番外編26 陸見学園祭②



 陸見学園祭が始まって数分、明亜たちのクラスは早くも話題になっていた。校内でも人気が高い生徒たちが何故か集まっているクラス、というだけでも注目の的だったのだが――彼等の出展内容も人気の拍車をかけている。


「北村君がセーラー服なんてって思ったけど……似合う……私、紅茶一つ!」

「女装似合うって言われて素直に喜べないけど、とりあえず注文ありがとな」

「氷華ちゃんの男装も……いい」

「ありがとう? あ、へい彼氏、ついでに何か頼んでくれない?」

「あの“ティア”さんという店員、美しい……!」

「お客様、ご注文はお決まりですか?」


 接客慣れしているディアガルドは次々と注文を受け、太一もてきぱきと仕事をこなしていた。氷華はキャラ設定的に問題はあったが。


「私ノ名前ハ“タキ”。ヨロシクネ」

「はいはいーい。ソラが持って行くね!」


 司が覚束ない手付きで紅茶を淹れ、それをソラシアが運ぶ。途中で転びそうになるソラシアを「危ないわよ、ソラ」と言いながら役に入りきっているスティールが支えていた。法也もひょいひょいっと身軽な動きで皿を回収し、使用済みの皿を受け取ったカイリも一般人にばれないように注意をしながら精霊魔法で器用に皿を洗浄している。布巾片手に、明亜はその様子をぼんやり観察していた。


「こんなところで精霊の力が役に立つなんてね」

「全くだぜ。洗った皿、一瞬でかわかせればもっと楽だけど」

「スティールくんの精霊魔法はちょっと違うから――アキュラスくんとか? あれ、そういえば朝からアキュラスくんの姿を見てない気がする」

「あいつは予想以上の結果を見せたから別ポジション」


 そうしてカイリは「時間あったら見てみるといいぜ、うちのクラスの看板娘」と言いながらぷっと笑いを堪え切れない様子だ。洗われた皿を拭きながら明亜は首を傾げて言葉の意味を考えていたが、法也からの「明亜、ちょっと手伝って!」という声が聞こえ、慌てて走り出す。




 目が回るような忙しさの中、慣れない仕事を懸命にこなす仲間たちの様子を見ながら、最早オーナー的なポジションである京羅は「そろそろ頃合いね」と判断した。何かを企てているのか、ニヤリと怪しい笑みが零れる。


「さて、これからローテーションで校内を宣伝してもらいましょうか」



 ◇



 クラスの入口で黙って受付をしている赤髪の生徒から宣伝用のビラを受け取ると、明亜は「これを配ればいいんだよね」と京羅に確認を取る。


「そう、休憩も兼ねて宣伝してきて」

「けど僕ばっかり休憩しちゃっていいの? はっ、もしかして僕役に立ってないとか――」

「バカ言わないで。適当なタイミングで呼び戻して他と交代させるから安心しなさい」


 京羅に見送られながら、宣伝係トップバッターの明亜は張り切って校内を徘徊し始めた。意気揚々としながら「(女装・男装)コスプレ喫茶、よろしくねっ!」と役に入りきって宣伝をする。花のような笑顔で宣伝をしては男性客に見惚れられる度、自分の中で大切な何かが失われている気がしたが――「まあ、今日くらいなら……いいかな」と明亜も内心では半分開き直っていた。


 ――氷華ちゃんと一緒に回れたら……一番よかったんだけど。


 そんな淡い想いを抱きながら、明亜はふと宣伝用に渡されたビラを見て「それにしても、よくこんな事考えたなあ」と呟く。この謳い文句を見る限り、どうやら自分は“元気っ子担当のアズマちゃん”らしい。これも京羅のセンスなのだろうか。


「それに、こんな衣装も用意しちゃうなんて、京羅は一体どこから――」

「おあ、よく似合っているな。私の見立て通りだ!」


 明亜の疑問に答えたのは、奇妙なゆるキャラの仮面で顔を隠している怪しい人物だった。橙色の長髪と聞き覚えのある声から、明亜は「もしかして――シンさん?」と問いかける。すると「あ、あっくんだ!」と彼の後ろからぴょこっと漆黒の髪の少女が現れた。


「刹那ちゃん」

「えへへ、今日はお父さんとノアっちと一緒に遊びにきたんだよ!」

「お前たちの晴れ姿を見たくてな。私自らきてやったぞ!」


 そう言いながらシンは明亜の姿を見極めるように観察して「サイズもぴったり。デザインも配色センスも完璧。うむ、やはり私の目に狂いはないな」と頷いている。その言葉で明亜は確信した。


 サイズも測っていないのに、皆にぴったり合う専用の衣装。しかも妙にデザインも凝っている。

 特注だろうと薄々勘付いてはいたが、それを作ったのはまさかシンだとは思いもしなかった。この世界の神と呼ばれる存在――シン自らのオーダーメイドと考えると、何故か無償に神々しく感じてくる。ちょっと強くなれたかもと錯覚すら覚える。


 何の疑問も感じずに平然と衣装を着ているクラスメイトたちを思い出しながら、明亜は「神様が作った服だなんて、皆思いもしないんだろうなぁ……」と考えて苦笑いを浮かべていた。


