番外編26 陸見学園祭⑤
「ねえ、夢東くん……次って……」
「どうしたの氷華ちゃん?」
次のスタンプの設置場所を眺めながら難しい顔をしている氷華を見て、明亜は首を傾げた。そのまま「とりあえずここのスタンプを押せば、残りはノーヒントの一つだけになるね」と言いながら受付役の生徒に話しかける。
「そこのお兄さん、お姉さん! 男女ペアなら割引で案内できるよ! 寄って行かない?」
「あの、スタンプラリーのスタンプって」
「よくぞ聞いてくれました! 出口に設置してあります」
「だそうだよ、行くよね?」
「えっ……あ、うん……」
「お兄さんもしかして怖い? これは彼女にいいところ見せられないかもね!」
完全に氷華と明亜の性別を勘違いしている受付役の生徒は、そのまま使い捨てサイリウムを渡して二人の背中を押す。いまいち乗り気ではない様子の氷華を気にしつつも、明亜はサイリウムをしっかり握り、不気味な雰囲気を醸し出すお化け屋敷の中へと足を踏み入れるのだった。
「ねえ、氷華ちゃ――」
「なっ!? 何だ、夢東くんか。脅かさないでよ」
「名前呼んだだけなんだけど……」
お化け屋敷に入ってからの氷華は明らかに様子がおかしい。きょろきょろと周りを警戒しながら歩き、落ち着かない様子、おまけに異様に口数が少なくなっていた。
本人は強がっているものの、先程の態度で明亜は確信する。普段からワールド・トラベラーとして闘っている氷華のイメージだけが先行してしまい、無意識に“その可能性”は頭の中から除外してしまっていたのだが、どうやらそれは間違いだったらしい。
「もしかして、氷華ちゃん――怖い?」
「そっんな事ないよっ」
否定しつつも、声は裏返り気味だった。しかも今の氷華は明亜の背にしっかり隠れながら歩いていた。明亜はくすくす笑いながら「あんなに強い氷華ちゃんが――何か意外だなあ」と声を漏らす。怖さを紛らわす為だったのか、氷華は少しだけ間を置いた後に「昔ね」と珍しく自分の事を語り始めた。
「昔、教えてもらったんだよ……お化け屋敷は幽霊が集まりやすいから危険なんだ……って」
「え?」
「何も気付かず幽霊に身体を乗っ取られて、幽霊が入った自分の身体だけ元の世界に戻っちゃうの。そうなったらおしまい……身体を乗っ取られた自分の魂は、幽霊になって身体を求めて……ずっと永遠にそれの繰り返し……」
「…………」
「で、でもねッ! 誰かの手を握ってれば大丈夫なんだよ! そうやって誰かと繋がってれば、身体を乗っ取られそうになっても、すぐにもう一人が幽霊を追い払えるから!」
「……氷華ちゃん」
「だから夢東くん手出して! 夢東くんが乗っ取られそうになったら私が呼び戻すからッ! 夢東くんは私が護るからッ!」
真っ蒼な顔で、一切目は笑っていない氷華を見ながら――明亜は黙って手を差し伸べる。明亜は「氷華ちゃん……凄くかっこいい事言ってるんだけど、凄く可愛い……」と心の内で悶えていた。
そして、氷華が明亜の手を握ろうとしたその瞬間――。
「うらめしやああぁぁぁあ!」
「ぎゃあぁぁああああぁ!?」
「うわっ、びっくりし……って、氷華ちゃん大丈夫!?」
突然現れたお化け役の生徒を見て、氷華は驚きのあまり放心している。しかし、氷華が驚いた原因はそれだけではなかった。足元には死体役の生徒――ではなく、失神したカイリがまるで死体のように転がっていたからだ。不謹慎だが、妙にカイリは死体のような姿が様になっている。
「なんでこんなところにカイくんが!? まさかのお化け役!?」
「あ、あっくんと氷姉! 丁度いいタイミング!」
「ソラちゃん?」
前方からててててっと走ってきたソラシアは、お化け屋敷の中でも平然としている。明亜が状況を尋ねると、どうやらカイリと二人でお化け屋敷に入ったものの、カイリは恐怖のあまり途中で失神。ソラシアの小さな身体ではひとりでカイリを運ぶ事が困難だった為、ソラシアはカイリを一旦放置し、係の生徒を探していたらしい。
「でもあっくんに会えたから大丈夫だね! お願い! カイの事運んで!」
「それは構わないけど――ソラちゃんはこの中をひとりでよく平気だったね」
「えっ、だってこれって作り物だもん!」
無垢な笑顔を浮かべながら容赦ない一言を発するソラシアに、明亜は「ソラちゃんって、逞しいね……」と苦笑いを浮かべる。そのまま失神状態のカイリを背負うと、未だに放心している氷華に向かって「ごめんね、氷華ちゃん。カイくんを背負ったら両手が塞がっちゃった。僕が片手で運べるくらい強かったらよかったんだけど……」と謝ると、氷華は慌てながら「だ、大丈夫! 私は平気ッ!」とやっと正気を取り戻した。
