番外編22 ガールズ・トーク



 大きな苺が乗ったショートケーキを満面の笑みで頬張りながら、ソラシアは「まさかここのお店、おばさんも知ってたなんてね~」と感心していた。隣では刹那も「本当、このアップルパイ美味しい……」と涙ぐみながらアップルパイに舌鼓を打つ。向かいでは表西京羅が「この辺はアタシの縄張――じゃなくて地元よ。当然じゃない?」と得意気な顔でほろ苦いティラミスを口に運んだ。宝石のように輝く果実が乗ったフルーツケーキを見つめながら、氷華は「確かに、ここのお店のケーキ、綺麗だし美味しいけど――」と口を開く。


「アイスが乗ってたらもっと美味しくなりそう」

「それはあんただけよ小娘。ここのケーキはこれで完成されてんの」

「刹那ちゃんのアップルパイなんかはバニラアイスを添えれば相性抜群の筈」


 氷華の指摘によって、刹那は「た、確かに……それ合いそう……」と目を輝かせていた。京羅は呆れ顔で「はいはい、それなら確かに合うかもね。でも小娘の場合は添えんのがアップルパイになっちゃうでしょーが」とツッコミを入れる。当然、氷華は否定できなかった。


 陸見町とは隣町にある、とあるケーキ屋。そこで四人はガールズ・トークを繰り広げていた。

 正確には、ガールズだけとは限らないのだが――そこは伏せておこう。




「それにしても、あんた等って女子力足りないわよねぇ」


 取り留めのない会話を続けていたが、京羅の一言で氷華とソラシアは肩を跳ね上げる。思い当たる節がある二人は、目を泳がせながら「ソンナ事ナイヨ」と片言で否定していた。女子力という言葉を聞き慣れていない刹那は「女子力?」と首を傾げる。


「女の子らしさって意味よ。ちなみにちびっ子は意外に高いわ。流石、カミサマの娘ってところかしら」


 化粧気はあまりないが、宝石のように大きく輝く翡翠の瞳。長い睫毛。漆黒の髪も綺麗に整えられている上、髪型のアレンジも決まっている。今日は刹那にとって初めての“友達とお出掛け”だったので、服装も着飾っていた。それに、アップルパイを食べる所作の一つ一つからも、育ちのよさが窺える。


「今日は初めての“友達とお出掛け”だったから……可愛く見えるようにって気合い入れてみたの! 大丈夫かな? 私、変じゃない?」

「ばっちりよ。それに、そこを嫌味なく素直に言えちゃうところもポイント高いわ」

「そうなの? ありがとう、京羅さん!」

「あぁ眩しい……あんた後光が射してるみたいにキラキラ輝いてるわぁ……」


 目元を遮るように手を上げた京羅は、「それに対して――」とちらりと視線を移す。何か後ろめたい気持ちがあるのか、氷華とソラシアは小さくなりながら俯いていた。


「まあ、私服のセンスは普通にいいわ。寧ろ小娘は上出来。それとかブランドものだし」

「うっ」

「何でそこでダメージ受けるのよ」

「いいから、続けて……」


 氷華は私服に関してあまり関心がないので、必要最低限以外は自分で購入しない。ではどうしてセンスよくブランドものの服を着こなせているのか。

 親から選んでもらっている――という訳ではない。氷華の私服の殆どは、氷華を溺愛する凍夜からの贈り物である。


「まあ、服は合格にしても……食い意地全開ってとこがもう論外よねぇ」

「ソ、ソラは今日ケーキまだ五個しか食べてないもん!」

「その感覚がもうアウトよ、アウト」

「私も今日アイス一個しか食べてない……ダブルにしちゃったけど」

「さてはあんた、集合遅れたのアイス食べてたからね!?」


 バンッとテーブルを叩きながら指摘すると、氷華は「えへへ、ごめん」と笑いながら謝罪していた。京羅は溜息混じりに「ま、アタシも少し遅れたからあんま責められないけど。程々にしときなさいよ。太っても知らないんだから」と呟いた。氷華は「その分、任務頑張ります」と宣言しながら忠告を肝に銘じる一方、ソラシアはふとした疑問を興味本意で投げかける。


