第111話 伝言と救世主の決意



 ――SUNDAY 03:00


 ニヤリと笑いながら「今回は刹那に救われたね」と京は呟く。


「それに、あの女も意外だった。まさか夢東を唆すとは」


 四凶の一体と闘っている氷華と明亜の映像を眺め、京は「だが、お前たちに負の象徴である四凶は倒せない」とつまらなそうな表情で口を開いた。


 ――只の人間と、精霊如きには。


「あいつが戻ってきた時、部下たちは全員死に、世界は壊滅している……その時、あいつはどんな顔をするのかな? 楽しみだなあ」


 片手で表情を隠しながら、京はひとりで呟く。しんと静まり返った空間に、彼の笑い声だけが空しく響き渡っていた。



 ◇



 ――SUNDAY 06:30


 勢いよく上体を起こすと、太一の視界には見慣れた風景が映る。どうやら自宅のようだった。


「生きてる……」


 太一が呟くと、刹那が「あ、起きたんだね。太一さんおはよう」と無邪気な笑みを浮かべていた。いまいち現状が飲み込めない太一は、刹那にすぐさま説明を求める。


 太一たちが殺されそうな直前――京の一撃を相殺したのは刹那だった。刹那は眠っている間、夢の中で“少しだけ先の未来”を視ていたらしい。身体と魔力が回復して目を覚まし、間一髪で太一たちの危機を救ったのだ。


「とりあえず礼を言うよ。ありがとう、刹那」

「私も太一さんに助けてもらったから、おあいこ!」


 嬉しそうに笑う刹那の横で、傷だらけで倒れているアキュラスとスティールに気付き、太一は「二人はまだ一度も起きないのか?」と尋ねる。刹那はしょんぼりした表情で頷いた。


「応急処置はできた、と思うんだけど――やっぱり回復術が使えるソラシアさんじゃないと完治は難しいの」

「チッ……京の奴……」

「たぶんね、京は……身体の一部の時間を戻したんだと思う」


 刹那の予測に対し、太一はハッとした表情で顔を上げながら「そうか、過去に負った古傷が無理矢理開かれた感じか」と理解した。一番重症のアキュラスを見ながら、太一は悲痛な思いに駆られる。

 つまり、アキュラスはこの中で一番――。


 ――常に闘いの中で生きてきた……生きざるを得なかったから。


 そして――太一は初めて「この場に氷華が居なくてよかった」と思えた。もしも、氷華が過去に負った古傷が開かれたら――今回は確実に死に至るだろう。不幸中の幸いだった。


「……他の皆から何か連絡はあったか?」


 黙って首を横に振りながら質問に答える刹那に対し、太一は悔しそうに奥歯を噛みながら片手で顔を押さえ付ける。


 いつもなら母親が朝食の支度をし、既に賑やかになっている時間帯の筈だったが、今日は酷く閑散としていた。

 北村家だけではない。外はしんと静まり返り、蝉の鳴き声すら聞こえない。テレビを付けても砂嵐が流れるだけで、何も映らなかった。インターネットで近状を発信したりする人も居ない。


 それが意味するのは――この世界で、太一たち以外の生物が誰一人として活動していない事。

 勿論、太一や氷華の両親たちも例外ではない。

 寝室で死んだように意識を失っている両親の姿を思い出し、太一は「くそっ!」と叫び、俯いた。


 ――……こんな世界ッ!


「何が救世主だ……俺は、何も護れていない……京の奴にだって、まだ勝ててないッ!」


 太一がリビングの床にガンッっと拳をぶつけ、嗚咽を漏らす。その目は輝きを失い、悔しさによって余裕がない様子だった。


 刹那にとっては、本当の救世主のようだった太一。そんな彼の弱気な姿は初めてだった。刹那はおろおろと戸惑いながら「どうしよう。こんな時、何て言葉をかければ――」と頭を悩ませる。


「あ……」


 そして刹那は、つい先程言われた“ある言葉”を思い出した。



 ◇



 太一が起きる少し前、突如鳴り響いた電話に刹那は肩を跳ね上げる。太一の両親は勿論の事、太一自身もまだ起きていない。

 少し迷ったが、この家の人間ではない自分が対応するべきではない――そう思った刹那は、再び未だに傷の癒えない太一やアキュラス、スティールの三人に視線を戻す。


 回復術に特化したソラシアと合流するべきか。

 それとも、人間たちの治療施設――確か父が病院と言っていた場所に連れて行くべきか。


 しかし、今は京の力によって生物の活動が停止されている状況下。強い魔力を持った――言わば“こちら側の関係者”以外は、太一の両親のように死んだように意識を失っている筈だ。

 京が潜んでいる近くであれば、尚更の事――。


 ――あれ?