「あっくん取っちゃってごめんね、氷姉。怖かったらソラと手を繋ごうか?」
「ううん、いいの! わわわ私はお化けに乗っ取られる程弱くないから!」
口ではそう言いつつも、氷華はしっかりとソラシアの手を握っている。それを見ながら明亜は「もう少しで氷華ちゃんと手を繋げたのに……!」と心の中で悔しさの涙を流していた。
◇
カイリを外まで運び終え、出口のスタンプを押していると、ソラシアは「あっ、やっぱり二人もスタンプラリー目的だったんだ!」と納得していた。明亜が「って事はソラちゃんたちも?」と問うと、ソラシアはベンチに横たわるカイリを見ながら「うん、でもカイがこんな調子だからこの後は難しいかも」と苦笑いを浮かべている。
「せっかくだから氷姉とあっくんが一等賞取ってよ!」
「うん、頑張るよ。でも――」
「最後のスタンプ、ノーヒントだからなぁ」
校内地図と照らし合わせると、何故か校外に飛び出ているスタンプの位置。そのままの意味なのだろうかと思ったが、“校内に散らばるスタンプ”と表記されている為それはないだろう。明亜が「せめて、ヒントがあればいいんだけど」と呟くと、氷華は「うーん。もしかして」と何かを考え込む。
「氷華ちゃん何かわかりそう?」
「逆の立場になって考えてみると、ここまで行き着くのは想定内なのかなって」
「どういう意味?」
「地図に照らし合わせて四つのスタンプを集めたけど、どうしても最後の一つがわからなくなるところまで、主催側は予測してるんだろうなって」
「ここで行き詰まるのは前提――だったら今までの情報で何か新しいヒントになる、とか?」
氷華と明亜は今までの情報を整理する。
一つ目は射的の“陸”というスタンプ。
二つ目はミスコン会場の“見”というスタンプ。
三つ目は講堂の“学”というスタンプ。
四つ目はお化け屋敷の“園”というスタンプ。
「最後のスタンプが“祭”って事は簡単に予想できるけど、やっぱり場所まではわからないね」
「もうどうしてもわからないから実行委員に訊いてみる?」
「でも、ゴールした人まだ居ないんでしょ。それって“訊いたところでどうしようもならない感じ”の理由があるのかな?」
そして氷華と明亜は潔く諦め、近くに居る実行委員に声をかけようとしたのだが――。
「ったく、何で俺がこんな事を――スタンプラリーの手伝いなんて最強に面倒だぜ」
「「!?」」
派手な法被に身を包んだ司が、二人の目の前を通り過ぎた。
何気なく通り過ぎる司をすかさず追いかけ、明亜は「ちょっと司! それってもしかして!」と指摘する。背中にでかでかと“祭”と書かれた法被に身を包む司は、面倒そうな顔をしながら「明亜じゃねぇか、ちょっと聞いてくれよ」と愚痴を零し始めた。
「さっき実行委員の奴とぶつかっちまってな。最強にひ弱なそいつは足をくじいちまったらしい」
「現場を見てないから憶測だけど、たぶん司が悪いよ」
「そいつがスタンプラリーの祭男担当か何かで、「実行委員の仕事と主役の劇があるのに歩けないー」って泣いてやがってな。最強に優しい俺が、面倒だが代わりに引き受けてやった」
氷華は「祭男」と呟きながら、司の着ている法被と、手に持っているスタンプを見つめる。さしずめ、本来は“祭男を見つけてスタンプを押してもらう”といった趣向だろう。それならば特定の場所に存在しないスタンプという事で、枠の位置にも納得できる。
しかし、実行委員にヒントを求めたとしても、未だにスタンプラリーでゴールした者は居ない――という事は、司の方に原因があるのかもしれない。
寧ろ、そうとしか考えられない。
「声をかけられたらスタンプを押してやるっつー仕事らしいが、それじゃあ最強につまんねぇ。だから俺が自己流にアレンジしてやってんだよ」
「まさか――」
「こんな風になぁ! 俺を捕まえられたらスタンプでも何でも押してやるぜッ!」
そして司は全力で走り出した。明亜は「ちょ、司!?」と慌てるが、氷華は「やっぱりそういう事なんだね!」と叫び、明亜の手を引き後を追うように走り出す。
「小野北くんが余計な事しちゃってる所為で、五つ目のスタンプは見つかっても押せないっていう非常事態になってる!」
「だから今までゴールした人ゼロなんだ……司、無駄に足速いから……」
「とにかく最後のスタンプの謎は解けたから、何としてでも小野北くんを捕まえよう!」
◇
「はあ~……」
「表情固いぞ、北村」
「って言っても、本当に俺でいいの?」
