第86話 救世主と火炎の喪失


 ――WEDNESDAY 16:00



「その後、少年アキュラス・フェブリルは闘いの中に自ら身を投じる戦闘マニアになり……今となっては何故か仲間たちと仲よく学校なんか通っちゃってるんだよねー……ねえ、どうして?」

「お前――知らないのか?」


 初めは法也の情報力に目を見張るものがあったアキュラスだが、最後の情報不足に口元を吊り上げた。


 一度、アキュラスの世界は完全に変わった。しかし、アキュラスの世界は再び変わったのだ。正確には“彼等”によって“変えさせられた”のかもしれない。


 ――こいつ、本当に“過去”しか知らないんだな。


 法也は「知らない?」という言葉が理解できずに首を傾げるが、にこりと笑って「ま、そこら辺の情報は今から吐いてもらえばいいか」と呟く。それに対してアキュラスも挑戦的にニヤリと笑っていた。これは、レジェールが好きだった笑みだ。


「もしかしてワールド・トラベラーってのが関係あるしれないしね……その情報も教えてもらっちゃおう」

「ワールド・トラベラー? 知らねえな、そんなバカ共の事」


 再びアキュラスは炎を纏い、法也もカタカタと“タイホロボ”を操縦しようとするのだが――次の瞬間、二人の間には強烈な光が差し込む。


「喋りすぎだよ……“情報屋”」


 ――――ピカッ!


 反射的に瞑ってしまった左目を開けると、アキュラスの視界には黒いローブで顔を隠した謎の人物が映っていた。声のトーンから男と理解し、発言から敵と判断する。アキュラスはすぐに謎の男に向かって殴り掛かるものの、彼の射抜くような鋭い瞳を前にして、身体は石像のように動かなくなってしまった。自分の身体にもどこか異変を感じ、アキュラスは咄嗟に男と距離を取る。本能的に危険を察知した。

 すると法也は「これはもう不要」と言う風に、これ見よがしに“タイホロボ”から飛び降りると、警棒のボタンを押して“タイホロボ”を空の彼方へと飛ばしてしまった。


「なーんだ、ボクの役目はもう終わりかー」

「そうだね、彼はもう堕ちてくれたから」


 そうして謎の男は赤く輝く瞳を細める。その瞬間、アキュラスの視界は不自然にぐにゃりとねじ曲がり、思わず片膝を付いてしまった。酷い眩暈と、不愉快感に支配される。


「てめえ……俺に何をした?」

「別に。何もしていないよ」


 するとアキュラスは舌打ちをしながら「これは疲れっから、あんま使いたくねえんだが……」と呟く。そして、いつも右目を隠している長い髪をぎゅっと持ち上げた。


 次の瞬間――謎の男に負けないくらいの眼光でアキュラスは法也たちを睨み付ける。しかし、いつもの彼とは明らかに雰囲気が違っていた。アキュラスは普段前髪で隠している、代償によって視力の失われた右目と、いつもの左目――両方の瞳で彼等を睨み付けていたのだ。


「!?」


 数秒後、アキュラスは驚いたように目を見開かせる。彼はアクと出会った時に授かった“自分の感覚神経を最大限まで研ぎ澄ませて危機を察知する能力”――予知(キャスト)を使い、数秒先の自分を予測したのだが――彼の視力を持たない右目に映ったのは、自分が彼等に連れて行かれる未来だった。


「まさか、てめえ等……カイリとチビが消えた事にも関係あんのか?」

「さあ、どうかな」


 謎の男はアキュラスの瞳をじっと見つめ、怪しく囁く。


「家族を喪い、その復讐も果たした……本当は、今の生活に満足していないんだろう?」

「…………」

「君はもう闘いの中でしか生きられない。そう、君の願いは“闘い”しかありえない」

「てめえ――」

「僕が君を連れて行ってあげるよ……君の願いを叶えられる、夢のような世界へね」


 アキュラスは男の言葉を聞きながら、次第に意識が遠のいていく事を実感した。怪しく目を輝かせる男の隣では、ムカつく程に勝ち誇った笑みを浮かべる法也。このまま終わるのは癪だと思ったアキュラスは、最後の力を振り絞って陸見山から天まで届くような火柱を築き上げた。


