番外編24 夢の話①



 激動の一週間から暫く経ち、陸見学園も夏休み期間中のとある日――太一は教室に呼び出された。連絡してきたのは担任だったので、もしかしたら今まで逃げ続けていた進路に関する話かもしれないと思いながら、眠気が未だに覚めない目を擦る。欠伸混じりに「おはようございまーす……」と言いながら教室の扉を開けると、そこには見知ったメンバーがいつものように雑談しているだけだった。


「あっ、太一も呼ばれたの?」

「珍しいね。太一くんがディアみたいに欠伸してるの」

「悩み事で寝れない、とかならこの京羅様が相談に乗ってあげるわよぉ?」


 氷華、スティール、京羅の反応に対して「あれ、皆も呼ばれたんだ……」と呟くと、明亜は「このメンバーの共通性って言ったら、同じクラス、それか――」と口を開く。その疑問に答えるかの如く、ガラリと扉が開く音が響いた。


「全員揃ったようだな! では、特別授業を始めよう」


 スーツを着た怪しい仮面男が現れた。

 カイリは呆れたような表情で「何やってんだよ、シン」と問いかけると、仮面男は派手な橙色の髪を揺らしながら首を振る。そのまま掌を突き出しながら「私はシンではない。この学園の理事長、シン・イ・ダーイだ!」とカイリの発言を否定していた。


「そういえばそんな設定もあったっけ……」

「はい、そこ。口にチャック! とにかく、適当に座りなさい」


 またいつものようにシンの気まぐれに付き合わされるのか――とほぼ全員が同じ事を考えていると、仮面男はニヤリと口元を吊り上げながら言い放つ。


「今日お前たちを呼び出したのは、スバリ……進路に関する話の為だ!」

「えっ、そんな真面目な話するの? シン・イ・ダーイさん」

「嘘だろ……シン・イ・ダーイ……」

「変なものでも食ったんじゃねえのか? シン・イ・ダーイ」

「…………」


 氷華やカイリ、アキュラスが若干茶化すように続けると、仮面男はそのまま押し黙る。数秒間の沈黙が流れ、彼はカチャリと怪しい仮面を外してしまった。


「何か面倒だからシンでいいです」




 仮面男改めシンはこほんと咳払いをすると、一同をぐるりと見渡しながら「そろそろお前たちも進路について決めなければならない。若しくは、決めたふりをしなければならない」と続ける。その言葉を聞いた太一は「進路……」と心の中で呟いた。


 ワールド・トラベラーになってからは真面目に考える余裕もなかったが、太一たちは大学受験の年である。両親も話題に出さなかったから、あまり気にした事はなかった。もしかしたら、気を遣ってくれていたのかもしれない。


「そろそろはっきりしないと担任の心労にも関わる。なので、皆と直接話をしておこうと思ってな」


 そう言いながらシンはチョークを握り、黒板に整った字で書き示す。そこには、三つの道が並べられていた。


 表向き進学。

 表向き就職。

 引退。


 表向き進学とは、進学しつつ救世主活動を続ける。今のような世界の延長戦だろう。シンからの任務をこなす上では不便かもしれないが、将来的に社会的な地位は護られる。

 一方の表向き就職は、シンが個人経営する小さな会社に就職する。表向きは世間から目立たない小会社、裏向きは世界の為に闘う組織。ここに就職した事にすれば、ワールド・トラベラーの任務だけに集中できる筈だ。

 引退は――文字通りの意味だろう。


 太一が白い文字を眺めていると、ソラシアがいつもの調子で「はいはーい! 質問!」と手を挙げていた。


「ソラたちって、太一や氷姉が在学中の内は一緒に楽しんでこい! って任務で学校に通ってるでしょ?」

「えっ、そうだったのか?」

「うん。言ってなかったけど」


 初耳だと思いながら太一が目を丸くしていると、ソラシアは続けて「だから、その先の事なんて考えてなかったよ。ソラは普通に、シンがゼンだった頃みたいに――ずーっと任務する毎日に戻るんだろうな、って思ってた!」と主張する。それに対してカイリも「俺も」と同意し、アキュラスやスティールも黙って頷いていた。今まで机に突っ伏していたディアガルドは「それ以前に」と少し掠れた声で呟く。


「精霊になった時点で、人間としての僕等は死んでいるんです。今更人間らしい生活は望めませんよ」


 寝起きにも関わらず冷静な態度を見せるディアガルドを見ながら、他の精霊たちも「そんな感じ」と同意する。そのまま彼等は、今まで静かだった太一と氷華、それに明亜たちへと視線を向けた。いくら異常な立場とはいえ、彼等は列記とした人間である。


