番外編9 お年玉争奪戦


 十二月も残り数日。もうすぐ新たな年を迎える年末の時、太一たちはシンから呼び出された。この手の呼び出しの際、いつも集まる陸見学園の屋上は、学園自体が閉まっている為に入れない。太一は厚手のコートを着込み、パラパラと小雪が舞う中、指定された河川敷へ向かって歩いていた。


「あれ? もしかして俺が最後か?」


 すると、ふわふわの耳当てや手袋等で防寒対策ばっちりのソラシアが「遅かったね、太一」と笑いかける。隣では着用できるタイプの毛布を纏ったカイリが「早く帰りたいし、さっさとシン呼んで用件訊こうぜ」と気怠そうな表情を浮かべていた。


「やっと来たか、北村ァ! てめえも相手に……なれッ!」

「余所見してると……足元凍るよ!」

「うわっ、ととっ……ちょっとアキュラス、今のは君でしょ」

「隙ありッ!」


 何故か羽子板に白熱している様子の氷華、ノア、アキュラス、スティールの存在に気付き、太一は遠い目をしながら「何やってるんだ? あれ」と問い掛ける。どうやら審判をしていたらしいディアガルドは「時代の先端を行ってるらしいですよ」と欠伸をしながら適当に答えた。


「いや、まあ……確かに数日くらい時代の先を行ってるけど……」

「でもティル兄たち楽しそう。ソラも混ざろうかな」

「俺は怠いからパス。ってか氷華とかアキュラスは馬鹿なのか? この寒さであんな薄着って、初期装備でラスボスに挑むようなもんだろ……」

「冬でも半袖で体育する人、クラスに一人くらい居るでしょう? あの二人はそれなんだと思いますよ」


 ディアガルドの考察に対し、寒さに滅法強い氷華の事例を思い浮かべた太一が頷きながら同意していると、彼等の背後から「おっ、皆揃ったようだな!」と軽快な声が響く。こんな寒空の下に自分たちを呼び出した張本人の声が聞こえ、太一は「それで、シン。今回は一体どんな……」と言いかけて――言葉を失った。


「新年メリー明けましてクリでとう」


 何とも言えない沈黙が流れる中、暫く固まっていた太一はやっと声を振り絞る。


「いや、クリスマスは終わったし年も明けてないから」



 ◇



 太一たちはワールド・トラベラー。一言で表せば、世界の平和を護る救世主だ。異常が出れば調査に赴き、危機が迫れば世界を護る。

 シンの下、日頃からその任務を密かに遂行している彼等にとって、休暇というものは不定期である。よって、数日前のクリスマスでさえ彼等は任務に励んでいた。


「この立場になる以上、休暇なんてあってないようなものだ。それはお前たちも先日のクリスマスに現れた特異点の存在で痛感しただろうが……」

「まあ、そういう覚悟はしてたよ」

「でも正直言うと、ソラは皆でパーティーとかしたかったかも」

「パーティー? ああ、確かクリスマスはそういう行事でしたっけ……」


 いつも博識なディアガルドの意外な発言を聞き、太一は目を丸くさせていると、シンはびしっと人差し指を立てながら「それだ」と口を開く。


「お前たちは常識から逸脱した存在だ。そして、これ以上は逸脱して欲しくはないとも願っている」


 このまま平和な日常を疎かにすれば、次第に彼等は「シンの任務を遂行するだけの存在」になってしまうだろう。人間的な生活を忘れ、機械的に任務を遂行するだけの存在になってしまう。例えワールド・トラベラーとその仲間たちであっても、シンは彼等にそうなって欲しくはなかった。


「普通の人間としての視点を忘れず、世界を護っていて欲しいからな」

「つまり、少し遅れたクリスマスパーティーをしろって事か?」

「まあ、それでも良いが……今回私が用意したのはこれだ」


 そう言いながら、シンは紙製の袋を手に持った。カラフルな八枚の袋には、それぞれ中に何か入っているようだ。


「じゃじゃーん。お年玉争奪戦だ」


「「「お年玉……?」」」

「「「争奪戦?」」」

「と言う訳で、只今より私からのお年玉を賭けた、仁義なきお年玉争奪戦を開始する」



 ◇



 争奪「戦」と言われて、真っ先に身を乗り出したのはアキュラスだった。彼は楽しそうに目を輝かせながら「賞金はどうでもいいが、闘いなら話は別だ! おい、シン。何の勝負だ? 殺し合いか? 決闘か? マラソンか?」と嬉々として問い掛ける。太一は内心で「最後だけちょっと平和だな」と思った。


「正月らしく羽子板……は先程やっていたみたいだからな。ここは双六にでもしようか」

「双六? そんな地味な事やってられっかよ。もっと他に――」


 するとシンはニヤリと口元を吊り上げ、「だったらアキュラスからスタートしてみれば良い」と言いながら、バラエティ番組なんかでお馴染みの雰囲気の巨大なサイコロを差し出した。いつの間にか足元には「スタート」という大きな床、前方には色とりどりのマス目まで広がっている。一瞬でこの仕掛けを施したシンを見て、太一は改めて「ああ見えて神なのか」と複雑な心境になった。