「何のつもりだ、アキュラス・フェブリル!」


 法也が焦りながら叫ぶが、それを謎の男が「彼は堕ちた。最後のあがきだったんだろうけど、もう大丈夫だよ」と制止する。

 アキュラスは意識を手放す寸前、不敵な笑みを浮かべながら、言い捨てた。

 アキュラスの世界を再び変えた――ライバルでもあり仲間でもある、“彼等”に向かって。


「さあ、どう出る……ワールド・トラベラー……」


 ――後は頼んだぜ……ディア……スティール。



 ◇



 ――WEDNESDAY 16:10



「あれは――」


 太一は未だに校内に残り、行方不明のカイリやソラシアの情報収集をしていた。そんな最中、生徒たちのざわつく声を聞き、グラウンドへと走り出す。普段は運動部が部活動に励んでいるグラウンドが、異様な賑わいを見せていたのだ。

 野次馬の正体は、まるで火山が噴火するように、突然昇った謎の巨大な火柱。方角的に、どうやら陸見山の方から上がっているらしい。


 ――あの炎……まさか、アキュラスか?


 呆然としながら太一が火柱を眺めていると、ディアガルドが隣で「もしかしたら」と珍しく険しい顔付きを見せる。突然現れたディアガルドの姿に、太一は「まだ学校に残っていたのか」と驚いていた。


「寝ていたら、授業が終わっていまして」

「お前らしいというか、 何と言うか」


 太一が呆れていると、ディアガルドは表情を崩さずに「あの炎、どう見ますか?」と短く問う。太一は目を細めて火柱を観察しながら、「確信はないけど……アキュラスな気がする」と考えを述べた。


「僕もそう思います。だとすると、もしかしたら……アキュラスは今夜帰ってこないかもしれません」

「ど、どうしてだ!?」


 驚く太一を余所に、この場には居る筈のない凛とした声が響き渡る。


「私も、そうかもしれないって思う。あれ……私たちへのメッセージじゃないかな」

「氷華」

「僕も居る」

「――とノアか」


 次はディアガルドの横に氷華が、そして氷華の肩にハンカチ状態で乗っているノアが姿を現した。彼女は市街地の方へカイリとソラシアを捜しに出ていたのだが――陸見山から昇る謎の火柱を見て太一たちの元に駆けつけたのだ。


「太一くん、アキュラスへ届いた手紙を覚えていますか」

「あの“果たし状”か?」

「ええ、確か場所は陸見山だった気がします」

「つまりアキュラスを呼び出した奴に何か関係があるって事?」

「その通りです」


 太一は記憶を頼りに例の果たし状を思い出すが、残念ながら差出人までは思い出せなかった。そんな中、ディアガルドは持ち前の頭脳を生かし、自分で考えた仮定をぽつぽつと話し始める。


「アキュラスの果たし状……あの休み時間中……つまり、この学校の誰かでは?」

「あ、そっか」

「一理あるな」


 ディアガルドの言葉に氷華とノアは閃いたように声を漏らすと、次は太一が「短時間だし、クラスメイトって可能性が高いかも?」と意見した。二人の考えを聞いた氷華は「うーん」と難しい顔をしながら唸り始める。最近自分に起こった出来事と、今回の失踪事件を繋ぎ、ある仮定を導き出した。


「確信がない仮定の話をするのは、あまり好きじゃないんだけれど」

「……氷華さんは何か心当たりが?」

「やっぱり、夢東くんが怪しいと思うんだよね。彼、私の事をワールド・トラベラーって言った」



 ◇



 ――WEDNESDAY 16:30



「三人目も手に堕ちた」

「一番厄介な“カ”が……」

「へ~、普段デスクワークしか脳がないあんたがよくやったじゃない」

「見直したぜ“情報屋”」

「だが――仲間に勘付かれたかもしれない」

「なん、だってぇ!?」

「残り二人にか?」

「いや、そこまでは僕もわからない。もしかしたら他に仲間が居るのかも」

「“情報屋”は?」

「…………」

「だんまりかよ」

「って事は謎なのね……」


 ――本当、何者なんだろうね……ワールド・トラベラー。



 ◇



 ――WEDNESDAY 22:00



 しんと静まり返った夜の教室に佇む複数の陰。太一と氷華、人型状態のノア、ディアガルド、そして妹を捜し続けていたスティールも一旦呼び出し――彼等は誰も居ないこの空間で緊急の作戦会議を始める事にした。


「片目男は?」

「駄目ですね、連絡が取れません」

「カイくんとソラシアも相変わらず」

「現状はこれがフルメンバーという事か」

「シンも不在だしな」


 それぞれが呟いた後、ディアガルドはコホンと咳払いをする。真剣な表情で、彼は「では……これより今回の事件についての作戦会議を始めます」と口を開いた。しかし、それに対してスティールが「ちょっと待ってよ」と咄嗟に言葉を遮る。にこにこ微笑みながら、スティールは自分の胸に手を当てながら言い張った。