 刹那はそこで“ある異変”に気が付く。鳴る筈のない電話が、未だに鳴り続けていた。


 ――ちょっと待って……どうして電話が!?


 今、電話をかけている人物は、何故この状況下で意識がある?

 そんな事ができるのは、恐らく“こちら側の関係者”。

 もしかしたら――。


 刹那は期待を込めて受話器を取り、相手の声も訊かずに叫んだ。


「もしもし! お、お父さん!?」


 しかし刹那の期待を裏切るように、電話の相手は冷静に切り返す。


「……残念だけど、俺は君の父親ではない」

「えっ――誰?」


 刹那が戸惑い困惑する様子に気付いていたが、電話の相手はそのまま構わずに「恐らく、太一くんはそこに居るね。出れる状況ではないんだろうけど」と呟いた。見事に現状を言い当てられ、刹那は「は、はい……でもどうしてそれを?」と尋ねる。

 電話の相手は自分の推理を説明しようかと一瞬だけ思ったが、少し面倒なので思い留まった。


「そんな事より。少し伝言を頼めるかな? もしも、太一くんが挫けそうになっていたら――」



 ◇



 刹那は太一に向かって「“君はまだ生きている”」と口を開く。その言葉を聞いた太一は、呆然としながら顔を上げた。


「“君の覚悟はその程度か。例えどんな敵が現れようと、全てを背負って前に進み続ける。世界を救う為なら、君は何だってしてみせるんじゃないのか?”」


「刹那、その言葉――」

「って、太一さんに言ってくれって頼まれたの!」


 その言葉をきっかけに、太一の頭の中には様々な闘いの記憶が流れ出す。

 幼少期に巻き込まれたある事件、ワールド・トラベラーとなってからの闘い。

 その時に決意した覚悟や、アクに問われた救世主としての矜持。

 闘いの最中で出会った、自分を慕ってくれた人たち。

 家族、友人、大切な仲間たち――それらの情景が次々に浮かんだ。


 ――そうだ、俺はまだ生きている。仲間だって、生きている。誰ひとり、死んじゃいない。


 きっと仲間たちは、今もそれぞれの敵と闘っている。

 相棒だって、実はもう目覚めて真っ先に闘っているのかもしれない。


「救世主になる時、決めたじゃないか……俺が世界を救うって、護るって。大切なものを救う為なら、何だって死に物狂いでやってやる」


 太一はぎゅっと拳を握る。彼の瞳には、光が宿っていた。


「勝てない運命だろうと関係ない。俺は死ぬまで闘い続ける。生きている限り、俺は救世主だから」


 太一の強い瞳を見ながら、刹那は「まただ」と呆然と見上げる。


 ――あの強い瞳。彼を見ていると、何でもやってのけそうな……そんな強い力を感じる……。


 そして、刹那はにこりと笑いながら「そういえば!」と思い出した。


「私、さっき少しだけ先の未来を視たんだよ。太一さんが京を殴ってた! だから、きっと大丈夫」

「おっ、それは心強いな!」


 太一はニカッと笑うと、「心強いついでに――刹那」と彼女に向き直り、真剣な表情で開口する。

 どうしても、自分ひとりじゃ全てを護り、救えない。

 だから、太一は“仲間”に頼る事にした。


「今からもう一回、俺は京のところに向かう。あいつを倒して、世界を救う為に。その為に……刹那の力、貸してくれないか?」

「……うんっ! わかったよ、“たいっちゃん”!」


 自分の力を頼ってくれた事に対して嬉しそうに微笑む刹那を見ながら、太一は内心で「たいっちゃん……実際に言われるとちょっと照れるな」と少し恥ずかしそうに復唱する。


「俺はひとりじゃ何もできず、京にも勝てないかもしれない。でも、仲間と一緒なら――きっと何でも乗り越えられる。救世主(ワールド・トラベラー)が、こんなところで立ち止まってる訳にはいかない!」


 こうして、太一と刹那は再び京を捜索する為に走り出した。


 ――あれ? そういえば、さっきの電話の相手って結局誰だったんだろう……?


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