World Trace Story

精霊と新たな闘いのプロローグ

第72話 日常と非日常の狭間


 ――SUNDAY 13:00



「今日お前たちを呼び出したのは他でもない」


 明るい夕焼け空のような橙色の長髪を靡かせながら、ひとりの青年はニヤリと笑う。自信に満ち溢れたような、得意気な笑みで――青年は堂々と続けた。


「神である私から与える、特別任務だ!」


 世間一般から見れば、自身を神と称する青年なんて、胡散臭さを通り越して怪しさを覚えるだろう。人によっては、ちょっと関わり合いたくない部類にも属されるかもしれない。

 しかし、実はこの青年――本当に神と呼ばれる立場の存在なのだから性質が悪い。彼は自らをシンと名乗る、この世界の創造主なのだ。この世界において、唯一無地の超越的な存在である。


 シンはつい最近まで、“二人居た”。語弊が生じる表し方だが、文字通り二人の存在だったのだ。

 一人は自らの善の心を司る青年――ゼン。

 一人は自らの悪の心を司る青年――アク。

 訳あってシンはその二人に分裂してしまい、ゼンとアクは「どちらが神として完全体となるか」という熾烈な闘いを繰り広げ――遂には世界が滅亡しかけるまでの争いにまで発展した。しかし“救世主”と仲間たちの活躍によって世界滅亡はどうにか免れ、ゼンとアクは最終的に和解。その結果、ゼンとアク両方の存在を共存するという最良の形でシンが復活し、神として完全な存在に生まれ変わったのだ。




「任務って何?」


 そう問いかける少女は、小麦色のふわふわした髪を揺らしながらエメラルドのように輝く青緑色の瞳をぱちぱちと何回か瞬かせた。未だに幼さの残る彼女の名は、ソラシア・アントラン。仲間たちからの通称はソラだ。


「またくだらない事じゃないよな?」


 ソラシアの隣に座る青年が呆れながら空色の髪を掻き上げると、耳元のピアスがしゃらんと揺れた。気だるそうに溜息を零す彼は、カイリ・アクワレル。仲間たちからはカイと呼ばれている。


「けっこう重大な任務だぞ?」

「あんたの言う重大はアテになんねえけどな」

「この前は究極のプリン捜しだったからね」

「誰でしたっけ? テレビ番組に影響されて「プリンが食べたくなった。だが普通のプリンでは駄目だ、究極に美味しいプリンがいい!」と誇らしげに命じてきたのは」


 燃えるような緋色の髪で右目を隠した青年はぼそりとツッコミを入れ、それに続いて物語の中の王子様のような微笑みを浮かべる淡黄色をした髪の青年、艶のある深紫色の髪を靡かせる中性的な青年が茶化し出す。


 緋色の髪をした青年はアキュラス・フェブリル。面倒そうに文句を言いながら、シンを鋭い眼光で睨み付けていた。


 続いて淡黄色の髪から甲斐間見える、青緑の瞳を細めながら笑うのはスティール・アントラン。名前からわかる通り、ソラシアの実兄に当たる青年だ。


 最後に、過去の言動を例に出しながら古傷を抉るように茶化したのは、ディアガルド・オラージュ。長めの髪を緩く一つに纏め、欠伸をしながら眠そうに目を擦っている。


「うっ……だってあんなに素晴らしい特集をされれば、神である私とてプリンが食べたくなってしまうだろう!?」

「そこで同意を求められても困ります」


 一蹴したディアガルドを皮切りに、カイリやソラシアも「最終的にコンビニのプリンが優勝したな」「美味しかったね」と談話し始めていた。


「究極って何でしょうね」

「まあ、コンビニって凄いからね。いろいろ売ってるってだけでも凄いのに、あんなにいっぱい支店があるんだもん」

「てめえと意見が合うのは珍しいな。コンビニは一日中開いてるのもヤベえ。あいつ等いつ休んでるんだよ」

「あ、それは僕も思った。ああいうのを社宅……違うな、社……あ、社畜だ。社畜っていうのかな?」

「久々にアキュラスとスティールの低レベルすぎる会話を聞きました。もう面倒なのでツッコミは入れません」


 ディアガルドが盛大な溜息を零す横で、シンは意気揚揚としながら「大丈夫だ! 今回はプリンではない」と述べた。別にプリンが悪い訳ではないのだが、どうやらシンは思考回路においても常人とは少しずれているところがあるのだろう。ディアガルドが遠い目をしている様子を見て彼の心労を察したのか、カイリは「だからってケーキとかもやめとけよ……」とシンに対して忠告した。するとソラシアは、ぱあっと表情を明るくさせながら「あっ! ソラ、ケーキ食べたい!」と手を挙げ、スティールは「じゃあ後で買いに行こうか」と呑気に微笑んでいる。


