未来と希望の日曜日

第110話 運命と救世主の矜恃



 ――SUNDAY 00:10


 四方位に現れた暗黒点を見ながら、京は「これで、世界は負に支配される!」と声高らかに笑っていた。太一はギリッと奥歯を噛みながら「一体、何が起こった?」と呟くと、隣でスティールが「大変だよ、太一くん」と冷や汗を流しながら答える。


「今ちょっと街の様子を見たけど……殆どの人が倒れてる」

「――どういう事だ!?」


 すると、京がニヤリと口元を吊り上げながら「当然だよ。四凶を呼び出す為、人間の感情を利用させてもらったからね」と説明を続けた。


「感情の全部を負に変えて、それをエネルギー源にした。今の人間たちは感情を失った只の人形だ。死ぬのも時間の問題。四凶を止めない限り、奴等は人形のままだよ」

「四凶って何だ」

「見ればわかる」


 そう言い、京は喜々としながら太一たちに手を翳す。次の瞬間――彼等の身体からは無数の鮮血が飛び散った。全身からの激しい痛みに襲われ、太一は「うぐっ!」と苦しそうに叫ぶ。


 ――な、んだ……この痛みッ!


「ッ!」

「て、めえッ!」


 同様に、スティールやアキュラスも全身の至る個所から鮮血を噴き出して倒れてしまった。一番酷いのはアキュラスで、彼の周りには真っ赤な血溜まりがどんどん広がって行く。


「アキュ……ラ、スッ!」

「他人の心配をしている場合?」


 朦朧とする意識を無理矢理覚醒させ、太一は悔しそうに京を睨み付ける。酷い傷で動けない太一の髪を京は乱暴に掴み、「もうお前たちと遊ぶのも飽きちゃった」と冷ややかな瞳で彼を見下していた。


「お前は俺に勝てない。これは運命だ。お前、ここで終わりだよ」


 京が告げると――太一たちの視界は眩み、徐々に意識が遠退き始める。太一は最後まで恨めしそうに京を睨みながら「俺は、こん……な、ところで……ッ!」と苦し紛れに声を絞り出した。

 いつまでも消える事のない太一の目の光に苛立ちを覚え、京は小さく舌打ちを零す。そのまま止めの一撃を放とうとしたのだが――。


「終わらせないッ!」


 ――――ピカァッ!


 太一たちが意識を手放す直前、刹那の声が聞こえた気がした。



 ◇



 ――SUNDAY 00:30


 悪夢のような光景を見ながら、カイリは呆然とその場に立ち尽くしていた。

 目の前に現れた謎の巨大な怪物――その怪物は、虎のような手足だが、顔だけは人間に近いものだった。しかし、その口からは人間に似つかない――寧ろそちらは獣に近い、ナイフのように鋭い牙が見え隠れしていて、牙に負けない鋭い眼光でカイリを睨み付けている。


 ――こいつが、こんな怪物を出したってのか!?


 そう思いながらカイリは司を一瞥すると、彼は頭を抱えながら「な、何だ……これは……!?」と酷く動揺している様子だった。突如現れた、現実離れした怪物を見上げ、司は怯えるように「何なんだ、この……化け物は……」と震える声を漏らす。


「おい、これは一体どういう事だ?」

「知らねぇ……お、俺は……この場所で扉を護れとしか言われていない!」

「くそっ――ゲームの裏ボスとかそんなレベルだろ、あれ!」


 巨体で突進してくる怪物を間一髪で避けると、カイリは次の攻撃に備えて水鏡を作る。怪物が鋭い爪を使ってカイリに襲い掛かろうとした瞬間、怪物の身体はザクリという音と共に緑色の液体が舞い散った。自分が咄嗟に発動した攻撃反射はこの怪物にも有効と判明し、カイリは即座に怪物との距離を置いて態勢を立て直す。


「緑色の血とか、ますますそれっぽいだろ……」


 そして、ここと同様に“とてつもない何か”が現れているであろう方角を見ながら、カイリは心の中で「皆、無事でいろよ……」と余裕のない表情で呟いた。



 ◇



 ――SUNDAY 01:00


「ちょっと! おばさん、何あれ!?」

「そんなのアタシが訊きたいわよぉ!」


 カイリの予感は的中し、陸見学園にも謎の怪物が現れていた。ソラシアは咄嗟に京羅を樹木から解放すると、一目散にグラウンドを駆け出す。彼女と並行して京羅も怪物から逃げ惑うように全力で走っていた。


「気持ち悪い! ソラああいうの苦手! 無理ッ!」

「アタシだってあんなのに食べられるのは嫌よ! 何なのよ、あれ!」

「おばさんが出したんじゃん!」

「アタシだって知らないわ!」


 二人をしつこく追うのは、人間の顔を持ちながら羊の身体をしている怪物である。しかし、その顔には目がなく――代わりに脇の下付近に目が付いていた。

 ソラシアは底知れぬ恐怖によって逃げ惑うように走っていると、隣では京羅が「このままだと体力が尽きてあいつの餌食になるわよ! どうすんのよ、おチビちゃん!」と打開策を求める。


「それはおばさんも一緒だもん!」

「アタシはあんたより体力に自信あるわ! だから先に食べられるのはあんたの方!」

「そ、ソラを食べても美味しくないもん! 怪物さん、先におばさん食べちゃってー!」


 ソラシアが必死に叫んでも怪物は呻き声を上げるだけ、どうやら人語を理解する事はできていないらしい。ソラシアは恐怖で涙を浮かべながら「いやぁああぁ! お願いだからこっちこないでぇええぇ!」と叫び、京羅と共に学園内を荒し回る怪物から死に物狂いで逃げ回っていた。



