番外編23 普通だけど普通じゃない仲間


 陸見学園の屋上からの景色を眺めていると、明亜の背後から扉が開く音が聞こえた。


「こうしてあんたが呼び出すのって、ちょっと懐かしいわね」

「ボク夕方から見たいアニメあるから、なるべく時間かけないでよ」

「どうした? 最強の俺に用か?」


 明亜から呼び出された三人――京羅、法也、司は到着と同時に揃って口にする。屋上からの景色を見つめたまま、明亜は「突然呼び出しちゃってごめん」と小さく謝罪した。

 何かを思い詰めている様子の明亜を感じ取った三人は顔を見合わせ、京羅は再度「どうしちゃった訳?」と問いかける。明亜は真剣な表情のままで口を開いた。


「ワールド・トラベラーって凄いよね。僕等の知らないところで、あんな風に闘ってて。時には怪我とかも負いながら。僕だったら逃げちゃうと思う」

「それはまぁ、最近あいつ等とつるむようになって思うけどぉ」

「確かにあの二人はタイホスルンジャーにも負けず劣らずのヒーローって感じだけど。あ、やっぱりタイホブルーには敵わないかな? でも、ノアくんだって凄いよ」

「悔しいが、水野郎の実力は認める。後はアキュラスだな。あいつは拳で語り合った」

「そうだね、彼等と肩を並べる皆も凄いよね。僕たちとは“世界が違う”って実感させられる」


 その言葉を聞いて、司は「自分は劣っている、とでも思ってんのか?」と珍しく真面目な顔で問いかける。しかし司の心配に反し、明亜の意思は強かった。


「ううん、そうは思わない。だって彼等は皆、何かを背負って生きていた。この平和な国で、普通に育った僕等とは、本当に“見ていた世界が違う”から。その真実は覆せないし、覆そうとも思わないよ」


 生きる為に精霊となる道を選ぶしかなかった彼等とは違う。本当に文字通り“世界が違かった”ノアとも違う。


 明亜たちは、それぞれに事情を抱えるものの、一般的な“普通”の人間として育った。親に育てられ、学校に通い、知識を蓄える。時には友人と遊んだり、趣味を楽しんだり。将来を夢み、いつかは職を手にし、最愛の人を見つけたりするかもしれない。

 生き方は千差万別だろうが、老いは平等だ。当たり前のように老いて、その生涯を終えていく。

 もしかしたら、老いる前に生涯を終える可能性もある。そう考えれば、死に方も千差万別だ。


 それが当たり前の人生だ。当たり前過ぎて、今まで深く考えた事もない。

 しかし今、それが“当たり前だと思っていた”という考えに変わった。知ってしまった以上、知らない時の考え方には戻れなかった。


「でも、僕たちは知ってしまった。巻き込まれる形だったけど、怖い思いも沢山したけど。でも、彼等に救われた。そして、僕等の“見える世界も変わった”」


 ワールド・トラベラーたちと関わる事によって、明亜たちの見える世界はガラリと変わった。現実味のない超常現象も、彼等の前では日常茶飯事だ。最初は戸惑いしかなかったものの、いつしか驚きに変わり、興味が芽生え、最近では感心も覚える。

 明亜たちも、ようやく直視できるくらいには進歩した。流石に“異常”感を払拭するのは不可能だが。


「見える世界っていうか、価値観っていうか。僕の中で、凄く変わったんだ。不謹慎なのかもしれないけど、今は、毎日がちょっと楽しい」

「確かに、変わったっていうか、変えられちゃった感じよねぇ。面白いからいいんだけど」


 明亜の言葉に京羅が同意すると、続けて司も「俺も、最強にわくわくする毎日だな」と頷き、法也も「上手く言えないけどさ」と口を開く。


「閉じ籠ってた部屋の扉を開けた、何てレベルじゃないよね。床をぶち抜いて、そのまま地底の世界へ連れ出した、みたいな。こう、すぐ側に違う世界がある事を教えてくれた――みたいな」


 そのまま法也は「だから、明亜の気持ちすっごくわかるかも。僕も皆と出会ってから、毎日が楽しい! 一日が二十四時間じゃ全然足りない感じ」と笑っていた。


 皆が自分の考えと同じだった事を知り、明亜は安心したように笑う。そのままゆっくり振り返り、自分と同じ立場の仲間たちへ思いの丈をぶつけた。


「僕等の見える世界は変わった。価値観が変えられた。そして――生き方を“変えてくれた”。それに、救ってもらった恩もある。だから僕は――」


 三人を真っ直ぐ見つめながら、明亜は訴える。それはまるで、ワールド・トラベラーのような強い瞳だった。


「彼等の事を助けたい。僕も、ワールド・トラベラーの力になりたいんだ」




「私は、あくまで“普通”の立場で居て欲しいと思っていたんだが――それが、お前の答えか。夢東くん」


 突如降り注ぐ声に「うおっ! 突然出やがった!?」と司は肩を跳ね上げ、法也は「あっ、神様だ!」と指をさす。京羅は「ちょっと、カミサマだからって水をさすような真似はやめてよね。明亜が珍しくはっきり言ってるんだから」とシンに議論していた。すると明亜は「シンさんって、心が読めちゃうんですよね?」と笑いかけた。


