第109話 負と四凶の扉
――SATURDAY 22:30
「見つけたぜ、京!」
「へえ、懲りずにまたきたんだ……」
陸見町の住宅街上空付近で白い人影を発見した途端、太一は叫びながら飛びかかると――京は太一を見るや否やすっと右手を掲げた。その瞬間、太一の身体はまたしてもボールのように吹き飛ばされてしまう。しかし、太一も全く学習していない訳ではなく、咄嗟に受け身を取ってダメージを軽減させた。
――やっぱり攻撃は当たらないか……さて、特に考えなしできちゃったからな……どう攻略するか……。
ぎゅうっと竹刀を強く握り直して考えていると、背後から「始まったばかりか」「間に合ったみたいだね」という耳慣れた声に、太一は勢いよく振り返る。背後には、昔は何度か敵として闘ったものの――今となっては頼もしい仲間たちが居た。
「アキュラス、スティール!」
「で、あいつをボコる方法思い付いたのか?」
「いやあ、ディアガルド並の頭脳がないと厳しいかな」
太一の一言に、スティールは「やっぱり、難しい相手だね」と呟くと、隣でアキュラスが右手で作った拳と左手の掌をパンっと合わせながら「だったら、とりあえず攻撃あるのみ!」と先陣を切る。しかし、アキュラスの炎を持ってしても、京を前にしては一瞬で掻き消されてしまうだけだった。
「あの二人に期待はしてなかったけど――こいつ等を分散させてくれた事だけは褒めてあげようかな」
「つまり、僕等全員でこられたらヤバいって事かな?」
スティールの挑発に対し、京は黙ったままだ。黙ったままで、否定はしなかった。
そこへ「話してる余裕なんてあんのかよ!?」と叫びながら、ほぼ同時にアキュラスと太一が京に飛び込む。しかし、京は小さな身体にも関わらず、右手でアキュラスの炎を消し去り、左手で太一の竹刀を易々と受け止めていた。
「くそっ――やっぱり五大精霊の力が必要って事かよ!」
「ディアが起きるまで耐えるしかねえってのか!?」
スティールは「正確には、ディアと氷華ちゃんが起きるまでだけどね!」と言いながら魔剣を振るうと、京はニヤリと笑いながら「あの女は目覚めない。夢東と共に永眠してもらっているからね」と指摘する。
京は、“夢東は自分に逆らえる筈がない”と確信し切っていた。
「それに、もうすぐ時は満ちる……それまでお前等にはこいつと遊んでてもらおうかな!」
「!?」
京が目を見開きながら叫んだ刹那――周囲には大量の人影らしきものが現れた。それは、人の形をしているものの――真っ黒で顔がない。
まるで、只のシルエット。本当に影だけが独り歩きしているようだ。
妙に薄気味悪さを覚えるそれを前にして、太一は「なんだ、これ……」と底知れぬ恐怖に声を震わせる。
「これは、俺の始まり。人間の負の固まり」
ゆらゆらと近付き、自分に触れようとする人影を太一は反射的に斬り付けると、そこから頭の中に膨大な感情が流れ込んできた。
嫌悪、憎しみ、哀しみ、恐怖、怒り――それに呼応するかのように、太一が過去に経験した出来事まで感情の波と共に蘇る。
知り合いに対する嫌悪感、誘拐犯への憎しみ、現実を諭された時の哀しみ、ある人物に対する恐怖、氷華を傷付けたアクへの怒り――。
「ぐ……あ、ああっ!?」
感情の荒波に押し潰されそうになりながら、太一は膝を付いて頭を抱えた。スティールは「太一くん!?」と慌てて声をかける。
「うっ……」
「おい北村! しっかりしやがれ!」
仲間たちの呼び掛けで、やっと正気に戻った太一は、消えそうな声で「……今までで、一番……闘いにくい、相手かも……」と呟いた。肩を貸すように太一を立ち上がらせ、スティールは「でも、彼等は待ってくれそうにないよ」と続けると、アキュラスも「くるぞ」と言いながら隣で身構える。
ワールド・トラベラーと背中に書かれたジャンパーの袖で乱暴に汗を拭いながら、太一は「身体より心が持たなくなりそう……」と弱気になりつつも、落としそうになった竹刀を再度握り直した。
もう、落とす訳にはいかない。
負ける訳にはいかない。
「だけど僕等は負けられない」
「世界が懸かってるからな」
「……わかってるって!」
太一は竹刀を振り上げ、自分たちを取り囲む負の人影に向かって駆け出した。
◇
――SATURDAY 23:30
「ん……ここは……」
法也が目を覚ますと、ノアが「目が覚めたか」と呟く。
「ボク低血圧だから無理……二度寝……って、ノアくん!? わーっ、ノアくんだ! って事はボク生きてるの? あれ、それともノアくんも死んじゃったとか? ここはどこ? もしかしてあの世だったりする?」
急にテンションを上げて詰め寄ってきた法也に呆れながら、ノアは「もう少し寝ててもよかったんだけどな」と面倒そうな表情でぼやいた。正直、法也の話し相手をするのは酷く疲れる。
「ノアくん本当に助けてくれたんだ! やっぱりボクのヒーローなだけあるねッ!」
