番外編18 気になるあの子の好きな人


 明亜たちの正体を掴む為に作戦を仕掛けた前夜。事件は起こった。

 会議に出かけてこの世界を離れているシン、消息不明となったカイリ、ソラシア、アキュラスを覗いたフルメンバーが夜の陸見学園に集う。そこで翌日に決行する作戦の流れをあらかた決定し、後は“とある対策”のみとなった。


「準備はいいですか、氷華さん」

「いつでもオッケー」


 呼びかけに対し氷華は静かに瞳を閉じる。ディアガルドは彼女の頭にそっと細くて長い指を置き、とある電波を脳内に直接流し込んでいた。

 明亜を誘き出す役となる氷華には必須条件。彼が行う催眠術への対策だ。


「本当に大丈夫なのか?」


 太一が心配そうに見ているとスティールは「きっとディアガルドなら大丈夫だよ」とへらへら笑っている。ノアはディアガルドが何か不審な事をしないかじっと目を光らせていた。


 ――――ピリッ


「……終わりました。成功でしょう」


 ディアガルドはふぅっと息を吐き、太一は「大丈夫か、氷華?」と彼女の顔を覗き込む。しかし、彼女の表情を見て太一はその場で固まった。不審に思ったノアやスティールも彼女の様子を見て同じような反応を見せる。


「おい、ディアガルド……」

「何です?」

「これ、成功だよな?」

「ええ」

「……じゃあ何で氷華、こんな事になってんだ?」


 そこには虚ろな目で呆然としている氷華の姿があった。



 ◇



「大抵の抗ウイルス剤というものは、一度体内にウイルスを接種して免疫をつけるんですよ。だけど稀にそのウイルスによって何かしらの症状を引き起こしてしまう者も居る――」

「いや、だからどういう事だよ!」

「簡単に言うと、氷華さんは一時的に催眠術状態になっています」


 ディアガルドは眼鏡を拭きながら「困りましたね。まあ、一時的なものでしょうけど」と呟く。未だに理解に苦しんでいる三人を見ながら「例えば――」と氷華の現状を説明した。


「インフルエンザの予防接種で発熱する人が居るでしょう」

「ああ……俺もたまに熱出してたかな……」

「ざっくり言うとそんな感じです」


 その説明で太一は「あー、何となくわかった気もする」と納得すると、隣ではノアが「太一、インフルエンザって何だ?」と尋ねる。つい最近、異世界からきたノアにとってはインフルエンザという存在自体未知の領域だった。一方、先程からじっと黙り込んでいるスティールは――。


「ねえ、ディア」

「?」

「一時的な催眠状態って事は……今の氷華ちゃんは……」

「僕らの思いのまま、という事になりますね」


 不気味な笑みを浮かべるスティールを見て、ノアは慌てて「貴様ッ!」と声を上げる。太一は半眼になりながら「お前なぁ……ソラがここに居たら幻滅されてたぞ」と呆れて呟いた。


「じょ、冗談だよ……でもちょっとだけ気になる事があって」

「気になる事、ですか?」

「ズバッと言うと、氷華ちゃんの好きな人」

「「「!」」」


 その一言に太一、ノア、ディアガルドの全員が固まる。


 ――確かに、これは気になる。


 カイリやアキュラスならば「くだらない」と一蹴し、ソラシアは楽しそうに目を輝かせていたかもしれない。しかし今居る彼らにとっては、それなりに深刻な内容だった。


「皆も気になるよね――って訳で氷華ちゃん!」

「えっ、ちょ――いきなりかよ!?」


 スティールはぎゅんっと方向転換して彼女の肩を押さえながら呼びかける。いきなりの行動に驚いたのは太一だった。まだ心の準備ができていない。もしも自分だったら――いや、自分じゃなくても――こんな時にどういう顔をすればいいのだろうか。


「氷華ちゃんの好きな人って?」


 太一の動揺も無視し、スティールは容赦なく尋ねていた。氷華はぼんやりした目でじっとスティールを見つめる。静かに口を開いて発した言葉は――。


「……私の、好きな人……」

「「「そ、それは……?」」」


「凍夜お兄ちゃん」


 その名を聞いた瞬間、脳内に思い出される地獄のような惨劇を思い出し――全員は顔を蒼くして頭を抱えた。そのまま永遠と続けられそうな「凍夜お兄ちゃんは世界一かっこいい」という言葉から始まる兄自慢トークを聞きながら、全員は同じ事を悟っていた。


 ――あの人だけは……無理だ。勝てない。






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