「ルールは簡単だ。サイコロを振って、止まったマスの指令をクリアする。先にゴールに辿り着いた者から、好きなお年玉を選べるぞ」

「つまりゴールさえすれば、お年玉は貰えるの? わあ、ソラ頑張る!」

「何かパーティーゲームみたいで少しテンション上がってきたかも」


 乗り気なカイリとソラシアを他所に、スティールは少し怪しむように「そのお年玉の中身って?」と問い掛ける。しかし、シンはニヤリと笑ったままで、その問いには答えようとしなかった。


「開けてからのお楽しみだ。開けたら歳を取る、なんてものもあるかもな?」

「玉手箱かよ」

「ちなみに一番の目玉は有給休暇。それと今日はゴールするまで帰れないぞ」


 シンの笑顔を見て、アキュラスはチッと舌打ちを打ちながら、思い切りサイコロを投げ飛ばす。どうやら観念して参加する気になったらしい。そんなアキュラスが初手で出した数字は三だった。


「うわ、微妙。ここは一番大きいのとか小さいのとか出してくれれば盛り上がったのに」

「五月蝿え、スティール。こんなのさっさとゴールしてや――」


 ――――ドスンッ!


 その瞬間、アキュラスが消えた。

 正確には、太一たちの視界から消えた。


「ぷぷっ……あははは! アキュラスが……落とし穴に……ふふっ」

「見事に落ちましたね」

「動画撮っておきたかったかも」


 落とし穴から身を乗り出したアキュラスは、青筋を浮かべながら「てめえ……」と声を震わせる。続いて大爆笑するスティールがサイコロを振るうと、数字は五。彼は余裕満々で「お先に」と言いながら、アキュラスの横を颯爽と通り過ぎて行くのだが――。


「ん……マスに何か書いてあ――」


 ――――バシンッ!


 其の瞬間、スティールの頭上から金属の盥が落ちてきた。


「……〜っ!」


 華麗に落とし穴に嵌ったアキュラスと、頭を押さえながら蹲るスティールを見て、シン以外の残りの全員は同じ事を思った。


 ――この双六、普通の双六じゃない。



 皆の予感は的中し、マスに止まる度に碌な事が起こらなかった。


 カイリは「リフティング二十回」で普通に苦戦し、ソラシアは元気よく「陸見学園の校歌を歌う」事になったり、ディアガルドが「初恋について語る」と、周囲の空気が一気に沈む。ノアも真顔のままで「三分間、語尾をござる」で喋り、太一は「プロポーズの台詞を言う」というマスで死にたくなった。

 そんな中、氷華だけは何故かいつもよりも真剣に双六に取り組み、罰ゲーム的なマス目に止まっても顔色一つ変えずに平然とクリアしていく。その様子は、何か強い決意を秘めて戦場に向かう戦士のような雰囲気だ。


「お年玉……私はお年玉で有給休暇を……何としても……!」


 念仏のように唱える氷華を一瞥しつつ、太一は「珍しくやる気だな……」と呟きながら、再びサイコロを振るのだった。



 ◇



 その後も双六らしからぬ激戦を交えつつ、どうにか全員がゴールに辿り着いた。その風景は割愛するが、ゴールに辿り着いた全員が(体力的にも精神的にも)ボロボロの状態だった事から、何となく察して欲しい。

 ちなみに一番乗りはカイリで、最下位は太一だった。


「皆、お疲れ様だな。さて、まずはカイリから選びなさい」

「んー、じゃあこれで」


 カイリは特に何も考えず、青色の袋を手に取り、中身を確認する。中身は「休暇」と書いてあり、カイリは「おっ、これが当たりか?」と嬉しそうに目を輝かせる。対してシンは「私的には外れだな」と残念そうに溜息を零した。


「個人的にはお前かディアガルドに「当たり」を引いて貰いたかったんだが……まあ、しょうがないか」


 その言葉を聞きながら、何だかんだ運がよかったスティールが黄緑色の袋を選び取る。二着でゴールしたスティールの中身は――。


「あっ、「当たり」って書いてある! やった、新年からラッキーかも」

「ティル兄おめでとう!」

「まだ新年じゃないけどな」


 太一が静かにツッコミを入れる横で、にこにこ微笑むスティールだったが、シンの意味深な笑みを見て「……これ、「当たり」なんだよね?」と再度確認をする。シンは嬉しそうに笑いながら「ああ、私的には当たりだな」と胸を張っていた。


