第73話 救世主と仲間たちの再始動


 ――SUNDAY 13:30



「悪い、遅刻した!」

「ごめんなさい、遅刻しました」

「すまない、遅れてしまった」


 太一と氷華、そしてノアはほぼ同時で屋上の扉を叩いた。そこには既に仲間たちが座っていて、不自然なくらいににこにこ笑っている。太一と氷華は咄嗟に不気味さを覚え、ノアは嫌な予感が脳裏を過ぎった。どうやら、それなりに待たせてしまったらしい。


「後で何か奢れ」

「太一の手作りお菓子で許してあげるよ! 氷姉は後で遊びに連れてって!」


 カイリは珍しく爽やかな笑みで、ソラシアはいつものように笑いながら催促した。次はアキュラスが太一の肩をぽんっと叩いて「手合わせにでも付き合ってもらおうか?」と口だけを吊り上げている。同じくスティールは氷華の肩を叩きながら「ソラシアと三人でデートでもどう?」と企んだ笑みを見せ、最後に真っ黒いオーラを纏いながらディアガルドは「三人共、新技のサンドバッ――実験体になってくださいね」と宣告していた。


 太一と氷華は心底嫌そうな顔をしながら、呼び出しをすっかり忘れていた自分自身を呪った。無関係かと安心していたノアも、最後のディアガルドの一言で、はあっと溜息を吐く。


「やっと揃ったな」

「いやあ、部活してて」

「いやあ、アイスが美味しくて」


 その発言に対し、アキュラスは「アホ毛女はやっぱり頭の中もアホだな」と呟き、氷華は「うるさいのはその派手な頭だけにしてよ、片目男」と続け――出会い頭にも関わらず、二人はバチバチと激しい火花を散らすように睨み合っていた。早々にこの応酬を繰り広げる辺りから安易に察せるが、二人は犬猿の仲である。


「まあまあ、落ち着こうよ二人共」

「喧嘩は駄目だよ!」


 スティールとソラシアは兄妹らしく息を合わせて止めに入り、アキュラスは「うるせえ、止めんな! 今日こそあのアホ毛毟る」とムキになって声を張り上げる。その応酬にカイリとディアガルドは苛立ちを覚え始め、隣の太一とノアが「ヤバイな」「……ああ」と何かを察したのか、冷や汗を流しながらアイコンタクトを取っていた。


「調子に乗らないでください皆さん。眠い中、わざわざ足を運んでやったのに」

「いい加減にしろよ……こっちは早く帰ってゲームしたいんだっての」


 腕を組むディアガルドの周りにはパリパリと電気が帯び始め、カイリの右手にも水分が集まり出す。そのままディアガルドは両手を広げ、電撃をアキュラス目掛けて放つのだが――アキュラスはするりとそれをかわし、代わりに氷華が電撃を浴びる事になってしまった。髪をいろんな方向に跳ねさせながら、氷華は「けほっ」と咳込む。肩を震わせながらばっと手を頭上に掲げ、氷華は呟いた。


「冷凍食品にしてあげる……!」


 怒った氷華がそのまま地面に手を付くと、瞬間的に足元からピキピキと凍り付く。すかさず全員がその場を飛び跳ねてかわすが、スティールに踏み台にされたアキュラスが逃げ遅れ、無残に氷像と化した。

 乱闘のような現状にキレたカイリが水の龍を繰り出し、それが太一に直撃し、彼も怒って竹刀を手に取るが――。


「いい加減にしろ、お前たち!」


 ――――ピカァッ!


「なっ――」

「ちょ、それは!」

「や、やめろ、シン!」


 ――――ドカァアアン!


 突如現れたシンにより、陸見学園の屋上の一部が爆発するという最小限の被害だけで、この大乱闘は鎮められたのだった。



 ◇



「さて、ようやく全員揃ったな。という事で、今回の特別任務を言い渡す」

「あー、重大な任務だっけ?」


 わしゃわしゃと頭を掻きながら、カイリはシンをじっと見つめた。他の面々も反省の色を見せているのか、正座状態で黙ってシンの話を聞いている。重大な任務という言葉で、氷華は「また異世界とかに出動?」と首を傾げていた。


「いや、今回はこの世界だ」

「珍しいですね。この世界での重大任務なんて」

「ああ。時間もあまりない事だから、早速――」


 こほんと咳払いをして、シンは途端に真剣な面持ちに切り替える。その様子に一同はごくりと生唾を飲み込んだ。何やら只ならぬ緊張感が走り、一同もそわそわと落ち着かない様子で、シンからの指示を待つ。