「……それで、重大な任務って?」


 脱線しまくった話の軌道修正をするように、カイリは大きめの声でシンへ問いかける。やっと本題を思い出したシンは、こほんと咳払いをし、彼等に今回の任務内容を伝えようと口を開くが――寸前で、それをぐっと思い留まった。


 今まで気付かなかったのだが、同じく呼び出している筈の“ある人物たち”がこの場に居ないのだ。今となってはすっかり“この世界の重要人物”になった彼等抜きでは、易々と話を進める訳にはいかない。


「……そういえば、あいつ等はどうした?」



 ◇



 ――SUNDAY 13:15



「太一、今日も絶好調だな!」

「学年内新記録だってよ!」

「おっ、やった。昨日ちょっと走ってたからかな」


 陸上部に所属する北村太一は、休日のグラウンドを疾風のように駆け抜けていた。無造作に跳ねさせた墨色の髪を揺らし、颯爽とレーンを走る彼の姿は、校内でも一部の女子たちから絶大な人気を博している。

 そんな太一は、今日もいつものように陸上部の友人たちと談笑しつつ、部活動に励むという――一般学生のような日常を送っているが、彼はとある大きな秘密を抱えていた。


「昨日走ってた? 確か昨日って部活休んでなかったか?」

「あ、えっと――ちょっと用事あって」

「ふーん」


 友人たちが怪しそうに太一を見つめる中、一方の太一は苦笑いを浮かべて心の中で叫ぶ。


 ――ちょっと世界救ってました、なんて言えねぇええ!


 太一が本当に駆け抜けているものは、グラウンドのような規模には収まり切らない。もっともっと広大で、果てしない――“世界”だった。




 救世主――ワールド・トラベラー。太一たちがそう呼ばれるようになってから、もうすぐ一年になる。突然現れたゼンと呼ばれる青年に「世界を救ってくれ」と頼まれた時は酷く困り果てた彼等だったが、ゼンからの説得とそれぞれの覚悟もあり、救世主として闘う決意を固めた。その際にゼンから授かった能力である魔役、そして持ち前の剣術、陸上部で鍛え上げたスピードを駆使しながら――太一は仲間と共に、救世主として世界の為に闘ってきた。最終的には世界を、そして神をも救ってみせた太一たちは、現在でも仲間と共に、自分たちが住むこの世界や異世界のパトロール的な任務を続けている。


 日常的な学園生活と、非日常的な救世主生活。最早、日常と非日常の境界が揺らぎ、救世主生活が日常になりつつあるが――太一はそれ等をどうにか両立していた。




「あ、わかった」

「え?」


 唐突に友人が呟き、太一の肩をがしっと組む。それに驚いた太一は、飲んでいたスポーツドリンクを咽らせ、ゲホゲホと苦しそうに咳込んだ。涙目で「な、何だよ」と苦し紛れに問いかけると、友人はニヤリと笑いながら自信満々で口を開く。