「めでたく「当たり」を引いたスティールには、年始に行われる面ど……少し厄介な行事に参列して貰う」

「カイリくん、この「当たり」交換しない?」

「俺は休暇がいいから嫌」


 きっぱり断られ、溜息混じりに「実質外れじゃん……」と落胆している横で、ソラシアは「あ、ソラは「緊急時は任務」だったよ」と橙色の袋を持ちながら手を挙げる。それに補足するように、シンは「年末年始の緊急時は任務、基本は休暇。まあ、普段通りって感じだな。一番面白味がないという意味ではそれも外れだ」と説明していた。ソラシアにとっては、仲間たちと共に過ごす時間が大切なので、休暇でも任務でも特にどちらでもよかった。


「ああ、よかった。僕も休暇でした」

「ふむ、私にとっては新年早々幸先が悪いらしい」

「だからまだ新年じゃないけどな」


 再び太一のツッコミを聞きながら、ディアガルドはくすりと微笑み、口元の前で紫色の袋を掲げる。そのまま「でもこれで、今回の件に関して、シンの不正がないという事は証明されましたね」と指摘していた。


 ――まあ、シンの発言に嘘偽りがなければ……ですけど。


 まるでディアガルドの思考を逸らすように、シンは時計を見ながら「さて、そろそろ時間も押しているから一気に渡すか」と残りの袋を広げる。何か用事があるのか、シンは「氷華、ノア、アキュラスの順で選べ。太一は残った一枚だ」と矢継ぎ早に促した。太一は「残り物には福があるって言うし……」と思いつつも、少し悔しそうな表情を浮かべている。来年は勝てるように、双六の練習をしようかと考えながら、残った白い袋を手に取った。


「折角だし一斉に開けるぞ」

「はっ、そんなチンタラ待ってられねえ。おりゃあっ!」


 太一の提案を見事に無視したアキュラスは、赤色の袋から「緊急時は任務」と書かれた紙をバシンッと投げ付ける。その文字を確認し、アキュラスは「チッ……武道会の参加券とかならテンション上がったが……つまんねえ」と悪態を付いていた。その様子を見たスティールは、すかさず「なんなら僕のと交換してよ」と提案するが、アキュラスは「そっちは嫌な予感がする」と真っ先に否定している。アキュラスの類い希なる危機察知能力が反応したらしい。


「じゃあ改めて」

「せーの、で開けよう」

「わかった」


 残った太一と氷華、ノアの三人は、ごくりと生唾を飲み込み、緊張した面持ちでそれぞれの袋に手を添える。シン曰く、この中には「大当たり」「大外れ」「当たり」が入っているらしい。つまり、一人しか平和な年始は過ごせないだろう。


「「「せーの……」」」


 太一の白い袋は「大当たり」。

 氷華の水色の袋は「大外れ」。

 ノアの灰色の袋は「当たり」。


 字面だけでは、氷華が一人だけ外れたように見える。

 しかし、この基準はシンにとっての基準だ。つまり――。


「おめでとう! 太一とノアも参列組だ。しかも太一は「大当たり」だから、緊急時の際には任務にも参加だ」


 遠い目をしながら「マジかよ……」と落胆する太一の肩を、カイリがぽんっと叩く。続けて「太一の分まで俺が休んどくから」と宣言され、太一は悔しそうな表情で「まあ、覚悟はしてた……してたけどさ!」と半分自棄になりながら叫んでいた。


「おい、シン。結局、参列とは何なんだ?」

「簡単に言うと、親戚へ新年の挨拶回りみたいな感じだ。と言っても、ノアやスティールはわからないか……まあ、年越し蕎麦でも食べながら後で詳しく説明するさ」


 異世界から来たノアにとっては新年の挨拶回りも年越し蕎麦もよくわからなかったが、シンが説明してくれるならいいかと軽い気持ちだった。シンが言う「新年の挨拶回り」について、彼自身が「面倒だから行きたくない、適当に何人か道連れにしたい」と思っていた不純な動機を、この時の皆はまだ知らない。


「ねえ、じゃあもしかして……この「大外れ」って……」


 声を震わせながら呆然とする氷華に対し、シンは「ああ、それがつまりは有給休暇だな」と微笑みかける。


「私にとっては「大外れ」だが、まあ……この幸運を機に、偶にはゆっくり休みなさい」

「や、やったー! ありがとう! ありがとう、シンッ!」


 目を輝かせながら大喜びする氷華を見て、カイリたちは珍しくものを見るように首を傾げていた。ノアは特に深く考えず、「アイスだろうか?」と適当に思案していた。



 しかし、当の氷華本人は意外にもアイス以外の要素で喜んでいる。その真実を、太一とシン以外の皆はまだ知らない。彼等が真実を知る事になるのは、もう少し先の未来である。


 ――これで、凍夜お兄ちゃんと年末が過ごせる!



 ◇



 ――さて、これならば奴も文句はないだろう。


 ひとりだけ、シンは内心でそんな事を考えつつ、小雪が舞う冬空を見上げる。少し薄暗くなり始めた空の中には、航空機の灯りがキラキラと光り輝いていた。


 こうして、シンからのお年玉を賭けた愉快な年末は終わりを告げ――ワールド・トラベラーと仲間たちはそれぞれの年始を迎える。

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