第101話 誘導ともう一人の自分


 ――SATURDAY 1:00



 刹那はひとりで京を追いかけ、洞窟の入口部まで戻っていた。

 自分の所為で京は復活してしまった。だったらせめて、自分の力で止めなければならない。例え――刺し違えてでも。

 罪の意識に囚われた刹那は、太一たちが制止する声も聞かず、真っ先に走る。暫く走って洞窟を抜けると、月の光を浴びた京が待ち構えていた。彼の瞳は鉛丹色に怪しく輝いている。


「お前とこうして話すのも久しぶりだね」

「……どうして復活できたの?」

「刹那のお陰だって説明しただろ。それは感謝してる。俺の本心だ」


 京はくつくつと笑いながら「あいつじゃなくて俺に就くんだったら――お前だけは生かしてやってもいいよ、刹那」と提案すると、刹那は悔しそうに彼を見上げながら「私は、お父さんを絶対に裏切らない!」と叫んで拒絶した。


「だけど、こんな状況でも――肝心のあいつの姿は見えないみたいだけど? 実はあいつにお前が裏切られたんじゃない?」

「お父さんが居ないこの時期を狙って、あの人たちを利用してたんでしょ……!」


 刹那は京に向かって手を掲げるが、それと同時に京も刹那に向かって手を掲げる。


 ――――キィンッ!


 互いの力が打ち消し合い、互角かと思われたが――すぐに刹那の身体は吹き飛ばされてしまう。未だに自分の力のコントロールがままならない刹那、既に自分の力を完璧にコントロールする京――互いの魔力の量は同じでも、実力の差は別物同然になっていた。


 ――ぶ、ぶつかる!


 小さな身体はボールのように軽く吹き飛ばされてしまい、やがて襲いくる衝撃に備えて刹那はぎゅっと瞳を閉じるが――衝撃はいくら待ってもやってこない。代わりに、すとんという小さな衝撃と、「ったく、無理するなよ」という優しい声が聞こえた。


「た、太一さん!?」


 刹那の身体をそっと下ろすと、彼女は「あ、ありがとう……」と控えめに呟く。太一は竹刀を構えながら「俺も、あいつにはちょっと挨拶しなきゃいけないからさ」と続けた。そのまま右手の全ての指を刀身に滑らせながら「『伍の型・伝雷針』」と太一が叫ぶと、刀身はみるみる内に雷を纏い始める。バチバチと電流が走り抜ける切っ先で、狙いを一点へと定めた。


「早いところお前を倒して、今回も大事な場面で寝てる相棒を叩き起こしてもらわなきゃな」


 刹那もぎゅっと胸の前で拳を構えると「わ、私も……お父さんの代わりに、あなたを倒す!」と気合いを入れ直す。京はニヤリと笑いながら長めの前髪を掻き上げ、「こい」と言って人差し指を折り曲げた。



 ◇



 ――SATURDAY 1:20



「お前――どうしてまだ闘う! お前たちの目的はあの白チビの復活だろう!?」

「まあ、確かにそうだけど……敵を目の前にして闘わない訳にはいかないでしょ! それがタイホスルンジャーの宿命だからね!」

「お前なんかがタイホブルーな訳がない!」

「も、もしかしてノアくんもタイホスルンジャー見てるの!? えっ、何それすっごい運命! やっぱりボクのヒーローになってよノアくーん!」


 未だに自分を攻撃する法也の思惑が読めないノアは、相変わらずの返答に頭を痛くしていた。彼が操縦するロボットの攻撃を掻い潜り、コックピットを攻撃しようと試みるが――なかなか隙ができず、思うように動けない。ノアは舌打ちをし、「まるで僕の世界に居た科学者だな」と考えていた。


 ――こいつの操縦技術は侮れない。それに……。


 ノアは天井からパラパラと落ちてくる砂を見上げながら「そろそろこの場所が危ない」と呟く。侵入時の破壊活動、氷華の大魔術、刹那の暴走や今までの戦闘――更には法也が操るロボットの攻撃等で、洞窟内には相当のダメージが蓄積されていた。


 ――この狭い洞窟内で闘うのは不利だ……氷華が巻き込まれる恐れもある。


「逃げてばっかじゃ、無駄に体力を消耗するだけだよっ!」


 生き生きとした表情で、とても楽しそうに自分に向ってくる法也に溜息を吐きながら、ノアは意を決する。氷華が危ないという状況を考えると、形振りを構っていられなかった。かなり不本意だったが、覚悟を決めたノアは叫ぶ。


「おい、タイホブルー! 僕の本気を見たければ付いてこい!」

「ノ、ノアくんがボクの事をタイホブルーって認めてくれた!? うわああああ世界の果てでもどこでも付いて行ってあげるよタイホレッド!」

「誰がレッドだッ!!」


 心の中で「それに僕はブラック派だ!」と叫びつつ、ノアは法也を連れて洞窟内を走り出した。



 ◇



 ――SATURDAY 2:00



 カイリは目の前で笑う偽カイリを見上げながら、悔しそうに眉間に皺を寄せていた。ゆっくりと立ち上がり、口から垂れた鮮血を乱暴に袖で拭う。


「可哀想だね」

「……るさい」

「未だにそんな身体なんて。君は過去のまま変わらないんだね」

「うるさいッ!」


 頭に血を登らせたカイリは、普段の彼とは思えない程、乱雑に精霊魔法を発した。しかし怒りに身を任せた攻撃は直線的で――偽カイリは難なくその攻撃を避ける。カイリはチッと舌打ちを零すと、偽カイリは再び歪んだ笑みを浮かべていた。


「そんな身体だと仲間の足を引っ張るだけだ。それに相変わらずその病気が怖いんだろう? お前はいつもいつも病気に囚われる事がない健康な身体に憧れていた。そう、今の僕みたいな存在に!」