「さては太一、昨日……氷華ちゃんとデートでもしてたんじゃないか?」


 その言葉に太一はガタリとスポーツドリンクを落とし、明らかな動揺を見せながら叫んだ。


「馬鹿――ち、違うから!」

「ほほーう、その動揺は怪しいな北村ぁ……観念して吐け! 場合によっては殴る!」

「だ、だいたい何で! デートで走り回るんだよッ!?」

「まあ……確かにそうか」


 茶化す友人たちに太一は呆れ返っていたが、内心で焦っていた事も否定できない。


 ――確かに、氷華と一緒には居たけど……。


「あーあ。だけど本当お前が羨ましいよ、太一。あの氷華ちゃんと幼馴染だなんてさー」

「玉砕覚悟で告白してみたい気もするけど、“あの噂”があるからさー。でも俺、この前ノリでファンクラブ入っちゃった」

「マジかよ」


 友人たちの嫉妬に似たじっとりとした視線に頭を掻きながら、太一は再び大きな溜息を吐いた後――彼は今まで忘れていたある事を思い出す。


「氷華……救世主……任務…………任務!?」


 即座にガタリと立ち上がり、太一は運動着のままで校舎の方へと全力で駆け出した。


「ちょ、太一どこ行くんだ!?」

「やばい! 任務忘れてたッ!」

「「「任務……?」」」



 ◇



 ――SUNDAY 13:15



 太一がグラウンドで走っている同時刻、水無月氷華は飛び跳ねるように欅並木を上機嫌で歩いていた。琥珀色の長い髪に、同色の瞳。ぴょんっと跳ねた一本の逆毛は、彼女のチャームポイントの一つだ。ちなみにアホ毛と言うと氷華は否定するが、周りからはアホ毛と認識されている。

 天真爛漫な性格、可憐な容姿から、氷華は密かに学園のアイドル的存在でもあるのだが――彼女自身はそれを自覚していない。


 そんな彼女の半歩後ろには、ひとりの少年が付き従うように歩いている。少しだけ癖のある黒緑色の髪に、雪の結晶のワンポイントがある大きめのハンカチをバンダナのように巻き、彼は終始険しい表情で他人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。これにより氷華に声をかけようとする男たちも畏怖し、彼女には安易に近寄れない。それを見ると彼は満足したように、小さく口元を吊り上げていた。

 さしずめ、氷華のボディーガードと言ったところだろうか。


 そんな彼の行動にも気付かず、氷華は楽しそうに指をさしながら説明を始める。


「ここね、冬は凄いんだよ。光のトンネルになるの」

「光のトンネル?」

「うん、綺麗なんだ。去年は任務とかで忙しくて行けなかったから、今年は皆で行きたいなぁ。それで、ここを抜けると大きめの公園があって――」

「コウエン?」

「うん。公園は楽しい場所って覚えておくといいよ。そこの公園では、よくお祭りとかもやってるんだ。来月は花火大会あるし、秋にはジャズ――音楽のお祭りとかもあるの」

「マツリ?」

「うん。お祭りも楽しい事って覚えておくといいよ。今度、皆で行こうね」

「さっきから、楽しい事しか説明されていない気がする」

「んー、じゃあ怖い場所とか行ってみる? 歯医者さんっていうんだけど」

「それはこの前に痛感したから遠慮する」


 氷華が連れているこの少年――ノアは、異世界からきたアンドロイドである。




 水無月氷華。彼女もまた、太一と同じくワールド・トラベラーとして世界を救った一人だ。ゼンから授かった魔術を駆使し、激しい死闘いを繰り広げる最中、彼女は異世界でノアと知り合い――自らを救われ、彼を救った。


 ノア自身は氷華に対してそっけない態度を取る事が多いが、それは彼の性格上の問題なので、互いに特に気にしていない。氷華を護ると決めたノアは、自分にとっては異世界でもあるこの世界に付いてきて、こうして常に氷華と行動を共にしていた。

 ちなみに普段のノアは、いつも彼が頭に巻いているハンカチに慿依し、人型ではなくハンカチ状態でふわふわと浮かびながら氷華に付き纏っている事が多い。


「よーし。だいぶ歩いちゃったし、アイス食べよっか」


 そして「学校の近くにある方の公園に、よくキッチンカーのアイス屋さんがきてくれるんだけど、そこでディアがたまに働いてるんだよ」と説明しつつ、氷華は近くのコンビニで二人分のアイスを買っていた。


「意外だな。ドクターがそんな事をするなんて」

「うん。私も初めて会った時は、美人な店員さんだなーって思ってたの。そうしたら男の人だったから驚いたよ。しかも敵だったから更に吃驚。今は大事な仲間だけどね」


 ぺろりとアイスを舐めながら、氷華はへらへらと笑って疑問を呟く。


「そういえば、確か初めてディアに会ったあの時――」

「どうかしたのか?」


 何かを考える様子の氷華に一瞥しつつ、ノアもアイスを口に運ぶ。氷華は「うーん」と呟きながら、ぼんやり思考を巡らせていた。


 ――あの時も確か、今みたいに何かを思い出しそうな感覚になって……。


 そして、その思考はある一つの真実に繋がる。


「あっ、思い出した……今日ってシンに呼ばれてたんだった!」


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