 ◇



 ――SUNDAY 01:30


 突如現れた怪物を見ながら、法也は「凄いよ、ノアくん! 見て見て、あれ!」と呑気に指をさして叫んだ。


「虎が空飛んでる!」

「……お前が出したんじゃないのか」

「わかんない! 身体が勝手に苦しくなって、気が付いたらあんなものが!」

「もういい、お前は下がっていろ」


 彼等の上空から現れたのは、硬そうな翼の生えた虎の怪物だった。異形のもの、敵――と即座に判断したノアは、怪物目掛けて跳躍し、容赦なく重い拳を振り上げる。しかしノアの直線的な攻撃は、翼で自由自在に動ける怪物にとって避ける事も容易だった。


「厄介な相手だな……」


 攻撃が避けられたノアは、すかさず常に携帯している小銃を構えるが、その弾丸も当たったところで効果はない。怪物にとっては、豆鉄砲程度だろう。ノアは「バズーカ……せめてライフル辺りじゃないと駄目か」と呟き、苛立ちを紛らわすように舌打ちをしていた。


 ――それに、こいつと眠っているドクターを護りながら闘わなければならない。


 未だに眠っているディアガルドに視線を移し、そして彼の隣の空間に目を向ける。ディアガルドの隣で眠っていた筈の刹那だったが――怪物が現れた直後、彼女は突然目を覚まし、忽然と姿を消してしまったのだ。


「黒チビが少し気掛かりだが、今はここを切り抜けるのが先決だ」


 心の内で決心すると――ノアは気合を入れるように、額に巻いている長めのハンカチをぎゅっと縛り直した。



 ◇



 ――SUNDAY 02:00


 明亜がゆっくり目を開けると、視界には薄暗い洞窟が広がっていた。その景色には見覚えがある。京が封印されていた場所だ。

 明亜は「本当に、戻れたんだ……」と驚きながら身体を起こすと、目の前には氷華の後姿らしき琥珀色の髪が揺れる。明亜が目を覚ました事に気付くと、氷華は首だけ振り返りながら「おはよう、夢東くん」と少し焦ったような表情で微笑んでいた。


「久々に熟睡できた気分はどう?」

「なんだかスッキリした気分だよ。色々な事から」


 本来の自分を取り戻した明亜は、まるで別人のように穏やかに微笑むが――氷華が対峙しているものが見え、即座に表情を固める。暫く言葉が出なかったが、恐る恐る「あの、氷華ちゃん……」と口を動かすと、氷華は冷や汗を流しながらも虚勢を張って笑っていた。


「これ、本当に……夢じゃないの?」

「こればっかりは夢だったらいいんだけどね」


 そう言いながらも、氷華は魔力を込め、自分と明亜を護る氷の防御壁をより一層厚くする。目の前に現れた巨大な狂犬のような怪物が、ガキンガキンッと氷壁に激しく爪を立てていた。


「夢東くん、これ何だろう?」

「悪夢みたいな現実?」

「だいたい合ってるけど――夢東くんも知らない、と」

「や、やっぱり現実も悪夢なのかな……」


 京による暗示の影響で、現実に対して脅え気味の明亜を見ながら、氷華は「大丈夫だよ、夢東くん」と彼を安心させるように続ける。

 目の前の怪物を倒す方法はまだ思い浮かばないが、負ける気はしなかったし、負けるつもりもない。

 氷壁越しの怪物を見上げながら、氷華は得意気に口元を吊り上げていた。


「私が夢東くんの悪夢を終わらせるって約束したから。京からも、この怪物からも。夢東くんを護ってみせる」

「ッ……!?」


 自分の目の前には、異形の怪物に立ち向かう、最近出会ったばかりの女の子。

 只の女の子に見えた筈の彼女は、世界にとっての、そして自分にとっても救世主だった。


 現実離れした現実の中、その救世主の後姿はやけに頼もしく見えてしまい――明亜は林檎のように顔を真っ赤にしながら言葉をなくす。ポケットの中からビー玉と転げ落ちるのと同時に、明亜の中でも何かが落ちた気がした。



 ◇



 ――???DAY ??:??


 ――俺は、まだ死ねない。


《どうして勝ち目のない闘いを挑む?》


 ――仲間と世界を救う為……俺は闘い続けるって決めたから。


《お前の力では――大切な世界と、大切な者たち、両方は護れない》


 ――ああ。確かに、あんなに圧倒的な力を前にしちゃって……正直言うと心が挫けそうだよ。

 ――だけど、俺には相棒が居る。仲間が居る。ひとりじゃないから、どっちも護れる。


《面白い程まっすぐだな、お前は》


 ――褒め言葉として受け取っておくよ。

 ――ほら、噂をすれば何とやら。仲間が助けてくれたみたいだ。俺はまだ闘える。世界を救える。


《今回は“正の未来”に助けられたようだな》


 ――次はないとでも言いたいのか? ……ってか、あんた誰だ?


《ここで“負の過去”に勝てても、お前たちの世界は滅びの運命を辿るだろう》


 ――俺や仲間たちが生きてる限り、そんな事はさせない。何なら運命だって変えてやる。


《お前に死せる覚悟はあるのか? 神を殺める覚悟はあるのか?》


 ――質問の意味がよくわからないけど。世界を救う為なら、俺は何だってしてやるよ。

 ――例え、堕ちた神であろうと……俺は…………。


《全てを背負い、前に進み続けよ。何があっても、闘い続けよ。それが、お前が救世主として――》



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