 偽カイリは、何も言えないカイリに向かって「だから、僕が僕を殺して本物になる」と彼の首元に水の刃を当てる。

 だが、カイリは全く動じる事なく――何故かその場から一歩も動こうとしなかった。偽カイリを見つめながら、カイリは「ああ、そうか」と何かを悟る。


 自分に迫る死の恐怖に怯える様子もなく、偽カイリを見て自分に劣等感抱く訳でもなく、カイリは水のように澄んだ瞳で全てを悟った。その瞳が、偽カイリは気に入らない。


「ははっ、遂に頭までイカれた? そうだよね、僕は毎日毎日毎日ッ! いつ死んでもおかしくない状況を耐えながら、ずっと生き永らえてきた訳だ。そういう感覚がイカれたっておかしくない、おかしい訳がない。今更、僕は死なんて恐れない」

「…………」

「何とか言ったらどうなんだよ。全部当たってるんだろ。せめて命乞いくらいして、僕みたいに成りたかったって本音を――」


 カイリは、偽カイリから目を逸らさず、静かに口を開いた。


「そうだよな、こうやっていつまでも過去のトラウマを引き摺ってちゃ……仲間の足を引っ張るだけだよな」

「ッ!?」

「病気が怖い事も認める。契約した時に命の保証はされたけど、それでも、このままいつか死ぬんじゃないかって、怖い。凄く情けないけどさ」

「……な、にを……」

「お前が俺を認めているのに、俺がお前を認めない訳にはいかないから」


 そのままカイリは続ける。彼をまっすぐ見つめながら。


「お前は偽物なんかじゃない。お前はもう一人の俺だ」


 カイリはとても辛そうに微笑みながら、光が差し込んだ水中のように曇りのない瞳で、しっかりと“もう一人の自分”を見据えていた。


「そうやって死の恐怖から解放されて、普通に育って、両親もちゃんと――お前みたいな未来になりたいって、過去の俺は憧れてたよ。だけど、今はちょっと違うんだ」

「…………」

「何気ない日常でもさ、俺にとっては夢みたいな時間なんだよ。太一が居て、ソラが笑って、氷華がアイス食ってて……アキュラス、スティール、ディアガルドも増えて、いつの間にかノアも浮いてて……シンが見守ってる。そんな何気ない日常が過ごせるなら、俺はこんなぽんこつな身体でも構わない。あいつ等と一緒なら、怖がりな俺でもいい」


 こんな自分でも、きっと仲間たちは特に普段と変わらず受け入れるだろう。彼等と一緒ならば――死の恐怖にも向き合いながら、前に進んで行ける。

 そして、カイリはとても穏やかな表情を浮かべ、語りかけるように続けた。


「今の俺は、仲間が居るから。俺が血反吐を吐いて倒れた時、俺の隣で肩を組んで支えてくれる仲間が居るから。だから、俺はこのままで――このままがいいんだ」


 その言葉を発した瞬間、“もう一人の自分”は水の刃を落とす。バシャン、という音だけが木霊した。


「僕は、もう――」


“もう一人の自分”は、膝を折り、悔しさと悲しさを織り交ぜたような表情でカイリを見上げていた。泣きそうな顔をしながら「僕はもう、ひとりぼっちじゃないんだね」と声を漏らすと、カイリは堂々と宣言する。


「ああ。俺はもう、あの病室でひとりじゃない。そして、お前もひとりじゃない。今まで逃げ続けてごめんな。俺、これからはちゃんとお前とも向き合うから」


 清々しい笑みで、カイリは“もう一人の自分”に手を差し伸べた。それに応えるように、“もう一人の自分”は光を纏いながら――カイリの幼少期の姿へと変化する。

 そうして幼少期のカイリは、最後に「……約束だよ」と言いながら、無邪気な笑顔で消失した。



 ◇



 ――???DAY ?? : ??



 氷華はゆっくりと瞳を開け、きょろきょろと周りを見渡した。

 不安感を覚える程に、見渡す限り真っ白な空間。そこは、度々夢の中で見る空間と酷似している気がする。


「確か、私は……」


 ――皆を解放する為の大魔術の後……そうだ、京が復活しちゃったんだ。それから……。


 氷華は全て思い出した。

 全て、思い出してしまった。

 顔を林檎のように赤く染め、その場で蹲る。思い出したばかりだったが、忘れたくなってしまった。


「目が覚めたんだね、氷華ちゃん」


 そこへ、突然やってきた明亜の姿を見て、氷華はすかさず視線を逸らした。その行動に対して苦笑いを浮かべながら「ちょっと酷くない?」と明亜が尋ねると、氷華は耳まで真っ赤に染め上げながら「ひ、酷くない! ってか、酷いのはそっちでしょ!?」と反論する。


「ああ、もしかして気にしてる?」

「気にしない訳ない! 私、女の子だし!」


 すると明亜は「氷華ちゃんがここまで取り乱すのは初めてだね」と言い、楽しそうにくすくす笑っていた。


「初めて、だったりして?」

「…………」

「もしかして誰かと付き合ってるの? 太一くん、とかだったら悪い事しちゃったね」

「いや、それは違うけど……ってかこの話はもうどうでもいいでしょッ!」


 氷華は無理矢理話題を逸らし、明亜に向かって「夢東くん……ここ、どこかわかる?」と声を荒げる。しかし、返ってきたのは沈黙だった。


「…………」

「だんまりって事はわからないんだね……」

「いや。わかるよ、僕は」

「え?」


 そして、明亜は諦めたような表情で声を漏らす。


「僕等はもう……死ぬまでこの空間から出れないよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る