「これじゃあディアがリーダーみたいじゃん。僕が仕切るよ」


 その発言に対して太一が更に「待った」と止める。


「ここはワールド・トラベラーである俺が仕切るぜ」


 ふんっと太一も得意気に笑うが、それに対して氷華が「えー」と口を開く。


「私もワールド・トラベラーだもん。それに女性リーダーって……かっこよくない?」


 自分が隊長のように振舞う様子をぼんやり想像しながら氷華が口元を緩めていると、ノアがぴんっと人差し指を立てながら口を開いた。


「いや、こんな風に収集がつかないようじゃ駄目だろう。ここは経験のある僕がリーダーを引き受けてやる」

「いや、僕が」

「俺が」

「私だよ」

「僕だ」


 目的を忘れて騒ぎ出す太一とスティール、氷華、ノアを見て――ディアガルドはすっと眼鏡に手をかけた。長い足を組み直し、バンッと勢いよく机を叩く。その瞬間、今まで騒いでいた四人は突然の物音にぴたりと身を固めた。


「ぎゃーぎゃー騒ぐな。そんな低脳な言い争いする奴にリーダーなんて務まる訳ないだろ? ああ?」

「「「「すいませんでした」」」」


 こうして、今後の作戦に対するリーダー役は満場一致でディアガルドとなった。



「コホン、それでは今回の事件についての作戦会議を始めます。では始めに太一くん、現状を纏めてください」

「あー……まず月曜の放課後からカイが失踪、それ以降立て続けに失踪事件が続く。翌日の火曜の放課後からソラが失踪、そして今日の放課後にアキュラスが失踪」

「次に最近の僕等についても振り返ってみましょうか。スティールにノアくん、よろしくお願いします」

「えっと……日曜にシンから呼び出されて、シンが神様会議に行ってて不在の一週間、この世界を護るっていう任務を受けた。そして、僕等の近くに変化があったね。月曜、謎の転校生たちが一度に四人もやってきた。その後、クラスの皆が彼等に魅了――彼等の手に堕ちたと表現してもいいよね、あれは」

「僕と氷華は、月曜の夜に謎の声を聞いた。その声は、僕か氷華の事を“小さなカミ”と言い、「悪夢を見せる」とか言っていたな。後は――今日、転校生の一人が氷華をワールド・トラベラーと言っていたくらいだ」

「では、氷華さん……あなたは今回の事件、どう見ますか?」

「夢東くんはワールド・トラベラーの事を“噂で聞いた”って言っていた。だけどこれは、私たち仲間内の中でしか共有していない秘密。この中で口を滑らしたって人が居ない限り……失踪した三人の中で誰かが言った。つまり――」

「今回の失踪事件と、何かしらの関係がある――ですね?」


 ディアガルドが纏めると、氷華はコクリと首を縦に振った。そしてディアガルドは少し黙った後、真剣な面持ちで仲間たちをぐるりと見渡す。彼は最後に自身の意見を口にした。


「カイリくん、ソラシアさん、そしてアキュラス……現在失踪しているメンバーです。ここから導き出せる可能性があります」


 すると太一は「それだけで?」と問いかける。ディアガルドは菖蒲色の瞳を月光で輝かせながら、「彼等には共通点がありますから」と呟いた。その言葉にノアがはっとした顔で口を開く。


「……精霊か」

「!」


 ディアガルドは「ご名答」と頷き、そのまま同じ精霊という立場であるスティールを見つめていた。


「次は、僕かスティールかもしれませんね」



 ◇



 ――WEDNESDAY 23:30



 作戦会議終了後、氷華とノアは再び陸見公園へと訪れていた。太一とスティールはそれぞれ、失踪した三人の捜索に当たっている。


「月が綺麗」

「そうだな」

「こうしていると、なんだかあの人の事を思い出すなあ」

「あの人?」


 ブランコをこぎながら月明かりを眺めていると、氷華はある世界での人物を思い出した。初めて太一と氷華がワールド・トラベラーとしての初陣を切った任務での――敵だった人物を。


「最初の世界で会った人。たまに私の夢に出てきて励ましてくれる、先輩みたいな人だよ。ほら、ノアも一緒にお墓参りに行った――」

「ああ、あの世界か……」


 ――そういえば、この前も夢の中に現れてくれた……あれ、そういえば“ヒント”って……。


 ノアは眉を顰めながら「お前とそいつはどんな関係なんだ?」と問いかけた。氷華は考える事を一旦止めると、「命を奪い、呪われた仲?」と謎の回答を返す。すると月が雲に隠れてしまい、氷華は「何か違うって言われてるみたいだ」と笑っていた。