「だから、僕はお前のヒーローじゃないと何度も――」
「それよりノアくん、どうやってあの人を倒すの? あ、もしかして超絶必殺技とかあるのかな? 楽しみだなあ……」
「やっぱりこいつと話していると一気に疲れる……」
ノアは溜息を吐きながら「打開策も、必殺技もない」とだけ述べると、法也は目を丸くしながら「えぇっ!?」と酷く驚いている。
「だが、ここに居るドクターと、陸見山に居る氷華が起きれば――勝機はある」
「だったらディアガルド・オラージュを起こせばいいんだね。おーい、起きてくださーい! 朝ですよー! 真っ暗だからたぶん朝じゃないけど!」
何も考えずにディアガルドの耳元で乱暴に叫ぶ法也に対し、ノアは「無駄だ、ドクターは暫く起きない」と助言した。
すると法也は「ふーん、起きないんだ……」と呟き、何かを企むようにニヤリと笑う。そのまま徐にポケットから油性ペンを取り出し、あろう事かディアガルドの顔に落書きを始めてしまった。
その衝撃的すぎる光景を見て、ノアは顔面蒼白になりながら「な、何をしている!?」と声を荒げた。
「あの時に相棒(パソコン)を壊された恨み!」
「や、やめろ! やめておけ! お前死にたいのか!?」
「へ? そんな大げさなあ。大丈夫だって!」
呑気にへらへら笑っている法也を横目に、ノアは落書きされたディアガルドの顔を見て固まる。
内心では「ドクターが起きたら、こいつ死ぬな……」と確信しつつ、気を抜けば緩みそうになる口角を必死に堪えていた。
◇
――SATURDAY 23:55
司を見張っていたカイリだったが、今まで特に何もない事から「もうすぐ日付も変わるし、大丈夫だろう」と思い立ち、そっとベンチから腰を上げた。未だに意識を失っている司を一瞥しながら「皆も無事だといいんだけど」と月を見上げて呟く。
その瞬間、状況が一変した。
「ぐ……あ……あぁぁあああッ!」
「!?」
突如呻き声を上げた司の方へカイリが振り返ると、彼は真っ黒な煙のようなものを纏いながら苦しそうに頭を抑えている。何かの痛みに悶えるように、その場でごろごろと転げ回っていた。
突然の出来事に驚いたカイリは「どうしたんだ、おい!」と何度も叫ぶが、司はカイリの問いかけに答えられない。自我を保つ事だけに必死だった。
――な、んだ……これ、はッ!
「ぐあぁぁあああぁぁ!?」
そして、同時刻――他の場所でも同じ現象が起こっていた。
◇
氷華がうとうとと眠そうな目を擦っていると、彼女の膝で眠っている明亜の身体に異変が起こり始める。
明亜の身体には真っ黒な煙が纏い、彼は苦しそうに頭を押さえた。
「くっ……うぅッ!」
「む、夢東くん!?」
明亜の様子に気付いた氷華が慌てて彼の名を呼び掛けるが、彼は頭を押さえながら悶え苦しんでいる。
理由もわからないが、突然苦しみ始める明亜を前にして、氷華は慌てて回復の魔術を施していた。
しかし、その効果は現れない。
「う、あぁぁああっ……!」
「夢東くん! 夢東くんッ!?」
「あ、たま……が……われ……あああぁぁあッ!」
◇
同じく、法也も真っ黒な煙を纏いながら苦しんでいた。
普段は冷静なノアでも、法也の豹変を前に「おい、どうした!?」と慌てて叫ぶが、法也は苦しみに耐える事に必死で言葉を発する事すらままならない。
「わか……ないッ! ぐぅ……く、るし……うあぁあああぁ!」
「しっかりしろ、おいッ!」
次の瞬間――法也の叫び声に反応するように、彼の頭上の空がぐにゃりと歪み始めた。
◇
「くっ……あぁぁああああああッ!?」
今まで眠っていたソラシアだったが、突然の京羅の悲鳴によって彼女は飛び起きる事になる。京羅の異変に動揺しながらも、ソラシアは「ど、どうしたの!?」と必死に声を張り上げていた。
「アタ……シも、わか……ない……ぐあぁぁあッ!」
「おばさん、しっかりして!」
京羅が悲痛な叫び声を上げると、背後の時空が歪み始める。
耳を劈くような叫び声がグラウンドに木霊した。
◇
――SATURDAY 23:59
京が作り出した負の人影たちと闘っていた太一だったが、上空に現れた謎の物体に気付き、思わずその手を止める。
夜空が割れ、真っ黒の闇が垣間見える。
その割れ目から、巨大な何かが――この世界へ侵入しようとしていた。
「な、んだ……あれ……」
京は喜々としながら「時は満ちた!」と叫び、天へ向かって手を掲げる。
「四つの生贄を代償とし、今ここに四凶の扉が開かれる!」
京が居るこの場所を中心として。
北に位置するのは、司が居る陸見公園。
東に位置するのは、明亜が居る陸見山。
南に位置するのは、法也が居る陸見陸橋。
西に位置するのは、京羅が居る陸見学園。
京が己の力を解放すると同時――四方位から、目が眩む程の光の柱が昇っていた。
――SUNDAY 0:00
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