「そういえばおばさんは何で遅刻したの?」

「出掛ける前にお昼ご飯作ってあげてただけよ」


 京羅の何気ない一言で、ソラシアは「はっ!」と顔を上げる。これはもしかして、そうなのかもしれない。普段の京羅の言動とも一致する。アニメやドラマでよく見る、名探偵にでもなった気分だった。そのまま得意気な表情でニヤリと笑いながら、ソラシアは「わかりましたよ、奥さん」とドラマで見たような台詞をそのまま引用する。


「愛人、ですね!」

「バカじゃないの、おチビちゃん」


 全力でツッコミを入れる気も、嘘を重ねておちょくる気も失せた京羅は、静かに「あのねぇ、あんたドラマの見過ぎなんじゃないのぉ?」と檸檬色の髪を掻き上げながら呆れ返る。ソラシアが「えっ、違うの?」と驚く傍ら、矢張り聞き慣れない刹那は「愛人って?」と首を傾げていた。すかさず氷華が「刹那ちゃんにはまだ早い言葉だよ」とフォローを入れる。


「変にこじれたら面倒だから、一応説明してあげるわ。アタシの家、両親が仕事忙しくてなかなか帰ってこれないの。だから基本、アタシが妹や弟の面倒看てるってだけ」

「えっ……って事は、おばさん普通に家事とかできちゃうの!? タコさんウインナー入ったお弁当とかも作っちゃうの!?」

「舐めないで。カニもできるわ。まあ今のご時世、家事はどっちとか男も女も関係ないとは思うけど。それでもぉ? アタシの女子力、少なくともあんたたちの数百倍は高いわよ~」

「うわ~、おばさんに負けた~!」


 ソラシアが悔しがる向かいでは、京羅が鼻を高くしていた。そんな二人を眺めながら、刹那は「仲よしだね」と微笑み、氷華も「喧嘩してる姉妹みたい」と優しい表情で見守っている。その余裕とも取れる態度が少し気になったのか、京羅は企んでいるようにニヤリと口元を吊り上げながら「仲よしと言えばぁ」と新たな話題を切り出した。


「ちびっ子ってば、急に太一ちゃんと仲よくなってない? あだ名で呼んじゃってるし。そこんとこ、小娘的に複雑なんじゃないのぉ?」


 京羅の発言で何か思い出したのか、刹那は「あだ名……」と考えながら呟く一方、氷華は「え、何で? 仲間なんだし普通じゃないの?」と琥珀色の瞳を丸くしている。これは、本当に疑問のみの反応だった。予想外の反応によって、京羅も同じように驚いた顔をしている。

 京羅的には太一と氷華の関係は怪しいと疑っていたし、この問いに氷華が狼狽でもしてみせるのではと思っていたのだが――予想外の無反応だった。


「あんたの恋愛観どうなってんのよ……」

「恋愛……ああ、もしかして。ふふっ、私と太一はそんな関係じゃないよ、表西さん」


 そのまま氷華は「救世主として生きてる訳だし、そういうの興味ないから」と笑っている。どこか無理をしている様子は微塵も感じられない。これは本心だ。


「でもあんた等がワルトラになったのは最近って聞いたけどぉ? 幼馴染なんでしょ? 昔は実は――とかそういうのもないの?」

「太一は昔から家族みたいな存在だし、考えた事ないなぁ」


 氷華はうんうんと頷きながらひとりで納得している、そして内心ではこう考えていた。


 ――それに、凍夜お兄ちゃん以上にかっこいい人って居ないし。


 彼女も、それなりにブラコンを拗らせているのである。しかも氷華にこの歳まで誤認させ続けるくらい、凍夜は実力も兼ね備えているから厄介だ。

 ちなみに兄の凍夜は、ちょっと救いようがないレベルのシスコンである。


「ふうん、まああんたには興味ないから別にどうでもいいけどぉ」


 カップの中の珈琲をマドラーでくるくる回しながら、京羅は興味なさそうな態度を装う。内心では「って事は、あんたにもチャンスあるかもしれないわよ、明亜」と氷華に想いを寄せる友人へエールを送っていた。