「今回の任務内容を言い渡す。カイリ・アクワレル、ソラシア・アントラン」


「……はい」

「はいはーいっ!」


「アキュラス・フェブリル、スティール・アントラン、ディアガルド・オラージュ!」


「おう」

「はーい」

「はい」


「そして……北村太一、水無月氷華、ノア!」


「うっす!」

「はいっ!」

「……ああ」


 全員の視線が、一点――シンの元へと集まり――。


「私が不在の間、全員でこの世界を護ってくれ」

「「「……は?」」」


 その瞬間だけは、全員の心が一つになった。



 ◇



 任務内容の一言で纏めると、シンが不在中の世界の護衛だ。きちんと要約すると、何とも胡散臭い“神様会議”とやらに出席する間の一週間、この世界を護って欲しい――という任務だった。

 この世界から神であるシンが不在になるという事は、万が一この世界を狙う者が現れれば、危険に晒される可能性がある。もしもこのタイミングで世界に攻撃を仕掛ける敵が現れた場合、闘ってでも世界を護って欲しいという任務だ。

 最も、「シンが不在の今がチャンス」と考える者は――酔狂なまでに神の存在を妄信する者か、シンの存在を知る関係者、そして異世界の神等――ごく一部にしか限られていないのだが。


 太一の「まあ、そう簡単に世界乗っ取り計画なんて起こらないよな~……」という呟きに対し、ディアガルドは眼鏡をくいっと上げながら「いや、油断をしていると痛い目を見る……可能性もありますよ」と指摘した。


「まあ、太一くんが言う通り、可能性は極めて低いと思いますけどね」

「要するに敵が現れたら潰せばいいんだろ?」

「わあ、アキュラスのくせによく理解できたね」


 にこにこ笑ったままのスティールが茶化すものだから、アキュラスはより一層目を鋭くさせて拳を振り上げる。それを面倒そうにカイリが宥め、ソラシアに至っては「ティル兄頑張って!」と呑気に兄の応援を始めていた。


「おい、また乱闘したらシンに叱られるんじゃないのか?」

「そうだね。そうなると面倒だからアイスの続きに行こっか」


 氷華が他人事のように無視しながら立ち上がり、ノアを催促して再び陸見町探検へ赴こうとすると、太一も「俺もあいつ等に巻き込まれると面倒そうだから」と続き――次第に「僕も行きます」「ソラも! ねえ、カイも行こうよ!」「ちっ……俺は塩バニラな。これは譲れない」とゾロゾロと屋上を後にする。それを見たスティールも「待って待って、僕も行くから!」と慌てて走り出し、ターゲットに逃げられた事でアキュラスも「待ちやがれアホスティール!」とそれを追っていた。




 ――人間ではなくなった彼等も、こんな風に人間らしい日常を送れる日がくるとはな。


“彼等”に含まれるカイリ、ソラシア、アキュラス、スティール、ディアガルドは――シンの言葉通り、人間ではない。彼等は今、精霊と呼ばれる存在だ。五大精霊を司る守護精霊と契約した人間、それが精霊の正体。契約の際に彼等は“とある代償”を払い、強大な精霊の力を手にした。


 それぞれ、人間である事を捨て、精霊となる契約を決意させる程、悲痛な過去を持っている。その時の彼等は、これから先の未来で、人間らしい生活を送れる日がくるとは微塵も思わなかっただろう。

 初めは敵同士だった彼等も、ワールド・トラベラーの活躍、彼等自身が直接ぶつかり合う事により認め合い、思い出し、決意させ――今となっては互いに大切な仲間たちだ。


 精霊の五人は、今では太一や氷華と共に、この陸見学園へも通っている。夢にまで見た人間らしい生活。契約の際に払った代償の辛さを忘れさせてくれる程、彼等は今の生活を楽しんでいるようだった。


 ――実にいい事だ。これも常に何かを救い続けているワールド・トラベラーの影響、か。


 空の上から、彼等の様子を見ていたシンが橙色の長髪を揺らし、とても嬉しそうに微笑んでいた。



 ◇



 ――SUNDAY 15:00



 目的のアイス屋に到着すると、氷華とソラシアは目を輝かせながらメニューを眺めて「どれにしよう?」「いっそ全部いっちゃう?」と、何とも言えないガールズトークを繰り広げていた。あまり現実的には思えないが、アイス好きの氷華とスイーツ好きのソラシアが揃ってしまうと、全種類食べ切る事も不可能ではない。そんな驚異的な女子二人の傍ら、カイリは「俺は塩バニラだから」と自己主張し、ノアも「チョコ」と一言だけ口にする。


「あれ、昂(スバル)くんじゃない。今日はお休みでしょう?」

「ええ。今日は友人たちと共に、客として」


 にこりと店員に笑いかけるディアガルドは、たまにこのアイス屋でアルバイトをしている。昂というのは名前を捩った偽名で、氷華と初めて出会った場所もこのアイス屋だった。


「という訳で――キャラメルヘン、ベリリーン、ウルトラバニラ、チョコレイ党。僕はコーヒー☆俺と……希望ない彼等はあれでいいですね、塩とミックス☆俺とクスクスを。全て一つずつ」