「頼むよ、たぶんお前しかできないから。それに台詞とかはこっちでやるから、お前は口と身体だけ動かしてくれればいいって!」
「当たり前だ、ぶっつけ本番の上にこれで台詞もとか言われたら断ってた」
煌びやかな騎士風の衣装に身を包んだ太一は、ステージ袖からじっと観客席を観察していた。今行われているタイホスルンジャーのステージは大盛況で、特に最前列ではしゃいでいる法也と刹那を見て思わず苦笑いが零れる。
次は演劇部による劇の発表が予定されているのだが、主役が実行委員の仕事中に捻挫してしまい、急遽降板。代役を立てる事になったのだが――そこで太一が推薦された。
劇の内容は騎士の物語らしく、剣戟を売りにアピールしている。最初は剣道部員に代役をと思ったのだが、何故か剣道部員の半数以上が覇気をなくしていた為、頼むにも頼めなかったのだ。そこで一人が「北村太一は?」と提案すると、太一と同じクラスの女子から「確か北村くんって昔は剣道やってたって聞くし、ビジュアル的にも嵌まり役!」と本人が居ない状況で後押しされた。そのまま主役の生徒にも泣き付かれ、太一も断れず――現在に至る。
――事情を訊いたら、主役も剣道部員も殆ど俺たちが原因らしいし……しょうがないよな……。
「とりあえず、やれるだけの事はやってみるから。それと、余計な事はするなよお前等」
「わかってるって。君を倒して僕が真の主役になるっていう劇だよね」
「久々に北村と闘えると思うと血が騒いできやがるぜ!」
「だからそういうのが駄目なんだって」
太一の横では王子役のスティールと、その従者役のアキュラスが意気込む。彼等もエキストラとして出演する予定だった剣道部員の代役だ。出番を控えた太一は拭いきれない不安を覚え、頭を押さえながら「流石に心配になってきたから応援呼んでおくか……」と携帯電話を手に取るのだった。
◇
「ん……ここは……」
「あっ、カイ! やっと起きた!」
カイリがゆっくり上体を起こすと、クレープを頬張るソラシア、ディアガルド、京羅の姿が視界に飛び込んだ。事の経緯を尋ねると、お化け屋敷で失神したカイリを心配したソラシアが隣で看病していたのだが、それをミスコン帰りのディアガルドと京羅が発見。そのまま京羅はソラシアにちょっかいを出し、ディアガルドは看病しっ放しで動けないソラシアを不憫に思いクレープを差し出したとの事だった。
「スタンプラリー……もぐもぐ……けっこう、いいとこまで行った……もぐ……けど、きっともう挽回は難しいね」
「ちょっとおチビちゃん、食べるか喋るかどっちかにしなさいよ」
「もぐもぐ」
「本当、色気より食気なんだから」
カイリが「ところで」と話しかけようとした瞬間、彼のポケットから軽快なメロディが響き渡る。そのまま耳を傾けると、いつも助ける側の親友に何故か助けを求められた。
『カイ、ちょっと助けて欲しいんだけど』
『いつも助ける側のお前が助けを求めるなんて。珍しいじゃん、太一』
『嫌な予感しかしなくてさ~』
続けて太一から『とにかく、今すぐ体育館のステージ裏に頼むよ』と言われると、カイリは「一体何が始まるんだっての……」と溜息を零す。あの太一が助けを求める、嫌な予感しかしない案件。内容は予想もできないが、頼られたからにはしょうがない。
それに、いつも何かを助ける太一に頼られるのは――悪い気はしなかった。
そのままソラシアに「悪い、ちょっと太一から応援頼まれたから行くわ」とだけ告げると、ソラシアは「何か面白い事になりそうな気がするから、ソラも行く! ねっ、折角だからおばさんも行こうよ!」と言って立ち上がる。京羅は「はあ? 何でアタシまで……」と文句を言いつつも、クレープを齧りながら「ほら、財布係のディアちゃんも行くわよ」とソラシアに続いて歩き出していた。
「ところで、何でそんなにクレープ持ってるんだ?」
デザート系から食事系まで。数々のクレープを両手に持っているソラシアと京羅を見ながらカイリが尋ねると、ディアガルドは「優勝したので食べ放題なんですよ」とだけ告げ、ピザソースがかかった食事系のクレープを差し出した。
「カイリくんもどうぞ。腹が減っては戦はできないでしょう?」
「何で戦なんだよ……食べるけど」
「勘ですよ、勘」
そうして歩き出す四人の前には法被を着た司が物凄い勢いで走り抜け、それを氷華と明亜が全力で追いかけている。体育館の方向に向かって走っている彼等を見ながら、ディアガルドは「僕の勘は当たりますよ。きっとね」と楽しそうに笑っていた。
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