「ところでノアくんの姿が見えないけど……」

「あれ? さっきまで一緒だったんだけど、どこに行っちゃったんだろう?」


 そう言いながらきょろきょろと周辺を探す刹那だったが、人の多さから諦めたのか「ま、すぐに戻ってくるかな!」と呑気に笑う。そのままシンに「お父さん、早くたいっちゃんたちのお店行こうよ」と急かしながら、二人はまるで普通の親子のように仲睦まじくその場から去ってしまった。明亜は「きっと皆びっくりするだろうなぁ」と考えながら、二人とは反対方向へ歩き出す。


「さて、宣伝宣伝っと」


 ――それとついでにノアくんも探しておこうかな。



 ◇



 交代予定の時間より早かったが、全てのビラを配り終えてしまったので、やる事がなくなった明亜は皆の元へ戻る事にした。


「ただいまー……って、皆どうしたの!?」


 明亜が宣伝から戻ると、教室内は騒然としていた。只ならぬ空気を感じ取り、明亜は「一体何が……?」と問いかける。


「ここまでとは、想定外だったのよ……」


 最早委員長よりクラスを仕切っている京羅が爪を噛みながら「売れ過ぎたの」と悔しそうに呟く。あまりの大盛況っぷりに、早くも食材が尽きてしまったのだ。既に飲料の方も底が見え始め、完全に尽きてしまうのは時間の問題だ。これでは“喫茶店”が成り立たない。京羅は「どうしようかしら」と頭を悩ませていた。


「あっ。さっきシンさんがきてたよ。頼んでみたら?」

「それも考えたわ。でも流石に不自然すぎるでしょ……」


 確かに大量の食材が一瞬で用意されれば、流石にクラスメイトたちには怪しまれるだろう。大富豪のスポンサーが居る、何て適当な理由も信憑性に欠ける。

 更に学園祭は二日間ある。今日の分どころか明日の分まで食料を調達する必要があった。


「困ったわぁ……そうだ、あんたたち何かいい手思い浮かばない? 困ってる人を助けんのは専門でしょ?」


 そう言いながら京羅はワールド・トラベラーに視線を送るが、太一は「これは流石に専門外だって」とお手上げ状態だった。氷華は「うーん。こういう事で利用するみたいに頼るのは嫌だし……」と何か考え込んでいる。そのまますぐに「ここは大人しくシンに頭下げよ」と結論を出していた。


「まあ、そうなるわよねぇ……とりあえず明日の分はカミサマに頼みましょ。知り合いを通じてどうにか用意できたって言えば、まあ誤魔化せる。でも問題は今日よ」

「じゃあもう今日は諦めようよ。店仕舞い。閉店ガラガラ。それにボク、ステージイベント見に行きたいし! って訳で行ってきまーす!」

「あっ、法也――じゃなくて“ミナミ”ちゃん待ちなさい!」


 そのまま逃げる法也を引き留めようとするが、彼の行動がきっかけになったように「じゃあソラも!」「俺もゲームしに行ってくる」「僕もちょっと用事あるんだよね」とそれぞれ逃げ出してしまった。京羅は「どいつもこいつも自分勝手なんだから!」と怒りの表情を浮かべていると、明亜が「まあまあ、落ち着いて」とフォローに回る。


「でも実際に万策尽きた感じだし、今日は諦めてまた明日頑張ればいいんじゃないか?」

「そうですね。今からきてくれたお客さんには明日の割引券でも渡しておきましょう」

「うん、僕もそれがいいと思うよ。だから京羅も息抜きに今日は休もう」


 すると京羅は「あー、もう! わかったわよ!」と叫びながらエプロンを乱雑に投げ出す。


「今日は店仕舞い! でも明日の宣伝も兼ねて今日はそのままの服装ですごす事! わかった?」

「え……このままって……」

「文句言うな“太子”! もっとメイク派手にするわよ」

「……行ってきまーす」


 明亜は苦笑いを浮かべながら各々を見送り、少し表情を強張らせながら「よし!」と気合いを入れる。まるで今から試験に挑もうとする受験生のようだ。


 ――今度こそ、氷華ちゃんを誘う!


「あのっ、氷華ちゃ…………あれ?」


 しかし、氷華もまた他の面々同様、その場から忽然と姿を消していた。呆然とする明亜を見ながら、京羅は「ああ、小娘ならアイスって言いながら走って行ったわ」と告げる。働き詰めで疲労が溜まっていたのだろう。氷華はアイスに飢えていた。


 一歩出遅れてしまった明亜は膝を付いて「そ、そんなぁ……」と落ち込んでいると、京羅は溜息を零しながら「しょうがないわねぇ」と言って立ち上がり、何かを「はい」と差し出した。ぽんっと投げだされたものを明亜は慌ててキャッチする。


「それ。小娘、携帯忘れてたわよ。携帯忘れるとか、アタシ的にはありえないけど」

「!」

「緊急の連絡とかあったら大変だろうし――届けてあげればぁ?」

「きょ、京羅ありがとう!」


 ぱあっと表情を明るくさせながら駆け出す明亜を見送り、京羅は「恋する乙女かっての」と呆れながら笑っていた。




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