノアは銃口を向けると、パンッという音と共にスタンプが落ちた。生徒たちは「おめでとうございます!」とこれで最後になる事を祈りながら鐘を鳴らし、氷華は「ありがとう、ノア!」と嬉しそうに笑いかける。


「だからもう充分――」

「だが弾はあと五発残っている」


 しかし、ノアは止まらなかった。そのままノアは隣の髪飾りに狙いを定めるが、確かに当たった筈なのに景品が落下しない事に違和感を覚えた。眉間に皺を寄せていると、周りのギャラリーの声が耳に入ってくる。


「陸見学園祭はやっぱり射的が凄いわね」

「確か去年も凄いお客さんが居たよね、お母さん!」

「ええ、あのイケメン“射撃王”……今年はこないのかしら」


 その言葉に氷華はビクリと肩を上げた。同時に生徒たちは顔面蒼白で「あの話だけはやめてくれ!」と頭を抱えている。いつもより静かな氷華に気にしつつ、明亜は「あの話って?」と恐る恐る尋ねた。


「あれは去年の学園祭だ……我が剣道部は自分たちとは真逆の戦法を学ぶ為、学園祭ではあえて毎年射的の出店をしていてな。先代からの伝統を守る為、去年も今年も射的だった。だが、去年は……“あいつ”が現れたんだ」

「確かお前のクラスだろう、水無月氷華は」

「えっ、氷華ちゃんが何か関係してるの?」

「ああ……俺たちはあの時、純粋に水無月氷華の来店を喜んだ。去年の時点で人気者だったからな。だが、水無月氷華と一緒に居た男……あいつ……あいつが……ッ!」


 明亜は強張った面持ちでごくりと生唾を飲み込み、話の続きを急かす。横ではノアが「四発か……ギリギリいけるな」と自分の技量を確信しながら、注意深く景品台の軸足を観察していた。


「あいつは百発百中の腕で、次々に景品を撃ち落とし……最後には氷のような目付きで……」


 ――――パンッ!


 ――――パンッ パンッ


「射撃用の、このコルク弾で! 景品台を壊しやがったんだ!」


 ――――パンッ


 ――――ガラガラッ!


 それと同時に、謎の破壊音が響く。

 ノアが去年と全く同じ手順で、景品台を倒していた。




 ノアは「これで全て落ちた事になるのか?」と尋ねると、氷華と明亜は呆然とし、ギャラリーからは拍手喝さい、一部の生徒たちはトラウマの再来により遂に気絶してしまった。


「ノア、太一を連れてきて直してもらおう」

「どうしてだ?」

「景品台は壊しちゃ駄目なものだったの。だから太一に直してもらおう。それと、今年はノアが“射撃王”だよ」


 氷華の言葉でノアは「それは悪い事をしたな。急いで連れてくる」と人混みを避けながら駆け出し、氷華は気絶している生徒に頭を下げて「今年はノアがごめんなさい」と謝罪を述べる。そのまま一つ目のスタンプを押すと、呆然としている明亜に向かって「じゃ、次に行こうか!」と何事もなかったかのように仕切り直した。



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