「……チャレンジャーね、あれを頼むなんて」

「僕が食べる訳じゃないですから」


 何やら怪しい会話を繰り広げるディアガルドを余所に、罰ゲーム的なアイスを食べる事になるスティールとアキュラスは未だに低レベルの口喧嘩を続けていた。ちなみに、それに巻き込まれている只の被害者である太一も、罰ゲーム的なアイスを食べる未来が待っている。


「流石働いてるだけあるな。あんな奇妙な品名を暗記してるなんて」


 すると、アイス好きを通り越してアイス狂な氷華は、何故か対抗するようにカイリに意見した。


「カイ、私も見ないでも言えるよ。ちなみにクスクスの意味もちゃんと知ってるん――」

「お前は只の通い過ぎだろ……」


 カイリからのツッコミに不貞腐れながら、氷華は噴水近くのベンチに座り、仲間たちの様子をぼんやり観察する。


 ソラシアは店員からアイスを受け取り、ぺろりと舐めて幸せそうに顔を緩めた。

 カイリやノアも、食べ慣れないアイスを少し照れながら齧り付く。

 未だに喧嘩を続けているアキュラスとスティールの口にディアガルドは思いっきりアイスを突っ込み、二人はお世辞にも美味しいとは言えないアイスの味に気絶しかけていた。

 一方のディアガルドは、涼しい顔で自分のアイスを口に運んでいる。

 そして、食べるには少し戸惑ってしまう色のアイスを前に、太一もどうするべきかと眉間の皺を潜めていた。


 ――皆、楽しそう。


「氷華、早く食べないと溶けるぜ」


 キャラメル味のアイスを太一から手渡され、氷華は嬉しそうに笑う。大切な仲間たちと共に、楽しく笑い合う――平和な今という現在を、とても幸せに感じながら。


「こんな、楽しい時間――いつまでも続けばいいなあ」



 ◇



 ――SUNDAY 18:00



 シンは、少女の頭を優しく撫でた。自分が依頼する任務をこなしてくれるワールド・トラベラーや精霊たちに向けるような、まるで子供を見護る父親のような――そんな、とても優しい眼差しを向けながら。


「……何故、目覚めてくれないんだ」


 少女は答える事なく、シンの呼び掛けはその場の幻想的な空間へ溶けていった。草原の如く柔らかな緑の光が広がる空間の中心で、西洋の姫が眠るような天幕付きのベッドの上で、少女は瞳を閉じたままだった。寝息すら立てずに眠り続ける姿は、まるで命を宿していない人形のようだ。少女の艶やかな漆黒の長髪を愛おしそうに撫でながら、シンは戸惑うように口を開いた。


「私はもう完全に復活した。しかし、何故お前は目覚めない?」


 ――理由があるとしたら、私が神になった際による不祥事……いや、それはないだろう。私の能力が衰えているという訳でもあるまい。


 消えるような声で「私はもう、喪いたくないんだ」と呟き、シンは瞳を閉じる。その言葉は、この世界の神というよりも、ひとりの人間としての発言のような悲痛な雰囲気を纏っていた。


 ――それに、あの人もまだ……。


 脳裏ではひとりの女性を思い浮かべながら、シンは溜息混じりで「まあ、あの人の方は普通に寝過ごすような人だから、変な事情はない可能性もあるが」と苦笑いを浮かべる。そのまま暫く昔を懐かしんでいたシンだったが、顔を上げて「時間か……」と立ち上がった。


「あの爺さん、早く隠居しないかな。そうすれば私が……でもあの爺さん、殺しても死なない雰囲気してるからなあ……」


 こうしてシンは、他の神々との会議を若干憂鬱に感じつつ、サボる訳にもいかない会議に出席する為、少女に対して背を向ける。


「じゃあ、行ってくるよ。刹那」


 ――もしくは、何者かが刹那の覚醒を邪魔しているのか。となれば、突然の会議による私の不在……それに刹那が目覚めない事……これは繋がっているのか?


 シンの体内に眠る、力の象徴である“神力石”が疼くような感覚に陥り、彼はすっと胸に手を当てた。眠り続ける刹那を思い浮かべ、自分の過去を振り返り――最後に、今の仲間たちを案じ、シンはひとり歩き出す。


「気を付けろよ……皆」



 ◇



 ――SUNDAY 19:00



「カミが動き出した」

「トキってのはどうしてんだ?」

「トキの時間は止まったままだよ」

「あら、それは好都合」

「ホシたちは?」

「呑気なもので……相も変わらずだよ」

「あんな奴等が、ねぇ……アタシ、未だに信じられないわ」

「こちらとしては助かるよ。あそこまで弱体化したホシを操る事は容易いから」



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