「ああ、その通りだ」

「じゃあ、僕が凄く悩んで、ずっと考えて、やっと言葉にした事も知ってますよね?」

「ふふっ、言うようになったな。夢東くん」


 冷静な対応を見せる明亜を見ながら、京羅は「あら、明亜ってば、ほんとどうしちゃったの? まるで漫画の主人公みたいじゃない!」と興奮気味で喜んでいる。いつも通りの法也は「えっ、主人公はノアくんだよ!」と主張していた。司に関してもいつも通りの調子で「最強は俺だけどな!」と叫んでいる。


「一応確認しておきたいんですけど、シンさん」

「何だ?」

「シンさんが言う“普通の仲間”って何ですか?」


 するとシンは少し間を置いてから「時には否定できる者」と告げた。


「もしも間違えそうになった時に、彼等を理解した上で、一般的な思想から意見できる仲間。救世主ではなく、人間としての自分を忘れさせない為の存在だ。だから、只の人間の方が好ましい」


 彼等は神にも認められた救世主だが、同時に人間でもある。それは、神のように長寿な訳ではないし、平等でも全能でもない。善人でもない。救世主で在り続ける事が困難になる時期も、いつの日かくるかもしれない。

 その時、彼等は本当に“普通”の人間に戻れるだろうか。“普通”の認識を、その日まで忘れないでいられるだろうか。


「確かに、僕等にはぴったりです。彼等と秘密を共有している、只の人間だから。ちゃんと“普通”の認識ができるから」


 明亜は納得したように息を吐く。何度か深呼吸をし、確信を覚えながら紅色の瞳でシンを見上げた。


「でも、僕たちを舐めないでください。僕たちは、例え何があっても“普通”を忘れない。そして、“普通のままで彼等を助ける存在”になりたい!」


 シンは言葉をなくし、まるで時が止まったのではないかと錯覚する程に沈黙が流れる。暫くして近くの近くの球場から歓声のような音が聞こえたので、時が止まっている訳ではない事が理解できた。終わりの見えない沈黙に耐えきれなくなった明亜は口を開こうとしたのだが、それはシンの笑い声によって掻き消される。


「……ふふっ、はははははっ! 矢張り人間というものは素晴らしいな……私の考え方も超えてくるとは……」

「えっ……僕、変な事言った?」

「大丈夫だよ、明亜も自覚なしで結構変な事言うから」

「あんたも人の事言える立場じゃないわよ、法也」

「最強にかっこよかったぞ、明亜!」


 明亜が戸惑い、仲間たちが称賛する傍ら、やっと笑いが落ち着いたシンは「まるで“普通だけど普通じゃない仲間”、だな」と微笑む。

 シンは、“普通”と“異常”の両立なんてできないと思っていた。力を得れば、異常に染まる。力を持たなければ、普通のまま。現に、ワールド・トラベラーもそうだった。

 でも、彼等ならば――初めから当事者ではない彼等ならば――できるかもしれない。


 普通の思想のまま、普通とは異なる立場になる。

 普通の思想のまま、ワールド・トラベラーを助ける力を得る。


「どちらかにしかなれない、というのは私の押し付けだったな。ああ、やはり人間は素晴らしい。いつも私を驚かせてくれる」


 嬉しそうに笑いながら、シンは再度四人を見つめる。全員、決意を秘めた真剣な表情だった。


「……いいだろう。お前たちの心意気、気に入った!」

「それじゃあ……」


 期待するように見上げる明亜に、シンは「お前たち自身に、彼等のような魔力はない。しかし、お前たちは“とある力”を得る為の才能を秘めている」と告げた。そのままシンはゆっくり地上へ降り立ち、とんっとアスファルトに足を付ける。


「明亜、京羅、法也、司。今後は私自ら、お前たちを指導する!」

「はい! お願いしますっ」

「お手柔らかにねぇ?」

「よろしくね、神様!」

「おう! 俺が最強になってやる!」


 こうして――明亜、京羅、法也、司の密かな特訓が始まった。




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