「ですから、僕等は就職とか言って表向きは誤魔化しておく方向です。真剣に悩まなければいけないのは皆の方なのでは?」


 その発言に対して、明亜と京羅、法也、司は顔を見合わせる。そのまま頷き、特に動じないように「僕等は――」と明亜が代表して口を開いた。


「表向きって以前に、普通に進学だよ。司は就職だけど」

「アタシたちはあんた等と違って、あくまで普通の人間だから。ちょーっと秘密知っちゃっただけのね」

「お袋とかも居っからな」

「ボク、やりたい事は決まってるし」


 そのまま四人は淡々と説明する。己の夢、それを叶える為への道――それを聞く傍ら、太一は少し戸惑いがちで、隣に座る氷華へ問いかけた。


「俺……夢東たちがしっかりしてて正直驚いてる……なあ氷華は決まってんの? 進路」

「私は、ぼんやりとしか。はっきりは決まってないよ。でも二拓ってのは決まってる」

「あ、よかった。仲間が居た」


 太一が安心する傍ら、氷華は「私たちは家族の理解があるからね。でも、凍夜お兄ちゃんには何て説明しよう……」と眉間に皺を寄せながら悩んでいる。恐らく凍夜なら、氷華の選んだ道を否定しないとは思うが――太一は「まあ、氷華に関してはそこが一番の難題か」と苦笑いを浮かべていた。


「凍夜さん、か……」


 氷華からその名前を聞いて、太一は幼少期に彼から負かされ続けていた過去を思い出す。そして陸上と出会い――その頃から最近まで抱いて“いた”夢について、静かに語り始めた。


「俺さ、陸上でオリンピック優勝が夢だ。でも最近、もう“夢だった”――なんだよな。できれば出場――程度でも満足すると思う。寧ろ叶えなくてもいい気さえしてきた」

「きっと、ワールド・トラベラーになったからだね?」

「ああ、そうだ」


 太一が抱いていた夢。陸上競技でのオリンピック優勝。これは凍夜に対するトラウマにも起因している。


 幼少期のとある頃から、太一は様々なものに挑戦しては、凍夜に負け続けた。弓道、柔道、合気道――連戦連敗だった。流石にここまでくると悔しさよしも傷心が勝り、太一は凍夜に対してコンプレックスを抱いてしまう。

 そんな太一が出会ったのは、陸上競技だった。しかも、その時ばかりは凍夜が関与してこなかった。最終的に太一は陸上競技で才能を開花させ、決意する。


 ――これで世界一になれば、誰も敵わない事になる。凍夜さんでも俺に敵わない。やっと、凍夜さんに勝てる。


 しかし太一は、ある時をきっかけにワールド・トラべラーになった。闘いの日々を送る中、世界の広さを知った。自分とは違う世界がある事も知った。

 そうして、仲間と共に――世界を救い、護った。


「俺には世界を救うっていう役目がある。今まで傷付けてしまった人たちへの償いでもあり、俺自身がやりたい事でもある。これは、俺にしかできない事だ」


 だから、太一の中では“引退”の選択肢は最初からなかった。


「走る事は誰にもできる。でも、この道を走る事は俺にしかできない」


 太一は窓の外に広がる遠くの空へ想いを馳せながら、清々しい気分で補足する。


「誰にも走れないって事は、凍夜さんにも走れないって事だ。つまり俺は、この道では誰にも負けない。そういう風に考えたら、ちょっと気が楽になった」


 太一の言葉を静かに聞きながら、氷華は「それが太一の夢、かあ……」と微笑んだ。何をしても太一や凍夜に勝てない自分と、様々なもので競い合っている二人の過去を思い返しながら、氷華は「きっと何をしても、この才能の塊みたいな二人に私は敵わないんだ、って……けっこう昔に諦めちゃったから」と内心で自分を卑下する。

 しかし、だからといって二人に対する尊敬の念は揺るぎなかった。まっすぐ進み続ける二人の姿を常に応援していた。


「私の夢は、皆みたいに立派な夢じゃないし――やっぱり秘密。太一や凍夜お兄ちゃんみたいに、まっすぐ進んで、いつか叶えたいなって思う」


 氷華は照れたように笑いつつ、そのまま「でも」と言って瞳を閉じる。

 脳裏には、世界の為に共に闘う仲間たちが描かれていた。そのまま瞳を開けば、シンと共に仲間たちが賑やかに会話を繰り広げている。

 この仲間たちとなら、どこまでもまっすぐ進めそうな気がした。


「今は、私も――ワールド・トラベラーとして闘うって決めてるから」




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