「ま、恋愛観なんて人それぞれだろうし? おチビちゃんは尽くされるより尽くしたい。ちびっ子は恋に憧れてるし、小娘は恋愛観が麻痺してる。この時点でバラバラなのも面白いわねぇ」


 すると今まで珍しく静かにケーキを食べ続けていたソラシアは「え、なっ――えぇっ!?」と途端に挙動不審になり、刹那は両手を合わせながら「私にもいつか、運命の出会いがあるのかなぁ」とうっとりするような表情で呟いた。


「な、んで――おばさん、そこまでわかるの!?」

「日頃のあんただったり、途端に静かになった今のあんたを見てればわかるっての。色恋沙汰はアタシの得意分野だし? 下手したらディアちゃんより見抜ける自信あるわよぉ」

「うう、なんか悔しい……はっ、そうだよおばさん! これじゃあ不公平! ソラたちの事ばっかり勝手に喋って、自分の恋愛観は話してない!」

「話題逸らすの下手過ぎよ、おチビちゃん」


 顔を赤く染めながら泣きそうになるソラシアを見かねた氷華は、苦笑いを浮かべながら「でも、私も気になるな。表西さんの恋愛事情」と続ける。刹那も純粋に興味があったので「私も! 気になる!」と手を上げていた。

 すると京羅は口で弧を描きながら「長くなるわよ?」と問いかける。そのまま怪しい笑みを浮かべながら、京羅は自分の武勇伝を語るかの如く告げた。


「と言っても、付き合った数はゼロだけどね。アタシ、恋するより恋させたいの。だから、これまで尽くさせた男は――」



 ◇



 日も傾き、ケーキ屋の扉を閉めながら氷華は今日の女子会を改めて振り返る。


「それにしても、表西さんの話は凄かったね」

「ソラ、悔しいけどちょっとドキドキしちゃったもん……」


 女子力の低さを指摘された二人が圧巻されていると、京羅は「それで」と刹那に向かって視線を向けた。瑠璃色の瞳でじっと怪しむように見つめられ、刹那は「ど、どうしたの……?」と問いかける。


「あんた途中で妙に深刻そうな顔してたでしょ? 何かあったの?」

「そ、それは――」


 刹那は話すべきか悩んだが、ここで踏み止まっては先へ進めないと思い、恐る恐る自分の想いを打ち明けた。初めての“友達とお出掛け”を体験させてくれた仲間たち。皆ならきっと大丈夫の筈だ。


「えっと、あだ名……」

「「「あだ名?」」」

「たいっちゃん以外の皆も、あだ名で呼びたいなって思って。私、もっと皆と仲よくなりたいから!」


 真剣な目で訴える刹那を見て、三人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべていた。暫くしてから京羅が「ふふっ」と笑みを零しながら「可愛いので頼むわよ」と告げ、ソラシアも目を輝かせながら「ソラはね、皆からソラって呼ばれる事が多いよ!」と手を挙げる。


「あ、じゃあ他の皆のあだ名も考えちゃおうよ! えっとね、おばさんは――おばちゃんとか!」

「ふざけんじゃないわよ、お・チ・ビ・ちゃ・ん!」


 顔を引っ張り合いながら喧嘩する様子を笑いながら、氷華は「私もね」と口を開いた。


「もっと皆と仲よくなりたい。その皆の中には、刹那ちゃんも居る。それに、時間はかかるだろうけど――刹那ちゃんの中に居る京にも、いつか――仲よくとはいかなくても、認めてもらえるくらいの救世主を目指すから」


 そして氷華は静かに振り返り、刹那に向かって優しく微笑みかける。


「だから、これからもよろしくね。“刹那”」

「!」

「あと刹那の中に居るであろう京も、気が向いたら」


 嬉しさで涙が溢れそうになる目を擦り、刹那は花のような笑顔で応えた。


「うんっ! よろしくね、“氷ちゃん”!」


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