「ふふっ、何それ」


 どこからともなく聞こえる声に、氷華とノアはきょろきょろと周りを見回す。するとジャングルジムの頂上にくすくすと笑う人影があった。


「夜更かししてたら、また授業中に寝ちゃうんじゃない?」

「夢東くんこそ、夜更かししていたら女の子たちに心配されるんじゃないの?」


 ジャングルジムに座る人影、明亜は「普通の女の子はこんな時間に会わないから」と呑気に微笑んでいる。


「それは、遠回しに私が普通の女の子じゃないって言いたいの?」

「どうだろね?」


 ぴょんっとジャングルジムを飛び降り、明亜は氷華の眼前まで歩くと、怪しい笑みを見せながら彼は平然と囁いた。


「だけど、普通の女の子はつまらないからなぁ」

「それ、夢東くんの周りに居る女の子に言ったら泣いちゃうよ」

「ははっ、女の子の涙は見たくないからね。素直に忠告を聞いておこう」


 今まで黙っていたノアが「お前、氷華から離れろ」と苛立ちを隠せない表情で言うと、明亜はきょとんとした顔で「君は確か――」と声を漏らす。


「氷華ちゃんの弟――ではない人だ。ふうん、一丁前に嫉妬かい?」

「ち、違う!」


 ノアは顔を赤くしながら反論すると、一方の明亜は楽しそうにくすくすと笑い出した。次に明亜はすっと視線をノアに移すと、怪しく眼光を輝かせながら呟く。


「そうだな……君の本心、当ててあげようか? 本当の君が、心の底で思い浮かべる――願い事」

「願い?」

「そう、君の願いはね……」


 氷華はその様子をじっと観察していた。ノアはぼんやりした瞳で押し黙るものの、明亜は何やら険しい顔をした途端、信じられないものを見るように即座にノアから距離を置く。そして「おかしい」と呟くと、今までぼんやりしていたノアは平然さを取り戻して「どうした、僕の願いを当てるんじゃなかったのか?」と笑っていた。


「おかしい……君の願いは何故か見えない……。君は何者だい?」

「僕は僕だ」


 ――あの目……催眠術っぽいんだよなぁ。


 今まで黙って一部始終を監察していた氷華は、すっと目を細めながら「夢東くん」と口を開く。


 ――本当は明日、学校で聞く予定だったけど……まあ、いいや。


 明亜はノアに対して観念したような表情を見せた後、「何かな?」と呟くと、視線を再び氷華へと移した。氷華は口元だけを吊り上げながら彼を挑発する。


「夢東くん……私がワールド・トラベラーって事、誰から訊いたの?」

「一体何を言うかと思ったら……噂だよ? クラスの女の子が話しているのを聞いたんだ」

「それ、嘘じゃない?」

「ははっ、僕が嘘を吐く訳ないじゃんっ」

「本当?」

「うん、ほんとほんと」


 明亜の目を睨み付けるように見据えると、氷華はニヤリと笑って「なら、ソラだね」と確信した。氷華の自信満々な様子に明亜は言葉を失うが、すかさず「どうしてそう思うんだい?」と氷華に尋ねる。


「私がワールド・トラベラーって事を知るクラスの女子は、ソラしか居ない」

「…………」

「それに夢東くん、嘘吐いてないんでしょ?」


 すると明亜は突然、顔を押さえながら「ふふっ……ははははっ!」と怪しく笑い始めた。その行動を不審に思ったノアは、咄嗟に氷華を庇うように前へ出る。


「ねえ、氷華ちゃん。ワールド・トラベラーって、何?」


 すると氷華は明亜の真似をするように「秘密だよっ」と人差し指で口元を押さえながら答えてみせた。

 そのまま一触即発な空気が流れるが――。


「そこまで」


 静寂を打ち破る声に、明亜と氷華、ノアはそれぞれ顔を上げる。そこには滑り台の上に立っている太一の姿があり、氷華は「太一!」と声を上げると明亜は小さく舌打ちをする。


「君は……北村太一くん、だね」

「ああ……それより氷華、ノア。今日はもう帰るぞ」


 その言葉に氷華は少し考えたものの、大人しく太一の言葉に従ってこの場は引く事にした。太一は「よっ」と言いながら滑り台から華麗に飛び降りると、氷華とノアの手を引いてその場を後にする。


「って事で。また明日、学校でね。夢東くん」

「だから“あっくん”って呼んでよ、氷華ちゃん」


 そして、明亜の呟きだけが静寂の闇に飲み込まれた。



 ――THURDAY 0:00



「また明日。“小さなカミ”であり、ワールド・トラベラー……水無月氷華ちゃん」

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